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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(後編)
19/27

【TRUE】

 空が美しく、茜色に輝いていた。

 西の尾根の向こうへ沈んでいく夕日を見あげていた。

 気品は無く、ひたすらに自由で。

 あの先には何があるのだろうかと想いを馳せた。街外れ、丘の上にある岩に腰をかけて、世界の先を見る。いつか、自分はあの向こうへ行けるだろうかと夢を見た。

「――ジグ。やっぱりここにいた」

 振りかえると、黒髪をなびかせた少女がいた。小走りに駆けてきて、鳥のように軽々と飛び上がってみせる。彼の隣に足を乗せた。まぶしい笑顔が可愛らしかった。

「陽が暮れちゃうわよ」

「そうだな」

 いつもの無骨な軽鎧ではなく、村娘が着ているような、飾り気のない平凡なエプロンをつけていた。

「家に帰りましょう」

「……」

 手を取った。少女は物騒な長刀の代わりに、唐草で編んだバスケットを手に抱えている。色とりどりの明るい花束が覗き、内にある一本を手にとった。そっと、少年の鼻先に触れさせた。

「いい匂いだ」

「ふふっ、でしょう?」

 少女が笑う。これからの憂いなど、なにひとつ無いように。

「帰ろう」

「えぇ、一緒に帰りましょう」

 少年が、少女の手を取って立ちあがる。

 短い下草を踏みつけて降りると、小さな家が見えた。

 そうだった、と思う。

 自分には、帰る家がある。一人じゃない。


 ――チク、タク、と。


 【時】 が鳴っている。

 気がついて、胸元の隠しポケットに手を入れる。

 にぶい鎖の音を聞いた。硬質な重さが不思議と手になじみ、その重さこそが、真実であるような気がした。

「どうしたの、ジグ?」

「……あ」

 少女が、バスケットを落とす。自由になった両腕を回してきた。身を寄せられるとまた、頭のなかにモヤが浮かび、時計の刻む音が遠のいた。

 けれど消えてはくれない。音は、さらに大きくなって告げてくる。

『――過ぎた時は戻らないし、これからを歩んでいくのは恐ろしいけれど――』

 時計の上蓋に触れる。文字盤が視界に映る。秘められた想いが、七色の虹のようにあふれ出た。キラキラと輝いて告げてくる。

『――あなたと一緒なら、怖くない――』

 過ちも、後悔も、諦念さえも乗りこえて。

 進みましょう。

『 ジークハルト 』


 一緒に、その先へ。

「……帰らないとな」

「ジグ?」

「悪いな、レティーナ。俺の帰りを待ってる奴が、いるんだよ」

 ジークハルトは言って、もうひとつ、反対の胸ポケットから小さな片眼鏡を取る。


『―― 【正しき】を知る我、命ず。<この世界の、歪みを明かせ> 』


 鑑定士である男が口にしたのは、形の問わぬ概念と呼べるものだった。

 答えが「ひとつ」でない、不確かなもの。質量を持たないもの。

 しかし道具は、呼びかけに応じた。

 片眼鏡は、授けられた具現化(イメージ)を力と化した。

 発動する。

 装備者である鑑定士の男が、心より信じる【解】を、提示する。

 生じる。一点のみを指し示し、出口はそこだと告げていた。

 漆黒のナイフを抜いた。

『……ジグ! やめて! ジークハルトッ!』

【水】が作りだした幻聴には、耳を傾けなかった。

 力を込めて、意志を貫いた。ありし日の思い出を、過去へと押し流す。

 温かく、懐かしき時間と決別する。いとおしむだけの時に、終わりを告げる。

「――ここは」

 先へ続く道は汚れている。醜悪に満ちている。

 正しく流れつく世界の先は、そんなところでしか、ないけれども。

「俺の帰る場所じゃぁ、ねぇんだよッ!」

 自らの腹を、貫き刺す。傷口が開けた。

 力さえあれば、生き抜ける世界へと帰還する。


「――ジーク、生きてるか、おい、ジークハルトッ!」

「……ぅ」

 意識を深淵の底より持ちあげる。

 常日頃から、厄介な仕事を持ってくる男が、そこにいた。

「……エ、リオット、?」

「おっ、生きてたか、しぶといな」

 軽く言われた。しかしその表情には心底、安堵したような笑みが浮かぶ。

「王城の方は片付いた。リーアヒルデ王女もフィノに任せてきたから大丈夫だ。あとはおまえ次第だ。ジークハルト」

 そうか、と言いかけ、口から大量の【水】を吐く。

「――ガッ、ハッ、ゲホッ、ゴホ、ゲ、ェ……ッッ!!」

「大丈夫か、おい!」

 体がこごえるように冷たい。指先ひとつ満足に動かせない。夢から覚めるために施した傷は影響無かったが、レンデルの【氷柱】に穿たれた脇腹の怪我は、変わらずあった。

「…………ぅ……」

「くそ、まずいな。出血が止まらんか」

 エリオットが焦ったように言う。

 そうして、どこか、諦めたように呟いた。

「二度目だな」

 黒いコートの内側に手が入り、そこから黄金の指輪が現れる。

「感謝しろよ。少年」

 指輪を嵌めた手を差し伸べる。


『――【呪】を知る我、命ず。< 限界(オーバー・)突破(ドライブ)逆転(リバース) > 』


 唱えた。指輪を嵌めたエリオットの掌が、ジークハルトの負傷した部分に触れると、一瞬で開かれた傷口が閉じていく。身体に熱が戻ってくる。全身に感じていた疲労ですら消えていた。この場に赴く前の、万全の状態に巻き戻っていた。

「ジーク、調子はどうだ?」

「……おい、今、なにした?」

 ジークハルトが起きあがれば、エリオットはあくまで、軽い調子で言ってきた。

「気にするな。おまえの時を、ほんの一日だけ、巻き戻しただけだ」

「……は?」

「代償は、大きいがな」

 ジークハルトは眉をひそめた。そして、正面の男を見下ろした。

「おい、エリオット……?」

「――歳は、取りたくないもんだ、な……」

 目前。男の蒼髪が白くなり、肌にシワが増えていく。

 腰を曲げて、膝を曲げて、くっ、くっ、と笑う。

 骨ばった右手を差し出してくる。薬指に嵌った黄金の指輪が、キラリと輝く。

「――これはな、ニーベルンゲンの指輪というのだ。所有者の願いを、【なんでもひとつ、実現させる属性】が込められておる、最上級の <アーティファクト> でなぁ……」

 衰えていく。歳を重ねていく。その、あまりにも急激な変化を見届ける。

「――そのむかし、愚か者の男がいた。この世の遍く知識を、すべて己の物にしたいと願った故に、その力を他人に施さんとすれば、己に <呪い> を授けてしまうのじゃよ」

 いつしか若い男は、着ているものは違えど、数年前に見知った老人へと変わっていた。

「…………ワー、グナー?」

「久しいのぅ、ジーク。元気にしとったか?」

 冗談めいて「ふぉふぉ」と笑った。

 老人が己の心臓に手を添えた。苦しげに呻く。

 ジークハルトが咄嗟に肩を貸して、その身体を支えた。

「おぉ、すまんのぅ~」

「ふざけんな……。なにが、どうなってやがる……。おいッ!」

「質問は後じゃ。まずは【水】を精製しておる、元素装置を破壊しにいくぞ」

「は? ゲンソ……?」

「この世に、精霊や、魔という概念が生み出される前に存在しておった法測じゃよ。リーアヒルデが唱えておるのは、それらの科学式が元になっておる――まぁ、いつか解説することがあれば、また講義してやるわい」

 ふぉ、ふぉ、ふぉ。

「……ワーグナー、テメェは何者なんだ?」

「ただの酒好きな物知りジジィじゃよ。よーく知っとろう?」

 それから腰に帯びた長剣を、枯れ木のような手で握る。

 鞘に閉ざしたまま、杖のように用いて、ジークハルトから離れて歩きだした。半ば呆然としながらも、その後ろ背を追いかける。

「……四年前、死にかけてた俺を助けたのも、あんたなのか」

「うむ。本当に、単なる気まぐれで助けてしもうた」

 振りかえって、ニヤリと笑った。昔に老人がいつも被っていた帽子はない。一つに束ねた白髪が舞い、頭の両脇からは、先の尖った耳が見えていた。

「……エルフ、なのか?」

「大昔の話じゃの~。国を建てなおすため、魔術師の一員として城を出て、森に【封印】の属性を施し、泉を管理することになった一人じゃ。指輪を手に入れてからは森を出て、あっちこっちを放浪しとったがの~」

「テメェ、一体いくつだよ」

「忘れた」

 あっさり言ってから、ワーグナは樹の虚の中を、奥へ、奥へと進んでいく。

 そして、ふと足が止まっていた。

「アレが、【水】を生み出しておるモノだ」

「……んだよ、こりゃ」

 二人の目前、無数の枝を伸ばし、大樹の空洞に根付いた灰色の <柱時計> 。

 よく見れば、枝は太い血管のようでいて、循環するように鼓動し、蠢いていた。絶えず不気味な音を響かせており、二人が見上げた正面中央には、四角に切り取られた窓があった。その向こう側から、青白い光を発散させている。古代の文字が表示されていた。


 【警告】コード・エラー。


「気色悪いな、これも、アイテムなのか?」

「そうじゃ。今風に言えば、【輪廻】の属性を生み出す、永久機関の <アーティファクト> かのぅ。遥かなる古代の遺物じゃよ」

「……さっぱりわかんねぇよ」

 柱時計の文字盤は随所が歪み、時刻を示す針は、今にも折れてしまいそうなほど、危うげに震えていた。チグ、ダク、ヂグ、ダグ、と。不気味な音を立てて時を刻む。

 突如、ブォンッ、と空気が振動した。妙に青い光が二人の目をつく。

 窓の向こう側から見える文字が変化していた。


 【警告】コード・エラー。

     音声認識によるパスワードは入力されていますが、

     リソースが不足しているために、【水】を生み出すことができません――


 発せられる言葉。意味するところは、ジークハルトには分からない。しかし、それが「なにを」求めているかは、漠然と理解ができた。さらに、文字が置き変わる。


 【警告】プライオリティの高い【ユニット】を、直ちに捧げてください。


 古代の言語を発する柱時計が、懇願するように、発信しつづける。


 【警告】プライオリティの高い【ユニット】を、直ちに捧げてください。

     世界は、同じ過ちを繰りかえしてはなりません。

     一人の命が、大勢の命を救います。新しい【概念】が、世界を支えます。

     永遠を、輪廻を、悠久を、不変をここに。我々は提供します。

    【MATERIALIZED―MANA】ここに、新しい世界を創造します。


「リアンを差し出せってか」

「そーいうこったの」

 ワーグナーが、どこか寂しそうに笑った。

「繰りかえしてきたのよ。同じ事を、ずうっとな」

 指先を目元に掲げて、黄金の指輪を見つめる。

「……ワシも同じじゃ。【過去】だけを望み、孤独を愛した」

 指輪の表面を撫で、自嘲気味に笑った。

「いやはや、本当に歳は取りたくないのぉ」

 灰色に濁った瞳が、若者を見る。

「ジークハルトよ。アレは、ワシ一人では壊せん。しかし、おまえとならば、できるやもしれん」

「手伝ってやろうか?」

「うむ。じゃが、壊せばどうなるか理解しておろう?」

「そうだな」

 短く応じ、ジークハルトは懐中時計を握りしめた。

「アレが残ってる限り、リアンは未来へ進めないんだろ」

 あとはもう、不敵に笑うだけだった。

 未来を祈り、願い、望む。

「俺は薄汚い盗賊だ。欲しい物だけ、あればいい」

 迷わなかった。疑わなかった。

「ただ、手にいれた力を誰かに貸してやってもいい。必要であれば、手を差し伸べてやってもいい。腹を空かせた奴がいれば飯を食わせてもいいし、金が無い奴がいれば施してやってもいい――たまには、だけどな」

 永遠との決別を。未来への渇望を。失うことを恐れない。

 先へと進む。

『――時空を知る我、命ず。』

 意志は煌いた。


『 < 進め! > 』


 呼応する。

 ヒトの言葉が橋渡しに、道具が支えになって、【魔】を生みだす。

 概念が質量を持って実体化する。

 常識を超えた可能性を生み出して、さらに輝く【光】となる。

 【光】は世界に満ちていく。

 幾千、幾万の輝きとなって散華する。


『 < 撃ち砕け!> 』


 飛翔。【光】はなびく【閃光】に。瞬く星のように宙を駆ける。

 一斉に飛んでいく。まっすぐに、古来の遺物を目掛け、千変万化に爆ぜまくる!


  【警告!】


 柱時計の針が回った。

 正しく、正しく、正しく。

 ひたすらに正しく、プラスの方向へと突き進む。


【警告!】識別不能な【属性】に対応します。

    【属性】の概念は【時空】の亜種と判断。

         概念を圧縮後、リソースを【逆転】します。

私は、抵抗します。

私は、応えねばいけません。私を作りし存在の願いと想いに。永遠に。


 針が動きを止める。ギィギィと、虫の鳴き声のような音が呼応する。

 未来へ進もうとする針を押し留め、逆方向に回転をはじめる。

「往生際が悪ぃのぅ」

 ワーグナーが剣を引き抜いた。正眼に構え、こちらも不敵に笑う。

「滅びようじゃないか。新しい世界に道を譲ってやるのも、我らが務めじゃろうて。ただ、それだけのことを知るのに、世界を巡り、故郷に還り、長い、長い時間をかけた」

 老人とは思えぬ鋭い踏み込みが、地を削りとる。

「――もう、迷わぬ」

 一閃する。勢いのある斬り込みが深々と入る。

「よきものは、より、よきものに! 世界は変わっていく!! その義務がある!!!」

 剣を柱時計に突き刺したまま、【魔】を唱える。


『――【呪】を知る我、命ず! < 対象の放ちし概念を、我へと刻めッ!> 』


 想いを込め、貫き通す。柱時計の一角に突き刺さった剣の刃を伝い、黒い、靄のかかった【闇】が流れこんできた。悪しきものを、自らの身体を持って食らい込むように、体の中に取り込んでいく。

「ぐっ!」

「なにやってんだっ、クソジジィ!」

「……なぁに、心配無用じゃ」

 全身が影のようになったワーグナーの口元だけが、ニィと笑っていた。

 そして徐々に、柱時計の内より放たれる【闇】が失せていく。


  【概念消失】 起動を、停止、し、、、、、ま、、、、、、、す。


 ブゥンと音をあげて、青白かった枠中の光が消えた。

 人ならざる、奇妙な音もまた停止した。そして、ゆっくり、ゆっくりと。

 永遠を刻む柱時計は、自壊した。

 二人の目前で、積年の歴史が瓦礫と化した。

 すっかり虫食い穴にされた枯木のように、乾いた骨のような音を立てて、朽ち果てた。

「……やったか……? おい、ワーグナ、そっちは――」

「ふぅ」

 長剣に集われた【過去】の属性が、持ち手にその意志を還元させていた。

 キィンッ、と流麗な音を立て、白銀の刃が鞘に戻る。ジークハルトに向けられた表情は、くつくつと愉快そうに笑う顔。蒼の髪と瞳を持つ、端正な顔をした若い男だ。

「やはり、こちらの方がしっくり来る」

「……おい、エリオット」

「む?」

 ジークハルトは少しだけ笑った。漆黒の短剣を喉元に突きつけてやる。

「酒代のツケ、今ここで、まとめて返せ」


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