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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
10/27

項目10:確信犯である顧客、および知的少女との会話劇。

 奇妙な居候が二人増えたが、やるべき仕事に変わりはない。

 朝食を食べ終え、作業机に座って時間を潰していると、鈴の音が聞こえてきた。

「よぉ、兄さんよ! 昨日はすげー雨だったなぁ!」

 二日前に黒のナイフを買い取った、あの露店商が入ってきた。

 さらにもう一人、のっそりと、背中に大斧を構えた男がやってくる。太い両腕をむき出しにしており、威圧的な雰囲気を隠そうとしない。

「場末の鑑定士たぁ聞いてたが、確かに若ぇな」

「アンタは?」

「この小せぇ奴と、何度か組んで迷宮に潜ってる。そんだけだ」

 両腕を組んで仁王立ちになる。ジークハルトは椅子に座ったまま、明らかに友好的でない視線を受け止めた。

「話だと、随分腕が良さそうだって聞いてたんだがな。実際どうなんだ?」

「受け取った料金以上の仕事はやったぜ」

「ほぉ」

 どすん、と床が響く音を立てて、大男が椅子に座る。

「あのナイフも、銀貨一枚で買い取ってくれたそうじゃねぇか」

「今更返せってか?」

「んなこたねぇよ。ただ、相方が他に持ち込んだ鑑定品は、どうなったのかと思ってな。中には良質の【属性】が付与された、レアな <妖精指輪> もあったろ?」

「クズ銀の指輪に、カスい【属性】が入った指輪なら鑑定したぜ」

「……んだと? おい鑑定士、もっぺん言ってみろ」

「三流品だってんだよ、全部な」

 ジークハルトは席を立ち、二日前に鑑定した商品を机の上に並べた。

「指輪が三点、鎖帷子、杖、ネックレスがそれぞれ一点ずつ。合わせて六点だ。不要な【属性】も解いてやったから、銀貨六枚でまとめて引き取っていけ」

「ざけんなッ!」

 ドンッ! と勢いよく机が叩かれた。

「所詮は場末の自由(エル)鑑定士(サーズ)だな。安い料金に見合った、適当な仕事しかしねぇってか」

「そう思うなら勝手にしな」

 大男の方が、眉間に太い血管を寄せてジークハルトを睨む。その後ろでは、小さい方の相方が「すまんね、兄さん」という感じに苦笑しているが、腹の内は知れない。ともすれば難癖を重ね、あのナイフを取り戻そうという思惑ぐらい、あるかもしれなかった。

「おい、真面目に鑑定したんだろうなッ!」

「手は抜いてねぇよ。そっちこそ、次はホラ吹いて持ち込むんじゃねぇぜ」

「なら、その理由を言ってみろってんだよ!!」

 再び机が叩かれる。ジークハルトが面倒くさそうに、息をこぼした。

「さっきからうるせぇな。テメェら、この町に来たばかりの新米だろ。浅層ていどのアイテムなら、こっちだって飽きるほど鑑定してんだよ。大方は迷宮の小鬼(ゴブリン)と、【炎】を操る術者が一人ってとこだろ?」

 大男が目を見開いた。

「どうして分かる」

「役に立つかは知らないが、覚えときな。小鬼の連中は、気に入ったモンは赤ん坊みたいに口で転がして、自分の印だっていう傷をつけたがる。(モノ)眼鏡(クル)で見りゃ、唾液でマーキングされた後は一発で見抜けるが、肉眼でも結構わかるもんだぜ?」

 言って、指輪に共通して残る、独特のひっかき傷を示してみせた。

「ほ、ほぉ……」

 大男が、先ほどの激昂した態度から一変、知性を窺わせる色合いに変わる。隣の男も思うところあったのか、両肩を竦めていた。

「昔は冒険者だっつってたな、兄さん」

「あぁ。引退する前は、単独で中層以降に潜ってた」

「へぇ、たいしたもんだ」

「そいつはどうも。言っとくが、こっちはまともに商売してんだぜ。それに、最初から難癖つける目的の客は、テメェらが始めてじゃないんでな」

「む……」

 大男が野太い指を、自らの顎に添える。

「説明も今なら無料(タダ)にしといてやるが、どうする?」

「ははっ、兄さんにゃ適わねーな、頼んますぜ。なぁ、ダンナ?」

「……仕方ねぇ、聞かせてみろ」

 ジークハルトが、初めて口の端を緩めた。語りはじめる。

「まずはこの指輪だな。低級の小鬼ぐらいなら従えさせられる【使役】の属性が付与している。害を与える目的の『呪い物』は、基本的に人が作る物だ。となれば、連中を操る主がいる」

 続けてネックレスと、赤い宝石を乗せた杖を取り、いつのまにか聞き入っていた二人に向ける。

「……で、これがその主だろ? 【魔】に精神を乗っ取られた奴は、正常な判断ができなくなる。もしくはテメェらみたいな新米冒険者を狙って味を占めた、魔術師くずれの盗賊だ」

「【炎】を使ってきたのが分かった理由はなんだ?」

「色だ。【魔石】は基本、術者のイメージがきっかけで、この世界に実体化する」

 言って、杖に嵌った赤い石を指で叩いた。

「【魔】の威力をてっとり早く高めようと思えば、【魔石】の色を近づけることが、もっとも手っ取り早い。闇に住む小鬼共は【炎】が苦手だしな。こっちの鎖帷子は、連中を閉じ込めておく拘束具、と言ったところか」

「……フン。なかなかやるじゃねぇか」

「そう思うなら、ついでに一つ忠告しといてやる」

「ん?」

 すぅ……と、ジークハルトの瞳に険が増す。

「お前ら、死体漁りは適当にしとけ。場末の店で処分しようと思うぐらいの度胸なら、近い将来、いつか必ず同じ目に合うぜ」

 客である男二人が、揃って気まずそうに顔を見合わせた。

 存外、気の良い二人組みらしい。

「そいつは、相手から襲ってきたから奪ってやった、ただ……」

「兄さん、俺らが死体を漁ったのは、アンタに売ったあのナイフの持ち主だけでさ。なかなか、宿代にも切羽詰まる有様でしてね」

「別にかまわねぇよ。どっちでもな」

 ジークハルトは、少し面倒くさそうに告げる。それから、鑑定したアイテムをすべて二人の前に運んだ。

「ここから東に歩いた通りに、溶鉱炉を持ったクズ鉄屋がある。たいした値にはなんねーが、俺の名前出して持ってけ。一日のメシ代ぐらいにはなるからよ」


 結局、ジークハルトは料金を受け取らなかった。なんとなく講釈っぽいものを垂れて満足してしまったという感じに、ぼんやりと天井を仰ぎ見た。

「生きてりゃ、また来るか」

 良くも悪くも、善良な人間はジークハルトにとってはありがたい。客の信頼を得ることができれば、贔屓にして常連になってくれることも多いのだ。

 『自由(エル)鑑定士(サーズ)』は言うなれば、個人営業の鑑定人だ。専門の試験を突破して、王城と直属繋がりのある、正等な『鑑定師(グートアハテン)』ではない。

 誰もが名乗れる自由鑑定士は一言で「信用に足りない」わけだが、鑑定師は、その信用に足るぶん、制約も大きかった。

 王城直下のギルド機関にしか所属できず、月々で、一定の給金が保証される代わり、個人で店を出したり、鑑定料を決めることができない。だから、鑑定料金が安いだけの自由鑑定士は絶えない。むしろ堂々と、詐欺目的で冒険者に近づく者が多かった。

 故に、名が知れた実力者たちは、ギルドの鑑定師にだけ依頼を頼む構図ができあがる。中にはジークハルトの腕を見込んで、お前も鑑定師にならないかと誘ってくる者もいた。

「……お断わりだ」

 昔を思い出すように、一人呟いた。

 それから、小さな店で、黙って、慎重に、別の遺物アイテムを鑑定していく。開いた店の窓からは、気持ちのいい風が吹き込んでいた。ふと顔をあげる。

「店主と客。俺たちの間柄なんてのは、それが一番だ」

 客一人につき対価を得て、日々の腹を満たして生きる。

 未来への展望はなく、今だけを見つめる。

 求めるものは無く、けれど失わない。

 一人で生きるのは楽だった。

「ご主人様」

「…………ん?」

「お疲れさまです。一息いれませんか?」

 すっかりメイド服に馴染んだフィノが、優しい顔で笑いかけていた。

「居間の方に、コーヒーと焼き菓子をご用意しました。あまり根を詰めすぎると、倒れてしまいますよ」

「そうだな。リアンは?」

「リアン様でしたら、お部屋でずっと本を読まれてます」

「本?」

 フィノと、リーアヒルデこと「リアン」は、半ば物置と化していた屋根裏部屋に身を置いていた。

「リアン様、びっくりするぐらい賢いんですよ。こう……、自分の周りを取り囲むように本を広げて、何冊も同時に目を通されるんです」

「本当か? あそこにあるのは――」

 ジークハルトは、壁にかかった老人の肖像画を見やった。当たり前だが、相変わらず赤ら顔で、ビールジョッキを片手に笑っているおかしな一枚だ。

「あそこにあるのは、クソジジィが遺していった難解な本ばっかりだぜ」


 廊下の先、部屋の奥にある小さな食卓で、三人が席についていた。ジークハルトはここ最近になって『マズくないコーヒー』の存在があることを知った。香りの良い、熱を湛えた液体に口づけ、中央にある木製の器にも手を伸ばす。

「ん、美味い」

「ありがとうございます」

 コーヒーを一口。軽い苦味がクッキーの仄かな甘さに、よく合った。

「フィノ、美味いコーヒーを煎れるコツみたいなのはあるか」

「愛情です」

「そうか」

 さっぱり分からなかった。ジークハルトは、やや手持ち無沙汰に「壊れた片眼鏡」を手で転がしていた。

「ご主人様、それは?」

「俺の商売道具だ。この前の――。今は調子が悪いみたいでな」

 この前の仕事のせいでと言いかけて、正面を見る。頭には長耳を隠す <たれ> のついたキャップを被り、職人用の青い作業(ツナ)()と、同色の長ズボンを履いて、下町の少年に扮したエルフの王女がいる。

「あぐはぐまぐぐっ!」

 すごぶる行儀が悪かった。

 小さな手を往復してクッキーを掴み、頬を膨らませるほどに食らう。それと同時に、ぶあつい本のページを捲っていく。

「口と手が器用に動くな」

「そうですねぇ、こぼれてますけれど」

 フィノが作ったクッキーを齧り、視線はひたすら本の上に釘付けに。口元からは、ぽろぽろと絶えずこぼれ落ちる。

「あう」

 青い作業(ツナ)()の上に散ったものを、ひょいと指で摘んで、普通に口元へ運んだ。

「おい、コイツは本当に王女なのか?」

「そうですよ。可愛いじゃありませんか」

「関係ねぇだろ、それ」

「もぐぐ」

「リアン。食うか、読むか、どっちかにしろ」

「!っ……はぐはぐ、はぐぐ……っ!」

 ぼろぼろ、ぼろろ。ぱらぱら、ぱらら。

「聞いてねぇな」

「無駄ですよ。燃料が切れるまでは」

「燃料?」

 ジークハルトが訝しそうに眉をひそめる。と、皿の上に乗ったクッキーが、一つ残らず消えていた。てのひらが、カラカラ、カララっと、空しい音を響かせる。

「……ぁ、う?」

 リアンが指先についた粉を舐めながら、そっと、隣に座るメイドを見た。

「ねー、フィー、お・か・わ・り」

「ダメです」

「おねがいー」

「許しません」

「……うぅ……」

 はらり、と哀しそうに本のページが捲られる。それから今度は、ジークハルトの手元に視線が移った。手にした片眼鏡に興味があるのか、じーっと手元を覗き込む。

「コレが気になるのか?」

「ご、ごめんなひゃいっ!」

「怒ってねぇよ、ほら」

 言いながら、ジークハルトが手にした片眼鏡を投げた。リアンが慌てて両手を出して受けとめる。と、フィノもまた、隣から覗き込む。

「これ <アーティファクト> ですね」

「あぁ。俺が昔に、知り合いから譲ってもらったモンだ。レンズ自身が【魔石】で作られていてな。コレを通してアイテムを見れば、俺みたいに魔力の薄い奴でも、対象の【本質】が具現化されて見えるようになる」

 説明を聞いていたフィノが、アイテムを見て言った。

「でもこれ、【魔】が感じられませんね。なにか外的な要因を受けたりしました?」

「最近、ちょっとな。やっぱ修理しねぇとダメか」

「えぇ。レンズ部分の【魔石】は、一度分解して再度【魔】を籠めるか、代用品を用意するしかないと思います」

付与師(エンチャンター)が必要か、ヤツらぼったくりやがるからな……」

 それもまた、王城のギルドに勤める鑑定師(グートアハテン)と同様の職業だった。

「職人の絶対数が少ねぇぶん、修理費が高額になんだよなぁ」

 ジークハルトが愚痴った時に、

「わたし、できう、かも……」

 リアンが言った。恐々と、それでもどこか力強く、見つめる。

「この中に入ってるませきに、【魔】をわけてあげればいいんだよね? この、えっと……。あ、あーひふぁくと??」

 しどろもどろ、自信無さげに、泣きそうになりながら、それでも言葉を続けた。

「わたし、できうかも。この絵本に、やり方,書いてあったから」

 リアンが手元に広げた、手にした本を閉じる。

「だから、それ、直せると思いまう」

「本当か? おまえ、工具を使ったことはあんのか」

「……ぁぅ、それは……、ないれす……」

「じゃあ無理だな」

 リアンの瞳に、じわりと涙が浮かぶ。

 隣に座っていたフィノが、柔らかい金髪を撫でた。

「えぇっとですね、リアン様。【魔石】に特定の力を込めるのは、すごく高度な能力が問われるんですよ。しかも、他者が最初に込めたアイテムに【属性】を上書きするのは、とっても難しいんです。魔都でも付与師(エンチャンター)と呼ばれる専用の職人が、少数いるぐらいで……」

「……フィーも、信じてくれない?」

「あ、いえ、そのぉ」

「できるもん」

 今度は頬をリスのように膨らませて怒る。フィノが困ったように、ジークハルトを見た。

「リアン、おまえ【属性】を上書きすることができんのか?」

「で、できまう!」

「ただし、バラすのと、組み立てるのは出来ないってか?」

「で、できまへん……」

 ワーグナーの書物を抱えて悲しそうな顔をする。けれど翠の瞳は、どこか期待と切望にも満ちていた。名前程度しか知れない、エルフの瞳と意思が不思議と胸を打つ。

「意外と面白いかもな」

 一級品か、否か。ジークハルトの興味を惹いた。

「リアン、それ持ってついてきな」

「ふぇ?」

「タダ飯が食らえるのは今日までだ。この店にいる間は助手として働け。お前もアイテムに興味があるなら、できる限り俺から知識を盗んでみろ。どうだ?」

 まずは、最初の手ざわりを確かめるように告げる。

 対する翠の瞳は、より一層輝いていた。

「あ、あいっ!」

「よし」

 立ちあがる。職人は足早に部屋をでた。その後ろを、王女が迷いながらも追いかける。

「……あらあら」

 一人残された侍女だけが、くすりと笑う。楽しそうに呟いた。

「では。私もお夕飯の支度をしましょうか」


 夜が深まっていた。

 店を閉店し、食事と風呂も終え、あとは眠りにつくまえに仕事場の道具を整理する。力を取り戻した(モノ)眼鏡(クル)のレンズ周りを、水で湿らせた布切れで拭いていた。だまって瞳に乗せると、ガラス越しにぼんやり揺らぐ、世界の色が見える。

「本当に、直しちまいやがったな……」

 くくっと笑う。一度、力を吸い込まれてしまった片眼鏡の <アーティファクト> は、以前と変わらないどころかその力を増している。

「たいしたもんだ」

【魔】と呼ばれる力に優れていた所以なのか、リアンは確かに付与師(エンチャンター)として優れた才能を持っていた。しかし悲しいまでに不器用で、ネジの一本を外すことすら時間をかけた。アイテムの構造を解説すると一瞬で理解するのだが、それ以外の事に頭が回らない。

「一種の天才ではあるんだろうな」

 思ったその時に、すぐ後ろで扉が開いた。

「……ぁ、あの」

 ジークハルトが振りかえる。リアンがいた。

 まだ苦手意識が根強く残っているのか、扉にしがみついたままだ。

「どうした?」

「……」

 扉から身を半分だして、ジークハルトを見ている。昼間に着ていた作業着は脱ぎ、今は絹製の、高価なネグリジェをつけていた。

「まだ、おしごと、してまう?」

「道具の手入れをしてるだけだ。今日はもう寝ろ」

「てつだう?」

「よせ、仕事が増える」

「……ぅ……」

 落ち込んだその顔を見て、疲れたように付け加える。

「悪かった。ところで、なにか欲しい物は無いか」

「へう?」

「おまえが直した片眼鏡は、貴重なアーティファクトだったからな」

「……ぁ、ぁい」

「おかげで金が浮いたんだ。無理な頼みでなけりゃ聞いてやるから、言ってみろ」

 リアンの表情に、ほんのわずか明るい笑みが浮く。おずおずと部屋に入ってきた。

「……あ、あのね……」

 控えめに、壁にかかった肖像画を指さした。

 その先にあるのは、赤ら顔、親指を立てて笑うワーグナーがいた。

「このひとに、あってみたい」

「……どうしてだ?」

「このひとが、あの本を、書いたんだよね」

「わかるのか」

「なんとなく……。このひと、ジークハルトのおとーさん?」

「やめろ、悪寒がする」

 思わず眉間が鋭くなってしまう。

 リアンが怯えたように身を引くのを見て、ジークハルトは面倒くさそうに付け足した。

「まぁ、師匠と呼べないこともねぇな」

「ししょー?」

「教えを請うた相手だ。役に立つことから、くだらないことまで、いろいろな」

「今もこの街にいるの?」

「いや、もう何年もあってない」

「どうして?」

「死んだんだろ、たぶんな」

 言うと、しばらく間が開いた。リアンは少し迷った素振りをしながらも「どうして?」と繰り返してきた。

「ここは『そういう街』だ」

 応えたジークハルトの声には、ほんの少しの苛立ちと、それから苦痛が滲んでいた。

「ジジィは冒険者としてこの街にやってきた。それなら、いつ死んだっておかしくねぇ。迷宮の中で朽ち果てりゃ、死体だって見つからないのも珍しくない」

「――ねぇ、ジークハルトは……」

 リアンが呟いた。初めて名前を呼ばれた。

「この街が、嫌い?」

「嫌いだ」

 即座に答えた。

 富は一部に集中し、貧困者は命をかけても、その日の飯種を稼ぐのがやっと。中にはエリオットのような例外もいたが、他者を憎く思うよりもまず、この国の有りようそのものが腹正しいと思っていた。だからせめて、ジークハルトは王宮に仕えない。稼ぎが少なくとも、小さな店を続けていることが、言葉無き抵抗だった。

「わたしも、嫌い」

「だろうな」

 親族、同類の一族を皆殺しにされた。我欲の詰まった人間に裏切られた。商品として扱われた。そんな境遇にあって、

「――森は嫌だった」

「森?」 

「うん。私は【幹】だったから。ずっとずぅっと、同じとこにいて、同じ本をずっとずぅっと読んでたの。外に出してもらえなかった」

「どういうことだ?」

「……ないしょ」

 寂しそうに微笑んだ。瞳はうっすら潤んで、一滴だけ、頬を静かに伝いおちていく。

「でもね、だからね。生き残りだって言われても、よく、わかんない」

「そうか」

「――あのね。ジークハルト」

「ジークでいい」

「じゃ、ジーク。お願いしてもいいでうか?」

「……なんだ」

 少し困惑したように返事をすると、リアンはゆっくり、笑みをこぼした。

「わたしの、ししょーになって」


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