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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(後編)
16/27

ある種の商談

 翌日の朝。ジークハルトは、ギルド『ニーベルンの指輪』の門を潜っていた。正面玄関であるロビーには、ギルドの主である男と何故かメイド服を着たベテランの女冒険者がおり、同時に振りかえってきた。

「あら、ジークさん。おはようございます」

「どうした、おまえが自分から来るとは珍しいな……うぐっ……」

 昨日の酒が残っているのか、少し顔色の悪い蒼髪はこめかみを抑え、メイドの格好をした受付嬢から頭痛薬を受け取った。

「エリオット様、お酒弱いんですから。無茶をなさらないでくださいね」

「……いや、大丈夫だ。フィノ、悪いが水を持ってきてくれないか」

「はいはい」

 メイドが、ぱたぱたと廊下に向かって歩いていく。それと入れ替わって、

「――ジークっ!」

 野うさぎのように、一目散に跳んできた美姫に抱きつかれた。

「どしたのっ! もしかして、迎えにきてくれまった?」

「違う。それに半日会わなかっただけだろうが、はしゃぐな」

「えへへへへ」

 数日前には、色気なんぞとは無縁の格好をしていた(さなぎ)が、一足飛びに羽化していた。長く伸びすぎていた金髪は、肩の後ろで綺麗に切り揃えられている。シンプルではあるが、これからの夏に合いそうな素朴なワンピーススカートも似合っていた。それから最も気になったのが、

「リーア、おまえ、その耳どうした」

「あぅ、これ?」

 紫色の、小さなダイヤ型のイヤリング。一見すればすぐに分かるはずの長耳が、今は人と変わらぬように見える。

「フィーからもらったの。【幻惑】の属性が付与されてるから、ジークの持ってる片眼鏡なんかでじーっと見られない限りは、エルフだってバレまへん」

「なるほどな」

 ジークハルトが裸眼で意識を集中しても、映る光景に変化は生じなかった。相当に純度の高い【魔石】に、リーアヒルデが直に付与(エンチャント)しているのだろう。

 ルーインの都には、多種多様な種族が集まってくる。ハーフエルフなども見ないわけではないが、それでもやはりエルフは目立つ。身に危険が及ぶ可能性があるために、できる限り目立たないほうがいいのは当然だ。当然だが――

「ふぇ。ジーク、どうしたの?」

「なんでもない」

「えっ?」

 ぱち、ぱち、と。

 長い睫が瞬きするだけで、視界に映されるだけで目立つ。顔を背ければ、厭な感じに笑う男女がいた。いやいや、これはこれは、うんうん。等と頷かれる。

「ふはは。俺はいま、実に貴重な光景を見たぞ、なぁ、フィノ」

「はい。なんというか、とても微笑ましい感じでしたね。主にジークさんが。正直、今でも口惜しいところではありますが、これならこれでまぁよいものですね」

「……おまえら」

 片手がひくっと動き、ズボンの隠しポケットにある、スローイング・ナイフを掴みそうになる。

「ジ、ジークっ、わたしなにか変かな? お洋服似合ってない? やっぱり、ヘン?」

「違いますよ、姫君。貴女のお姿があまりにもお美しいので、そちらの職人は――」

「死んどけ」

 ナイフが飛んだ。エリオットが軽く身を横にするついでに、二本の指で柄を掴む。投げかえす。同じように掴み返す。

「おまえは腕が良いが、短気なところは何年経っても変わらんな」

「テメェも、あんまりぼんやりしてると次は刺すぜ」

 ナイフを再びしまう。

「エリオット、空いてる時間はあるか」

「仕事熱心だな、まったく。フィノ、悪いが他のメンバーには朝食は先にとるよう言っておいてくれ」

「かしこまりました」

 侍女が恭しく礼をする横を、エリオットが通りぬけていく。その背を追うジークハルトを留める手があった。

「ジ、ジーク、えと……」

「あとで呼ぶ。悪いがおまえにも、少し話を聞かせてもらうと思う」


 ギルド『ニーベルンの指輪』の二階奥。

 机が一つあるだけの応接間に入るなり、エリオットが告げてきた。

「さて貴重な家族の団欒を壊してくれた貴様の用事とは、一体どんなものかな」

「リアンはテメェらにはやらねぇよ。俺の店に連れて帰る」

「ふむ」

 エリオットが片肘をついて、どこかけだるそうに反応する。対するジークハルトもまた、椅子に座して相手を睨みつける。

「ジーク、姫君を連れて逃げるつもりか?」

「いや、この街で暮らすつもりだ。変わらず、『鑑定』と『付与』を基軸にな」

「それは……。王女の居所を知っていながら、あえて見逃しておいてくれ。とかふざけた事を抜かすつもりか?」

「そんなところだな」

「斬るぞ貴様」

 しばらく間があり、

「――失礼します」

 フィノが盆の上に水を乗せて入ってきた。もう一度、失礼しますと告げて出ていった。エリオットがグラスを手にとり、水を含む。

「…………おい、ジーク」

「なんだ」

「他に、なにか言うことはないのか?」

「ねぇよ」

「そうか。貴様は本当に頭が良いな」

 ため息がこぼれる。二人ぶん重なっていた。先に言葉を放ったのはジークハルトだった。

「今でも、正直なところわからねぇんだが」

「なにがだ?」

「他人の命を、どうして必要以上に構ってんだか。俺自身、わからねぇ」

「そこは適当に考えておけ。男は逆立ちしても、女には適わんものだ……」

 ふーっと、どこか哀愁を込めた二枚目の横顔が、朝日に染みていた。

 コイツも苦労してんなと思いつつ、ジークハルトは机に両手をついた。

「……どっかの王女が言ってたな。プライドなんか、金になんねーってよ」

「あぁ、まったく持ってならんぞ」

 エリオットの捨てセリフと共に、ジークハルトが、頭を深く落としていた。

「頼む。俺一人の力じゃ足りない。リアンを、助けてくれ」

「……なにを、どう、助けてくれと言っている?」

「テメェ、言ってただろうが。王城の連中で犯人の目星がついてるってよ」

「まぁそうだが。とはいえ、王城に引き渡せば姫君が暗殺されると思っているわけじゃないだろ? 余計な事に口を突っこまなければ、幸せかどうかはともかく、それなりの生活も保障されるんじゃないか?」

「どうだかな」

 ジークハルトが顔をあげた。椅子に背を預ける姿勢に戻り、言葉を繋いだ。

「エルフ族が管理する『精霊の泉』の存在は、秘中の秘だと昔に聞いた」

「しかし俺たちが見つけたぞ。【魔】を奪う呪いも、俺が解いた」

「だが、力が足りないと言っただろ。本来の【魔】を蓄積する力が、ひどく弱まってるってな」

「……」

 間が生まれた。今度はいくらか長かった。

 ジークハルトは、迷わず言い切る。

「精霊の泉、その存在が秘中の秘、じゃねぇ。泉に含まれる【魔】の力を保つ術こそ、それなんじゃねぇのか。その鍵は、リアンが唱えた <時間転移> の秘術にあるはずだ」

 グラスに入った水。保たれた質量を見やる。

「リアンは数年の時間を、アーティファクトの時計と、相応の【魔石】を代償にして飛び越えた。仮に <時間転移> の上限がなければ、何百年、何千年もの時を越えることができるハズだ」

「…………かもしれん、な」

 水が、ゆらゆら揺れていた。

「なぁ、エリオット…… <時間転移> を対象の泉に付与すれば、泉の【時間】を巻き戻して、資源(リソース)が最大級だった頃に復元してやれるんじゃねぇか。その場合、小さな【魔石】やアーティファクト程度だと、触媒としちゃ、これっぽっちも足りねぇが……」

 【魔】は、精霊を媒介にして発動する。

 自然界の精霊と、術者の体内に眠る【魔】を、言霊(コトダマ)に乗せて接続(リンク)して。

 対象を知ることで、具現化(イメージ)が実現する。概念の本質が変化、あるいは実体化する。


 ワーグナーの言葉が、ジークハルトの中に蘇る。


『――エルフは日常的に、精霊の泉を、生活用に取り入れておるのだと言われとる。

 故に、その体に秘めし【魔】の力は強大で、消耗が激しく、彼らは森を離れない――』


 つまり彼らは、太古の水をよく【知っていた】。

 それからリーアヒルデは、ジークハルトが知るどんな付与師(エンチャンター)よりも、高度な付与術を身につけていた。難解な本を読み解くのも異常に早かった。

 そして、とことん不器用だった。

 森の中で暮らすエルフの種族は、獲物を追うため弓を用いる。日常的に樹を削るだろう種族だ。

 見目も麗しく、指先は細い。程度の差はあれど、手先は器用であろうはずなのに。

 リーアヒルデは、著しく不器用だった。けれど指導をすれば季節がひとつ変わる間に、精密な時計を一つ直してみせた。

「あいつは、リーアヒルデは、そういう風に育てられたんだろ。世界が限定されたエルフのなかでも、さらに隔離されてな」

 自己の無い生き方。他者と言葉を交わさず、書物のみから知識を得る。

 その時の為だけに生かされてきた。大事に、貴重に、保管されて、それはまるで、

道具(アイテム)だ」

 鑑定士は確信する。

 道具の本質とは、どのような物であれど、根っこに通ずる部分は同じだ。


 それは、人のために存在する。


「一つ聞くぞ。エルフのルーツってのは、この国の人間じゃねぇのか?」

「……本当に、おまえは良い目を持っているな。ジーク」

 エリオットは頷いた。そして、静かに告げていく。

「詳細は古すぎて、伝える物も失われて久しいがな。おそらくは、この地方の初代王族に仕えていた、魔術師の一団だ。エルフの王族を担っていた魔術師もまた、もっとも【魔】に優れた者だったらしい」

「詳しいじゃねぇか。情報源はどこだ」

「そいつは言えん。まぁ、城に踏み入る機会があればこそ、だな」

 一つ笑ってから続ける。

「彼らは言うなれば、この国の生贄(ニエ)でもあった。最も優れた者が秘術を用いて、泉の水を【魔】に満ちあふれた、古代のものへと還元する。その時に触媒となるのは術者であり、長寿なエルフ族の <生命時間> そのものだ」

 生も死も、気品はあらず。

 それは長い時間をかけて、いつしか冒険者に贈る言葉へ変わっていた。

「つまり、リアンが犠牲になれば、俺たちは今まで通りに貴重なアイテムが得られるわけだな?」

「そうだ」

 エリオットが頷いた。この街は、同じことを繰りかえしてきたのだと。

 たった一人の命を犠牲にして、多くの命を救ってきたのだと。

「……クソジジィが言ってたぜ」

「うん?」

「変化を望まないのは、息をしないことに等しいってな」

「そうか。なら、おまえはどうする?」

「決まってる」

 ジークハルトは望んできた。

 常に、生き抜くための手段として、力を望んできた。

「――よきものは、より、よきものになる、その義務がある。これもクソジジィの言葉だ。リアンはまだまだ伸びる。犠牲になる必要なんざ最初からねぇ。あいつは『生きる』ことで大勢の人間を助けることができるだろうよ。俺はその手を惜しまねぇつもりだ」

「く、くくっ……、はははははっ!」

 エリオットが声をあげて笑った。楽しそうに、同感だよと言うように声をあげる。

「――いい覚悟だな、ジーク! 熱心なお前に仕事をくれてやろう!」

 素早く立ちあがる。取りだした羊皮紙に羽ペンで荒く書きつけた。ぐしゃりと掴み、投げつけるように放った一枚を、ジークハルトは片手で受け止めた。広げる。

「相変わらず適当なこと書きやがるな。クソ野郎」

 

  依頼者:   【匿名ヲ希望スル】

  依頼対象:  ジークハルト・ワーグナー

  依頼内容:  精霊の泉、その源泉に【呪い】を施した術者の発見。

         対象と接触し、意図した事柄を尋ねよ。状況によっては排除せよ。

  追伸:    生きて帰ってこい。姫君を泣かせなくなければな。

         そして、この街を、より、よきものへとするために。


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