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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
8/27

項目8:藪蛇の対処法 「斬り殺す」

 現王が座す魔都の城は、平地から伸びた小高い丘の上に建っていた。見張り塔から見下ろせば、魔都ルーインの全景と緩やかにカーブを描く河の流れが見える。その岸辺の一角は、大地がぽっかり抉られており、その場所だけが異質だった。

 広がる迷宮の入り口。さらに河の向こうには、緑豊かな森の情景が広がっている。

 エルフ達が住んでいた『帰れずの森』だ。

「……じきに陽がくれるな、夜までに一雨くるか?」

 蒼髪の男が、濁った具合の空を見あげていた。そろそろ夕方に近い時間で、空には灰色の雨雲が広がりつつある。

「こんなところにいたのね」

「うん?」

 声に振りかえる。黒髪をなびかせ、片方の眼を眼帯で覆った女性が、塔の螺旋階段から顔を覗かせていた。

「バカと煙は高いところが好きね。会議が再開されるわよ。部屋に戻って」

「わかった。にしても、時間は有用に使いたいものだな」

 言えば、女性は素直に応じた。

「無理でしょうね」


 城の議会室。広い石組みの部屋には、飾り気のない円卓が一つと、十席に満たない椅子が置かれているだけだ。 

「――それでは、昨日に回収した宝は引き続き、王城の『ギルドマーケット』の倉庫で保管しておくということで、よろしいですな」

「意義なし」

 殺風景な室内に反して、高価な服を着た初老の男たちが、忙しく言葉を交わしていく。

「では、森への調査については、いかが致しましょう」

「最優先の事案でしょう。あの里には、貴重な <精霊の霊薬> となる源泉がありますし」

「うむ。アレは魔都の柱となる、貴重な財源ですからな」

(アル)魔師(ケミー)ギルドが作っている、代替品ではダメなのですか?」

「効力が無いことはありませんが、まだまだ、改善の余地があります」

「では、やはりエルフの森の調査を行い、原水の状況を確認しないことにはなりますまい」

 話の流れは、一つの方向に傾いていくように思えたが、

「……いやしかし、そのための予算はどうするおつもりで」

「街の地方警備に回しているぶんを、一割ほど回してみては?」

「バカな。自警部隊の予算は今でも足りないぐらいでしょう。それよりも、迷宮の関所に投入されている予算をですな……」

 簡単には決まらなかった。

 いざという場合の、責任時の押しつけあい。そして予算の出資所の取り決め。結論だけが引き延ばされるやりとりの行きつく先は、

「――さて、どうしたものでしょうなぁ」

 明らかに、場にいた一人に向けられる。

 言葉を受けた蒼髪の男は、「まったく困りましたね」と、無難な返事をしておいた。


 <精霊の霊薬> という名をつけられた【水】は、非常に高価だった。

 失った精神の安定を取り戻し、ふたたび【魔】を発動させることが可能になるアイテムは、一見しては無臭透明の水なので、ニセモノが堂々と出回る品でもある。最悪の場合、毒薬をそうだと偽って、暗殺に使われた前例もあった。

 それ故に、基本的には王城と直接に繋がりのある『ギルドマーケット』で、やりとりするのが常となる。これは、売り手にとって都合がいい。

(……【水】の供給が途絶えれば、城側の権威は大きく落ちる)

 エリオットは言葉を隠し、思考していた。

(だからこそ、今は逆に好機といえる。俺たちにとっても、城の連中にとってもな)

 【魔】は、強力だ。 <精霊の霊薬> がいくら高価であっても、求める者は多い。

 己を際限なく強化することもできるし、逆に相手を衰えさせることもできる。

 自然界の火や氷を模した、擬似的な【火】や【氷】を新たに創造することも可能で、応用すれば自らの武器に、【火】や【氷】の【属性】を付与できる。反面、その【属性】の攻撃から身を守ることもでき、【魔石】と呼ばれる特殊な鉱物を用いれば、その力はさらに増す。

 だが、用いれば用いるほどに、精神が疲弊する。

 肉体的な損傷はないのに、己の存在意義が分からなくなったり、記憶が抜け落ちたり、ひどいと自我が崩壊してしまう。

 【魔】は使いこなせれば強力無比。しかし同時に、諸刃の剣だった。

「――ット殿! エリオット殿ッ!」

「…………は?」

 気がつけば、ぼんやりと考えに耽っていた。やや焦って怒声のする方をみれば、頬に傷のある男が、真っ向から睨みつけている。

「心、ここにあらず、といったようだなァ?」

 齢三十をいくつか超えたぐらいの男だった。筋骨隆々としており、白い魚眼を思わせる瞳が来る。勲章をつけた白銀の全身鎧もまた、ギラリと輝いた。室内の視線がすべて、エリオットの顔に注目する。

「……大変に失礼をいたしました」

 席を立ち、頭を下げる。周りから失笑したような声がきた。

「どうやらお疲れのようですな。まだお若いというのに」

「申し訳ありません。なにぶん、こういう所には縁のない下賤な身の上でして」

「ほぉ、その割には、ずいぶん慣れた風に口が回るなァ」

「まったくだ」

 初老の男たちも頷いて、楽しげに、柔和な表情で追いつめてくる。

「エリオット殿の噂は聞いておりますぞ。三年前、この魔都に現れてからというもの、破竹の勢いで迷宮を攻略し、今では最も『深淵』に近い男であるとか」

 ――しかしその生い立ちは、ほとんど謎に包まれているとか。

 ――帝都の王族が、妾に産ませた子であるという噂もあるとか。

 ここぞとばかり、次から次へ生じる質問に、エリオットは苦笑した。

「単に放浪癖があって、少しばかり、広く浅く、物を知っているだけですよ」

「そうだろうな。所詮はこの国になんら想い入れなど無い、余所者だ」

 吐き捨てるように騎士団長が告げれば、取り成す声があがる。

「まぁまぁ、レンデル殿。その辺りにしておきましょう。普段、人知を超えた迷宮に対峙している剣聖も、こういう席では心が折れるご様子だ」

「ほぉ。では我々の闇の広さは迷宮以上と?」

「さもあらん、ですな」

 冷ややかな笑いがこぼれる会議室のなか、エリオットはもう一度頭を下げて、席に座りなおした。それから、何度も頭の中で組み立てていた言葉を口に出す。

「皆さま。もし騎士団を動かすのにお困りでしたら、私が束ねたギルドを持って、南西の森の探索、およびその調査を赴かせていただくことは可能でしょうか?」

「ふざけるなよ、蒼毛の」

 レンデルと呼ばれた騎士団長が、睨みを効かせてくる。

「南西の森に住まうエルフの領域は、我らが王に連なる者と、その従者のみが立ち入ることを許された地だ。貴様のような、何処の生まれかも知れん者が踏み入れると思うな」

「……失礼いたしました、騎士団隊長、レンデル殿」

 一呼吸おいて、言葉を続ける。

「では、我がギルドの者たちは、王宮騎士の手足となって働かせて頂きます」

「なにが狙いだ」

「単に血が騒ぐだけですよ。未知に対する憧れ、とでもいいましょうか」

「はっ、やはり貴様らは、蛮族に過ぎんな」

「返す言葉もありません。あぁ、ところで。昨日、私たちが捕らえました女の詳細は、なにか分かりましたでしょうか?」

 安い挑発を流して告げると、正面にあるいかつい顔が、さらに険しくなった。

「なにか、とはどういうことか」

「……どうかされましたか?」

 エリオットが聞き返す。さらに言葉を重ねる。

「探索先は『帰れずの森』とも呼ばれる迷宮です。如何にしてそれを突破し、エルフの里を落としたのかは見当もつきませんが、捕らえた女を吐かせて案内させれば、エルフの里や源泉にも、楽に辿りつけるのではないかと思いまして、ね」

 もっともらしい事を言えば「確かに」などと続く声もあがる。

 レンデルだけが、苦虫を噛み潰すような顔をした。

「森を案内させるのは、生き残りである、リーアヒルデ王女でもよかろうッ!!」

「――ならん」

 そしてこの時、エリオットの対面、上座にいる壮年の男が声をあげた。

「かの王女が得た傷は深い。我々が近づけば、部屋の隅に逃げだす程にな」

「……しかし、それは……」

「レンデル。女の正体は分かったのか」

 落ち着いてはいるものの、しかしこの場で、最も威厳に満ちた声だった。

 場がにわかに、しん、と静まりかえる。

「はっ……、いえ、なにぶん、口が堅く……」

「そうか」

 するどい灰褐色の眼光が、胸中を貫き刺すように、光る。

「では、ひとまずここまでだな。エルフ族の秘法は取り決め通り、ギルドマーケットの倉庫に保管しておけ。競りに参加していた者たちの処分も、裁判官たちに通達しておくように」

 告げる男の声に、わずかな老いは感じられる。しかし、ひたすらに重かった。

「さて、エリオット・ニーベルンよ」

「はい」

「お前のギルドに森を探索する許可を出す。我らが騎士の配下となるのは抵抗があるやもしれんが、引き受けてくれるな?」

「微力ながら全力を尽くしましょう」

 双眸が混じり、互いにひとつずつ、相槌を打つ。

「あぁ、それともう一つ、貴殿に頼みたいことがある」

「なんなりと」

 魔都の王は、うむ、と頷いた。白くなった髭を撫で、口を開く。

「エルフの王女、リーアヒルデのことだがな。先ほども言ったが、不慣れな環境ゆえにか、食事も満足に取らぬし、城中の者とも言葉を交わさぬ。唯一に、おぬしの配下であった者とは、いくらか言葉を通じていたようだが」

「フィノですね」

「うむ。その者に、リーアヒルデの身柄を頼むわけにはいくまいか」

「国王ッ! それは我らに信頼がおけぬとッ!?」

 レンデルが激をあげる。しかし変わらぬ口調で、魔都の王は言いかえす。

「事情が事情なのだ。仮に捕らえた女がなにも吐かねば、エルフの王女であるリーアヒルデが唯一の生き証人なのだ、わかるな?」

「……ぬ、う」

「いや、確かに王の言質には一理ありましょう」

「そうですな。まずは精霊の泉の原水を、一刻も早くとり戻さねばなりますまい」

 場に集った方々から、賛同する声があがる。さりげなく、王女の安否よりも、泉の水が大事だと言わんばかりだった。

 エリオットが密かに笑う。冷静さを装っていた表情が、ここに来て初めて崩れていた。


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