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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
3/27

項目3:営業時間について。

 月明かりに照らされた職人街の通りは、しん、と静まりかえっていた。そのなかで、一軒だけ灯りのついた建物がある。見栄えよりも実用的な印象を放つ、無骨な赤レンガで出来た小さな店だ。正面に木製のプレートが下がり、閉店中だと告げていた。

 勝手口を抜けた先、さして広くない室内の中央に、長机が置かれている。

 天井から吊り下げられた電球の明かりが、ぼんやり届く。

「…………ゴミ」

 ジークハルトは椅子に座り、手を動かしていた。赤い宝石が乗った杖を置く。

 茶色の短髪と瞳。やたらと険しいその目を細めれば、どこか猫科の肉食獣を思わせる雰囲気が滲みでる。

「…………こいつもゴミ」

 白い絹の手袋をはめ、無言で、青い宝石を乗せた指輪を、ためつすがめつする。

 その指先が不意に止まり、舌打ちをした。

「クソ。初見の客は信用ならねぇな」

 ジークハルトの右目には、昼間つけていたものと同じ、丸い(モノ)眼鏡(クル)が被せられていた。銀縁の外枠が、苛立った内面に呼応するように光る。

「あの野郎。なにが伝説の <妖精指輪> だ。ホラ吹きもいいとこだぜ。指輪から【魔】の反応がぜんぜんしねぇ。単なるクズ銀じゃねぇか」

 両手を動かしながら、今度は青い宝石に注目した。

「こっちの【魔石】は本物みたいだが……」

 慎重に、ゆっくりと、角度をズラしていく。指輪の青い宝石に注目すると、じんわり、右目に乗せた片眼鏡のガラスに、イメージが浮きあがってきた。

 ぽつ、ぽつ、飛び散る、赤い鮮血の色。

 すぅぅーと、人の手を模したイメージが伸びてくる。

「ウゼェ」

 実在する己の手で払いのけると、イメージは霧散した。

 ひとつ溜息をこぼし、片眼鏡を外す。指輪は再び、なんの変哲もない銀の指輪に見えていた。

「どこの死体を漁ってきたんだか。良物は、あのナイフだけか」

 指輪を机上に戻し、傍らに置いてあったマグを取る。中には半分冷めたコーヒーが残っていた。苦い顔を浮かべ、茶色い毛を掻きむしる。

「面倒くせぇ」

 改めて、作業机の上を見渡した。

 転がるのは革の鞘に入った短剣を除くと、赤い宝石を載せた杖、目を引く青い宝石の指輪が三つに、黒い水晶で作られたネックレス。そして極めつけは「カタカタ」音の鳴る鎖帷子だ。

「ったく。王城の鑑定師(グートアハテン)が拒否するような、面倒なアイテムばかりじゃねぇか。まとめて銀貨六枚で引き取らせてやる」

 手にしたコーヒーを、ぐっ、と飲み干したとき。


 ――カラン、コロン、カララン。


 澄んだ鈴の音が、薄明るい店内に響いた。一人、男の客が入ってくる。

「ジャマするぞ」

 背の高い、青空の髪と瞳を持つ、二枚目の男だ。黒衣のロングコートを着て、足は膝下まである濃紺のブーツを履いている。腰元には一振りの長剣をたずさえていた。

「相変わらず仕事熱心だな、ジーク」

「……エリオット」

「なんだ? 嫌そうな顔をされる覚えはないぞ」

「表の看板が見えなかったのか。店はとっくに閉まってんだよ」

「そうか。暗くて分からなかった」

 さらりと見栄えのいい顔が笑う。

 エリオットと呼ばれた客は、木目の床を進み、客用の椅子へと腰かけた。

「仕事熱心なおまえに、いい話を持ってきたぞ」

「頼んでねぇ」

「頼まれた覚えはないさ」

「なら帰れ、今は面倒事を聞いてる暇はねぇよ」

「鑑定中か。相変わらず、面倒な【属性】が付与されたアイテムが並んでるな」

 エリオットが、先ほどまでジークハルトが鑑定した指輪を取りあげる。

 宝石から赤い【霧】が立ち込めた。再び人間の腕が伸び、エリオットの手に食らいつかんと迫るも、


『――【呪】を知る我、命ず。<< 解除(ディス)属性(エンチ)付与(ャント) >> 』


 ささやくと、赤い【霧】は弾かれたように消えてしまう。続けて、その他のアイテムにも手を添えて、同じ言葉を告げていく。

「ふん。【魔】が外れたら、ただの粗悪な指輪だな」

「俺が預かってる商品に勝手な真似してんじゃねぇよ」

「べつにいいだろ。持ち手に害意を与える【属性】が付与された『呪い物』を、好んで引き取るやつもいまい」

「それもそうだな。おい、エリオット。ここらのアイテム全部【解除】しやがれ」

「なんだと貴様。こっちは客だぞ」

「うるせぇ。やれ」

 この世界に満ちた【魔】と呼ばれる力。

 万物、ありとあらゆる【属性】のイメージに、別のイメージを付与し、本質を操作、または変貌する力。

 【魔】が秘められた有用なアイテムは、人々から <アーティファクト> と呼ばれ、そうでないものは「呪い物」などと呼ばれていた。

「まったく人使いの荒い……」

 エリオットは愚痴をこぼしながらも、素直に呪いを解いていく。

 黒い水晶のネックレスと、さらに『カタカタ鎖帷子』を黙らせたところで、

「――さて、後はそのナイフか?」

 残るのは、革の鞘に入っていた短刀だ。

 手を伸ばすと、先にジークハルトが取りあげた。

「こいつは必要ない。今朝、俺が市場で買いとってきたもんだ」

 抜き放てば、黒い刀身が現れる。

 ジークハルトの片眼鏡アーティファクト越し、刀身の中央に【歪んだ渦】が見え隠れする。エリオットの口元からも「ふむ」と声があがる。

「いっぱしの冒険者なら、そいつに秘められた【魔】に警戒しそうだが」

「単なる『呪い物』と、純度のいい【魔石】の違いが見抜けなけりゃ、鑑定士なんざやってねぇよ。おそらく、これを作った職人はよっぽどの腕利きだぜ」

「何故わかる?」

「本体に、一切の刃こぼれも血の跡もついてねぇ。――鞘は使い古された感があるのに、刀身が真新しいってのは妙だろ」

「そうか? 普通に研いだんじゃないか?」

 ジークハルトが首を振る。

「この『いかにも怪しいです』って刃を研いだとすれば、普通に実用性があるってことだ。それに、もう一つの可能性があるだろ。このナイフがそもそも『直接斬りつける用途に使われてなかった』ってな」

「なるほど」

 エリオットが、会得の言ったという感じに頷いた。

「特定の【魔】を発動させるべく作られた、触媒用の 『クリスナイフ』 か」

「そういうこった。片眼鏡で鞘の方も見たら、そっちにも【魔】の反応があったんでな。特別な【魔石】は、作り手の意識で、姿も、形も、色も変える。だが【本質】を見抜く片眼鏡と、質量だけは誤魔化せねぇ」

 (モノ)眼鏡(クル)を載せたジークハルトの瞳が、ナイフの鞘を見据える。一見して動物の革に見えるそれは、刀身と同じ、漆黒の色合いを映し出していた。

「鞘、刀身、握り手に至るまで、すべてが【魔石】で出来てやがる。革の鞘を手にしたときの重さによる違和感と、抜き身にした時の真っ黒な刀身のせいで、呪われてるように勘違いするんだろうな」

「――見事な鑑定だ。いくらだった?」

「銀貨一枚」

 ジークハルトがすかさず答えると、エリオットが噴き出した。

「いい買い物をしたなぁ。金塊に等しいお宝を、銀貨一枚で買い取ったか」

「宝が腐ってんのを回収して何が悪い?」

 エリオットが、くっくっと、心底楽しそうに笑う。端正な表情を緩め、口端を吊りあげる。

「たいした奴だ。やはり、場末の自由(エル)鑑定士(サーズ)にしておくには惜しい」

「そいつはどうも」

「よし、そろそろ仕事の本題に入るか」

「うるせぇ、引き受けねぇって言ってんだろが」

「人に解呪を任せておいて、それはないだろう。いいから話だけでも聞いてくれ」

 微妙に下手になりはじめた。

「今回の仕事は王城から来たものだ。もう一度言うが、損は無いぞ」

「……城からの依頼? 危険はねぇのか」

「当然ある」

「帰れ。死ね」

 ジークハルトが心底嫌そうな顔をする。ナイフを引っ込め、睨みつけた。

「場末の鑑定士の店に、厄介な依頼持ってくんじゃねぇ。テメェんとこの『ギルド』で片しとけ」

「ウチは隠密行動に向いてる人材が少なくてな。できれば、あまり顔が知れてない奴で、なおかつ腕利きが好ましいわけだ。なっ、頼む、ジークハルト」

「うるせぇ。つーか、なんで王城から仕事預かってくんだよ。テメェは元々、ただの冒険者だろうがよ」

「ふっ。それだけ、この俺の名が売れてきたということだなっ」

「アホが」

「なんだと」

「良いように使われてるだけだぜ」

 ジークハルトは、そっと腹部を抑える。

 じわっと、わずかに古傷が痛んだような顔をした。

「悪いが、帰ってくれ。俺は、貴族の犬になるのはごめんだ」

 本気で苛立つ言葉を耳にすれど、エリオットは引き下がらなかった。

「便利屋のように使われることに辟易してるなら謝る。だが事実、お前の力が一番高いと確信している。それに俺は、信頼を切り捨てるようなバカとは違うぞ」

 懐から小さな袋を取りだし、放り投げる。

 中に詰まっていた金貨が、机の上に広がった。

「前金でニ十万だ。質素に暮らしていれば、三月(みつき)は食っていけるだろ?」 

「だから……」

 眉間に指を添え、ジークハルトは、深々とため息をこぼす。

「俺は、只の鑑定士だって、言ってるだろうが」

「謙遜するな。鑑定だけじゃないだろう。鍵開け、罠外し、古代知識に、異国の言語。ついでに薬物調合とかな。おまえなら、今でも一流の冒険者としてやっていけるさ」

「引退済みだってんだよ」

 市場価値の高い金貨を取りあげ、指で弾く。

 手に落とし、純度を確かめるように軽く噛んだ。

「……ま、金に貴賎はねぇ、か」

「その通り」

「一万上乗せで話ぐらいは聞いてやる」

「そうこないとな」

 エリオットが平然と、新しい袋を取りだし乗せた。そして、真顔になる。

「事のはじまりは先週だ。南西にある森で起きた噂は聞いてるか?」

「知らねぇよ。ここから南西の森っつーと……」

「【魔】に優れた、『エルフ』の一族が住んでる森だ」

 言葉をひとつ区切る。

「先週から、エルフ族との連絡が途絶えているそうだ。おかげで、連中の森から取れるアイテムの流通が無くなり、王城は大騒ぎらしいぞ」

「そのアイテムってのは?」

「 <森の霊薬> だ。消費した【魔】を回復させる、飲み薬だな」

「あぁ……。王城が販売を独占してるアイテムか」

「そうだ。そのアイテムの流通も途切れている。エルフ族はおそらく、ほとんどが死に絶えたという見方になっているらしい」

 へぇ。

 ジークハルトは、どこか気のない様子で返事をした。

「それでだ。この街で、明日の夜に盗品が流される情報を掴んだのが、つい昨日だ」

「盗品?」

「エルフ族の <アーティファクト> が売りに出されるらしい。売り場に潜り込めば、一族が滅びた元凶が掴めるかもしれん」

「流してる連中の正体は分かってんのか?」

「確証はないが、十中八九、この国の貴族だ」

「あー、腐ってんな」

 唾を吐き捨てるように告げ、後ろ髪をかいた。

「自分らの不始末が処理できず、テメェのギルドに依頼が来たわけだ」

「そういうことだ。腐った貴族の連中に、一泡吹かせてやるのも面白そうだと思わんか?」

「……悪くねぇな」

 ジークハルトが応じれば、蒼の双眸が深く頷いた。さらに、懐から一つの仮面を取りだして置く。顔の上半分を覆う、目と口元のところだけ開かれた、白いオペラマスクだ。

「なんだそりゃ?」

「これが、売り場に行くための招待状らしい。手にとって見てくれ」

 ジークハルトは()眼鏡(ノクル)を装着し、受け取った仮面を観察した。額に触れるところを撫で、表情を歪める。

「気づいたか?」

「……詳細は分からねぇが、わずかに【魔】を感じる。催眠系か?」

「恐らく。内側に己を驕らせる【属性】が籠められているはずだ。あとは……」

 少し言葉を濁して告げた。

「オークションの客は、男に限定するらしい」

「それがどうかしたのか?」

「確証はないが、エルフの生き残りが売りに出されるらしい」

「クソだな」

「同感だ。さて、そろそろ返事を決めてもらえるか?」

「あぁ」

 ジークハルトが片眼鏡を外す。茶の短髪と同じ瞳を閉じ、思案に耽る。

 壁際に置かれた棚上。時計の秒針が一週した。

「――いいぜ、引き受けてやるよ」


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