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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
13/27

項目13:店の主と、お客様。

 職人街の奥にある鑑定士の店に、一通の訃報が届いた。

 黒い上着を掴み、そういえば、あの日もこれを着ていたことを思いだしていた。

「ジークさん、そろそろ時間です」

 声に振りかえると、いつもと違う格好の女性が見えた。落ちついた野ブドウ色の髪だけが光を反射する。彼女もまた黒一色の喪服を着ており、唇の赤いルージュも相まって、妙に艶かしい。

「今日はメイドじゃないんだな」

「えぇ」

「悪い。冗談だ」

 ジークハルトが袖を通したとき、廊下に繋がる扉が開いた。ふらふらした足取りで、リアンがやってくる。

「……ししょ~、フィ~?」

「リアン様」

「どこか行くの~?」

 寝惚けているのか、ふわっと欠伸をする。ジークハルトが近づき、屈んで手を伸ばした。

「今日は閉店だ。上で寝てろ」

「ふぇ?」

 短い金の髪を乱暴になでる。リアンは頭を振りながらも、どこか嬉しそうに撫でられていた。

「いいか、怪しい奴が着ても扉を開けるなよ。二階でおとなしく、本でも読んでろ」

「あい~」

 背を向ける。それから外を見て「雨か」とつぶやいた。傘を手にして店をでる。反対の手には招待状と、壊れた懐中時計が握られていた。


 その報告を聞いた時、正確な内容は、あっさり抜けていった。

 時間をかけて、どうにか、断片的に理解した。

 自分のギルドの仲間を守るために、死んだこと。

 生き残った仲間が、彼女の亡骸を運んだこと。

 ギルドの主は、すべての最終決定と、責任を負うこと。

 むかし、彼女の両親はそれを実行し、彼女もまた同じ道を選び抜いたこと。

 牧師が十字を切った。

 レティーナの名前を口にした、その音を、ぼんやり聞いていた。


 小雨の降る早朝。街外れの墓地で、冷たい風が流れる。

 冒険者の葬儀が行われることは珍しい部類に入る。大抵は朽ちた骨と化して、迷宮に転がることになるからだ。死体が持ち帰られることになっても、窯の中で焼かれ、細かくなった骨をそのまま河の中へ流されることも多い。

 だから、たとえ少なくとも、名を彫られた墓前に人々が集い、一人の人間の死を嘆くことは大変に稀だった。

 ここは、そういう街だった。

 生も死も、気品はあらず。

 昨日、当たり前のように挨拶を交わした知人が、次の日には息絶えていた。姿を見なくなった。服だけが見つかった。そんな話を聞くのは珍しいことでは無い。

 黒い集団から少し離れ、枯れた大樹の幹に背を預ける。手の内には、粉々に破壊された懐中時計が存在する。針は止まっていた。

『――どういう風の吹き回しかしらね?』

 忘れた。どうしてこんな物を渡したんだったか。

 頭から、つま先まで。感覚が無い。

 傘は閉ざしている。たぶん、ずぶ濡れになっている。

『ねぇ、この前のお礼なんだけど。よかったら、』

 棘のついた棒で殴られるような感触がきた。胸が痛んだ。

 朝からなにも食べていないのに、吐き気を催した。喉がカラカラに枯れている。

 いっそ、上着に隠した短剣で、喉を切り裂いてしまおうか。

『どうして、私を守ってくれなかったの。ウソツキ』

 思い出す。なのに、時計はもう動かない。

 針を巻き戻すことは叶わない。

『ジグ、貴方は根本的なところで、冒険者には向いてないんだと思う』

 彼女を守ってやりたかった。少しでも危険から遠ざけてやりたかったのに。

 ふざけるな。

『あなたは賢くて、慎重で、実は臆病だったりする。つまり、優しすぎるのよね』

 ふざけるな、ふざけるな。

『平穏に生きるべきだわ。たとえば、そうね。店でも開いてみたら?』

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!

『また今度、あなたの店に寄らせてもらうから』

「……なにもッ!」

 できなかった。

 壊れ、止まってしまった時計は、二度と動きはしなかった。


 眠れば昔の夢にひき戻されて、起きれば明日がやってきた。

「――――…………ぁ?」

 頭が揺れた。世界は闇の中だった。少しずつ目が覚めて、あぁ、真夜中なのかと、ひとりで馬鹿みたいに呟いた。

「……喉が渇いたな」

 酒の匂いがした。気分が悪くなるほどではないが、それでもいつもより多く飲んだせいか、額が軽く痛んだ。胸焼けがひどい。

「………………水」

 ギッ、と音を立て、ベッドから起きあがる。食卓に供えてある清水を求めて、一階へ降りていく。途中、店の表に繋がる扉の先から、灯りがこぼれているのを見つけた。

 カチャカチャと、小さな音が聞こえてくる。

 進むか、無視するか、戻るか。

 考えても無駄に頭が痛くなるだけという風に、不機嫌な顔のまま、部屋に入る。

「リアン」

「あっ」

 短い金髪が、さらっと揺れた。白い手に精密のネジ回しを持っている。夜なので、薄いシャツと、淡い色のショートパンツを履いているだけの格好だ。

「なにしてんだ、おまえ」

「ご、ごめんなひゃい!」

 リアンが手元に散らばった部品を隠そうとする。無視して近づく。

 作業机の上には、完膚なきまでに、粉々に砕けた懐中時計があった。残された想いの品はパーツ単位で歪みが生じ、折れ曲がっている。

「直せうかなと、思って……」

「無理だ」

 向かいの客用の椅子を引いて座った。それぞれ椅子の高さの違いから、二人の頭の位置は同じところになる。しゅん、と萎れた顔を眺めて、くくっと笑う。

「直せるわけないだろ」

「……あい」

「コイツはもう無理だ。ひとつの時計を、最初から作るのと変わんねぇよ」

 乾いた笑みが広がった。ひたすらに、どこまでも、波のように広がった。

「……俺が守るとか、どのツラ下げて言いやがったんだか……」

 力を抜いて天井を見あげる。視界が揺れた。

「リアン、フィノはどうした?」

「ふぇ? ギルドに帰ったよ。おぼえてない?」

「そうか……。エリオットが帰ってきたんだったな」

 早朝の葬儀の最中、古い知人が亡くなった代わりに、森の探索に出かけていたエリオットが生還した。当初の契約通り、フィノと王女を自らのギルドへ連れて帰ろうとしたが、

「おまえ、どうして、フィノと一緒に帰らなかったんだ?」

「もう少し、ここに、いたかった、から……」

「こんなところに居てどうすんだ」

「……もっと、色々教えて欲しい、でう……」

 翡翠の瞳に、涙が溜まって、こぼれ落ちていった。

 小さな手の甲でぐしぐしと涙をぬぐう。

「なんで、おまえが泣くんだよ」

「……わ、かんない、でう……っ」 

 ぐすっ、ぐすっと、こぼれる嗚咽を、ただ黙って聞いていた。

 椅子に座ったまま、その頭に、思わず手を乗せてやろうとして気がついた。


 ――また、重荷を増やすのか? 一人が生きやすいんだろう?


 伸ばした手が止まる。

 盗賊の力は、誰かを守れるほど、強くない。

「帰れ、リアン」

「なんでっ!」

「迷惑なんだ。おまえはもう、精霊の泉の権限を持つ、唯一の生き証人だ。つまり本音を言えば、死んで欲しいって連中がわんさかいんだよ。いつかこの店にも、おまえの命を狙うヤツが来るかもしんねぇ」

 すぅっと、リアンの瞳から光が消えていく。

 ただ放心したように、ジークハルトを見つめる。

「めいわく……? わたし」

 命を狙われることよりも、そっちの方がこらえるというように、言う。

「わたし、ここにいたら……、ジークに、めいわくかけう……?」

 返す言葉に詰まった。心が弱っていたせいかもしれない。酒も少し残っていたこともあるのか。ともかくその時、自分を慕ってくる存在を斬り捨てることができずにいた。

「……俺は、一人が気楽なんだよ」

 代わりに、とことん情けない言葉が口をついた。

 そんな安っぽい言葉で、愛らしい、一途な子供が納得するはずもなかった。

「じゃ、じゃま、しないからっ!」

 むしろ勢いづいた。

「ご、ごはん、つくりまう! お洗濯とか、フィーの代わりにするからっ! こーひーもいれまうっ! だからっ、だからっ……!」

 拾ってください、拾ってくださいっ!

 どこぞの捨て犬だか、捨て猫だかが、必死にきゃんきゃん吠えてくる。

「……あのな、少しぐらい王女のプライドとか無いのか」

「そんなものっ、お金になりまへんっ!!」

 しかも変なところだけ飼い主に似てきた。ジークハルトが「はぁ」と最大級のため息をこぼして、作業机の上に散らばる懐中時計の残骸を見やった。

「卒業試験にするか」

「へう?」

「ボロクズになったコイツを一から組み立て直せ」

「えっ、えっ、えっ?」

「おまえは俺の弟子なんだろ、リアン」

「―――っ!」

 今度こそ目前の頭に手を添えた。添えてしまった。これで後戻りができないな、という想いはあったが、それでも自然と笑えていた。

 薄汚い生まれの盗賊だって、光を求めてはいけない、なんて理由もない。

「し、ししょー……」

「なんだ」

「……笑ってまう」

「うっせぇ」

「にゃっ!」

 身を乗りだし、細い髪の毛を掴んでぐしゃぐしゃ回す。リアンが声をあげて笑う。ジークハルトもまた笑った。その後で、翠の両眼に溜まった涙を、指の腹で拭ってやる。

「リアン」

「~~~ぁ、いっ!」

「時計の部品を扱ってる職人の工房と、【魔石】を専門に売買してる知り合いを紹介してやる。俺がここまで金にならない仕事をするなんざ滅多に無いぜ。だからやれ、いいな?」

「うんっ!」

 柔らかそうな頬の上を、もうひとつ涙が零れていく。笑顔が満開になった。

「わあぁ~~~いっ!!」

「うおわっ!?」

 両手を伸ばす。机を乗り越えて、飛び込むように抱きついた。ジークハルトは椅子に深く座っていたせいで逃げられず、咄嗟に全身で抱きとめる。椅子の足が浮き上がり、二人一緒に後ろへ倒れ込んだ。

「だいすきっ!」


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