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何があっても Ⅱ

 家に着いたのは空が夕焼けに染まる少し前だった。

 昼間は教室だということもすっかり忘れてただひたすらに泣いていた。いつもと違う俺の様子にクラスのほとんどが驚いていたが、そんなこと気にしていられなかった。午後の授業はまともに受けられず、ホームルームが終わると真っ先に家に帰った。

 風美に言われたから、なんていうふうには言わない。

 俺は、今日一日で改めて実感した。夏希が好きで、夏希がいないと俺は狂ってしまうほどにあの女の子に執着していたんだと。

 決して綺麗な感情ではないそれを、今は真正面から受け止められる、いや、受け止めなくてはいけない。もう今日と同じことを絶対にしないように。

 ただ、そうやって自分の心を整理したところで直接的な解決につながるわけではない。

 夏希と会う方法など見当もつかないし、今何をすべきなのかも全くわからない。

 昼間に一つ浮かんだとすれば、もう一度同じようにトラックには寝られるといったなんともバカバカしい手段だった。

 もちろんそれは俺自身が却下した。可能性などの以前に、自分が死んでしまっては意味がない。もし夏希があの時本当にトラックに引かれていたのならばそうすることもできるが、あいにく確証がない。

 トラックが通過した同虚には血の跡一つなかったのだから。

 それに、俺が会いたいのは夏希だ。そんな心霊チックな魂なんていうものに会いたいわけじゃない。だから俺は、方法を探すために自分の家に戻ってきた。

 この家が、俺と夏希を強く結んでいる場所だと思ったから。

 俺たち二人は、この家の子供として生まれた。それは覆しようもない事実だ。それだけは、何があっても覆らない。

 だから、ヒントを得よう。この夏希と過ごした家の中で。

 まずまっさきに向かったのはやはり自分自身の部屋。

 ここは俺の部屋だけじゃない、夏希の部屋でもあるんだ。

 俺はドアノブを回して部屋の中へとはいる。

 俺の部屋は、一面が黒かと思えるほど黒を基調としたシンプルすぎる部屋だ。ポスターもカレンダーのような必要最低限のものしか貼っていないし、デスクに備え付けられている本棚もがら空きの状態だ。

 それにたいして夏希の部屋は白を基調としたシンプルな部屋だった。色以外ほぼ変わらないように見える俺たちの部屋だが、夏希の部屋は俺の部屋とは違ってしっかりと女の子らしいところが含まれていた。

 いまは、似ても似つかぬ無表情な部屋。

 置いてあるものも一通り確かめるが、夏希とかかわりのあるものは一切ない。

 俺は部屋を出て、向かい側の妹――七海の部屋のドアを見つめる。

 七海とも、向こうの世界ではかなりいろいろあったきがする。ストーカーの話から始まって、向こうの世界の七海のことを知っていった。

 男性恐怖症だったり、泣き虫だったり、甘えん坊だったり。

 俺の妹とは似ても似つかない可愛らしい妹だった。

 少し七海のことを思い出しながら俺は階段を降りていく。

 階段を下りると俺はリビングへと向かった。そこは、向こうの父さんと話をしたところ。

 まるで物語の中のようなありえない話だった。いきなり呼び出されたと思ったら夏希との関係を聞かれて、それを喜んで、本当に、漫画か何かのようにすら感じた。

 しかし、そのあとに待っていたのは、衝撃だった。

 向こうの世界にも、清水悠喜は存在した。そしてその清水悠喜は、何年も昔に交通事故でなくなっていた。

 交通事故。まるで俺のような話だ。

 あのまま、夏希に助けられていなかったら、俺は交通事故で死んでいたんだろう。そう、向こうの清水悠喜が夏希を守ったように。

 俺はふと思いだし、あるものを探す。

 小さめの本棚から一冊の本を取り出し、その本のページをめくる。

 そこに大きく見出しとして書かれている文字はたつなみそう。俺の誕生花だ。

 清水悠喜と自分を混同してしまった原因。それがはっきりとここにも記されている。

 たつなみそうの花言葉は――私の命を捧げます。

 そう、清水悠喜にぴったりの花言葉だったんだ。俺ではなく、清水悠喜にぴったり。

 そして今だから思える。夏希も、七月三日が誕生日だったんじゃないだろうか。

 清水悠喜の誕生日も夏希の誕生日も知らないから確証はないが、おそらく二人ともこの日に生まれたんだろう。全く関係のないであろう花言葉で、何故か俺はそう確信していた。それはこの本があまりにも的を射すぎていたからだろう。

 清水悠喜は清水夏希のために命を捧げた。

 清水夏希は清水悠喜のために命を捧げた。

 まるで花言葉のように。その言葉通りに。

 いや、夏希は命を捧げたと断言できない。確かに危険なことはした、しかしそれで夏希が死んだと断言することなどできない。何度も言うが夏希が惹かれたあの場所には結婚が一つも存在していなかった。だから、間違いなく夏希は引かれていない。

 自然と、自分の手に力が入り、軽い拳を作った。

 自分の中で断言できたからだろうか。自信を持って夏希を探し始めることができる。

 しかし、探すとは言っても何をすればいいか、そんなこと見当もつかないわけで、まず夏希がどうやってあの場所から消えたのか、それすらもわからないわけで……。

 大した手がかりも見つけられずウロウロと歩きながら学ランのポケットに手を入れる。

「…………ん?」

 とポケットに入れた手が何かに触れた。俺は気になってそれを取り出してみる。

 俺の手に握られていたのは、二つ折りの携帯電話だった。

 普通ならば、携帯電話くらいで何かを期待することなどないだろう。けど、これは違った。ただの携帯電話ではない。この白い携帯電話は――夏希のものだ。

 俺は急いでその携帯電話を両手で取り、何も考えずに開く。

 ――最初に飛び込んできたのは、俺と夏希が並んで歩いている写真だった。

 俺と夏希を後ろから撮った写真なのでこれを夏希が撮影することは不可能だ。そう考えると、誰かが撮影したものを夏希に送ったのだろう。おそらく風美か七海が。

 それが待ち受けにされていたのを見て、俺はたまらなく嬉しくなると同時に、その何倍もの切なさを感じた。

 夏希は、こんな写真を待受にするほど、大切だったんだ。あの日々が。

 たくさんの出来事が詰まった数日間が、これほどまでに。

 そう思っただけで、俺は、泣きそうなほど心が痛くなった。

 嬉しくて、けど、それ以上に辛かった。

 夏希を探すとついさっき決意したばかりなのに――いや、だからこそ辛かった。

 探すということは、今、俺の隣に、夏希がいないということなのだから。

 すぐにでも、探し出したい。そう思う。すぐにでも見つけて、そう、あの時言ったようにしてやりたい。抱きしめて、捕まえたい。

 電波を受信していないその携帯電話を黙って閉じる。

 別にこの家の状況が悪いわけではないだろう。多分これは、ここのものじゃないから。

 この携帯電話は夏希の世界のものだ、そしていま俺がいるのは、戻ってきてしまった俺の世界。だから、電波を受信できなくても、仕方がないのかもしれない。

 俺は携帯電話をポケットに入れて、リビングを見回す。

 ふと、俺の目に、辞典のような厚さの本が目に入る。

 俺はすぐさまその本を手に取り、でたらめにページを開く。

 俺が手にとったのは、昔のアルバム。父さんがよく写真を撮っていた頃のアルバムだ。

 向こうの世界でも、こうやってアルバムを見た、見せてもらった。

 夏希の小さい頃の写真、清水悠喜の小さい頃の写真。

 ふと、見てみたくなったのだろうか。小さい頃の俺を。

 そして、比べたかったのだろうか、清水悠喜と、俺を。

 いや、少し違う。俺は半ば期待していた。もしかしたらそんなことがあったのかも、と。

 俺は、適当に開いたアルバムの写真を見る。そこに写っていたのは、幼い頃の俺、約五歳くらいだろうか、そしてその近くに赤ん坊を抱いた母さん。おそらくその赤ん坊がななみだろう。父さんの姿がないところを見ると、写真を撮ったのは父さん自身なのだろう。

 ただ、そこには俺の知らない、小さな少女も一緒に写っていた。

 向こうの世界でも見た、アルバムの中の幼い――夏希が。

 そうだ、やっぱりそうなんだ。向こうの世界と同じなんだ。この世界も、向こうの世界も、悠喜と夏希が二人共生まれていたんだ。

 ただ、違ったのは、十年前に犠牲になったのが、どっちだったかという事だけ。

 向こうの世界の夏希は、自分の兄――清水悠喜のことを知らなかった。なら、俺も自分の妹のこと――夏希のことを知らないまま生きてきたというのは、ありえない話だろうか。

 昔の俺ならば、すぐさま否定していただろう。そんなバカみたいなことが起きるはずがないと。五歳にもなっていれば覚えているはずだろうと。

 けど、俺はそうは思わなかった。いや、思おうとしなかった。

 たった少しの砂粒ほどの可能性でも、それにかけたかったから。

 もし、そういった世界だったからこそ世界をまたぐことが起きたのだとしたら。もしかしたら、殺さないためだったのではないだろうか、どちらかが生き残った世界で、その十年後、またその片方――結果として双子の両方が死んでしまうことを防ぐためだったのではないだろうか。

 しかし、その世界の双方にも助けてくれる兄妹はもういない。だから、二つの世界はどちらかを生き残らせるために、俺たちのためにあんな突飛なことをしたのではないだろうか。

 そして俺はこの世界で事故に遭い、向こうの世界に飛ばされた。それはおそらく夏希を守るためにだろう。俺は、それをこなすことができなかった。代わりに、夏希が俺のことを助け、元の世界に戻ってきた。

 このバカみたいな出来事は、神様が俺たちを贔屓してくれたから起きたこと。

 けど、考えてみよう。俺の視点からではなく、夏希の視点から。

 突然清水悠喜が自分の元にやってきた、そして夏希はどこかで――おそらく俺がクリスマスの話をした時に――気づいたのだろう、時間のズレに。そしてこれからどうすべきなのか、どうすればいいのか、何が起こるのか。

 そして、結果的に夏希は俺のために犠牲になってしまった。

 けど、それは見方を変えれば、夏希が自分の世界で事故にあったという事に過ぎない。

 俺が自分の世界で事故にあったとき、何が起きた? そして、もしもそれが夏希にも適応されているのであれば、いま夏希はどうなっている?

 俺の思考がどんどんバカみたいに働いていく。

 こんなご都合主義のオンパレードみたいな展開、現実であるはずがない。

 現実はストーカーもいる、恋愛は誰かを傷付けるし、誰かが死ぬことだって簡単に起こる。なんだって起きるんだ。だから、ご都合主義だけでできてるわけじゃない。

 けど、ご都合主義がないわけじゃない。現実は、なんだって起こるんだから。

 現に、ご都合主義で――贔屓で俺たちは、相手を助けるチャンスを与えられたんだから。

 だったら、少しくらいのご都合主義くらい。あってもいいじゃないか。

 無茶がある、そんなことは頭の中で分かっている。けど、これなら。この考えがもし現実に適応されていたのであれば――。

 ――俺はまた夏希にあうことができる!

 俺は乱暴に机にアルバムを置くと、その場で半回転して外へと飛び出す。

 少しでも可能性ができた、くだらない俺のご都合主義ばっかりの考えに過ぎない。

 けど、パラレルワールドがあるんだ。もしもの分だけの世界が。

 だから、もう、走らずにはいられなかった。


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