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古の「迷宮」

 早朝。風がやや強く、太陽は雲に隠れていた。

 夏の兆しは過ぎ、ずいぶんと涼しくなりそうな一日だった。

「――さて、と」

 魔都の先、流れる川の一角に、不自然に開いた穴がある。

 周辺には堤防が作られているので、水が必要以上に落ちてくることは無い。ぐるりと取り囲むように作られた階段を降りていけば、まずは『浅層』と呼ばれる場所に着く。

 迷宮内から取れる【魔石】を採取する為に、ツルハシを持つ採掘師たちが集まる階層だ。地面にはレールが敷かれ、【魔】を利用したトロッコが自動的に走り、積まれた【魔石】を運ぶ。ガタガタと車輪の音が忙しく響き、冷え冷えとした空気が流れる中でも、男たちは大粒の汗を流して働いていた。

 安全が確立された、主だった働き口の一つ。

 稀に出現する【魔物】も、とりわけ強力では無かったが、周辺には彼らを警護してまわる王城の騎士団も在中している。

 本来なれば、立場の異なる「職人」と「騎士」だったが、険悪な雰囲気は色濃くない。親しく声をかける様子は無けれども、互いの領分に納得している雰囲気が見受けられた。

「……変わったな」

 一つ呟いて、ジークハルトは足を進める。

 投げナイフと、薬品を納めたレザーベスト、膝と脛に鉄鋼をつけたズボン。足下は滑り留めのついたブーツという装備。左右の両腰にも、赤い【魔石】を収めた柄の長い短刀(マインゴーシュ)を二本下げている。

 視界の先、見知った顔の男を見つければ、相手もジークハルトの方を見た。

「来たか」

 相変わらずの黒づくめ。腰元には長剣。

 そんなエリオットの隣には、少し緊張した面持ちで立つ少女がいた。

「おはようございます。ジークハルト様」

 ぴしりと直立してから、深く頭を垂れてくる。ジークハルトと同じような防具を纏い、両手には赤い【魔石】を乗せた杖を握りしめていた。

「ロゼ……?」

「はい」

 面をあげる。

「本日は僭越ながら、ご一緒させていただきます」

 燃えるような赤髪が持ちあがり、金色の瞳もまた、意思の強そうな色合いを滲ませていた。表情には、昨日よりも朱が乗せられて見える。

「……おい、エリオット」

「どうした?」

「なんでロゼがここにいる」

「ん? 俺は言ったぞ。同行する仲間を連れて来るとな」

「はい。足は引っ張りません」

「……そういうことじゃ、ねぇだろうが」

 表情を顰めれば、エリオットはどこか楽しそうに肩を竦めた。

「そんな顔するなよ。彼女の腕は保障するぞ?」

「うるせぇ。何かあったらどうすんだ」

「心配無用です。覚悟はできています」

「ふざけんな。バカ」

「バ、バカぁっ!?」

 素の声で応じた様子に、隣に立っていたエリオットが「くっく」と笑う。

「ロゼ。ジークが来て嬉しいのは分かるがな。少し落ち着けよ」

「な、なにをおっしゃるんですかっ! あと、私はバカじゃありませんっ!」

 杖を振り上げ、ハッとした顔で下ろす。そんな様子もまた、エリオットの笑いの種にされてしまう。

「す、すみません……」

「冗談はそこまでにしとけよ。ロゼ」

「冗談でこの場に来たわけではありませんっ」

「なら、余計に言っておく。お前が迷宮に潜る必要はねぇ。あいつが、お前にそんな生き方を強制させたくて、自分の下に置いてたと思うか?」

「……それは」

 ロゼの親代わりであり、ギルドマスターであった『レティーナ・ハーツ』は、この迷宮の奥で致命傷を受けて亡くなった。亡骸は地上の墓地にて埋葬されたが、ロゼにとっては忌むべき場所のはずだった。

「――でも、私は悔しいんです。お二方の援助を受けているだけでは、レティーナ様にもきっと笑われてしまいます」

「ダメだ。帰れ」

「私はお役に立ちます!」

「自分から覚悟がある、役に立つ、なんて軽く口にする奴は、一番信用ならねぇよ」

「……っ!」

 宿る意思が、ほんの少し揺れた。

 浮かんだ彩りは強い。けれども勢いよく頭を下げて、

「お願いします」

 再び表をあげる。その瞳に真っ向から見つめられ、視線を逸らしたのは、

「ジーク。不安なら、貴様がしっかり護ってやれ」

「テメェが言うなっ!」

「ふっ、俺は基本的に無責任だからなっ!」

「威張んな! ……そういえば、城の公務はどうしたんだよ」

「ギルドの部下に任せてきた。おかげで探索の手が足りなくなったというわけだっ!」

「最低だな」

 吐き捨て、それから相変わらず、真っ直ぐな瞳のほうを見た。

「危険になったらすぐに引き帰すぞ。いいな?」

「は、はいっ!」

 ロゼの瞳と表情に、安堵の笑みが広がる。

「……で? 機工(オート)人形(マター)は今、どの辺りにいるんだ」

「【中層】に入ったところで、二人組みの冒険者が遭遇したらしい」

「無事だったのか?」

「あぁ。むしろ犠牲者は今のところ皆無だ。警告を無視して挑んだ連中もいるそうだが、そいつらも勝てないと知って逃げてきたらしい」

「警告?」

 ジークハルトが問いかけると、エリオットは頷いた。

「理由は知れんが、こちらに戦闘するかどうか聞いてくるそうだ。その間に逃亡すれば害意を与えてこない」

「……よくわからねぇな。こっちに対して敵意が無いってことか?」

「かもしれん。何かの目的を持って行動しているのかもしれんが、現状は不明だ」

「あのぅ、話し合いで解決することは出来ないのでしょうか?」

 ロゼの言葉に、ジークハルトが頷いた。

「そうだな。交渉できるなら越したことはねぇんだが……。どうする?」

 二人がエリオットを見る。蒼髪の男は、腰元にある長剣の柄に手を添え、

「悪くない手だが、たまには体を動かさないと、な?」

 爽やかに笑ってみせた。


 職人街の一角にある鑑定店。

 表には『休憩中』という看板が掛けられていた。リアンは奥の居間で椅子に座り、広げた書物に目を通していく。ぱらぱらぱらと、一見して読み飛ばしているようにしか見えない速度だが、時折に手を止めて、複雑な図解とは睨み合い、納得したように本を閉じた。

「――リアン様、お茶が入りましたよ」

 そのタイミングを待っていたように声をかけたのは、一人のメイドだった。母性を感じられる表情で微笑む。

「ありがとー、フィー」

「いいえ。それにしても、懐かしいですね。この服を着るのも」

「久しぶりのメイドさんだねー」

「はい。リアン様、私もお茶をご一緒してよろしいですか?」

「うんうん」

 フィノがにこりと笑う。別のカップにもう一杯紅茶を注ぎ、向かいに座った。

 湯気の立つカップが奏でる音が二つ、小さく鳴った。

「ジーク、大丈夫かなぁ」

「大丈夫ですよ。エリオット様がついてます。あの方は、戦闘面だけは無敵ですからね」

「そんなに強いの?」

「はい。戦闘面だけは」

「他は?」

「かなりダメですね」

 フィノの言葉には迷いが無かった。

「だからご安心を、リアン様」

「んー、微妙に安心できないような……。あっ、そうだ。フィーに聞きたいことあるんだけどいい?」

「なんでしょう?」

機工(オート)人形(マター)のこと、なにか知ってう? ジークの師匠――ワーグナーの本を読み返してうんだけど。なんかね。あんまり書いてないの」

「そうですねぇ……」

 フィノが瞑目し、少し考える素振りをした。

「機工人形にも、種類は色々ありますが……。基本的には、人の手足となるべく造られた物です。戦闘用に特化された物も多いと聞いていますよ」

「今度のもそうなのかな?  <魔剣> っていうの持ってるみたいだし」

「えぇ。しかし」

 カチャリ、とカップが鳴る。

「報告によれば、どうも <魔剣> を持てあましてる印象を受けますね。冒険者の間では、【彷徨う者】という愛称がつけられたそうですよ」

「さまようもの?」

「はい。どうも無駄な行動が多いようです。もしかすれば、戦闘用に作られた型では無いのかもしれません」

「じゃ、簡単に捕まえれうんじゃないの?」

「それがなかなか、難しいようです。 <魔剣> の性能が凄まじいのでしょうね」

「ふーん」

 リアンが小首を傾げて、紅茶を一口飲む。

「やっぱり凄いんだ。その剣」

「クラス的には、最上位ですからね」

「さいじょーい?」

 フィノもまた、紅茶で一口喉を潤した。ゆら、と。小さな波が立つ。

「――本来、アイテムに付与される【属性】は一つ限りです。その中には上位と呼ばれる、多数の要素を兼ね備えた【属性】が存在します。リアン様の【時空】等ですね」

「うん」

「このクラスの【属性】を付与されたアイテムが <アーティファクト> と呼ばれることが多いのですが、さらに上が存在します。これは魔都では【万能】という呼び名で広まっています」

「ジークも言ってた。概念を、ちょーえつした、すごいアイテムだって」

「えぇ。基本的に【属性】を付与するには、それを作った職人の知識、理解度が試されます。ですから自ずと、アイテムに付与される効果には限界があるのですが。中にはその限界を超えた <アーティファクト> が存在します」

 紅茶を一口。

 一呼吸した後で、

「……もうひとつ、質問していい?」

「えぇ、どうぞ」

「あのね。ジークが、人を生き返らせるのも、あるかもしれないって。それが本当だとしたら『人を生き返らせる方法を知ってる人』が作った。ってことになう?」

「………………えぇ、そうですね」

 フィノは、少し間を置いたあとに肯定した。

「たとえば、リアン様がおっしゃったものは <魔杖イグドラシル> と呼ばれています。付与された属性名は【蘇生】です。現在は何処にあるのか不明ですが、該当する物の記載は多く残っていますよ」

「じゃ、誰が作ったかもわかってうの?」

「文献には、この世界を創造せし者とありますね」

「それって、かみさま?」

「その通りです」

 フィノは即座に肯定した。

「【万能】の力を秘めた最上級のアーティファクトは、別名 <神器> と呼ばれています」


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