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迷宮の「機工人形」

 キュィ。小さな音が浮き上がり、ジジジ……と、天井に吊るされた明かりが点灯した。

 照らされた室内は、窓のない部屋だった。青みがかった壁と床、扉の向かいには木製の本棚が置かれ、ぶあつい書物や紙の束が積まれている。

 本棚の隣には一台のベッドが置かれ、さして広くない部屋は、それだけの家具でほとんどが占められていた。

「…………」

 ベッドに横たわるのは白衣を着た女性だ。ゆっくり、瞳を開いていく。


 ――おはようございます。


 不思議な音色の声。長い眠りから覚めたとき、最初に伝うべき言葉を一音として発したような響き。

 上体を起こした際に、背まで届いた銀髪がさらりと揺れる。長い前髪もまた、表情のない顔を撫でた。瞳は海の底から救いあげたような蒼の色。全身の体躯は細身であり、肌の色はやや白い。

 どこか精巧な人形のようである彼女は、無表情に呟いた。

「私は起床しました」

 ぱちり、ぱちりとまぶたを瞬き、赤い唇を動かした。

「寝過ごしてしまいました」

 素肌の両足が、ひんやり、冷たそうな床を踏む。

 立ちあがる。静かに、右腕を宙に差しのべて、言葉を紡ぐ。


『――【次元】を知る我、命ず。コール・オブジェクト・オーバエンチャント』


 呼応する。

 白い閃光が右手に集い、異世界の扉を開くように、その右手首を包んだ。

 輝きは次第に縮小し、ふと消えた。後には一振りの剣が握られている。

「 << マテリアライズ・オブジェクト>> 【水属性】生成装置の破壊を確認。任務を開始します」

 ひた、ひたりと足を動かし、部屋を出た。





『 アイテム鑑定士の業務内容2 白銀の騎士と、黒の魔剣 』


 魔都ルーインと呼ばれる国があった。遥か昔に、一際優れた技術と文明を誇っていたが、今は地の底へと沈んでいる。

 しかし依然として、そこには古代の知識を秘めたアイテムが存在した。それらを求め、一攫千金を夢見る『冒険者』たちは集う。この世界に栄えるもう一つの魔都へ。


 ―――ごおおおぉぉーーーーん。


 街の北東部にある学園校舎に、大きな鐘の音が響きわたった。

 教室からは下級生をはじめとし、十代半ばを過ぎた上級生達もまた、にぎやかにお喋りして廊下を歩く。学園の制服を着た若者たちは、口々に「涼しくなってきたな」「もう秋ね」といった事を告げていた。

 そんな校舎の廊下を、一人足早に歩く青年がいた。癖のない茶の短髪、上は白のワイシャツで、下は紺色のズボン。首からは「臨時教師」を示すプレートをかけていた。顔立ちは精悍であるが、双眸がやたらと鋭く、もっと言えば人相が悪かった。

「――先生、ジークハルト・ワーグナー先生!」

 校舎の入り口を目指していた青年の足が止まる。声がした方に振りかえれば、長い赤髪を揺らして駆けてくる女生徒がいた。

「間に合いました。もう、お帰りになられたかと」

「ロゼ、なにか用か?」

「はい」

 女子生徒が息を整え、顔をあげた。頬にはほんのり朱が乗って、他の生徒たちと同様に、子供らしさを残した顔立ち。細い眉と、少し吊りあがったアンバーの瞳は、彼女の性格を実直的に見せている。よく言えば勉強のできる優等生。悪く言えば堅物な女子生徒といった感じに。

「エリオット様と、フィノ様がお待ちです」

 まっすぐ、やや挑戦的な眼差しで、ジークハルトを見据えた。

「……エリオットが?」

「はい」

 臨時教師の表情が険しくなった。眉間に皺が寄せられて、露骨に不機嫌な顔になる。

「面倒な予感しかねぇな」

「こちらです」

 言って、ロゼは粛々と歩きだした。

「一階の理事長室でお待ちしているとのことです」

「理事長室?」

「えぇ、授業中だったので、先に挨拶へ行かれたと」

 理事長は、この学園で最も大きな権限を持つ男だった。

 あまり気乗りしない感じで進めば、ロゼが歩幅を落として隣にならぶ。

「ところで、ジークハルト先生」

「その呼び方はやめてくれ。他の奴にも言ってるが、苦手なんだ」

「申し訳ありません、ジークハルト様」

「だから、様はいらねぇよ……」

「いいえっ!」

 たたっ、とロゼが正面に回る。そして生真面目に、やはり険しい顔で言う。

「私たちの『ギルド』を支えてくださっているお方を、呼び捨てに出来るはずありません。特にジークハルト様は、レティーナ様の――」

「わかったから、よせ」

 言葉を遮って言い返す。ロゼが気圧されたように両肩を震わせたのを見て、大きなため息をこぼした。

「お前が、あいつをどれほど慕ってたかは見りゃ分かる。けどな、俺自身はそんなたいした奴じゃねぇんだよ」

「先生、謙遜をなさらないでください。先生のアイテムに関する知識や、【魔】に関する分野の知識量は、正規の鑑定師にだって及ばないところが多々ありますっ!」

「……面倒くせぇな、お前は」

「そ、そんな風に言われるのは心外なのですがっ!」

「わかったから、とりあえず行くぞ」

「その前にきちんと訂正してくださいっ!」

「後でな」

 この学園の生徒である「ローゼ・フォン・ハーツ」は、数ヶ月まえに親代わりであった女性を亡くしていた。ロゼを含めた子供たちが路頭に迷ってしまわぬよう、ジークハルトも彼女らを支援しているという背景は確かにあるのだが、

「ジークハルト様、やはりここでは、先生と呼ばせていただきますっ!」

「……もういい。好きに呼べよ」

「はいっ!」

 言えばようやく、少し顔が綻んだ。

 ジークハルトが後ろ髪をかきながら歩きだす。ロゼもまた、変わらぬ歩調で並んだ。

 生徒が行きかう廊下を曲がり、右手に重厚な扉が見えたところで立ち止まる。

「では、私はこれで」

「あぁ。伝言すまなかったな」

「いいえ――。あの、先生」

「うん?」

「えっと、ですね」

 少し迷う素振りを見せて、それでもロゼは告げていた。

「今度、また、お店の方にお邪魔させてください。それではっ!」

 素早く踵を返して駆けていく。ロゼが去ると、周辺に生徒の影は見えなくなった。

「……ったく。あいつの真面目なとこだけ似てやがんな」

 呟いた後で、応接間の扉を数回ノック。

 即座に「入りたまえ」と、室内から返事がきた。



 扉を抜けると、中には三人の男女がいた。来客を迎えるため、コの字型に配置された応接椅子に座っている。

「よぉ、ジーク」

 後ろ手に扉を閉めると、まず、一番手前に座っていた蒼髪の青年が立ちあがる。

 『ギルド』と呼ばれる組織の主、エリオット・ニーベルン。丈夫そうな黒衣のロングコートを汗一つこぼさず、平然と着こなしていた。とりわけ見栄えのする二枚目の顔立ちが、口元を緩める。

「どうだ、ここでの仕事は慣れてきたか?」

「自分の店番をしてたほうが楽だな」

 素直に言うと、青年の隣に座っていた褐色肌の女性も立ちあがる。エリオットと違い、こちらは胸元をいくらか開いた涼しげな服装だった。丁寧に頭を下げれば、野ブドウ色の紫髪がさらっと揺れる。

「久しぶりだな。フィノ」

「はい。お久しぶりです、ジークさん。本日はお忙しいところ、ご足労いただき感謝します」

「別にいい。居候が今ごろ腹が空いたって喚いてるかもしんねーけどな」

「大事にされてますね」

「そうだな」

 適当に応じて、残る一人に視線を向ける。

「まぁ、君も椅子にかけたまえよ。ジークハルト・ワーグナ君」

 部屋に入ることを許可した声。

 上座の席に座る、茶の髭を蓄えた壮年体躯の大男。仕立ての良さそうなスーツは体のラインに沿っており、見上げた視線は、人生の成功者であり続けた自信に満ちていた。

「ついさきほどまで君の噂をしていたところだ。蒼の剣聖エリオット・ニーベルン殿と、その従者であられる、フィノ・ニーベルンとね」

「……そいつはどうも。場末の鑑定士の噂でよけりゃ、いくらでも聞いてくれ」

 率直な物言いで応じ、ジークハルトも席に座った。向かいに座るエリオットが、くつくつ笑う。

「相変わらず口が悪いな。生徒の前でもそんな感じか?」

「大差ねぇよ。で、お前らはなんでここにいるんだ」

「こちらのアーグネスト・ヴェルザム氏より、仕事を頂いてな。ついでに、お前の名前も出してみたわけだ」

「うむ。君にもこの仕事に関して適性があるようだ。是非手伝って欲しいと思ってね」

 エリオットの言葉を、理事長である男が繋いだ。

「我が校の名誉と、【魔】に関しての研究、発展をかけて、引き受けてくれるな?」

「……俺はまだ、依頼の内容すら聞いてねぇんだが」

 今度こそ、ジークハルトは不機嫌そうに言って退ける。

「そもそも、俺はこの学園の教師だって引き受けたつもりはねぇ。どこぞの蒼髪が、勝手に手配しやがったせいでな」

「気にするな。実入りの悪くない仕事だろ?」

「まぁ……。そこんとこは助かってる」

「あと、誰かに知識を教えるのも悪くないだろう」

「やたらと食ってかかってくる、貴族のガキがいなけりゃな」

「ま、そこは目を目を瞑っておけ。昔は貴様も変わりなかったぞ?」

「――そうだ、な」

 うなずくと、エリオットは懐かしそうに肩を震わせた。

 理事長である男が問いかける。

「詳しくは聞いてないが、君たちは旧知の仲なのかね?」

「えぇ。彼には命を救われたり、救ったり、色々ありましてね」

「他には金を貸したりな。主に俺が」

「はは、なるほど」

 大仰な仕草で頷き、蓄えたヒゲを撫でる。

「君は評判以上に面白い男のようだな。いつか私も酒宴の場に交りたいものだ」

「そうかい」

「うむ。ついでに君の『アイテム学』に関する授業は、論理的で分かりやすいと評判だからね。私も是非一度、拝聴しておきたく思うよ」

「アンタほどの相手に教えられることは無ぇよ」

「はっは。まぁ、そう照れてくれるな。ジークハルト・ワーグナー君」

「…………」

 なんでだよ。

 反論しようと口を開きかけ、結局押し黙る。そんなやりとりを見ていて、エリオットの隣に座っていたフィノもまた、くすりと笑った。

「アーグネスト様。彼にもご依頼の内容を説明してよろしいですね?」

「おっと、そうだったな。説明してくれたまえ。フィノ・ニーベルン」

「畏まりました」

 一礼して、フィノが、ジークハルトの方を見た。

「――ジークさんは、機工(オート)人形(マター)なる存在を、ご存知でしょうか?」


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