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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
7/27

項目7:己の親は選べぬが、己の師匠は選ぶべき。

 * * *


 ――ガキには過ぎた金だろう?

 依頼主であった王城の騎士に裏切られ、路地裏で腹を刺された瞬間、哄笑するような笑い声が降ってきた。

 殺してやる。確かにそう言った。しかし両足はぐらついて、機能を失ったように倒れ込んだ。ちょうど遠くから雨の音が聞こえはじめていた。

 ふたたび目を覚ましたのは、月が浮かぶ深夜だ。気を失っていた間はずっと、ドブネズミのように雨に打たれていたらしい。ゴミの入り混じる腐臭が鼻をついた。ハエも集っていた。荒れた石畳みの地面には、いくつもの真新しい水溜りがあって、夜空には綺麗な星が映っている。

「……ぅ」

 顔の側に飛びまわるハエを追い払おうと手を振れば、ジャラと鳴る袋が落ちた。

 開いてみると、奪われたはずの金貨が丸ごと入っていた。

「…………?」

 眉をしかめ、刺された腹部に手を添えると、凝固した血液が剥がれ落ちる。傷口は綺麗に塞がれているが、手当てをしたらしい痕は無い。

「なんなんだ……?」

 首を傾げた。いっそ、親切な神様でも通り過ぎていったのか。とさえ思った。

「……はっ」

 くすんだ笑いがおちる。神様、ねぇ。

 笑えば、身体の奥底から熱が滾るような感覚を覚えた。心臓に手を添えると、どくん、どくんと、自然に脈を打つ。盛大に腹の虫が鳴いた。

「なんか食い行くか」

 立ちあがった。歩き出す。

 表通りに出てから、馴染みの安酒場に入ろうとした時に、

「――少年、一杯おごってくれんかの~」

 かけられた声に振りかえれば、そこには妙ちくりんな老人がいた。ボロのローブを着て、頭には不思議な尖がり帽子を乗せていた。命があったせいで、気持ちが楽になっていたのかもしれない。言われた通りに奢ってしまった。


 馴染みの安酒場に踏み入ると、酒ビンを持ち、手をあげて叫ぶ声がある。

「よぉ、ジークぅ!」

「……ジジィ」

「嫌そうな顔をするでないわ。こっちに来て、いっぱい付き合えいっ!」

「うっせぇ」

 無視してカウンター席に座ると、勝手に隣の席にやってきた。ジークハルトの背中を、ワーグナーと名乗った老人が景気づけるように叩く。

「なにしやがる!」

「怒るない。本日も講義をしてやろう。テーマは『マナ・ポーション』じゃ!」

「……はぁ?」

「賢者の助言をタダで聞けるとは、おぬし、運がえぇぞぉ~」

「頼んでねぇ。つーか誰が賢者だ。この酔っ払いが」

「では、年寄りの長い話、はじまり、はじまりじゃ!」

「聞けよジジィ!」

 ワーグナーはまったく気にせず、好き放題に話していく。ジークハルトは相槌を打つ代わりに、舌打ちを一つくれてやる。

「……メシがマズくなる。マスター、鶏の手羽先を丸ごと一つくれ」

「ほぉ、羽振りがええのぅ」

「うっせーな。昨日拾ったアーティファクトが、ようやく換金できたんだよ」

「おおぅ、そりゃあめでたいの~。で、どれぐらいの儲けになったんじゃ?」

「答える義理はねぇ」

「なんじゃ、ケチいのぉ」

 ワーグナーは言って、ビールジョッキを、ぐびっと煽った。

「ぷっはーい。んでは講義をするかの」

「必要ねぇ」

「なら適当に聞き流しとけい」

「チッ」

 ワーグナーが酒ビンを煽る。ジークハルトは咥えていた鳥の骨を吐き飛ばした。

「マナ・ポーションは大変貴重なアイテムじゃ。今では <精霊の霊薬> なる愛称で、王城のギルドが販売しておるがのう」

「一瓶で十日はメシが食えるな」

「うむ。バカ高いじゃろう。何故だか知っておるか?」

「……量が多く取れねぇからだろ」

「半分正解じゃ」

 ワーグナーが、ちちち、と指を振る。

「残り半分は、エルフとの協定があるからじゃ」

「協定?」

「うむ」

 ぐびっと酒を煽り、

「ぷっはー。えー、南西の森に住まうエルフ族は、マナ・ポーションの源泉となる『精霊の泉』を確保しとるが、その対価として、この国から生活用品を支給してもらう約束を交わしておるんだがー、」

「マスター、手羽先とソーセージ追加」

「聞けよ若者ぉ!」

「うるせーな、聞いてるよ」

 がるがる、噛み千切る。

「で? それが協定ってのと、どう関係してくるんだ?」

「ヒント出しちゃろう。貿易と税金の関係って言うたらピンと来るかの?」

「知るかよ……」

 口を動かしながら、ふと気づく。

 代金として取り出した銀貨が数枚。鋭い瞳が瞬いた。

「……おいジジィ。その協定ってのは、昔から『物々交換』なんだな?」

「そーいうこったの」

 ぐっ! と親指を立てて、ワーグナーが笑んだ。

「<精霊の霊薬> をいくらで販売するか。その値段を決めるのは貴族たちじゃ。おまけに、元手がタダ同然の商品を、おぬしらに吹っかけとるわけじゃの」

「ハッ、貴族ってのは碌な連中がいねぇな」

「まぁのう」

「でもよ、ジジイ。エルフの連中はなんで文句言わねぇんだ?」

「おっ、話を聞く気になってきたようだの」

「うるせー」

 そっぽを向いて、ソーセージをぷすっと一刺し。

「時にジークハルトよ。おぬしが拾ったアーティファクト、そいつを売った先は何処じゃ?」

「……ギルドマーケットの、鑑定師(グートアハテン)に決まってんだろ……」

 答えた言葉は低く、そして苦痛に満ちていた。

 売り買いの値段は相手に一任せざるを得ない。それでも、これだけの金銭を得られたということは、答えは一つだ。

「恐らく、おぬしが売ったのは、よほど質が良かったんだろうのぅ」

「黙れよジジィ。メシが不味くなる」

 殺気を込めて睨む。ワーグナーは「すまんの」と一言だけ呟いた。

 そしてビールジョッキを掲げ、ぐびぐび飲んだ。

「ぷぁっ! ジークハルトよ。おぬしは頭が良い。冒険者なんぞ止めて、どこぞのギルドにでも入って、王宮での働き口を捜してみたらどうじゃ?」

「貴族共に使われるぐらいなら、死んだ方がマシだ」

「傲慢なやっちゃの――ぷっはぁっ!」

「……うっ!」

 酒臭い息に眉をしかめ、ジークハルトもまた吐き捨てる。

「んで、理由はどうなんだよ」

「うん? 何の理由じゃ?」

「だから、エルフの連中が、そんな不利な協定結んだ理由だよ。その時は事情があったとしても、今なら俺らに【水】を売った方が、あいつらも暮らしが楽になるだろ」

「まーの。しかしそれは、次回のお楽しみということにしておこう」

 釈然としねぇ、という顔で睨んだ。

「んじゃ今日の講義は終わりか? 金にならねぇ、腹はふくれねぇ。おまけに気分は悪くなる。最低の内容だったな」

「む! 年寄りの話は聞いておいて損はないのぢゃ! いついかなる時、役に立つかわからんからの! ほれほれ、情報量として、その手羽先よこさんかいっ!」

「っざけんな! こいつは俺のだっ!」

「ならば追加注文ぢゃ! 骨付き肉を追加で五本! 代金はそっちのガキ持ちで~っ!」

「五十歳下のガキにたかんなジジィッ!! テメェこそ自分で稼げ!!」

「うーむ、この前も迷宮に挑戦したんじゃがの~。腰が痛うなったんで、早々に帰ってきたわ」

「いっそ死ね!」

「ジジィには、いささか辛いわ! ふぉーふぉふぉふぉ~っ!」

 ワーグナーは、冒険者としては最悪の腕前で、性格も相当に残念だった。

 そんなダメ老人が、もがもが肉を食らいつつ、ふと真剣な眼差しになって言う。

「ジークハルトよ。おまえには、仲間はおらんのか?」

「いらねぇよ。んな面倒くせぇモンはな」

 もう、宝の分け前で裏切られ、殺されかけるのは御免だった。それだから、ワーグナーとも酒場だけの付き合いで、共に遺跡に潜ったことは一度としてない。

「ジジィ、この街を表す言葉を知ってるか?」

「ん?」

「生も死も、気品はあらず、ってな。どう生きようが俺の勝手だ」

「……ふむ。まぁ、それもよいか。若さ故じゃな」

 ワーグナーは、空になったジョッキを意味もなく揺らす。

 そしてまた、好き勝手に語りはじめた。

「ついでに、もう少しエルフのことを教えてやろう。森に住むエルフの種族は【魔】に特化した能力を持つ。彼らはひどく閉鎖的な種族じゃが、それには体質的な要因もある」

「聞いたことあるぜ。連中は、俺たちより【魔】の消耗が激しいってな」

「そうじゃ。生活の水として、日常的に精霊の泉を用いておる故にのう。その【水】が無ければ、彼らとて生きてゆくのが困難なのじゃ」

 ふらふらと、空になった酒瓶を煽り、語っていく。

「故に精霊の泉の存在は、秘中の秘。エルフ達の間でも、王族につらなる者にしか詳細が伝えられとらん」

「やけに詳しいじゃねぇか」

「伊達に、長くは生きとらんでな」

「そうかよ」

 目つきの悪い少年は、適当に聞き流し、残った最後の肉を手にとった。

「――スキありッ!」

 ワーグナーが、ジークハルトの酒瓶をひょいっと取り上げる。一気に飲み干した。

「んなっ! おいジジィ!!」

「ぷへーいっ! ちなみに【魔】というのはぁ、言葉を用いることで【己の精神を構築している精霊】と接続(リンク)するのじゃ! 命令コードは仮物質(サブオブジェクト)となり、【自然界を構築している精霊】の資源(リソース)と結びつくことで実体化(コンパイル)するっ! それが【魔】じゃぁ~い!」

「やかましい! クソジジィ! いい加減にしねぇと殴るぞ!」

「そして最後はぁ! せっくす! について!」

「ぶはっ!?」

 酔いが回ってきたらしい。

 驚いたジークハルトが、半端に砕けた肉を口から吐きこぼす。ワーグナーが「ひょっひょっ」とか言いながら、怪しく指先を動かした。息荒く、陶酔したように語りだす。

「基本的にぃ、体内の魔力は、【自然界の精霊】と同調することで、時間をかけて回復させるわけじゃがぁッ。対象が強い激情を放った瞬間ッ! すなわちオスの精子を、体内の深いところで受けとめることで、【魔】を回復させることも可能なのじゃああああいッ! メスが総じてオスよりも魔力が高いのは、そおいうことおぉぉぉーーーッ!」

「黙れエロジジィッ!」

「魔女っ娘が、【魔】を使いまくった後はチャンスぢゃぞ。本能的に、やらしー気分になっておることが、ワシの長年の研究で分かっておるッッ!!」

「んなもん研究してんじゃねぇーッ!」

 ごす。っと殴ったら倒れた。

 息をしていたのが、残念だった。


 * * *


「……あー、クソ、ムナクソ悪ぃ」

 過去の回想から戻ってきたジークハルトは、眉間に指を添えた。

 深く椅子に身体を預け、小瓶を掴み左右に揺らす。

「つまり、エルフの王女は、あの時『喉が乾いてたわけ』だな……」

 昨晩、エルフの王女が急変した様子を思い出す。

 【魔】を吸われる【水】を飲まされて、心ここにあらず、という状態だった。

「……エルフの連中がやられたのは、『精霊の泉』の水源を突き止められて、本質を【魔】で変化させられたせいか。この小瓶に入ってるのが、恐らくその【水】だろうな」

 一見しては、無色透明な、ただの水。

 本質は【魔】をたっぷり秘めた、エルフ達の日常生活における必需品だ。

 それが性質を【逆転】させられてしまった。飲めば逆に【魔】を失ってしまう【水】へ。

「エルフの純粋な肉体能力は、人間以下って話だしな。【魔】が使えないエルフなんざ、赤子を捻るようなもんか」

 机の上に置いたマグを傾ける。少し冷めたコーヒーの苦さが眉間を貫いた。

「もう少し推測するなら、一気に変化するよりは、地味に混ぜてったんだろうな。そうなると犯人は、多少なりともエルフの連中と接点がある奴らか……」

 エリオットが言っていたことを思いだす。

 犯人は、王城に関係のある貴族かもしれない、と。

「……無理に考えることなんざねぇか。エルフが【水】を取引してるのは王城の連中だしな。私欲に溺れた奴が【水】を独占しようと考えてもおかしくねぇ。ただ、水源の本質を変化させても、それを元に戻す必要があるよな……」

 (かぶり)を振る。思考を止める。

 これ以上は、余計なことに首を突っ込む義理はなかった。

 マグを逆さにして、一気に黒い液体を飲み干す。

「っし、通常営業に戻るとするか」

 言って、(モノ)眼鏡(クル)を掴んで思いだす。

「…………」

 大切な商売道具は、【水】に力を奪われたままだった。

「エリオットの野郎、あとで――」


 ――カラン、コロン、カララン。


 呪詛の念を込めたとき、ちょうど店の扉が開いた。反射的に「よーし、いいところに来たな金よこせ!」と顔をあげれば、そこには穏やかな顔をした褐色肌の美女が立っていた。

「こんにちは、ジークさん」

「……フィノ」

 昨晩『動くと潰します』宣言をした女性だった。今は色気のない革鎧ではなく、膝下まである白のロングワンピースを着て、右腕には編み模様のバスケットを抱えていた。本人の美貌とも相まってとても華やかである。空いた手で深い紫の髪を撫であげ、にっこり、花が咲いたように微笑んだ。 

「お仕事中でした?」

「いや……」

 怒りの行き場を失って、曖昧に手をあげるジークハルト。その様子が「元気が無さそう」という風に映ったらしい。心配そうに見つめられる。

「大丈夫ですか?」

「気にすんな。あー、ちょうど鑑定の目星がついたとこだ」

「そうでしたか。さすが、仕事が早いですね」

「まーな……」

 追加料金よこせ、とは言えなかった。

「あっ、ジークさん」

「なんだ?」

 フィノが、手に持っていたバスケットを机の上に置いた。かぶせていた布を取り払うと、ふんわり、甘い匂いが漂った。

「パイを作ってきたんです。よかったら食べてください」

「助かる。今日はまだ、マズいコーヒーしか飲んでなくてな」

「もしかして、起きたばかりですか?」

「あぁ」

 ジークハルトが頷くと、フィノは「良い事を思いついた」とばかりに両手を合わせる。

「よければ、私がご飯作りましょうか。ここに来る途中で市場の方から、タマゴとか、お野菜を分けて頂いたんです」

「いいのか?」

「はい。エリオット様は、朝から登城されていまして、夜まで帰ってこないそうですから」

「偉くなったもんだな。最初はしがない冒険者に過ぎなかったヤツが」

「本人は、今もそのつもりですよ。三年前と変わらずに」

「……そうか、結構経つんだな」

 エリオットがこの街に訪れたのは、三年前。

 ジークハルトが冒険者から足を洗い、鑑定業を営みはじめた年でもあった。エリオット自身の見栄えがよく、剣の腕が異常に立つこともあったが、連れ立っていた『姉妹』も美女ばかりというのもあって、その名は瞬く間に広まっていた。

「敵多いだろ、あいつ」

「そうですねぇ」

「わざわざ『上』を目指すこともねぇのにな。一人で、気楽にやってりゃいいのによ」

 そう言うと、フィノは口元に手を添えて、くすりと笑った。

「エリオット様、おっしゃってますよ。ジークさんが、もっと素直に依頼を引き受けてくれたら、自分の仕事が楽になるのにって」

「勝手なこと言いやがる」

「信頼してるんですよ。王城の鑑定師(グートアハテン)にだって、ここまで腕の良い鑑定人はいないって言ってますもん」

「大げさだな。俺は器用貧乏な、場末の自由(エル)鑑定士(サーズ)が似合いだよ」

 言いながら、ジークハルトはパイを一切れつまんで、口に放り込む。

「おっ?」

 瞬間、茶色の瞳が驚きに染まる。真顔で、短く言いきった。

「美味い。一級品だな」

「でしょ?」

 やわらかな店内の雰囲気とは裏腹に。

 窓の外は、少しずつ雨雲が近づいているようだった。


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