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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(後編)
17/27

意思決定。

 翌日、エリオットは王城へと立ち寄っていた。

「――本日は、皆様にお知らせしたいことがあります」

 石畳の会議室の間にて、深々と頭を垂れる。訝しげに見つめられる中で、とりわけ何処か嬉しげに、最初に嫌味を言ってきたのは白い瞳をした、屈強なる騎士隊長だった。

「蒼毛の。貴様、なにかしでかしたのか」

「えぇ、まったく申しわけありません、レンデル隊長」

「黙れ。発言を許してはいない。本来ならば、この場に冒険者風情が顔を並べているだけでも、許されんことなのだ」

 エリオットは黙って、さらに深く頭を下げた。だから、その顔に笑みが浮かんでいたことは何者にも知れなかった。

「それで、なにをやらかしたんだ、貴様」

「実はですね、リーアヒルデ王女が攫われてしまいまして」

「………………は?」

 張り詰めていた場の空気が、ぽかんと、間が抜けたような具合になる。

「詳細を聞こうか、エリオットよ」

 ただ一人、上座の席に座る、この城の主だけが問うてきた。

「はっ、厳重にリーアヒルデ王女の身柄をお預かりしておりましたが、どうも、その御身を狙っている気配がありまして。日夜問わず、我がギルドに賊の気配があり、昨夜ついに不覚を――――」

「……貴様、王女が、攫われた、だと……!?」

 エリオットの言葉を区切るようにして、憤怒の形相でレンデルが距離を詰め寄ってくる。吊るした長剣に手を添え、今にも抜き払わんという勢いだった。

「何処だッ!? 王女は何処へ行ったァッ!?」

「さぁ? 攫ったのは賊ですからね。私が知るはずもありません」

「っざけるなァァッ!!」

 空気が振動した。

 なかには悲鳴をあげて、席から立ち上がった老人もいたが、エリオットだけは態度を変えない。わざとらしく考える素振りをして言ってのけた。

「まぁ、いいではありませんか。これで、泉の権利は我らがもの。そうでしょう?」


 事態が動き出すまで、一日とかからなかった。

 ギルド・ニーベルンの地下。床も壁も分厚いレンガで覆われた部屋の中央に、装飾の乏しい台座が置かれている。その上に、何の支えもなく空中を漂う【魔石】がある。周辺には、この世界の【魔】が輝いていた。

「――エリオット様、他の団員より【声】が届きました。レンデル隊長が動いたそうです」

「ようやく痺れを切らしたか」

 主であるエリオットと、両耳に手を添えて、ここより離れたところから聞こえてくる【声】を伝えるフィノがいた。その向かい側には、ジークハルトとリーアヒルデも並んでいる。

「いくらか側近の者を連れて、城の『転移室』より、南西の森に【転移】したとのことです」

「わかった。ジーク、支度をしておいてくれ。こちらも森への【転移】は準備が整っている」

「今回は、俺が動けばいいんだろ?」

「悪いな。共謀者となった城の連中を縛りあげた後、すぐにそっちへ向かう。無茶はするなよ」

「金を貰うまでは死なねぇよ」

「ジーク……」

 いつものように応じれど、リアンだけは不安げに肩を寄せてくる。

「心配しなくていい。俺は単独の方が慣れてるからな。――エリオット、騎士隊長の男が、今回の敵ってことでいいんだな?」

「あぁ。例の競りに参加していた者たちを問い詰めれば、何人かが実行犯として、王城の騎士団の名をあげた。ここ数年のエルフ族との取引にはレンデルが矢面に立っていたしな」

「エルフとの取引は、騎士隊長が担う仕事なのか?」

「いや……。エルフ側がそれを要望していたらしい」

「なにか理由があんのか?」

「さぁ、な」

 ジークハルトが問うと、エリオットが、微妙に言葉を濁した。、

「おい、エリオット、わかってることがあるなら言えよ」

「俺も詳しいことは知らん。王宮に取り入れるようになったのは最近だからな。ただ、レンデルという男が騎士隊長に昇格できたのは、エルフ族との交渉をスムーズに行えていた影響もあるらしい。無論、武術の実力も相応にあるが」

「騎士ってことは、貴族の嫡男だったりすんのか?」

「いや、騎士の位を授かる前は平民だったらしい。父親は冒険者らしいが……。この男に関しては、正直いい噂を聞かん。母親についても情報は無い」

「そうか。親の顔を知らないガキなんざ、この街には吐いて捨てるほどいるしな」

 華やかな、にぎやかな、大通りから離れた路地裏で。

 力なくうずくまり、腹を空かせ、凍え、死んでいく者がいる。

 中には信じていた大人に裏切られ、一袋の金貨の為に殺される子供もいる。

 珍しくない。

「……ジーク、ほんとの、ほんとに、だいじょうぶ?」

「大丈夫だ」

「死んじゃ、やだよ。もう、ぜったい、やだ」

 抱き寄せる。なびく金髪に手を添えて。

「待ってろ。すぐに帰ってくる」

「……うん」

 小猫のようにすり寄ってきた耳元に息をかければ、くすぐったそうに泣きそうに笑った。耳元を飾った小さな宝石もまた、嬉しそうに揺れる。

「これ、持ってて」

 首元にかけていた、小さな懐中時計を外した。ふたたび、一から組み立て直したそれ。

「時計があれば、どこにいても、わかるよね?」

 ジークハルトの手に、時を刻む音が乗せられた。

 カチ、コチ、と。

 手の中に秘めた時計の音は、冷酷に、あるいは穏やかに、変わることなく鳴り続ける。

「帰ってくる」

「うん」

 自らと、大切な物を生かす手段を、正しく力と呼ぶのであれば。

 泥をすすり、汚濁を食らい、反吐を散らし、魂を汚してでも。

「――生きよう」


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