伝説の <魔剣>
現在、彼女には仮の名前が付えられていた。
『徘徊する者』
その名前に相応しく、迷宮の何処かをふらふらと彷徨っている。
ずぅるり、ずぅるりと、両手に抱えた <魔剣> を重たそうに引き摺って歩く。しかし床に敷き詰められた石畳みに傷は入らず、擦れる音さえもしない。
「私は、出口を探しています」
独り言のように呟いた。
「出口は、どこですか」
最初に身につけていた白衣は、すでにあちこちが破けてボロ布と化している。下からは女性らしい膨らみを得た裸体――ではなく、首から下を隈なく覆う、白銀色の衣服が覗いていた。
「…………行き止まり、です」
ぴたりと歩みを止めた。光源の無い暗闇も、機工人形である彼女の両瞳には、意味をなさないようだった。
「方向転換が必要と思われます」
首を仰いで、眠たそうな蒼の瞳を瞬いた。虚空を見つめ、白銀の両手に力を篭める。
『―― << ヴァッフェ・シルト>> に命じます。【次元】を断絶せよ 』
フォン、と。剣が応じる。
主の命を実行せんと、内に蓄えた力を解放する。
「よ、い、しょっ……」
引き摺っていた剣を、まっすぐ振り上げた。
洗練した剣士の動きからはあまりにもかけ離れた、普遍的な動作と足捌き。ただ漠然と振りあげて、足下が危うげにたたらを踏んだ。
『コード・ブレイク』
剣先は天井に届かなかった。しかし無骨な黒鉄の剣先から【なにか】が奔る。
天井の一角がヒビ割れた。即座に瓦礫が崩落。
「ん……」
彼女が再び <魔剣> を掲げると、刀身より下には落ちてこない。断絶された【次元】により、ありとあらゆる物体の干渉が強制的に妨げられる。
「私は後退します」
ゆっくりと場を離れると、瓦礫は重力を思い出したように雪崩れおちた。
ふたたび、剣を地につけて、一息を紡ぐ。
「はい。上手にできました」
彼女の頭上には、ぽっかり開かれた穴と、あまりにも歪な石の階段が完成していた。そこへ脚を乗せ、瓦礫を踏みしめ、上へと進んだ。
階層を上がったところで、また、ずぅるり、ずぅるりと剣を引き摺って歩いていく。
「――お?」
空中を漂う二つの【光】が、彼女の前で左右に踊った。
ぴた、と両者の脚が止まる。正面より現れた二人組みの男たちが、素早く武器を構えた。
「……戦闘態勢に入りましたか?」
彼女もまた、黒鉄の大剣を引き摺ったまま、問いかける。
大斧を構えた巨躯の戦士が一人。
短刀と、ボウガンを構えた小柄な風情の男が一人。
「――おい、こりゃまさか、今迷宮で噂になってる、アレか?」
「機工人形ってやつだぁねぇ」
対峙していた二人の男は、横目で互いの顔を見合わせ、隙なく向きなおる。大男が彼女に告げた。
「なぁ、おい、言葉は通じるか」
「了解、応答しますか?」
「アンタは、俺たちに戦闘する気が無けりゃ、見逃してくれる、と聞いてるんだがよ」
「了解。無用な戦闘は避けよとの報告を受けています」
「それなら、俺たちに戦闘する気はねぇ。今、地上の魔都は、あんた、ってか、あんたが持ってる <魔剣> を捕獲せよって触れが出てるんだけどよ。なんだったら……」
「拒否。私の目的は、マスターが作られた最高機密事項になります。交渉は決裂。私は自らの機密事項保持の為、強制的な戦闘行為に突入することがあります」
彼女が <魔剣> を構える。二人組みが短く息を呑む。
「お、おいっ! ちょっと待てよッ!?」
「どーしてそうなんだぁっ!?」
「――カウント開始。【10】【9】【8】……」
「よォし! 逃げるぜぇ! 相棒ォォッ!」
「くそったれ! 一攫千金のチャンスがぁぁっ!」
二人の男は喚きながら、機工人形の視界外へ逃亡した。
数えていたカウントは【3】以降の減少を停止する。ふたたび、大剣をずぅるり、ずぅるりと引き摺りながら、迷宮の中を彷徨いはじめた。またしても袋小路に突き当たる。
「……もしかして、私は、迷子ですか……?」
少し、困ったように呟いた。再び天井を見上げるも、
「リソースが不安です」
あきらめた。