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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第一章 この世界で
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この世界で 四

翌日。俺は林で目覚めた。野宿なんて初めての体験だったけど、べつに不便だとかは思わなかった。……いや、テレビがないのはちょっと不便だった。

でも、案外ぐっすり眠れたのは驚いた。俺はどこでも生きていけるんじゃないか? と思ってしまう。誇大妄想ですね。

この生活も長くなるんだろうな。

今は午前九時。もう清水は学校に行っただろう。つまり俺は今やることがないわけだが……さて、どうしたもんかな。

手がかりを探す。くらいだろうな、やることは。

手がかりと言っても、パラレルワールドから戻るための手がかりなんて、非日常すぎて見つからないだろうけどな。

 俺はそう思っていても歩き出した。だって、風美と一からやり直すチャンスくらいは見つかるかもしれないだろ?

 だから俺は住宅街に来た。風美の家がどこにあるかなんて知らないけど、林にいるよりはずっといいはずだ。夕方になれば学校から出てくるだろうし。

 ……ってか、よく考えたら、朝早起きして清水家の前にいれば風美と会えたんじゃないのか? たぶん清水夏希と一緒に登校するために家に寄っていくんだろうから……あ~、バカなことしたな。いきなりやる気なくなった。

 歩いていた足を止めてため息をつく。

 チャリがあればもうちょっと楽に移動したり、手がかり探したりできるんだろうな。

 俺の今の装備品は制服、金、以上だ。生徒手帳も制服ではなく鞄の中に入れているので今は持っていない。ケータイもそうだ。この世界に来たとき、来てしまったときはベットに置いてあったんだから持ってない。仮に持ってたとしてもつながるかどうかわからないしな。

 それにだ、金はもうほとんどない、百円すらない。普段から財布とかを持ち歩く習慣をつけておけば少しはマシだったんだろうな。

 俺はもう一度ため息をついて歩き出す。

 俺は昔から行動範囲は狭かったので、少し遠くに行くと迷う危険性がある。まったく、小学生かよ俺。まぁ事実だからしょうがない。

 俺の家のこの近く――清水家の近くにはこれといった建物は存在しない。本当に住宅街だ。少し歩けば俺がいつも行っているコンビニや、小さな公園くらいはあるが、ショッピングができるようなところはない。本屋もないとか、ホント何度嘆いたことか。一駅分移動しなきゃないんだよな。立ち読みはコンビニでしかできなかったな。

 って俺はなんで、あのころは楽しかったな~。みたいな大人が感傷に浸るような状況になってるんだ? いや、もちろんパラレルワールドに飛ばされたからなんだけどね。

 どうしたもんかね。やることが見つからない。腹減ってるけど金がないし、立ち読みをする気にもなれないし。こんなことなら林で思考を巡らせてた方がよかったかな?

「あら? 君は確か……」

 聞きなれた声が真後ろから聞こえたので俺は振り返る。その人も俺を見ていた。さっきの言葉も俺に向けられたものだったんだろう。

 俺の母さん、清水夏希と清水七海の母さんだ。

「あっ…………。お、おはようございます」

俺は、今この人とは家族という関係でないことを思い出して丁寧に挨拶をする。

「おはようございます。それより、学校はいいの? もう授業が始まってるんじゃない?」

「あ、それは…………」

俺は口ごもる。

母さんは清水夏希みたいに俺の言葉をうのみにしてくれるとは思えない。夏希はあんな性格だから協力してくれることになったけど、母さんは夏希と違って大人だ。常識も夏希よりある。高校生なら興味本位でいろいろできるかもしれないが、大人はそうはいかないだろう。

俺が何と説明すべきかと思案していると、母さんが優しい笑顔を浮かべて言った。

「何か事情があるなら無理に話さなくてもいいのよ。ただ、夏希にはいろいろ話してあげてね。あの子少し……苦手だから」

「? 苦手? 何がですか?」

俺が訊くと、母さんはどこかに座って話さないかと言ってきた。

俺は母さんに従って、清水家まで歩いて行った。

今は誰もいないから、気まずくなるようなことはないはずだ。だから、もう一度見に行こう。俺がいた場所を。

前向きになってきているなんて、思わなかった。目標があれば行動できるから。それがフツーだと思っているから。だから、少しでも、こっちの清水家のことを知っておきたかった。

それが一番のヒントになることを信じて。


「どうぞ」

母さんはそう言って俺の前にお茶を出した。そしてテーブルを挟んで向かい側の席に座る。こんなことだけでも俺の居場所じゃないんだと思ってしまう。

母さんは湯呑に注いだお茶――麦茶だが――を一口飲んでしゃべりだした。

「さっき、何が苦手かって聞いたわよね、夏希が」

「はい」

俺も少し他人行儀になってしまう。でもそうしなければいけないだろう。

「夏希はね。人と付き合うのが少し……苦手なの」

「え?」

 人と付き合うのが苦手? そんなことないだろ。初対面の俺とあんなに親しく話してたんだから。

「あの子にとって友達は風美ちゃんだけなの。昔から人見知りだったから、自分から話しかけることとかが苦手なの」

「でも俺とは親しく話してくれましたよ。初対面なのに」

 俺が訊くと、母さんはもう一度麦茶を飲んでから説明してくれる。

「今はそうなの。初対面の人にはある程度慣れたんだけど、今度は友達として仲良くなり始めると、なんでかあの子、少しきつくなっちゃうのよ」

 変わってるでしょ? と母さんは苦笑いをしながら俺に言う。

 あいつも――夏希も、俺と同じで人付き合いが苦手だった。俺とは違うタイプだけど、結果は一緒。人とうまく付き合えない。

 そして、風美だけが友達だっていうのも一緒。俺も夏希も、風美とは親しく、本当の自分で接することができたんだと思う。俺はそうだった。

「あなたは、まだ夏希と出会って日が浅いの?」

「はい」

「そう……。じゃあ、夏希と仲よくしてあげてね。あの子も多分、好きであんな態度をとってるわけじゃないから」

 仲良くなった人にきつく当たってしまう? 照れ隠しなんじゃないのか、それは。ツンデれじゃないのか?

「……しみ――夏希は、どういう人にそんな風にあたってたんですか?」

「どういう人って?」

「たとえば、ものすごく仲がいい男子だとか、かっこいい奴だとか……」

「うーん、そうね~。そんなことはなかったわね。確かに男の子にもきつく当たってたけど、女の子の方が多いのよね。あんまり特定の人っていうわけじゃないと思うの」

 そうか。でも、なんで仲良くなれた友達に、そんな風にきつく当たるんだろう。俺が言うのもあれだけど、夏希はちょっと……

 変わってる。

俺とは違うけど、変わってる。

俺と似てるけど、違う。おもしろい矛盾点だな。俺が勝手に似てるって思ってるだけなんだけどな。ほんとは全然違うだろう。

「でもね、風美ちゃんだけは、夏希のそんな態度にも、ちゃんと接してくれたの」

 風美は、そういうやつだ。だって俺にも何度も話しかけてきたんだから。誰も俺に寄って来なかったのに、風美だけは……。

 そう思うと、風美も同じだ。変わってる。

「俺は、夏希には感謝しなきゃいけないんです。だから夏希と会わなくなったりはしないと思います」

 俺が、この世界から無事に向こうの世界に帰るまでは。夏希に協力してもらう以上、こっちが変なことをするわけにはいかない。それが、せめてもの礼儀だと思う。

「そう。ありがとう」

「お礼を言うのはこっちです。ありがとうございます。夏希のこと聞かせてくれて」

可能性としてはここはパラレルワールドってことで間違いないってことはわかった。そんで、夏希は俺の性転換バージョンかもしれないってことが再び浮上した。何の解決にもなってないけど。少しでもいろんなことが分かればそれでいい、今は。

「あと……ものすごく失礼だとわかっているんですけど……。この家を、見せてもらえませんか?」

「? 別にいいけど……。どうして?」

「……すみません。それは、答えられないんです」

「……そう。……七海と夏希の部屋以外なら、私が許可するわ」

「ありがとうございます」

 俺はそういうとすぐに席を立った。なるべく早く済ませた方がいいだろう。失礼だってことはわかってるんだから。失礼だってわかってても、こうするしかないんだ。二つの世界で違うところ、同じところをもっと理解しないと、見つけないといけないから。

 まずは今いるここ、リビング。周りを見回しても、俺の知ってる清水家となんらわかりはない。しいて言うなら、昔の家族みんなで撮った写真。俺がいた場所に、俺の代わりに夏希が写っていることくらい。

 七海と夏希の部屋はダメだってことだから、二階には上がれない。それに母さんの部屋なんて俺は見たことないから見ても意味がない。

 俺はとりあえず一階を歩き回りながら見て、玄関で母さんに挨拶してから外に出た。

 どうするかな。まだ十一時だ。夏希が帰ってくるまでまだ結構ある。

 俺はこういう時何をしていたか。決まってる答えは一つだ。

「林に戻って寝よ」


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