表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
SIDE SEGMENT();
27/27

残された物の意思。

いわゆる番外編

 私たちはもう人間では無い。

 ガタガタ、ガタン。

 揺れる馬車の音は、どれほど居心地が悪くとも眠気を誘った。これからどうなってしまうのか、考えるのが恐ろしくて、想像を眩ませたくて、一時の忘却に浸っていた。

「……おねーちゃん」

「大丈夫よ」

 すがってくる妹の頭を撫でる。血が繋がっていることを示す、アンバーの虹彩。少し赤味を帯びた髪の毛。一つ歳の離れた妹だったけれど、私たちはまるで「双子のようだ」と言われるぐらい、そっくりだった。

「――ひゃっ!」

 馬車が大きく揺れる。積まれていた荷の一部が大きく動く。

 古ぼけた幌を留めていた糸も少し解け、隙間から外の景色が見える。

「わぁ」

 妹の声は明るい。

 蒼い空、白い雲、稜線、緑の尾根。

 うららかな春の日差し。すーっと、気持ちの良い風がたなびいた。

 両足を閉めた枷が無ければ、今すぐあの世界へ駆けていくのに。いや、

(無理よね。どうやって生きていけばいいか、わからないもの) 

 ガタガタ、ガタン。

 眠たい。意識が落ちていく。

 景色の中に一人、この空と同じ色の男性が見えたような気がした。


 にぎやかな声が聞こえてきた。街に着いたのだろうと、ぼんやり思う。

「――荷を確認させてもらうぞ」

 足音が近づく。幌をまくられると、その先にいたのは鋼の鎧を着た、小太りした衛兵の男だった。ふん、と鼻で一つ笑い飛ばされる。

「ずいぶんと小せぇのも混じってやがんな」

「隣国の没落した貴族ですよ。この先にある小国で売り払おうと思いましてね」

 痛む傷もない。あっても気がつかない振りをすればいい。

 忘れよう、忘れようと、言い聞かせる。

 この先にはもう、希望もなにも無い。

「おねーちゃん」

「うん……」

 でも、まだ私には妹がいた。

 男の子みたいに、やんちゃで、私がしっかりしないといけなくて。

「ローゼおねーちゃん」

「どうしたの? アデラ」

「私の鎖、取れてる」

「えっ?」

「お姉ちゃんのも、取れてる」

「……え」

 私たちの両足。

 何かの【魔】を秘められていた足鎖が、パキン、と二つにわかれていた。

 現実感が足りない。これが、壊れていたら、どう、

「おねえちゃん! ほら早くっ!」

「あ、うん……」

 アデラが私の両肩を掴む。前後に揺さぶられて、やっと気がついた。

「見て、ほら。馬車、ちょうど門を抜けたみたい!」

「で、でも……」

「『せんざいいちぐー』のチャンスだよっ!」

「ま、待ちなさいよ! アデラっ!」

 にこりと笑う。私たちは手を取りあって、飛び降りた。


 短い自由を得て、少しだけ心が躍った。

 ただ、うっすら陽が照らした街並みに陰りが落ちた時、すぐに胸の中に暗鬱としたものが広がっていった。

 夜が恐ろしい。

 やはり逃げ出すべきじゃ無かったと、ふたたび諦念が押し寄せてきた。

「おねえちゃん」

「うん……」

 だれか、たすけて。

 寒くて飢えていた。夜の街で、空き地の一角に身を寄せ合って、ほんの少しの暖を取るしかできない。

「……さむぃ……」

「アデラっ!」

 妹が震えていた。頭に手を乗せると、熱い。

 熱がどんどん、ひどくなる。

 何もない。ただ抱きしめることしかできない。ぎゅぅと、精一杯に。

「……おねーちゃん……」

「うん」

 妹の後ろ、整備などされてない石畳みの合間から、一本の花が咲いていた。

 どこにでもあるような、小さな白い花。

「……おねー、ちゃん?」

「眠ってて」

 妹の頭を優しく撫でた。拾った布を被せる。手を繋ぎ合わせ、指を絡め、願った。

 神様。あなたという存在が本当にいらっしゃるのでしたら。

 どうか、妹だけは――

「――違う」

 今、役に立つのは、このカラダだ。それを用いる私の意志だ。

 頼るな。祈るな。何者にも願うな。

 私が、妹を助ける。花を契る。

 夜空を見上げれば、今にも雨が降ろうとしている。周辺に映る世界もまた、暗鬱としたものだったけれど、全身は怖さと寒さで震えていたけれど。

「人は、護るものがあれば、強くなれる」

 戦場で散ってしまった、頑固で生真面目な父の口癖を重ね合わせた。

 口元にほんの少し、笑みが浮かんだ。覚悟は決まった。

 最初に、私の前に通った人に声をかけよう。

 目を閉じて、耳をすませる。

 足音が近づいてきた。一歩を踏み出す。

「……あのっ!」

「うん?」

「私を、一晩買ってくださいっ!」

「…………え?」

 一拍の間があった。おそるおそる、顔をあげてみると、そこには、

「――あ」

 隻眼の、けれど非常に整った顔立ちをした、黒髪の『女性』がいた。

 無骨な皮鎧とズボンを纏う。スラリと伸びた背。腰元にはわずかに反りの入った東国の長剣が吊り下げられている。くす……っと表情を綻ばせた。

「私、こう見えても、女よ?」

「あっ、いえ……」

「それとも、そういう趣味?」

「ち、違いますっ!」

「じゃ、もう一つ忠告しといてあげる。追い剥ぎするなら他所でやった方がいいわよ?」

「えっ?」

 予想外の返答に戸惑った。時だった。

 ダッ、と。路面を駆ける姿があった。

「やあああああぁッ!」

 いきなり、近くの茂みから飛び出した影。

 尖った石を振り被ったのは、

「アデラ!?」

「お粗末ねぇ」

 女性はひょいと首を傾げるだけで、避けた。

「ほら、奇襲が失敗したなら、素直に逃げるが吉よ」

「うるさい! おねーちゃんに手を出しちゃ……っ!」

「アデラッ!」

 両手を広げる。見下ろすその女性と対峙した。

「さて、どう落とし前つけてもらおうかしら」

「そういうつもりは無かったんですっ! 本当ですっ!」

「そんなこと言われたってねぇ」

 細くなった黒瞳で、にこりと笑った。

「そっちの娘、放っておいたらマズそうよ?」

 細い指先が楽しそうに、とん、とん、と刀の柄を叩いた。

 側まで歩いてきて膝を折る。

『――この人』

 強い。

 私の父は武人であることを良しとしていた。

 女でありながら、基本程度に武芸を仕込まれていたから、なんとなく分かる。

 目の前の女性が刀を翻せば、自分たちの命は、紙切れのように散ってゆく。

「な、なんでもしますっ! だからっ、許してくださいっ!」

 乞うしかなかった。ひたすらに。低身低頭で頭を下げた。

「――なんでもするのね?」

「は、はいっ!」

「料理、炊事、洗濯」

「え?」

「できる?」

 頭をあげると、月夜に照らされた彼女の口元は、ほんの少し笑っているように見えた。

「ある程度なら……」

「私はできないわ。さっぱり、全然できないわ」

「えっ……」

「ついて来なさい」

「あ、の?」

「別に、取って食ったりはしないわよ。あぁそうだ。貴女の名前を聞かせてもらえる?」

「……ロ、ローゼ・フォン・アイリスです。こっちは妹のアデラ・フォン・アイリス」 

「ふぅん。貴族ね?」

「一応は……」

 さらりと興味なさそうに、その人は告げた。

「南の方で、下級民たちが反旗を起こしたと聞いたわ。一応は鎮圧したそうだけど、貴族側にも随分と被害が出たそうね。人の上に立つ人間って、クズばっかりなのかしら」

「父は違いますっ! 父は……っ!」

「詳しくは聞いてあげないわよ」

「……っ!」

「ただ、選択肢をあげる。ついて来たいなら、好きになさい」

 ひらりと手を振って、その人は軽やかに歩き出した。

 私はアデラを背負って、その背中を追いかける。

 それから、私達姉妹は、古い名前を捨て、この『魔都』で暮らすようになった。


 特別に裕福なわけでは無かった。

 だけど私たちは、本当に恵まれていた。幸福だった。

 あの時の路地を同じように歩く。

「――レティーナ様、先ほどの男性も冒険者ですか?」

 私が告げると、誰よりも強いその人は、ふと、こちらを見た。

「昔はね」

 短く応じた。

 眼帯に覆われていない方の瞳は、いつにも増して、優しさに満ちていた。

「あの、レティーナ様」

「なにかしら?」

「良いことが、あったんですね」

 進んでいた足が止まる。自身を指で示されて「わたし?」と聞き返された。

「はい」

「どうして?」

「だって、嬉しそうですよ」

 言えば、もう一段、愛らしい笑顔を浮かべられた。

 その仕草もまた、普段と異なっていて、不覚にも少し見惚れてしまう。

「ロゼ、大人をからかうのもいい加減になさい」

 そう言って振りかえった横顔は、とても可愛らしい感じでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ