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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
11/27

項目11:飴と鞭の比率は3:7。

 リアンがジークハルトの店に来て一週間が経った。特にこれといって波風も立たず、平穏無事な日常が続いていた。

 昼過ぎ、客足が途絶えていた時間に、ジークハルトは随分と冷めてしまったコーヒーを飲んでいた。

「――まだか、リアン」

「うくっ、ん、ん、ん~っ」

 机に片肘をつき、酸味の効いたコーヒーを飲んでいる隣で、リアンが必死に手を動かす。

「むずかしーでう、ししょ~っ!」

「それぐらい、さっさとバラせ。あと、その呼び名やめろ」

「えー」

 新緑の如き翠瞳で見上げられると、それ以上は反論する言葉も消えてしまう。なし崩し的に「手を動かせ」とだけ言うと、今度は素直に従った。

「むむ~っ!」

 作業机の上には銀色のトレイが乗っている。精密のネジ回しで、細かいパーツに分解された、目覚まし時計の部品が並んでいた。

「遅い。おまえ、本当に不器用だな」

「ぅぅ……」

 リアンはネジ回しを手に、ふらふらと、危うげに外していく。工具の先についた小さなネジを、トレイの上に持っていこうとした時だ。

 ピンッと机で跳ねて、

「あっ!?」

 床の上に落としてしまう。

「おい、無くすなよ」

「あ、あいっ!」

 拾いあげようとして頭を突っ込み、今度は「ごすっ!」と派手な音をたてた。ネジを摘んで現れたリアンは涙目だった。

「……おでこ、ぶつけてしまいまひた……」

「なにやってんだ、バカ」

 涙目になった、リアンの前髪を持ちあげた。指を近づけ、触れる。

「し、ししょーっ!?」

「痣にもなってねぇ、大げさだな」

「あ、あのっ、えぇとっ!」


 ――カラン、コロン、カララン。


 リアンが軽く目を回しているときに、店の扉が開いた。

 入って来た客は長身細身の女性だった。獣の毛皮で作られたレザーベストとズボンを身につけ、板金の入った硬質なブーツが床を叩く。右目は眼帯で覆われており、左手は常に、腰元にある長刀の柄に添えられていた。

「久しぶりね、ジグ」

 一つに結いあげた長い黒髪が揺れる。

「……レティーナ?」

 ガタッと椅子が音をあげ、ジークハルトが立ち上がった。そんな様子を楽しむようにして、残された瞳が猫のように細くなる。

「ジグ、最近あなたの顔を見なかったから、野たれ死んだかと思ってたわよ」

「こっちのセリフだ。残念だが、そこそこ上手くいってるさ」

 ジークハルトが席に座りなおすと、レティーナと呼ばれた女性は近づいた。

「相変わらず、副業の仕事を受けてる。って聞くけれど」

「金があって困るこたぁないからな」

「あまり安請け合いしてると、死ぬわよ?」

 ふっ、と笑いながら、ジークハルトの向かい側にある椅子を引き、浅く腰かけた。

「……で、どうした?」

「そのまえに、私も質問したいのだけど」

 レティーナが、ややジト目になって、言う。

「ジグ、あなた。いつのまに子供を(こしら)えたのよ」

「は?」

 レティーナの視線を追ったその先、机の下に隠れたリアンが顔だけ覗かせていた。眼帯をつけていない方の瞳に見つめられると、「ひぃっ!」と叫んで、また引っ込んだ。

「すごい美形ね。男の子? 女の子?」

「うるせぇ、勝手に俺の子どもにすんな」

「もう。相変わらずの堅物ねぇ。冗談ぐらい流しなさいよ」

 にんまり笑ったとき。後ろにある扉が開いた。

「失礼します、飲み物をお持ちしました」

「フィ~~っ!」

 机の下からリアンが飛び出して、白黒エプロンの裾に、ぎゅむっと抱きつく。

 それをみて、レティーナは怪訝そうに、ジークハルトの方を見た。

「……あ、もしかしてそういうこと? 連れ子の女性に手を出すなんて、いい度胸してんじゃない」

「だから、ちがう。こいつらは事情があって預かってるだけだっ!」

「そうなの、って……」

 フィノの顔に注目する。レティーナは何かに気がついたように、目を瞬いた。

「貴女、蒼髪のギルドにいたわね」

「いいえ。私はただのメイドですよ。剣閃レティーナ様」

 続けて、レティーナの視線がゆっくりと、腰元にひっつく子供の顔に向けられた。

「そっちの子は……」

「俺の弟子だ。裏路地で食いっぱぐれてるところを、拾ったんだ」

「弟子? ジグの?」

「あぁ、付与師(エンチャンター)の素質を秘めてる。ただ、半端なく手先が不器用なんでな。技を仕込んでる最中だ」

「へぇ、ジグが弟子を取るなんてねぇ?」

 レティーナが、くすっと笑う。

 今度こそ楽しそうに、女性らしい含みを込めて、少し意地悪く。

「昔の貴方からは想像できないわね」

「うるせぇな。冷やかしにきたなら帰れよ」

 ジークハルトが、ガシガシと髪をかく。反対の手をだして、つまらなそうに告げる。

「仕事を持ってきたんだろうが。鑑定物があるなら、さっさとよこせ」

「悪いわね、鑑定の依頼じゃないの。でも、ちょうどよかったわ」

「なにがだよ」

「実は、付与師を探してたの。貴方の伝手で、その筋の人間がいるかしらと思ってね」

 レティーナが胸元のベストに手を入れ、ポケットから、てのひらに乗るサイズの懐中(ポケット)時計(・ウォッチ)を取りだした。ジークハルトの瞳が見てわかるほどに大きくなる。

「……まだ、持ってたのか」

「懐かしいでしょ」

「少しな、借りていいか」

「えぇ」

 時計を受けとる。懐から片眼鏡を取りだして乗せた時、

「それ、貴方も持っててくれたのね」

「大事な商売道具だからな」

 言いながら、時刻を合わす「リューズ」を動かした。

 くるりと、二つの針が仲良くまわる。

「どこか悪いのか? 時刻合わせも問題なくできるみたいだが」

「肝心の【魔】の効果が弱まってるみたいでね。一日で時間もズレてくるのよ」

「ってことは、中の【魔石】に問題があるな。一度、バラすぞ?」

「構わないわ」

 レティーナが頷いたのと同じく、ジークハルトが振り返った。

「リアン、仕事だぞ。はやく来い」

「あ、あいっ!」

 フィノにくっついていたリアンが、慌てて駆けてくる。作業着のポケットから、小さな片眼鏡を取りだして、同じように身につける。

「ふふ、可愛い弟子ね」

「見かけは小せぇが、実力はあるぜ。お前からもらった片眼鏡、実はちっとヘマして使い物にならなくなってたが、リアンが【魔】を付与(エンチャント)して、今は問題なく動作してる」

「へぇ、やるわね」

 黒の瞳が優しく微笑んだ。すっと手を泳がせて、たれのついた帽子の上から、リアンの頭をなでる。

「お手並み拝見といくわよ。小さな職人さん」

「あ、あいっ!」


 ジークハルトの手に、精密のネジ回しが渡される。

 手早く蓋を開いて、刻まれたサインをリアンに見せた。

「職人の名前は、アドルフ・ランゲ。有名な時計職人であると同時に、凄腕の付与師(エンチャンター)でもあった人物だ。この職人が作ったアイテムは冒険者だけでなく、一般人にもコレクターが大勢いる。サインの贋物も多いからな、しっかり覚えとけよ」

「ほ、ほむっ!」

 リアンが身を前にだして、サインを見た。ひたすら一心に見つめていると、そこまで見んでいいと、デコが叩かれる。ぴぃ、と鳥の鳴き声みたいな声をあげて引っ込んだ。

「解説するぞ」

「あい」

「この男が作った時計には【魔石】が込められている。【魔石】は、時計のイメージと呼応して、装備者の速度を高める効果を持つ。影響は微々たるものだが、一瞬の判断が生死を分ける冒険者にとって、その効果は大きい」

 語って、ジークハルトは懐中時計をバラしていく。まったく危うげなく、細かい部品を、トレイのなかに移していった。

「し、ししょー! すごいでうっ!」

「やかましい。それより【魔石】の位置を探してみろ」

「うん」

 言われた通り、リアンは黙して、時計を見つめ続けた。

「……いちばん、おく。ぐるぐる回ってる、はぐるまに、がちって、あたってうトコ」

「テンプ、だ。正しい名称ぐらいは覚えておけよ」

 リアンが答えた後も、よどみない手つきで懐中時計の完全(オーバー・)分解(ホール)を進めていく。動力源となるゼンマイを入れた香箱車(こうばこぐるま)をはじめ、時計の針と連動した二番車、三番車、四番車、そして、速度の伝達と調整を行う心臓部へと辿りつく。

「ここだ」

 振り子の原理を持って回転する、テンプと呼ばれる機械の上。隣合わせた歯車の速度をひっかけて調整している『爪先』に、緑色の、極小の【魔石】がはまっていた。

「リアン、この魔石の【属性】が分かるか?」

「んー、【風】かなぁ。それに、じかん?」

「正解だ。冒険者からは【時空(じくう)】と呼ばれてる」

「あら、本当に優秀なのね。さすが、ジグの弟子だわ」

「えへへへへ~」

 リアンが、てれっと笑う。その額を、ジークハルトが指ではじいた。

「ぼけっとするな。いいか、よく聞けよ」

「はうあう……」

 リアンが、おでこを両手で抑え、頷いた。

「ランゲが作る懐中時計は、精巧ではあるものの、基本的には通常のゼンマイ式と変わらない。だが、これに【魔】を込めると話が別だ。ワーグナーのジジィの本を読んだお前なら理解してると思うがな。【魔】には、わずかながら <質量> が存在するんだ」

「重さがあるってことだよね?」

「そうだ。ジジィの言い分だと、魔術発動の為の【精霊】には重さがあり、【魔】として概念化されたのも同様だって話だ。実際の炎や水に重さがあるように、人間が生みだした【炎】や【水】にも重さがある」

「あい」

「そして【魔石】に属性化された概念を封じた場合、【魔】の効果が増幅されると同時に、質量そのものも大きく増す」

「あい」

 こくん、こくん、と首を振るリアンを見て、ジークハルトも一息つく。向かいに座るレティーナは、反対に首を傾げはじめていた。

「つまりだ。歯車の回転にひっかかり、回転数を維持している【魔石】の爪先に重さが増せば、どうなると思う?」

「テンプ本体の回転に、ごさがでまう」

「誤差が出ると、起きる弊害は?」

「ひっかける爪先のリズムがズレて、はぐるまの回転も、一緒にズレていきまう」

「そうなると、どうなる?」

「時計の針を乗せた別のはぐるまも、ズレが大きくなりまう。ズレがひどくなったら、時計として、ただしく機能しまへん」

「正解だ」

 ジークハルトが手を伸ばす。軽く、帽子のうえに乗せた。

「えへ~」

 ほんわか喜ぶリアンに向かい、しかしもう一言。 

「お前なら、コイツをどう直す?」

「へう?」

 リアンが、きょとんと首を傾げた。

「この時計を、自分が作る立場で考えてみろ。【魔石】の効果はひとまず考えなくていい。これを時計として正しく使えるようにするには、どうする?」

「ませき、をつかわず、フツーの部品をつかいまう」

「不合格だ。もっとよく考えてみろ」

「あい」

 リアンが、そっと静かに目を伏せる。

 その様子を見て、ジークハルトの表情に少し、笑みが浮かんでいた。

 しばらく何も言わずに、ただ答えを待った。さして時間もかからず、リアンは翠の瞳を開いて、ジークハルトの顔を嬉しそうに見上げる。

「最初から、増える重さ、質量を考えてつくりまう!」

「正解だ。やることはわかったな?」

「あい!」

 リアンが元気よく手をあげる。だが向かいに座るお客は、首を傾げるばかりだった。

「……えーと、どういうことかしら」

「へぇ、レティーナは分からなかったのか?」

「うるっさいわね」

 隻眼の女剣士が、思いっきり眉をひそめていた。剣呑な気配を滲ませた様子に、リアンが怯えて机の下に隠れようとする。ジークハルトがニヤリとして、その背中を掴みあげた。

「隠れてんじゃねぇ。説明してやれ」

「あ、あいっ。えーと、えー…………。し、ししょぉ~~~っ!」

「おまえな。客に説明すんのも大切な仕事だぞ」

「らって~~~っ!!」

 泣きつくリアンをあしらいながらも、店主はどこか楽しげだった。

「つまり、このアーティファクトはもともと、【魔石】を組み込む予定で考案されてたわけだ。ただし、肝心の【魔石】に力を込めすぎると、テンプを調整する部分が重くなり、回転数がズレてくる。そうなると時計として使い物にならない。元来の道具が正しく力を発揮しないと、【魔】の概念も発動せず、【魔石】に付与された【速度上昇】の効果も失われる訳だ」

 一息つき、すっかり冷めたマグの中身を煽った。

「で、こいつの場合は、長年の使用で【魔石】に封じた概念の付与が薄れてる。歯車を回転させるテンプ調整部に重さが足りず、勢いがつけられないわけだ」

「いいわよもう。ようするに、修理しないといつか止まってしまうわけでしょ」

「ま、平たく言えばそうだな」

 レティーナの、明朗解決な答えに苦笑する。

「ただし、適当に同じ大きさの【魔石】に変えてもダメだ。込めた【魔】のバランスが正しくなけりゃ、コイツは機能しない」

「はいはい。つまり【魔】と時計の双方に熟知している職人が必要で、ここには、その職人が揃ってるわけでしょう?」

「そういうこったな」

 ジークハルトは言って、分解した部品を集めたトレイを、リアンの前に置いた。

「どうだ、直せそうか」

「あい、できまう」

 小さな両手の、小さなひとさし指。

 トレイの上に乗った【魔石】をはめた部分に、ちょこんと触れた。

 すぅ、と息を吸い込んで、言葉を発する。


『――【精霊】を知る我、命ず。

 摩擦係数を鉄より有し、対象となる道具の強度を上昇。

 炎から【炎】を生成する。鉄と化合し熱量を上昇せよ。その数値は―――』


 リアンの口からこぼれるのは、複雑怪奇な『呪文』だった。

「ジグ、この子……」

「まぁ見てろ」


『――数値の設定が完了。

 続けて回転を促す力の象徴を【風】 および媒介とする色は 【翠】 と銘じる。

 精神を司る精霊と接続し、化合せよ。

 複合条件による言語定義は 【時空】 と称する。

 道具は、人に使えるべき物なり。望まれるならば、それに応えるべき物なり――』


 リアンの口から、流れる水のように、言葉の奔流が押しよせる。

 ジークハルトの片眼鏡越し、様々なイメージを放つ色と光が見えていた。

 そして小さな指先から、【魔石】の中へと流れ込んでいく力を、黙って見送っていた。


『以上、ここに定義を決定する。< 属性(エンチャ)付与(ント)再起動(リアクト) > 』


 呼応する。

 翠色の【魔石】のなかに、溢れていた光が吸い込まれた。リアンは閉ざしていた瞳を開いて、ぱぁっと花を咲かせてみせる。

「できまひた~っ!」

「よし」

 ジークハルトは、部品を乗せたトレイを寄せて、分解した懐中時計を元の状態に組み合わせていく。それもまた、見る者にとっては魔法のような手際の良さだ。指先で拾えないほどにバラバラになったパーツが、決められた位置に収まって、元通りに形成する。

「完成だ」

 そして最後に、元に戻った時計のゼンマイを巻く。時刻を合わせると、


 ――カチ、コチ、カチ、コチ。


 時計が規則正しく動きだす。さらには、懐中時計の全体から翠色の光が浮かびでた。

「質は保証するぜ。恐らく効果もあがってるはずだ」

「え、えぇ……」

 レティーナが、まだ驚いた様子で懐中時計を受けとった。時計を耳に添えて、その音色を確かめるような仕草をした後に、

「……懐かしい音が、聞こえる……」

 隻眼の施されていない側の瞳を細めて、微笑んだ。


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