この世界で 二
午前中は、林の中で眠ってしまっていた。疲れてしまったのだろうか?
でも、眠ったおかげである程度落ち着いてマシなった。
多分、この世界には『清水悠喜』っていう人間は存在しないんだろう。同姓同名の奴はいるかもしれないが、俺はこの世界には戸籍上存在してないってことだ。
俺は「はぁ……」っとため息をつく。
「どうして、こんなわけの分かんねえことになっちまったんだろう……」
俺は林から移動して、いつものコンビニに来ていた。そこで漫画雑誌を立ち読みしながらつぶやいた。
さすがに俺も腹が減ったのでコンビニに来た。俺はいつも制服のポケットに財布を入れているので金はあったが、何せ金欠だったわけだ。三百円ちょっとしか入ってなかった。
これじゃあ飲み物一つとサンドウィッチ一つしか買えないので、時間をつぶしていた。
…………よし、読み終わったからそろそろ買って店出よう。
そう決めたのでミックスサンドウィッチと、紙パックのミルクティーを買って外に出る。
「…………変態」
開口一番、俺のことをそう呼んだのは俺の部屋にいた女子。確か夏希とか呼ばれてたやつだ。俺がいたはずの場所に当然のように存在していた、美少女。
あの時はよく見えなかったが、やっぱり予想通り髪の毛は長かった。腰まで届きそうだった。アニメだとよく見るが、リアルだとあんまり……いや、全然いないだろう。
そしてこの女の子。前は瞳の色を気にしていたら気付かなかったが、結構きつそうな目をしている。ザ・ツンデレという感じのネコ目だ。
「なんだよ……」
そう言って、自分より少し身長の低い夏希を見下ろす形になる。でも、とりあえずコンビニの中でこんなことやるのはダメだろ。ほかのお客さんに迷惑だ。
俺は夏希の横を通り過ぎて自動ドアをくぐる。そういえば、俺は家に帰れないんだから、今日は野宿か。じゃあ、またあの自然公園、もとい林に行くかな。
…………ってか、これってあれなんじゃないか? あの変な一件のせいで夏希とかいう女の子と仲良くなりましたー、的なさ。
俺の腕が誰かに掴まれた。ほらな、なんか予想したんだけど、すぐに起きるなんてな。何回か顔を合わせるうちに話すようになって、っていうのがベストだろ。
と、自分の意見を心の中で言いながら振り返ると、やっぱりそこには夏希という女の子がいた。
「なんか用?」
「…………ちょっと、話が訊きたいの。家に来てくれる?」
おっと、これは少々予想外だ。いきなり家に来てくれる? なんて言うのはないと思っていた。だって朝あんなやり取りしたばっかりなんだから、気まずいだろ。夏希とだけじゃなくて、本来なら俺の両親だったはずの二人とも、七海ともあんな風に……。
「……なんで家に行かなきゃいけないんだ? 話があるならここでもいいだろ?」
逃げた。俺は逃げた。いや、だって気まずいのは嫌だろ? まぁ母さんならそんなことはないと思うんだが、七海とも気まずいし、今あそこの家はこの夏希の家であって、俺の家じゃない。女の子の家なんだ。うん、そんなところに行く度胸はないです。
「ここで聞かれていいような話じゃないのっ」
夏希は真っ黒な瞳で俺を睨み付けながら言う。あ~、この子気が強いタイプの子なのね。よーく分かった。正直、こういう子は苦手だ。こっちが何もしてないのに勝手に人のことを巻き込んでくんだからな。
俺と夏希はしばらく見つめあう――別にほほえましい雰囲気じゃないが。
そしていつまで経ってもも夏希がしゃべらないので、俺はしぶしぶ「分かった」と言ってうなずいたのであったとさ。
はぁ、女の子の家に行く? なんだよそれ、どこのゲームのイベントだよ。俺には無関係なんだからほっといてくれよ。あっ、でも、俺をちゃんとした居場所に帰してくれるんなら大歓迎ですけどね。ちゃんとみんなが…………風美が俺のことを覚えててくれるなら、それでいいんだ。それだけでいいから。
だから俺は、夏希の家に行くことにしたのかもしれない。風美は俺のことを覚えていない。だったら、また他人の関係から始めればいいって。思ったから、今風美の一番近くにいるであろう夏希とかかわりを持とうとした。
そう、普段の俺なら、こんなこと簡単に流していたはずなんだから。
俺は夏希の後をついていって、よく見慣れた一軒家に来ていた。家に入るとき母さんが出てきたが、やはり朝のことを気にした様子もなくフツーに受け入れてくれた。
……やっぱり、俺の部屋とそっくりだ。間取りとかそういうのじゃない。置いてある家具もシンプルなものだし、多少女の子っぽくはなっているものの、やっぱり俺の部屋という感じが捨て去られてはいない。
俺はベットの端っこに腰を掛け、夏希はタイヤがついている椅子に座っていた。どちらも話をはじめない。ここは何か言うべきだろうか? でもこいつが俺を連れてきたんだし、何か用があるわけだろ?
と、思ったがこのままでは話が始まらなさそうなので、俺が口を開いた。
「話ってなんなんだ? 朝のことか?」
「そう」
夏希は即答した。たぶん俺がこの言葉を言うのを待っていたんだろう。
「あんた朝言ってたわよね。お前は清水悠喜なのかって。あれはどういう意味? 清水悠喜って誰?」
なんでこの女の子がそんなことを気にするんだ? 俺は――自分で言うのもなんだが、初対面なのにベットに押し倒して拘束するという常識からかけ離れたことをやったんだぞ? 再開したならすぐさま警察に届け出てもおかしくないと思うんだが……。
「清水悠喜は俺だ。どういう意味っていうのは……なんでお前に対して清水悠喜かって聞いたのか、ってことか? ん? 文法あってるよな?」
「悪いけどもうちょっとわかりやすく言ってほしいんだけど。まぁ、多分そんな感じ。なんであたしが清水悠喜なの? っていうか、なんでその人とあたしを間違えたの?」
「んーと、間違えたっていうか……お前がこの部屋はあたしの部屋、っていうから、この部屋の主の名前を出しただけなんだが……」
俺がそう言うと、夏希は頭にはてなマークを浮かべて、ため息をついた。
「この部屋の主がなんであんたなのよ。この部屋はあたしの部屋なの」
「ああ、知ってる。どうやらそうらしいな」
「じゃあもう一度聞くけど、なんでここが清水悠喜の部屋なわけ?」
今答えた通りなんだが、もう少し詳しく教えろということか? えーと、だったら……。
「清水悠喜は生まれてからずっとこの家で暮らしてきて、その清水悠喜のために割り当てられたのがこの部屋なわけだ。……つまり、つい最近、昨日まではここは俺の部屋だったわけだ」
俺はなるべく簡単に説明をする。まぁ、俺にとっての簡単なんて逆にわけわかんないかもしれないが。
「わけわかんない」
ほらな、俺は少々言語機能が低下してるんですよ。フツーの人間と比べて。学校の評価がおかしいだけです。
「あたしはずっとここで暮らしてきた。けど清水悠喜なんて言う人間は知らないし、あったこともない。何言ってるの?」
あっ、おそらく言葉の意味は理解していただけたんだと思う。わからないのは、自分の――夏希の今までのことから考えて、この部屋を自分の部屋だと言い張る俺の行動が分からないのだろう。いや、行動原理かな?
「だから、簡単に言うとだ。俺は昨日寝た、車に引かれる夢を見た、起きたらお前がいた、するとなぜか周りの人間は俺のことを知らないなんて言い出した。風美まで。だから俺は真実を言ってるだけだ。この部屋は俺の部屋……だったから、こう言ってるんだ」
「…………つまり、本来はあたしがここいいるべき存在ではないはずなのに、それがどういうわけかあんたがいないことになっている、ってことであってる?」
「まぁ、そんな感じだ。まるで皆の、俺に関する記憶だけが抜き取られたみたいになってるんだ」
夏希は唇に人差し指を当ててしばらく考え込む。やっぱり美少女なんだよな。
「……ねぇ、おかしいのはあんただっていうことはないの?」
「それはないはずだ。一応記憶はあるからな。……まぁ、この記憶が間違ってたら俺が間違ってることになるのかもしれないけどな」
「……そう。どうやって考えればこんなことを説明できるの……?」
夏希は独り言を言ってから、また考え始める。
「あのさ、疑問なんだけど。なんで俺のことそんなに気にしてくれんの?」
「朝のあの態度。絶対におかしかった。あたしはあんたがどういう人間かなんて知らないけど、けどあの錯乱っぷりはおかしい。本当に信じられないことが起きて精神が耐えられなかったみたいだった。だからそこまで錯乱してた理由を知りたいの」
ようは興味本位ですか。
俺は苦笑いして、言葉を続ける。
「でも、ここまで信用しなくてもいいだろ。俺が嘘ついてるかもしれないんだから。第一こんなファンタジックなこと信じられねぇだろ?」
「確かに信じられないけど、それでも手がかりがこれしかないんだからしょうがないでしょ」
本当にこの女の子はいったいなんなんだ? なんか、ふと浮かんだ言葉だが、なぜか俺が現状立たされている場所がわかる気がした。
彼女は、俺と似て変わってる。
俺と似て……。まるで性転換したかのようにとは言わない。けど、その発想が出てきたおかげで、もう一つバカみたいな発想が生まれた。俺がもし、女として生まれてきた、または俺ではなく全く別な女の子がこの家に生まれたら。
可能性はゼロじゃないはずだ。
いくつもの可能性で、未来は無限に生まれる。いろいろな世界が。
「パラレルワールド、か」
それなら、みんなの反応の説明がつく気がした。
この世界には清水悠喜なんて言う人間は生まれてこなかった。だから誰も清水悠喜のことを知らないし、覚えてるはずもない。そしてほかの可能性として、この女の子、夏希が生まれた。俺とは全く違う女の子。俺に似たところはあっても、全く別人。俺じゃない。
だが、もしここが俺の生まれなかった可能性の世界であったとして、なぜ俺は今そこにいるんだろうか? そんなこと起きるはずがない。違う可能性で分岐した未来――世界は二度と一つに戻ることはない。一度違うことが起きてるんだから、同じに戻ることはない。つまり俺はそんな分岐した世界に、来れるはずがない世界に来てしまっている。
じゃあ、俺はどうやってこの世界に来た?
もしかして、今日見た夢は夢じゃなくて現実だった? それで俺は死に際に人間を超越した力を手に入れた? 自らをパラレルワールドに飛ばす力を?
…………いやいや、それはないだろ。あれが現実であったとしてもそんな能力に目覚めることはないだろ。
だとすると、どうして俺はここにいる?
…………神様、どうして俺はここにいるんだ? ……まさか本当に俺は神様に嫌われて違う世界に飛ばされたのか? 理不尽だな。っていうかこの思考はバカだ。中二的なあれが出てきてるな。いったん落ち着こう。
「パラレルワールド? あの可能性の分だけ世界があるってやつ?」
ああ、俺は口に出していたのか。まぁ、それならそれでいいや。どうせ相談できるのはこんなことに自ら首を突っ込んできたこの夏希くらいなんだから。
「そうだ。俺はその清水悠喜が生まれなかった世界に飛ばされたんじゃないかっていう考えだ」
「確かに、それならいろいろ納得がいく……けど。どうやってこの世界に来たのかってことよね」
夏希はずいぶん真剣に考えてくれてる。
「なぁ、お前ってこういう非日常なこと好きなのか?」
「……何言ってんの? あたしは……ちょっと心配だったの。……その、急に現れたと思ったら玄関で叫んでるし。そのあと走ってどっかいっちゃうし……。あんな不安定な状態の人、ほっとけないもんっ」
あぁ、まことに失礼しました。あなたは俺に似てるなんてことはありませんでした。初対面の人を心配できるなんてすばらしいと思います。その恥ずかしそうに言う姿も素晴らしいと思います。いじめたくなります。
という冗談は置いといて。冗談は最後のとこだけだが。とりあえず、
「なんか、ありがとな」
「? なんでお礼なの? そんなことよりもちゃんと考えた方がいいんじゃない? 自分のいた世界に帰りたいのはあんたなんだから」
そうだな。まずは考えなきゃ。
でも、俺の場合変なことしか浮かばないんだが……。
たとえば、風美か誰かが、清水悠喜はパラレルワールドに跳べばいいのになー、とか思ったからこうなったのかとか。どこの女子高生の力だよってな。
ほかにも俺はこの世界を守るために元いた世界から呼ばれたみたいな。どこの勇者だよ。ってか誰に呼ばれたんだよ。
…………そういえば、ここに来た方法を考えてもしょうがないんじゃないか? 考えるべきなのは帰る方法だ。来た方法が分かればそれと逆のことをすればいいんだろうけど、まずは帰る方法という目線から考えるべきだ。
でも、帰る方法か。そうだな…………。
「夏希はなんか浮かんだか?」
「へ、ふぇ!? な、夏希!? な、なんであんたあたしの名前知ってんのよ!」
夏希はタイヤのついている椅子に座っていたので、それに座ったまま床を軽く蹴って、少し後ろに下がる。
「いや、朝いろいろ言い合ってるうちに……」
「そ、それに、いきなり名前で呼ぶなんて……!」
「あ、ごめん、嫌だったよな。っていうか、自己紹介すらしてないよな?」
「あ、あたしはあんたの名前知ってるからいいっ。だから苗字で呼んで!」
「分かったけど、苗字は何なの?」
「し、清水」
「ゴメン、やっぱり夏希って呼ばせてもらうわ」
「な、なんで!」
「いや、自分の苗字を呼ぶのはなんかなー、と」
っていうか過剰に反応しすぎだ。たかが名前くらいで。
っと、そういえば、まだ朝の時の謝罪がまだだったな。うっかり忘れてた。あんまり親身になって話を聞いてくれていたので忘れ去るところだった。
「えーと、そういえば朝のことなんだけど――」
「ッ!? あ、ああああ朝のこと!?」
と、急に夏希は顔を赤くしてうつむいて動かなくなってしまう。大丈夫か? っていうか、もしかして俺、ミスった? 人間関係難しいな。
「あ、ぁぁ………………ぁさ……」
「大丈夫か、夏希?」
と、本当に何をしてんだろうな、と後々後悔することになるようなことをやった俺であった。しかも名前で呼び合うような関係どころか、今日初めて会ったばっかりなのにな。
俺は夏希の方に近づいて、夏希の頬に手を当てて正面――俺の顔の方に向かせた。
「やっ! あ、きゃ!」
と、なぜかより一層顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。どうしたんだよ。
「あ、ああ、朝のは、錯乱してただけでしょ!? わ、わかってるから大丈夫!!」
なんか、わかってるって言ってくれたし、大丈夫とも言ってくれたんだが……お前が大丈夫じゃないだろ。
俺は、今度は自分の顔をそのまま夏希の顔の前に持っていくことにした。
「お前だいじょう――」
「ひゃっ!? ……あっ!」
「あっ」
夏希がバランスを崩して倒れそうになる。こういうのって支えるべきなんだよな。でもさ、支えようとして、押し倒すなんて言う展開になったらいやだよな。気まずくなるの分かりきってるじゃん。
だから俺は、支えるのではなく、夏希の手を引っ張って倒れる方向を変えた。
夏希は俺の方へと倒れてくるが、べつに問題ない。ここで体がもつれ合うなんて言うことにはならないし、キスしちゃうなんて言うことにもならない。そんなお決まりの展開はリアルでは早々起きるわけがない。
夏希はそのまま俺の胸に向かって倒れてきた。俺はそれを抱きしめるようにして支える。
「お前本当に大丈夫か? 顔真っ赤だぞ。熱でもあるのか?」
ここで照れてるのかも? なんて言う考えは浮かばない。だって出会ってすぐだぞ。好きでもない相手に照れるって、そんなことあるのか? いや、ないだろ。少なくとも俺はそう思う。
「あっ、ああっ……! だ、大丈夫だから、も、もう離していいよ……?」
そう言って俺から逃れようとする夏希。えーと、なにこれ? なんか、かわいい?
俺が抱きしめてるような状況なので、夏希はそのまま顔を上に上げて俺を見てくる。
見た目からしてもうちょっときつい性格かと思ってたら、なにこれ? かわいいじゃん。
くっ! なんか見てらんない!
俺は顔をそらして抵抗した。腕に余計力が入ってしまう。くそ、思った以上に破壊力が!
自分のキャラが中学時代の状態に戻り始めているのにも気づかずに、同時に夏希を強く抱きしめてることに気付かずにそのことだけ考えてしまう。
「きゃっ……ちょ、ちょっと……な、なんで強く抱きしめるの……?」
不安そうな声で俺に聞いてくる。そして瞳にはうるうると涙がたまっていてうあぁぁうあぁうあぅあぁああ! ちょっとはこっちのセリフだぁぁあ! これやばいって! 高校入ってからこんなことなかったのにぃぃいいぃぃ! しかもリアルでなんて始めただぞぉぉぉおおぉぉ!
これ小説だったらキャラ崩壊とか言われてるんだろうけどさ! これは思った以上にやばいんだって!
俺は必死に自分と戦っていた。それで精一杯だった。