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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
4/27

項目4:悪意と殺意の目利き。

※一部、倫理感に外れる描写があります。

 催しは、月の浮かばぬ深夜に開かれた。

 大通りから離れた裏路地の、朽ちかけた屋敷。

 正面の門は錆びつき、もうずっと、人の手が入り込んでいない有様だったが、

「会場は二階か」

 注意しなければ見落としてしまう程度の明かりが、一箇所。

「慣れないもんを着ると暑苦しいな」

 ジークハルトは、黒一色のコートと、白のオペラマスクをつけ、錆びついた門を単独で通り抜けた。続く中庭は雑草が伸び、石畳みは割れている。しかし枯れた噴水の周辺は、確かに人が通ったと思わしき足跡が残されていた。

 室内に入っても同様だ。消えるか、消えまいかといった風前の灯火が、二階へ導く。


「……………………」


 辿り着いた部屋。十を越える、仮面の視線が向けられる。

 室内はテーブルクロスを被せた机だけがあるホールだった。ただし内装は、急ぎ整えられた様相で、埃をかぶったシャンデリアの代わり、【魔】を付与された燭台がそれぞれのテーブルに灯っている。床の赤絨毯はところどころ糸が解れたまま。両側の窓は、黒い布きれで覆われているものの、ジークハルトが外から見たとおり、僅かに光が漏れている。

 ――杜撰(ずさん)だな。

 思いながら、まっすぐ、部屋の中央に進んでいく。

 蒐集家たちは、本来の目的とする物へ視線を向けた。

 それぞれの机には、強奪されたと思わしきアイテムが並ぶ。指輪やネックレスの装飾品、礼拝に使われていたらしい聖杯などの呪具、さらには木製の弓や杖までも。強奪された時についたのか、血の跡がこびりついた物も少なくなかった。

「……よい、実によい。迷宮で取れるアイテムとは、また少し性質が異なるようだ」

 一人の仮面の男が呟いた。

 ジークハルトもまた横から覗き込んだが、一瞥をくれただけで移動する。

 贋作かよ、と小声で呟き、向かった先には、三人の『仮面』が密やかに笑いあっていた。

「いやはや、驚きました。今回はこちらに来て正解でしたよ」

「はは、本当に」

 内二人の声は、いくらか皺がれた男の声。

 残る一人は、この場で唯一に黒のドレスを着ている。

「ご満足いただけて、なによりです……」

 真っ赤なルージュが弧を作り、妖艶な雰囲気を醸しだす。

「本日取り揃えた商品は、どれも一級品ばかりですが、さらにこの後、とっておきの商品が控えておりますので……」

「ほぉ、それは楽しみだ」

「まったく、なにが出てくるのやら」

 物欲をたっぷり孕んだ声。そこへ気にせず割って入り、宝石で彩られた髪飾りを、ひょいと摘みあげる。

「…………」

 ジークハルトは、手の内で髪飾りを転がした。三つの仮面がその様子に釣られていると、

「これは悪くねぇな」

 同じ調子で机に戻し、それからまた、足早に去っていく。

「……なんでしょう、今のは。乱暴な」

「随分若そうな声でしたなぁ。どこぞの成り上がりの息子でしょう」

「違いない」

 仮面の男らは嘲笑し、再び談笑に戻る。

 ただ一人、ドレスの女だけが、その行動を追っていた。


 すべての机を見て回ったところで、ジークハルトは一つ息をこぼした。

 口元に手を添えて、さてどうするか、といった感じに立ち尽くしていた時だった。

「――皆さま」

 ドレスの女が、部屋の中央で声をあげた。一同の仮面が、すべてそちらを見る。

「本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。これより最後の一点をお披露目したく思います。あちらを、ご覧くださいませ」

 ホールと廊下をつなぐ扉が軋んだ。

 ジャランッと、硬質な部屋の中に響き渡る。その先には、

「ひ、ぐぅっ……!」

 少女がいた。

 成人した男たちの、胸元に届くかという大きさ。粗末な服と、首輪をつけて、強引に歩かされてきた。

「いひゃいっ!」

 長い金髪、森の新緑を思わせる翠眼、薄いクリーム色の肌、そして特徴的な、長く尖った両の耳。幼くも端正に過ぎる顔立ちで、頭にはまばゆく輝く精銀の髪飾り。

 エルフの少女の首輪を率いて来るのは、狼の顔立ちをした、二本の足で歩く毛むくじゃらの『亜人』だった。赤錆び、無骨な骨で出来た鎧を着て、ひたひたと素足で向かってくる。

「コ、コボルトっ!?」

「な、なんなんだ、おいっ!」

 仮面の男たちが一斉に身を引く。

 コボルトが「ルル……」と犬歯を剥き出し、集まった男たちを睨みつける。ギヂッと歯を鳴らし、手にした鎖を投げるように放った。

「あ、ぐっ!」

 エルフの少女が床に転がされる。

 ドレスの女が歩み寄り、膝を折って上を向かせた。

「みなさま、こちら、純血エルフ種の生き残りであられる、リーアヒルデ王女です。フフ、最低落札価格は、一千万から如何でしょうか……?」

「ひっ!」

 上向きにされた王女の顔。

 見る者にとっては、嗜虐芯をそそられる香りをたっぷり孕んでいた。男達は魂を抜かれたようにリーアヒルデを見つめる。一人を除いて、女の唇が何事かを紡いだことに気がつく者はいなかった。

 仮面に秘められた【魔石】が呼応する。その力を満たしはじめる。

「……は、はっ、ははははははははは。これは、いやはや、おもしろい……」

「実に、実にいいでは、ありませんか、なぁ?」

「やっ!」

 不穏な気配を感じたリーアヒルデが、くしゃと顔を歪めた。男たちの眼下から逃げようとするも、コボルトが鎖を引けば、再び転がるだけだ。

「けほっ!」

 苦しげに咳きこむ声に対して、男たちが嘲笑う。

「ひははっ、愉快な催しですなぁ。低値で入札をいたしましょうか」

「あー……。では千二百」

「千三百で……」

「いやいや、過去の繁栄とは儚きものですねぇ」

 仮面に付与された【魔石】が理性を溶かす。値は天井知らずに伸びていく。

「――さて、みなさま」

 うっすらと、女の口元に笑みがこぼれた。感情のなかった紅い瞳に、ぼうっと怪しげな色が浮かぶ。

「本日は納得いくまで、直々に、商品をお確かめいただけることを推奨してまいりました」

 そう言って、液体のたゆたう小瓶を取りだした。リーアヒルデが全身をふるわせ、ぽかんと口を開いたまま動きを止める。

「【水】をさしあげましょう。王女さま」

 口をこじ開き、小瓶の液体を強引に流し込む。

「ご気分は如何?」

「…………ぁぅ」

 リーアヒルデは、ぼうっと気が抜けたように宙を見上げていた。魔法にかかったように、首を傾げてみせてから、それから自分を見下ろす、情欲に染まった視線と向き合った。


「……なんだ、あの【水】は」

 あらかじめ【魔石】を取り除いていた男だけは冷静だった。そして、その思考を遮るように、ドレスの女が近づいた。

「貴方は、入札に参加する気がございませんの?」

「あぁ、結構だ。テメェが持ってる薬の成分と、効能のほうに興味があるからな」

「残念ですが、こちらに関してはお答えできませんわ」

「そうかよ、なら、自分で調べるとするか」

 口元が吊りあがる。その手に、半分ほど中身の減った小瓶が踊る。

「なるほど? 麻薬というよりは、【魔】に起因する成分が強いようだな」

 ふたたび手に落ちたとき、女が短い悲鳴をあげていた。

「いつの間にっ!?」

「手癖が悪いのが、売りの一つでな」

 平然と嘯く。小瓶をわざとらしくスーツの内にしまう。

「……お客さま、無事にお帰りいただけなくなりますわよ?」

「最初から期待しちゃいねぇさ」

「あら、そう?」

 女が小さな笛を取る。音の無い響きがしたのと同時、ホールと廊下を繫ぐ扉から、武装したコボルトたちが集団で現れる。

 冷酷に、ドレスの女が告げてきた。

「まったく、困ったネズミだわ。増えるまえに、駆除しておかなくちゃねぇ……」

「同感だ。もう遅いけどな」

 女の言葉を制す。

 手首の裾から、鞘に収まった漆黒のナイフを抜き放ち、床上に突き刺した。


『――【時空】を知る我、命ず。< 彼方へ通じる扉、此処(ここ)(しょう)ぜよ > 』


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