項目2:買い値は安く、誠実に。
『 アイテム鑑定士の業務内容 』
かつて、魔都と呼ばれた強国があった。高度な文明を誇っていたが、なんらかの理由によって地の底へ沈んでしまった街だ。
それから長い時を経て、地上にも街ができあがる。
古代の知識を求める者たちと、その知識を売り払い、富を求める者たち。
その場所はいつしか、もう一つの魔都『ルーイン』と呼ばれるようになっていた。
ルーインの目抜き通りの一角。
その路上では、自前の店を持たない流れの『冒険者』たちが商いを行っていた。中には市場の商人と変わらない声を張り上げる者も多い。
「――さぁ、見てってくれよっ! ここに並ぶのは、今しがた命がけで『迷宮』から発掘したばかりの <アーティファクト> ですぜぇ!」
とりわけ声のでかい露天商がいた。
その声に惹かれるように足を留め、並ぶ商品を覗いていく客がいた。身形のいいのは大抵、自前の店を構える商人や、王宮の『ギルド』に属する職人たちだ。しかし最も多いのは、迷宮に潜って遺物を漁る冒険者だった。
彼らは決して街には馴染まない。特有の雰囲気を漂わせている。
「もうちっと、まともなモンはねぇのか?」
「いやぁ、なにせ過去の遺物ですからねぇ。見た目はちっとわりぃすが、王城のギルドで働く鑑定師に見せりゃあ、値も吊りあがるってもんでさ」
「なら、自分で持ってけや」
「奴らの鑑定料は、バカ高いすから。その身銭がねぇんすわ」
「下手な言い訳しやがって。テメェも冒険者だろうが。これが、ガラクタに過ぎねぇことを知ってて売りつけようとしてんだろ」
誰もが同じような反応をした後で、それから「ん?」と、鞘に入った無骨なナイフに興味を示した。動物の皮で作られたらしい鞘を外すと、刃こぼれ一つない、漆黒の刀身が姿を見せる。
「おぉ、ダンナ、お目が高いっ!」
すかさず、露天商の男が押しまくる。
「それ! 中々いい品でしょう。銀貨一枚でどうっすかねっ!」
「いや、いい」
しかし客たちは、皆が得体のしれないなにかを感じ、即座に刃を戻して立ち去った。
「……チッ」
客の後ろ姿を見送り、露天商が舌を打つ。
「やっぱ売れねぇか。こんな演技の悪い代物はなぁ……」
どのように角度を傾けても、一切の光を映さない漆黒の刃。
一滴の血もついておらず、刃こぼれも無い。それが逆に、いっそう不気味だった。
「やーれやれ……。アレから漁ってきたのは、やっぱマズかったかねぇ……」
「おい」
小声で愚痴をこぼした時だった。入れ替わるように、買い物袋を抱えた青年が足を止めていた。
「それ、見せてくれるか」
「へ、へいっ、どれでもどうぞっ!」
「いや、お前が持ってるナイフだけでいい」
「こ、これですかい」
「あぁ」
青年は、少しこけた頬と顎骨の線が良い、それなりに見栄えのする顔だった。髪と瞳は明るい茶色。身に着けているのは、簡素なシャツの上に綿をつめた濃紺のベストだ。下も量産された革ズボンだが、足下は金属で補強したブーツを履いていた。
「…………」
そして、目つきだけはやたらと鋭い。
黙ったままベストのポケットから片眼鏡を取りだし、右目に被せる。
「貸してくれ」
手を出して受け取り、ナイフを抜く。何気ない一連の動作が流れるように素早い。
「兄さん、あんたも冒険者かい?」
「昔はな」
答え、他の客が難色を示したナイフを見る。
黒の刀身、続けて外された革の鞘もまた、隅々まで目を通していく。
「これ、どこで拾ったんだ」
「へ!?」
「ずいぶん染みついてる、と思ってな」
ぎょっとした様子で、露天商が目を見開いた。
「な、なにが……。ついてるんで?」
「なんだと思う?」
反して青年の口元には、ニヤリとした笑みが浮かぶ。
「別に追求するつもりはねぇよ。ただ、こいつは一級品だな。金属の打ち方を見ても分かるし、なにより『鞘』の方も文句なしだ。単なる薄汚れた毛皮に見えるが、わざわざこのナイフの為に作られた一品物だろうな」
「そ、そうなんで?」
「なんだ。何もわからないのか?」
青年が言えば、露店商が慌てて弁明する。
「……え、いや、まぁ、この下に眠る、古代都市に住んでた職人だろうってのは……」
「ちげぇよ。こいつは東にある異国の文字だ。刀剣を練成した技術にも、最近の手法が使われてる。間違っても古物じゃねぇ」
「や、やたら詳しいな。兄さん、鍛冶職人か?」
「違う」
言って、今度はナイフを陽にかざす。さらに様々な角度から検分した。
「――気に入った」
静かな声とは裏腹に、鋭い瞳で、売り手である男を見据えた。
「いくらだ」
「へ?」
「引き取ってやるよ。いくらだ」
「あ、あぁ……。んじゃ、銀貨一枚で」
「ほらよ」
青年は腰元のポシェットから銀貨を一枚投げた。露天商は、両手の中に納まったそれを見て、しばらく「ぽかん」としていたが、突然夢から覚めたように言い募る。
「ま、毎度っ! なんだよ兄さん。もしかして、鑑定師か?」
「いや、王城お抱えの職人共とは無関係だ」
青年はナイフを腰のベルトに下げ、買い物袋を持ちなおした。
「俺は自由鑑定士だよ。職人街に店がある。鑑定したいモンがあれば持ってきな」
「な、なるほどなぁ! いやいや兄さんも人が悪いねぇ。なんなら、その短刀を鑑定――」
「コイツをどこで拾ったか、もう少し、根掘り葉掘り聞いてもいいんだぜ?」
「……あ、いや……。そ、そうだ、兄さんよ! 自由鑑定士ってことは、師匠がいたりすんだろう? ギルドお抱えの鑑定師はたっけぇからよ! よかったら紹介してくんねぇか」
「今はいねぇよ。店も、俺の名義だ」
「へぇ!」
露天商は、感嘆と羨ましさの入り混じる声をあげていた。
「その歳で自分の店持ってんのかぁ。兄さん、名前は?」
青年はほんの少し、口元を歪めた。
もしかしたら、営業スマイルだった、のかもしれない。
「ジークハルト・ワーグナー」