項目5:正当防衛ですから。
呼応する。
漆黒のナイフの刃先が煌き、言葉に秘められた概念イメージが展開。
ナイフの上空が揺らめくと同時、声が落ちてきた。
「遅かったな、ジーク」
そして、女の言うネズミは、颯爽と現れた。
ブーツの先で一歩、韻を踏み、片膝をついた後に立ちあがる。
身につけた衣服は黒づくめ。蒼髪・蒼瞳の若い男。腰に帯びた長剣とはべつに、持ち柄のついた短刀を二本握っていた。
「死んだかと思ったぞ」
「金を貰うまでは死なねぇよ」
「ははっ、お前らしい」
エリオットが口端を緩め、手にした短刀を二本、投げてよこす。
「首尾はどうだ?」
「エルフを狂わせた元凶らしい薬物は回収した。詳細はそこの女が知ってそうだ」
「上出来だ。後は片付けるだけだな」
白銀の刃をさやから抜き払うと、ジークハルトもまた、短刀を抜いて構える。
エリオットが一歩、距離を詰めた。
「ご婦人、抵抗がなければ痛い目にあわなくて済みますよ」
見栄えのする二枚目の顔立ちが、いっそ清々しいほど、爽やかに笑う。
さらに一歩。黒ドレスの女が気圧されたように悲鳴をあげた。
「そ、その男を止めなさいッ!!」
武器を手にしたコボルトの一体が、忠実に襲い来た。
間合いに入る。やや赤錆びた感じのする片手斧を落とす。
ざっくり。簡素な手応えは、真っ赤な絨毯を裂いた音。
「おまえは、まぁ、死んでおけ」
白刃による一閃。残像に近い影が浮く。
――ドッ。
手首を斧ごと斬り払い、続けて首まで跳ね飛ばす。
血飛沫が吹き荒れ、鮮血が舞う。
頭が勢いよく回転し、ゴッ。と音を立て、天井にぶつかった。
落下する。
『…………』
砕け、脳髄を撒き散らした頭部。異臭が漂う。首なしの身体も傾ぎ、ゆらりと倒れた。
しん……と静まり返った場。朗々と響く、エリオットの声。
「さて、次の相手は?」
斬り殺した死体を足蹴に。
瞬間、獣たちの怒号と、男たちの悲鳴の声が、
『――ウ、オアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッ!!!』
折り重なる。正面左右より二体。後続からも迫り来る。
「ハハっ! 生憎と、犬畜生とダンスを踊る趣味は無いんだがなぁッ!」
鮮血をこびりつかた表情のまま、楽しげに一閃。斬り返す勢いでもう一閃。亜人の死体がまた増える。
同時に攻めていたのは残る一体。本能で悟ってか、初めて怯み、そして影のように近づく男に気づかなかった。
『――【炎】を知る我、命ず』
ジークハルトが【魔】を謡う。
短刀の柄にはまっていた、赤い【魔石】が輝いた。
『――刃にその力宿し、< 爆ぜ、散じろッ! > 』
呼応する。
短刀より【炎】が舞いあがり、火花と化して爆散。
鋭利に研がれた刃が二本、コボルトの肉と骨、さらには粗悪な革鎧ごと食らい尽くす。
「ガ、ァ、アギイイイィ、ッ!!」
気が狂ったような咆哮をあげ、手にした斧を振り上げるも、
「おせぇよ」
斧が落ちる前に、短刀が、腹を斜め十字に斬り裂いた。
血肉が一瞬で焦げ、骨が砕ける。くすぶる音と匂いが立ちこめ、絶命した。
呼吸をいくつも終えないうちに、襲いかかったコボルトの死体が合わせて四体。
二人は無造作に剣を振るい、向き合った。
「相変わらず熱い殺し方をするな。ジーク」
「うるせぇ。そっちこそ少しは加減しろ。俺の服にまで返り血つけんじゃねぇよ」
「実は最近、書類仕事が多くてな。身体を動かすのは久しくて、」
エリオットが笑いながら、屍を乗り越える。
「歯止めが効かん」
ひゅぅっ、長剣が風を斬る。嬉しそうに笑い、さらに一歩。
残るコボルトの進撃が止まった。敵わぬと知ったか、恐れたようにドレスの女を見た。
「……な、なにをしているっ! いけっ! いきなさいっ!」
命じ、女は単独で逃走した。余裕などない。必死に、息荒く、廊下と繋がる扉を開けた。
その瞬間、
「はい、ごめんなさいね」
「ぐ、はッ!?」
後ろに吹き飛んだ。ドレスの女を蹴り飛ばして入ってきたのは、紫色の髪をなびかせ、軽装の防具を身につけた、褐色肌の美女だった。追い討ちをかけるように踏みつけ、にっこり笑顔で言いきった。
「動くと潰します」
場は一瞬で決着がついた。残るコボルトもすべて物言わぬ屍と化し、ジークハルトを除いた男たちは、仮面を外され一堂に集められた。ドレスの女もまた、身動きできぬよう縄で縛りあげている。
「エリオット様」
「どうした? フィノ」
現れた美女は、なにかに気がついたように瞑目し、耳に両手を添えていた。
「……外を見張っていた姉様より【声】が届きました。周辺に危険は無いとのことで、まもなくこちらに合流されるそうです」
「そうか。ご苦労だったな」
「……おい……貴様っ! おいっ!」
「ん?」
仮面を外された男たちが、緊張に耐え切れなくなったのか、エリオットを指さす。
「きっ、貴様らは、何者なんだッ!」
「そうじゃ、ワシを誰だと思っておるかァッ!!」
「……やれやれ。フィノ、説明してやれ」
「はい」
命じられた女性が前にでる。一枚の書類を取りだして、書かれた内容を宣言する。
『 依頼者 :ゲイルフリート・トラバント・フォン・ノインス
依頼対象:冒険者ギルド『ニーベルンゲンの指輪』
および『ギルドマスター』エリオット。
依頼内容:魔都にて、近々に開かれる、
ブラックマーケットの制圧・殲滅・実行者の逮捕。
そこで売買されるであろう、エルフ族の秘法の回収を命ず』
その内容は、場にいた男たち、全員を凍らせた。
「……こ、国王、だと……?」
「はい、直々のご依頼ですよ。そういうわけで、どいてください、ねっ!」
「ぐふっ!?」
フィノが男たちを遠慮なく蹴り飛ばした。突き進み、その奥で呆然とする、エルフの王女の元へ歩み寄った。膝を曲げて、頭を撫でる。
「ごめんなさい。もう、大丈夫よ」
金の髪、翠の瞳、粗悪な服のあちこちが破れた姫君を、優しく抱きしめる。
「……ふえぇ……」
弱々しい声と共に、じわり、と涙が浮かぶ。
つぅっと、頬を落ちていき、それから両手を伸ばして抱きついた。