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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
5/27

項目5:正当防衛ですから。

 呼応する。

 漆黒のナイフの刃先が煌き、言葉に秘められた概念イメージが展開。

 ナイフの上空が揺らめくと同時、声が落ちてきた。

「遅かったな、ジーク」

 そして、女の言うネズミは、颯爽と現れた。

 ブーツの先で一歩、韻を踏み、片膝をついた後に立ちあがる。

 身につけた衣服は黒づくめ。蒼髪・蒼瞳の若い男。腰に帯びた長剣とはべつに、持ち柄のついた短刀(マインゴーシュ)を二本握っていた。

「死んだかと思ったぞ」

「金を貰うまでは死なねぇよ」

「ははっ、お前らしい」

 エリオットが口端を緩め、手にした短刀を二本、投げてよこす。

「首尾はどうだ?」

「エルフを狂わせた元凶らしい薬物は回収した。詳細はそこの女が知ってそうだ」

「上出来だ。後は片付けるだけだな」

 白銀の刃をさやから抜き払うと、ジークハルトもまた、短刀を抜いて構える。

 エリオットが一歩、距離を詰めた。

「ご婦人、抵抗がなければ痛い目にあわなくて済みますよ」

 見栄えのする二枚目の顔立ちが、いっそ清々しいほど、爽やかに笑う。

 さらに一歩。黒ドレスの女が気圧されたように悲鳴をあげた。

「そ、その男を止めなさいッ!!」

 武器を手にしたコボルトの一体が、忠実に襲い来た。

 間合いに入る。やや赤錆びた感じのする片手斧を落とす。

 ざっくり。簡素な手応えは、真っ赤な絨毯を裂いた音。

「おまえは、まぁ、死んでおけ」

 白刃による一閃。残像に近い影が浮く。

 ――ドッ。

 手首を斧ごと斬り払い、続けて首まで跳ね飛ばす。

 血飛沫が吹き荒れ、鮮血が舞う。

 頭が勢いよく回転し、ゴッ。と音を立て、天井にぶつかった。

 落下する。

『…………』

 砕け、脳髄を撒き散らした頭部。異臭が漂う。首なしの身体も傾ぎ、ゆらりと倒れた。

 しん……と静まり返った場。朗々と響く、エリオットの声。

「さて、次の相手は?」

 斬り殺した死体を足蹴に。

 瞬間、獣たちの怒号と、男たちの悲鳴の声が、

『――ウ、オアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッ!!!』

 折り重なる。正面左右より二体。後続からも迫り来る。

「ハハっ! 生憎と、犬畜生とダンスを踊る趣味は無いんだがなぁッ!」

 鮮血をこびりつかた表情のまま、楽しげに一閃。斬り返す勢いでもう一閃。亜人の死体がまた増える。

 同時に攻めていたのは残る一体。本能で悟ってか、初めて怯み、そして影のように近づく男に気づかなかった。


『――【炎】を知る我、命ず』


 ジークハルトが【魔】を謡う。

 短刀の柄にはまっていた、赤い【魔石】が輝いた。


『――刃にその力宿し、< 爆ぜ、散じろッ! > 』


 呼応する。

 短刀より【炎】が舞いあがり、火花と化して爆散。

 鋭利に研がれた刃が二本、コボルトの肉と骨、さらには粗悪な革鎧ごと食らい尽くす。

「ガ、ァ、アギイイイィ、ッ!!」

 気が狂ったような咆哮をあげ、手にした斧を振り上げるも、

「おせぇよ」

 斧が落ちる前に、短刀が、腹を斜め十字に斬り裂いた。

 血肉が一瞬で焦げ、骨が砕ける。くすぶる音と匂いが立ちこめ、絶命した。

 呼吸をいくつも終えないうちに、襲いかかったコボルトの死体が合わせて四体。

 二人は無造作に剣を振るい、向き合った。

「相変わらず熱い殺し方をするな。ジーク」

「うるせぇ。そっちこそ少しは加減しろ。俺の服にまで返り血つけんじゃねぇよ」

「実は最近、書類仕事が多くてな。身体を動かすのは久しくて、」

 エリオットが笑いながら、屍を乗り越える。

「歯止めが効かん」

 ひゅぅっ、長剣が風を斬る。嬉しそうに笑い、さらに一歩。

 残るコボルトの進撃が止まった。敵わぬと知ったか、恐れたようにドレスの女を見た。

「……な、なにをしているっ! いけっ! いきなさいっ!」

 命じ、女は単独で逃走した。余裕などない。必死に、息荒く、廊下と繋がる扉を開けた。

 その瞬間、

「はい、ごめんなさいね」

「ぐ、はッ!?」

 後ろに吹き飛んだ。ドレスの女を蹴り飛ばして入ってきたのは、紫色の髪をなびかせ、軽装の防具を身につけた、褐色肌の美女だった。追い討ちをかけるように踏みつけ、にっこり笑顔で言いきった。

「動くと潰します」


 場は一瞬で決着がついた。残るコボルトもすべて物言わぬ屍と化し、ジークハルトを除いた男たちは、仮面を外され一堂に集められた。ドレスの女もまた、身動きできぬよう縄で縛りあげている。

「エリオット様」

「どうした? フィノ」

 現れた美女は、なにかに気がついたように瞑目し、耳に両手を添えていた。

「……外を見張っていた姉様より【声】が届きました。周辺に危険は無いとのことで、まもなくこちらに合流されるそうです」

「そうか。ご苦労だったな」

「……おい……貴様っ! おいっ!」

「ん?」

 仮面を外された男たちが、緊張に耐え切れなくなったのか、エリオットを指さす。

「きっ、貴様らは、何者なんだッ!」

「そうじゃ、ワシを誰だと思っておるかァッ!!」

「……やれやれ。フィノ、説明してやれ」

「はい」

 命じられた女性が前にでる。一枚の書類を取りだして、書かれた内容を宣言する。


『 依頼者 :ゲイルフリート・トラバント・フォン・ノインス

  依頼対象:冒険者ギルド『ニーベルンゲンの指輪』

       および『ギルドマスター』エリオット。

  依頼内容:魔都にて、近々に開かれる、

       ブラックマーケットの制圧・殲滅・実行者の逮捕。

       そこで売買されるであろう、エルフ族の秘法の回収を命ず』


 その内容は、場にいた男たち、全員を凍らせた。

「……こ、国王、だと……?」

「はい、直々のご依頼ですよ。そういうわけで、どいてください、ねっ!」

「ぐふっ!?」

 フィノが男たちを遠慮なく蹴り飛ばした。突き進み、その奥で呆然とする、エルフの王女の元へ歩み寄った。膝を曲げて、頭を撫でる。

「ごめんなさい。もう、大丈夫よ」

 金の髪、翠の瞳、粗悪な服のあちこちが破れた姫君を、優しく抱きしめる。

「……ふえぇ……」

 弱々しい声と共に、じわり、と涙が浮かぶ。

 つぅっと、頬を落ちていき、それから両手を伸ばして抱きついた。


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