この世界で 三
あの後、俺は夏希を抱きしめていた手をほどき、しばらく顔を合わせないまま沈黙が続いた。たぶん夏希も顔を合わせることなんてできなかっただろう。
とりあえず、少し落ち着いてきたから、話を戻して考えよう。
「それで、パラレルワールドのこと……なんだけど……」
うわっ、なんか緊張する! こんなの始めてだぞ!
「う、うんっ。戻るのはどうすればいいのかってことだよね?」
夏希も気恥ずかしさを紛らわすためか、少し口調を強くしていた。もしかして、コンビニの時に強い口調だったのは緊張してたから? それか警戒してたから? 俺が朝…………。そうかもしれないな。たぶん、普段の夏希はさっきの赤面癖のあるいたってフツーの女の子なんだろう。風美とは少しタイプが違うな。
…………ん? なんで俺は風美と夏希を比べてるんだ? 誰かと誰かを比べるなんて最低じゃないか? うん、俺は最低だな。
とりあえず俺は軽く深呼吸をする。よし、落ち着いてきた。
「こういうのってさ、なんか理由があるわけだよな? 理由もなしにこんなことが起きるはずもないし…………」
実際こんなことが起きたこと自体おかしいんだが、そこには目を瞑ろう。
でも、自分で言っておいてなんだが、理由なんてそうそうわかるものじゃない。人間だって、自分が何で存在してるのかなんていう理由はわからないだろ。
「ってか、夏希は協力してくれるってことでいいのか?」
「う、うん……。協力する。……夏希……ッ~~~~~~~~~!」
夏希は自分の名前を呟いてから顔を真っ赤にして俯いてしまう。あっ、またミスったのか。名前で呼ぶのはダメってことなのか? …………おっ、俺にしては珍しくちゃんと理解できたみたいだ。
「えーと、なんて呼べばいいんだ? 名前は嫌なのか?」
「な、なるべく、苗字で呼んでほしい……」
苗字か。俺も清水なんだが……仕方ないかな。協力してくれるって言ってるのに、嫌がるようなことをしたらダメだよな。なんで俺は協力者なんて作ろうとしてるんだろうな。一人がいいって思ってたのに。
結局は、俺は弱いんだろうな。
「じゃ、清水は俺の話を全部信じてくれたってことでいいのか?」
そう、そこだ。俺がまず気になったのは。こんなバカみたいな、痛い中学生が言うようなこと、信じろって言ったって無理だ。
それなのに……
「信じてないなら、協力するなんて言わないよ」
初対面の変態犯罪者の言葉を、信じてくれてる。なんで、こんなに簡単に人を信じられるんだろうか。俺なら笑い飛ばしてるはずだ。
「……でも、全部は無理。……えーと、なんて呼べばいい?」
「ん? 俺のことをか? 悠喜で構わないぞ」
「分かった。全部は信じられないけど、ゆ、悠喜が……その……困ってるってことはわかるし…………。そんな人ほっとけないから……」
さっきも思ったが、やっぱり性転換だなんて説はないな。俺はこんなきれいな人間じゃないし、優しくもない。俺なんかよりもずっと人間として素晴らしい。
「全部を信じろなんて、無理だって。バカげた話なんだから。でも、それだけでも、信じてくれるっていうのは、ホントにうれしい。…………っぁ!」
俺なんか恥ずかしいこと言った! 何今の台詞! それだけでも信じてくれるっていうのはホントにうれしい? なんか俺がほんとにおかしくなってる! こんなに他人に依存するような性格じゃなかったのに! 昔も今も!
「ごめんね、結構あたしも驚いてるから」
「まぁ、わかるよ。朝のなんてほとんど泣い…………ゴメン! ちょっとミスった!」
「ぁ、だ、大丈夫! もうあたしも変なこと言わないから!」
いやいや、、変なことなんて一度も言ってないと思います。むしろ正常な反応ばかりです。俺が異常なんです。だから焦って顔赤くするの止めてください!
いや、なんか俺、かわいいとか、感じたことないのに。この女の子だけは、かわいいと思えるんだよ。恋愛対象とかじゃなくて、何だろう、わかんねぇや。
「とりあえず、戻るための案を出していこう」
「う、うん。…………今のところ、あたしの考えだとここに来たってことはここで何かをやらなきゃいけないんだと思うんだけど……」
「まぁ、そうだろうな。でも何をやればいいのかなんてわかんないし……。ベタなのだと人助けとか、ここでの出来事を楽しむとか、あとはキスしたら戻れるとか…………」
すみません、また俺はやらかしたみたいです。うん、これは俺でも原因はわかる一目瞭然だ。何いきなりキス発言してんだよ。バカじゃねぇの!
「そういうのがベタなんだ。あたしはあんまりわかんないな」
…………あれ? なんか無事だ。え? なんで? キス発言したらまた気まずくなると思ったんだが、なぜだ? 倒れてくるのを支えただけでこいつは真っ赤になるんだぞ。それなのになんでキス発言で無事なんだ?
分析分析。俺はなんて言った? そしてどの部分が爆弾だった?
ベタなのだと人助けとか、ここでの出来事を楽しむとか、あとはキスしたら戻れるとか……。っと言ったんだよな。まず、爆弾はキスしたら戻れるとか、っていう言葉だ。そのはずなのに夏希は――清水は別に平気みたいだ。考えろ、何でなのか。
…………あっ、わかった。あくまで例には出したけど、清水とするって言ったわけじゃないから平気なんだ。清水は自分が絡まなきゃ大丈夫なんだよ! そうなんだ! おお! なんか俺この世界に来て結構他人のことが分かるようになってきたかも!?
……この程度で何を思ってるんだろう、っと俺は一瞬で冷静に戻るが、話は進む。
「……まぁ、いろいろ考えても簡単には出てこないよな」
「そうだよね。…………悠喜がもといた世界でできなかったことをするとか?」
「それもあるかもな……。あとは、この世界で俺を呼んだ奴がどこかにいて、そいつを探し出すとかだな」
「ほかには、……もしかしたら、明日になったら戻れてるかもしれないっていうのもあるかもしれないよ?」
それもあるな。あっさりしてるけど、可能性はゼロじゃない。
「あとは、そうだな……。清水が出した、元いた世界ではできなかったことっていうのは、具体的にはどういうのだ? 結構できなかったこと多いと思うんだが……」
「あたしも、その辺は悠喜が自分で考えなきゃ何とも言えないよ」
そりゃそうだよな。あっちには清水はいなかったんだから。……あ、清水っていうのは夏希のことだ。俺じゃないぞ。七海でもない。父さんでも母さんでもないぞ。なんかめんどくさいな。
それにしても……できなかったことか。部活もやってなかったし、バイトもやってない。友達だって風美しかいなかったから友達を作ることもしなかった。そう考えるといろいろあるよな。特に俺は。
ふと、風美に言われたことが頭に浮かんだ。
「…………恋……とか……………………」
恋とかしたいと思わないの? と風美に聞かれた。俺はいや、と答えた。別に俺は恋をしたいとは思っていないが、逆に思ってないからこそやれということもあるんじゃないだろうか? もうこの世界は何でもアリだ。こんな、世界に人を飛ばすなんてことをしたんだ、可能性はいくらでも出てくる。……ってことは、パラレルワールドがいっぱいできてるんじゃないか?
「恋…………かぁ……」
清水がつぶやく。なんだ? 清水は恋してるのか? なんてことは聞かない。それは俺には関係のないことだから。別に俺のことを好きだとか言うなら関係あるが、それはないだろう。何度もいうが、俺たちはあって間もないんだ、こんな話をしてることにすら驚いてる。だから、一目惚れでもない限りそんなことはない。そして俺は容姿はフツー以下だ。よって一目惚れの可能性はない。
「まぁ清水は、かわいいからいいけどな……」
と、俺はつぶやいた。
清水なら一目惚れでもしてしまいそうな容姿だからな。うん。
「え? か、かわいい!? う、うぅぅぅ!」
また清水は顔を赤くしてしまう。えーと、今度のはわかりません。キスとか押し倒すとか、その辺のことは言ってないはずだ。だから平気なはずなんだ。俺は素直に思ったことを口にしただけなんだ。
「……あたしならいいって……そんなこと言われても…………ッ」
そこで頬を赤らめられてもッ、という感じなんだが……。なんだ? 俺は何か変なことを言ったか? っていうか、なんかミスったか? 反復反復。
何をすれば元の世界の戻れるかという話だった。俺がやれなかったこと、やりたかったことは何かという話をして、恋の話題になった。そして俺はこういった。
――まぁ清水は、かわいいからいいけどな……
…………………………あれ? なんでだろう、ミスった気がしない。なのに清水はこんなにゆでだこみたいな状態になってる。…………さて、どうしてでしょう? お答えくださいって感じだ。いや、マジでわからないんで勘弁してください。神様ならわかるでしょ? 答えてくださいよ。
なんていつものように現実逃避はしないで真剣に考えてみよう。
恋の話題が来たという時点で俺は経験が――全くないというわけでは無いがほぼゼロに等しい。風美と話したのが初めてで、それだけだ。
風美とはもうそんな話はできないんだろうけど。……ってか、俺は風美とそういう恋の話をしたかったのか?
俺って、結局どうだったんだろうな。風美のことをどう思ってたのかなんて、全然分かんなかった。くそっ、なんで俺はこんなことで何回も悩んでんだよ。よし、いったん変なことを考えるのはやめだ。ちゃんと話に戻ろう。
「あたし……そんなにかわいくないし……胸だって小さいし…………」
あっれ~、何でこんなことになってるのかなぁ~? なんかマジで恥ずかしそうだし。……俺が一体何をしたっていうんだよ! 頼むから変な反応はやめてくれ!
「それに…………まだお互いのことよく知らないし……」
「清水、今更だが俺の言った言葉のどこにそんな要素があったんだ?」
俺は冷静に聞き返すが、っていうかわかってると思うが、人はこういうことが起きたとき、動揺しすぎると冷静に対応してしまうのだ。まだ思考が働いていてなおかつ理性を保っていれば。例を挙げるならば、朝の俺だな。あれは理性が吹っ飛んでたからああなったんだ。
「だって、か、かわいいから……あ、あたしとなら……つ、ちゅきあてもいいって」
「……えーと、ごめん、最後のとこなんて言ったかもう一回聞かせてくれ」
ちゅきあてもいい? なんだよそれ。俺は今まで聞いたこともないぞ。
俺が訊き返すと清水はより一層顔を――もう頬では表現できなかったので――赤くして消えそうな声でもう一度(?)さっきの言葉を言った。
「ゆ、悠喜は……あたしとなら……付き合ってもぃぃ…………って」
「…………………」
えーと、どこをどう解釈したらそうなるんだ? そう解釈するなら「まぁ清水なら、かわいいからいいけどな……」とかだろうが。俺が言ったのは違うはずだ。……あれ? 違ったよな?
小説なんかじゃないリアルな人生なので、自分の言葉を読み返したりすることはできない。不便だなって、初めて思ったぞ。
「とりあえず、その言葉に関しては触れないでくれ。特に深い意味はない」
どういうことを考えてあんな言葉が出たのかというのは、いつもの俺なら訊いているであろうが、こいつの性格から考えるとたぶんやっちゃいけないだろう。俺は学習した。
…………すみません、嘘つきました。恥ずかしいだけです。俺が逃げたいだけなんです。
「とにかく! 話がずれたから一回戻すぞ!」
俺は強い口調でそう言って、若干強引に話を戻す。
「俺がこの世界に来たのがもしそんな未練みたいなものだとしたら、俺にはここに来るようなことはない。未練が何一つないからな」
この発言だけ聞くとリア充みたいに聞こえるだろうが、そんなことは断じてない。関心がなかっただけだ。
「そ……それだと…………。何かの拍子に世界を飛んだとしか……」
まだ若干話を引きずっていそうな話し方である。深い意味はないって言ったんだからそのまま聞き流せばいいのに。
フツーにかわいいと思っただけなんだし。
「その何かの拍子についてだが、一つ心当たりがあるんだが……。それでも理由が分からないんだ」
「心当たりって、なに?」
「俺はこの世界に来る前にトラックに跳ねられそうになったんだ。ってか跳ねられる直前で目が覚めた」
「目が覚めた? 夢だったってこと?」
「まぁ、そういうことだな。そんで俺のベットで……お前のベットの中にいたわけだ」
「そっ……そうなんだっ……」
俺は自分のベット、と言いかけて言い直した。今はこいつのベットなわけだからな。けど、それはいけなかったらしい。なんかまた頬赤らめてるし……。人間関係は難しい。つくづくそう思う。
…………あれ? そうなんだ、とだけ言って終わりか? これは俺がしゃべる番なのか?
「……まぁ、とにかくさ。心当たりはあっても理由とかがさっぱりわからないわけだ」
「う、うん…………」
えーと、やっぱり俺はこういう人と接するのは向いていないのだろうか? なんか清水の顔赤いままだし、俺のせいで知恵熱とか出したのか? なんか罪悪感。
今日は晴れてるし、外はまだ二時を過ぎたころだから明るいのに、俺の心は見事に曇天だった。っていうか、今曇天になった。
「……結構難しい問題だよね。簡単には解けないと思うし……。時間かかりそうだよ」
「そうだろうな。はぁ……一日どころか一ヶ月で解決するかすらわかんねぇ」
それ以上にかかるかもしれないしな。ほんと、なんか俺が悪いことしたのか?
これじゃ、ここに来るたびに――清水と会うためにだ――こんな風に気まずくなったりするのだろうか。特に清水家の両親と。
じゃあ、これから話すことは決まったな。
「いきなり話変えるけどさ、清水……」
俺と一緒に暮らしてくれないか?
「………………………………ひゅ…………ひゅぇ!?」
何とも文字にしにくい言葉が出てきたもんだ。そしてやはりこんな反応ばっかりされる。いやだからマジで理由が分かんないんですって。
「いやさ、俺はこの世界に来たわけだろ? 俺が存在しない世界にいるんだよ。だから俺はこの後野宿しなきゃいけないんだが……。てか、本当に協力してくれんの?」
「そ、それはもちろんするけど……いきなり一緒に暮らすなんて……」
とりあえず整理。一回一回こうやって整理するのは面倒だが、こうしないと前に進めない。なんでこんなに顔が赤いんだ?
清水は一緒に暮らすという言葉に過剰反応している。……一緒に暮らす? まてまて! よく考えたらそれって結構ヤバめのことなんじゃないか? 考え方を変えればプロポーズにも取れるんじゃないか!? やばいやばいっ。説明しなきゃ! いやしたんだけどね!
「だからつまり俺は、帰る家とかがないから居場所を提供してもらおうと……。それに一回一回お前に会うために友達とかとしてこの家に来るのは気まずいというか……」
「あ、あっ、そういうこと! う、うん…………でも……」
「朝みたいなことは絶対しないからそこは心配するな!」
強い口調になってしまうのは仕方がない。
「う、うんっ! 信用してるけど…………」
清水の声がどんどん小さくなっていく。
そして清水は少し強い口調で――声が小さくなってたからそういう風に聞こえたのかもしれないが――こう言った。
「ごめん! やっぱり、一緒に暮らすのは……」
「……そうか」
確かにそうだよな。いきなり初対面のやつと生活を共にする――ちょっと言い方が引っ掛かったが気にしない――ことになったら、頼まれたら了承はできないだろう。
「いきなり変なこと言ってごめんな」
俺はそう一言言ってほかの話はまた明日ということになって清水家を後にした。何回見ても俺の家にしか見えない。
まぁ、これで俺は野宿することになったんだが、どうしようかな~。ここでほかに頼れる人なんて風美くらい……今は無理だよな。風美との関係はもうないんだから。
自分でそう結論付けておいてこんなにも落ち込む。バカだな。
…………林に行くしかないよな。俺は沈みそうになった気持ちを紛らわせるために動き出した。
やっぱり違う。清水夏希に対してのかわいいっていう感情と、風美に対しての一緒にいたいっていうのは、全然タイプが違う。風美に対しての思いの方が、よっぽど強くて。また、風美と仲良くなって、前みたいに一緒に昼飯食って放課後遊びに行って、できなかったけど、朝は一緒に登校したい。
かわいい=好きっていうことじゃない。やっぱり一緒にいたいっていうのは特別なことなんだ。
俺がこんなことを思うのはバカみたいなんだけど、それでもわかった。俺は……
風美のことが好きだ。
風美以外の女子と話をして、触れあって、初めて分かった。風美は、俺の中でとっくに特別な存在になってたんだ。
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