剣の「盾」
迷宮は、三人の視界に映る彩りを変化させていた。ロゼが生み出した【光】の球体が四つ、周囲を探るように飛び回り、周辺を照らす。
「ここが、魔都、なのですか?」
「いや、まだだ」
辺りからは自然の洞穴といった様相は無くなり、極めて人工的な、滑らかな石床と壁に置き変わる。中には明らかな『階段』があったり、壊れて稼動は停止しているらしいが、なにやら筒状の部屋もある。正面の壁には、『上と下の矢印』がついたでっぱりがあり、思わず、といった感じでそれを押す。
カチッ、カチッ。と乾いた音がするだけで反応はせず「ロゼ、お前迂闊すぎるぞ」と、すぐ後ろを歩いていた青年が注意を促した。
「すっ、すいません! ……えっと、これは?」
「昇降機だろう。昔のな」
「へぇ~。これ、【魔】で動く代物ではありませんよね?」
「たぶんな――。おい! だから迂闊に中を覗いたりすんな!」
「あ、いえ、中はどうなってるのかなと……」
「底が脆くなってるし、余計なトラップが仕掛けられてる可能性もあるだろうが。バカ」
「バ、バカバカ言わないでくださいっ! 私っ、学園での今学期の成績はトップクラスだったんですよっ!」
「だから何だ。従わないなら帰るぞ」
「う、ぐ……っ!」
渋々といった感じでロゼが言葉を噤んだ。そしてふたたび、慎重さとは無縁そうな様子で、辺りをきょろきょろと見て回る。
「なにか、不思議な感じですね。昔はここに人が住んでいたんでしょうか?」
「どうだかな」
三人が歩く床は、ところどころ、ヒビが入って砕けていたりするのだが、この場所が、かつては何らかの建造物――それも相当に巨大な――であることを匂わせていた。
「過去のルーインはそれ自体が研究施設だった、って説もあるな」
「何を研究してたんですか?」
「さぁな。それよりいい加減、気を引き締めろよ」
どことなく、その言葉は先頭を歩く男にも向けられていた。
エリオットが脚を止めて振りかえる。
「ロゼ。怖ければジークの腕なり胸なりと、好きなところへ張り付いておけ。少しは不安が薄れるかもしれんぞ?」
「いっ、いきなりなにおっしゃってるんですかっ!? そんなことしたらっ!」
「どうなるんだ?」
「ど、どうって……!」
「エリオット。いい加減にしろ」
ジークハルトが睨みつければ、両肩を竦めて「相変わらず短気だな」と軽く流す。
「安心しろ。ルーインに辿りつくにはまだ遠い。気を引き締めておくべきではあるが、必要以上に警戒しても身が持たんぞ」
「……では、これより下に行けば、また雰囲気が変わってくるのですか?」
「変わる。特に厄介な【魔物】が現れたりな」
「だから、さっきから脅してんじゃねぇよ。今回はそこまで行かねぇだろ」
ジークハルトが言うと、エリオットも素直に頷いた。
「まぁ、そうだな。ひとまず前回、機工人形を見たという場所へ向かおう。<魔剣> の影響で床に巨大な穴が穿たれたらしいのでな。すぐに分かるだろう」
「……この床が、剣で壊せるのですか?」
ロゼが、手にしていた杖で軽く叩くと、コツ、コツと、かなりしっかりした、硬質な手応えが返ってくる。
「特殊な力を持つ <魔剣> なら可能だ。さて、行こうか」
「はい」
ロゼは、落ち着いた様子で頷いた。
「目当ての相手がいなくば日を改める。ただ、対象の機工人形は、発見される度に地上に近づいているらしいからな。油断はするなよ」
「やはり、地上を目指す理由があるのでしょうか?」
「それはわからんが――こんな面白そうな話を、他の連中に譲ってたまるものか」
「テメェ、実はそれが本音だろ」
ジークハルトが呆れつつも、油断なく周辺を見回して進む。そして、三股路になった場所で、ぴたと足を止める。
「……エリオット、ロゼ、少し待て」
「どうした?」
向かった先に【なにか】を感じた。少し言葉を捜したが形にならない。
しかしその違和感へ素直に従う。懐から、鑑定する際に用いる片眼鏡を取りだして、右目に乗せる。
宙を飛び交う【光球】の先、迷宮の闇を睨みつけた。
ずぅるり、ずぅるり……。
けして聞こえないはずの【音】を聞き留め、小さく舌打ち。
「エリオット、穴が穿たれたってのはこの先か?」
「そうだ」
「確証はねぇが、いるぞ」
「えっ!」
ロゼが緊張した声を出す。対してエリオットは短く一言、
「好都合だな」
進んでいく。二人も続いた。
そして向かい側の壁面が確認できないほどに広い、大広間のような空間に出る。
床面に巨大な穴が穿たれていた。その穴を挟んだ先から、ゆっくり近づいてくる気配を感じとる。
三人が構える。
「ジーク」
「なんだ」
「【時空】のナイフを使って、【歪】を作れるか?」
「あぁ」
応じる。レザーベストから、刀身も、鞘も黒いナイフを取りだした。
「この空間限定ならな。少しでも危険を感じたら、テメェを置いて素直に逃げるぞ」
「そうしてくれ」
二人がそれぞれ、素早く武器を構える。
「ロゼ、絶対に、自分から手ぇ出すなよ」
「はい……っ!」
ぎゅっ、と。ロゼが自分の杖を握りしめた。そして、
「……………………人型ユニットを三体発見しました」
機工人形が、姿を現した。
長い銀髪をたなびかせ、全身の肌にぴたりと密着したような、同じく銀の衣装を纏う。
感情の乏しい表情で、重たそうに、無骨で大剣を引き摺ってくる。
「ロゼ、背後の警戒は頼んだぞ」
「了解です!」
エリオットと、ジークハルトが、それぞれロゼの正面斜めに立つ。
大穴の手前。ぴたりと、機工人形の動きが止まった。赤い唇が言葉を紡ぐ。
「私は問いかけます。貴方たちは敵ですか?」
「違う。が、できればその <魔剣> を譲り受けたい。交渉の余地はあるか?」
「拒否。これはマスターより授かりし剣です」
「その主の名は?」
「拒否。機密事項です」
「貴様が、迷宮を彷徨っている理由を聞かせてもらえるか?」
「拒否。機密事項保持のため、強制的な戦闘行為に突入する可能性があります」
「……フン。面倒くさい奴だな。仕方ない、殺して奪い取るか」
「テメェ、本当に何も考えて無かったろ」
「まぁな」
自信たっぷりに言い切ったとき、機工人形の口から、抑揚のない言葉が漏れる。
「カウント開始。【10】【9】【8】……」
「そもそも、殺して奪い取ればいいのだから、問題あるまい?」
「それなら最初から俺を呼ぶんじゃねぇ。一人で死んでろクソが」
「……【7】【6】【5】……」
「なに。ロゼにも経験値を積ませてやりたかったしな。いざという時は、側にお前がいれば安心するだろうし、なにより喜ぶ」
「エ、エリオット様っ!」
「……【4】【3】……」
「おい、行くぜ」
「頼む」
「……【2】」
ジークハルトが、手にしていた【黒のナイフ】で宙を切る。
『――【時空】を知る我、命ず。<彼方なる扉、此処に生ぜよッ!> 』
呼応する。切られた宙に、【時空】の歪が出現。
さらに、ナイフを包んでいた鞘を投擲する。それは機工人形の隣を大きく逸れて飛んでいく。ちら、と目線だけで追うが動かない。
『――【紡げ】!』
鞘が、機工人形のやや後ろで、「ぱんっ」と弾けた。
【時空】の歪みがもう一つ生ずる。ナイフと鞘は、二つで一つ。
鏡合わせたように、空間の距離を無視する【時空】を連結。
「……【1】」
「――――余裕だな」
ガシ、と床石を踏むブーツの音。
機工人形のすぐ背面。体制を低くして、腰の長剣に手を添えたエリオット。
「その腕ごともらっていくぞッ!!」
一歩を踏み込み、抜刀。
狙いは違わず、【魔剣】を握った機工人形の手首に向かう。が、
――――。
無音で攻撃は阻まれた。
「な……」
剣の磁力にでも吸い寄せられるように、機工人形が【自動的】に腕を振り上げていた。
【次元】が断絶された <魔剣> の周辺には、ありとあらゆる攻撃は届かない。
何の手応えもなく、弾かれることもなく――運動量が消失。
「【0】」
カウントダウン・オーバー。
機工人形が、エリオットの方へ変わらぬ表情で振りかえる。
「チッ!」
間髪入れずさらなる一撃を見舞うも、ふたたび機工人形は防いだ。棒立ち姿勢のまま、握った <魔剣> のみを的確に動かして、エリオットの連撃を防ぎきる。剣戟の音は一切響かず、口惜しそうに歯軋りする音だけが響く。
「……! 手応えが無さすぎだッ!!」
『――【風】を知る我、命ず! <その力、刀身に宿し、敵を撃てッ!> 』
背後、大穴の向こうより、ジークハルトの声が響いた。
正しく【風】を切る。投げナイフの一振りが飛来。機工人形の背面を襲う。
機工人形は振りかえることなく、<魔剣> を両手で振りかぶるように持って回避。刹那、
「――もらったッッ!!」
ガラ空きとなった正面胸部に、エリオットが踏み込む。
腹部急所を狙った神速の突き。
対する機工人形は、ぴょんと跳ね、くるりと反転。
「はぁ!?」
背面に持った <魔剣> の手前、突きは、断絶した【次元】に阻まれる。
攻撃は通らない。手応えも無く、反射もせず、ただ、そこで『止まってしまう』。
「ふざけるなッッ!!」
エリオットが吼えた。
「つまらん! 実につまらんではないかッ! 全然戦ってる感じがせんぞッ!」
直後。常と変わらぬ、機工人形の穏やかな声が鳴る。
『――<< ヴァッフェ・シルド>> に命じます。
まずは最も近しき【ユニット】の、脅威レベルを下げてください』
フォン。<魔剣> が応じる。
機工人形は、ぐっ、と片足を前にだし、ぶーん、と両手に持った剣を振り回した。むしろ振り回されていた。あまりにも間抜けな一撃だったが、
「避けろッッ!!」
ジークハルトが叫ぶ。本質を見極める片眼鏡に、言葉に表せない【なにか】が見えていた。
エリオットは素早く、生じていた【歪】の中へ逃れる。
【時空】を超越し、機工人形の視界から消え去る。同時、
『コード・ブレイク』