二人の世界は Ⅸ
月曜日。また学校が始まり悠喜と一日中過ごすということはできなくなった。
でも、それがかえって良かったとも感じた。今日一日考えることができたから。
学校では授業を受けている間ずっと悠喜のことを考えていた。とは言っても、別に幸せな気分というわけではなかった。だって、最近悠喜はおかしいから。
一緒にいるときに笑顔を見せてくれる回数は圧倒的に増えた。それは事実だし、それだけならば嬉しいと思う。けど、違った。
悠喜の笑顔は明らかに作っているものだとわかるくらい不自然なものだった。
無理にあたしのことを気遣って笑顔を作っているだけ。それがダイレクトにあたしに伝わってきた。悠喜自身は多分、隠そうとしてるけど。
気を遣うなってあたしに言ったのに、自分が矛盾した行動をするのはおかしくないとでも思っているのだろう。悠喜はうまく笑えてないと気づくとすぐにかぶりを振って自然な笑顔を浮かべてくれた。
でも、あたしにとっては、そんな悠喜の行動が苦しくて仕方なかった。
あたしには何も言ってくれない。自分ひとりでどうにかしようとしている。そう思えて仕方がなかった。いや、実際悠喜はそのつもりなんだと思う。悠喜は、そうやって無理をするタイプではないと思うけど、相談できないことはとことんしないタイプだと思うから。
なんで、そんなに抱え込むんだろう。いつか、あたしに言ってくれたこと、あれはただの思いつきの言葉だったんだろうか。無理しなくていいって、抱え込まなくていいって、そう言ってくれたのは、ただの気まぐれだったんだろうか。
そんなわけない。あれは、悠喜の気持ちが篭ってた。だから、気まぐれなんかじゃない。
そう思えるからこそ、あたしは言って欲しかった。
悠喜が一人で抱え込まなくていいって言ってくれたぶん、あたしは悠喜に同じことをしてあげたい。悠喜がひとりで抱え込むところなんて見たくない。
けど、悠喜があそこまで無理しているのを見ると、あたしがそういったところで無駄だということは分かっている。何でもないと言って、笑顔を返してくるだろう。
だから、あたしは何も言えない。変にあたしが気付いたと思わせても、悠喜に気を遣わせるだけだから。だったら、気づいてないふりをしていつも通り過ごすのが正しい判断のはずだから。何も、言えなかった。
でも、これじゃああたし自身が抱え込んできてしまっている。悠喜にそれはダメだって言われたのに抱え込んでしまっている。けど、これはどうしても口には出せない。顔にも出せないし、行動にも。どうにもできないジレンマが、余計にあたしを蝕んでいく。
少し前までは、こんな事にはなっていなかったのに。
こんなふうに悩むようになってしまったのは、数日前の朝――悠喜とお父さんが話をした翌日からのことだった。
その日から悠喜の表情は陰りをおび、一人で抱え込んでしまったのだとわかった。
お父さんとの会話で、悠喜が何かを聞いてしまったんだ。
それが何なのか見当もつかないし、深く探ろうなんて思っていない。ただ、もしあたしが言ってもいいことなら、相談して欲しい。
「……もしそうなら、とっくにしてるよね……」
もしかしたらあたしに気を遣っているのかもしれないけど、悠喜の様子を見た限り、あたしには知られてはいけないことなのは間違いない。
……なんでこんなにも、苦しいんだろう。
――ねぇ悠喜、あたし、おかしいかな?
悠喜の悩みがわからなくて苦しいなんて、おかしいかな……。
そんな風に、悠喜に言えたのなら本当に話は簡単で、ただあたしに勇気がなかっただけ。ただ、それだけなのに。多分今は、違う……。
あたしは白い携帯電話を取り出してボタンを操作する。
メニュー画面からデータボックスに移り、そこに保存されている一枚の写真を表示する。
それは一昨日七海から送られてきた写真。あたしと、悠喜の歩く後ろ姿。
二人で出かけた時のその写真は、おそらく一昨日の朝のものだと思う。これをネタにされて七海に散々からかわれた。七海に何か言われるたび、顔から火が出そうに熱くなって、頭の中が真っ白になった。
少し微笑みながらそれを見てから、深呼吸をする。
携帯電話を操作しながら、あたしは心の中で尋ねる。
――ねぇ悠喜、あたし、、間違ってるかな?
ここにはいない大好きな人へと向かって、ただ尋ねる。
――こんなことしたら、悠喜はあたしのこと嫌いになる?
不安で不安で仕方ない。心臓が押しつぶされそうなほど苦しい。肺が酸素を受け付けないかのように息苦しい。
あたしが今しようとしていることは、間違っているのかもしれない。自分自身、こんなことをして何がいいかなんてわからないから、多分これは最善じゃない。
けど、これは悠喜のためになる。『はず』じゃなくて『絶対』だから。
だから悠喜、あたしはこれで抱え込むのを最後にするから、悠喜も苦しまないで。
――悠喜、嫌いにならないで。
それだけを胸に秘めながら、あたしは誰もいない自分の部屋で冬の澄み切った夜空を見上げていた。
なぜなら、明日しかないのだから。
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