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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
6/27

項目6:不足の事態。主に金銭的な意味で。

 如何に優れた財宝でも、心から欲し、求める者の手に届けねば輝くことはない。財宝に価値を持たせるには、正しく、宝の真贋を見極める手が必要だ。

 職人街の一角にある、小さな鑑定店。

「……ふぁ」

 昼前、眠たげな欠伸を浮かべて、ジークハルトは部屋の扉を開けた。コーヒーを入れたマグを手に、整然と物が置かれた店内を歩く。表玄関の鍵も開け、看板を『営業中』へと裏返す。

 昨晩に着ていたスーツ姿ではなく、量産品のシャツに黒のベストを重ね着して、下は作業ズボンというラフな格好だ。

「飯は……。後でいいか」

 店内に戻り、壁にかかった時計をちらと見て、椅子に座る。

 コーヒーのマグを傾けると、熱くて苦い味わいが、口の中いっぱいに広がった。

「さて、仕事だ」

 手袋を両手に嵌め、右目の上に(モノ)眼鏡(クル)を乗せる。鑑定するのは、昨晩ドレスの女から盗んだ薬の小瓶。透明なガラスの内側に漂う、なんらかの【水】を見据える。蓋を開き、手で扇ぎながら慎重に匂いをかいだ。

「無臭か。ただの水ってこたねーよな」

 昨晩、この水を飲まされた姫君は、まるで洗脳されたかのように、ぼんやりしてしまっていた。

「……まぁ、口にさえ含まなけりゃ大丈夫、か?」

 あとはじっと、片眼鏡越しに向き合う。すると道具に秘められた【魔】が呼応し、【水】に秘められたイメージをジークハルトに伝えてくる。

 液体は次第に血のように赤く染まっていく。赤い色は、使用者に対して害意を与えんとする意味合いが強い。

「毒か、あるいは一種の媚薬か」

 思考を続けながら見据える。

「エルフは【魔】に強いはずだしな。精神を惑わし、乱される状態にはなりにくいはずだ。それなら、エルフに特別な効果をもたらす薬ってこともある、か……?」

 あきらめず、さらに赤くなった液体と向き合う。無味無臭で、成分を詳細に確かめられない以上は、(モノ)眼鏡(クル)の力だけが頼りだった。

「……ん?」

 ジークハルトが顔を近づける。

「なんだ?」

 浮かんだのは【白い風】のイメージ。

 それが、小瓶の口元へと吸い込まれていく。

「こっちのイメージは……。俺の、片眼鏡か?」

 解明する、明らかにする――白。

 未知の物を究明したときの開放感――風。

 それが小瓶の中に吸い込まれている。と理解した時に、不意に視界がぼやけた。正しく言えば、水が赤く見えなくなった。

「なっ!?」

 慌てて小瓶の蓋を閉ざす。それから再度、凝視するも、

「おい……」

 一切の反応が消えていた。

 試しに他の鑑定済みのアイテムを見ても、まったくイメージが浮かんでこない。

「…………嘘だろ?」

 呆然としつつ、ジークハルトの頭脳は働いていた。目の前にある【水】は乾きを癒すためのものではない。あらゆる他より【魔】を吸収すべく、本質を【逆転】させられた液体だった。有用性など一切あろうはずもない。

「クソッ!」

 アーティファクトは総じて高価だった。品によっては家が一つ建ってしまうほどだ。ジークハルトの片眼鏡も安くはなかったし、修理をするには、専用の付与師(エンチャンター)と呼ばれる職業が存在するのだが、その料金もまた高い。

「ふぅ」

 大きくため息をこぼしたジークハルトの口元には、無意識らしい笑みが浮かんでいた。しかし、鋭い瞳だけは笑ってない。

「この野郎」

 小瓶を掴んで振りかぶる。


『短気は損気じゃぞぅ』


 しかし、寸でのところで動きが止まった。

 小瓶を投擲しかけた斜線上。棚の近くに、一枚の老人の肖像画が見えた。

 三角帽子とローブを身に着けた格好。その手にはビールジョッキ。顔はやたらと赤く、右下には小さなサインで『ワーグナー』とあった。

「クソジジィ」

 肩の力を抜いて、手にした小瓶を机に戻した。何気なく指折り数えると、

「もう、四年も前になんのか……」

 空には少し、雨曇が浮かびはじめていた。

 窓の外を見つめながら、ジークハルトの右手は腹部に添えられる。若い店主の顔に、じわりと、古傷が痛んだような表情が生まれていた。


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