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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第四章 二人の世界は
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二人の世界は Ⅲ

「やめて」

 夏希は、震える声でそう言った。とても切なそうな、苦しそうな表情で。

 強硬手段をとってしまったほうが早いのか、と一瞬思ってしまうけれどそんなことは無かった。こんな俺の言葉でも、しっかりと夏希に伝わっていた。

 夏希は肩を震わせながら、俺に向かって言う。

「そんなの、悠喜らしくないよ。悠喜なら、そんな風に、簡単に口に出したりしないよ。もっと悩んで、もっと考えるはずだよ」

 俺がこの世界で風美と会う時、そのきっかけを作ってもらうとき、俺はうじうじ悩んで、はっきりと男らしく決断することなんてできずに、曖昧な言葉で終わらせていた。

 あんなところを見られていたのだ。だから、夏希にこういう風に思われても仕方がないとも思えてしまう。実際俺は、内気で自分の気持ちを言葉にするのが苦手だったのだから。

 けど、今まで色々なことがあったんだ。

 この世界にきた瞬間、俺が初めて涙という感情に触れた。

 夏希が協力するといってくれた時、人と結びつきたいという気持ちを知った。

 七海の辛い過去に触れた時、抑えられないほどの激情を感じた。

 風美に俺自身を知らされた時、心の本当の意味を教えてもらった。

 確かに、俺が昔感じていたように人は黒い感情だってあるし、他人に迷惑をかけ、不幸にしてしまうことだって沢山あるだろう。人との関係は、一方通行では成り立たないから、自分が良かれと思ってやったことでも、それが相手を傷つける結果に結びついてしまうかもしれない。

 好意を表すことができなくて、歪んだ過ちを犯してしまった奴もいた。

 理由ばかりに気を取られて、本当の心を知らない奴だってここにいる。

 そんな悪い例を、俺は間近で見て、感じて、思った。

 これだって人間なんだ、と。

 人間だといっても、一人一人個性がある。好き嫌いがある。そうやって一人一人が違うのは当たり前だろう。

 犬と言う一括りの中に様々な犬種がいるように、人間だってたくさんいるんだ。

 黒い部分の大きな人間と、逆にその部分が小さい人間。

 どんなことも万能にできる人間、何一つ取り柄のない人間。

 人に好かれるような人間、人に嫌われるような人間。

 もっと範囲を広げてしまうのならば、男と女。

 人間という言葉では到底表しきれない違いが、それぞれあるのだ。

 そして人は、成長というものをする。ずっと止まったままではない。

 間違いを犯せば、次からはそうならないよう心がける。うまくいかなければ次に向かって努力をする、周りに流されようとも何か一つ、譲れないものを持とうとする人だっている。自分というものを保とうとする人間がいるんだ。

 みんながみんな努力をし、心がけ、自分を確立しようとするわけではないのかもしれない、人間はそれぞれ違いがある。面倒に思って何もしなかったり、過ちから立ち直れなかったり、何かを見逃してしまったり。

 けどそれぞれ、成長はしている。本人は気づいていない小さなものでも、人はずっと止まっているわけではない。

 それはもちろん、俺だって例外じゃないはずだ。

 まだ成長したと胸を張っているえるわけじゃない。未だに俺は自分自身に問いかけている。成長できたか、進歩できたかと。

 けど、止まっているはずがない。だって俺は、逃げることだけはしないのだから。

 逃げたら、進歩しないでそのまま終わってしまうから。

 だから、俺は少しずつ進んでいるはずだ。時間に流されているだけじゃなく、自分自身の方法で、ゆっくりかもしれないけれど、確かに。

「悩んで、考えて、自分で選んだんだ。簡単に見えるのかもしれないけど、真剣に選んだ」

 俺が前に進めたのは、自分自身の力じゃない。色々な人の支えがあったからだ。

 母さんにアドバイスを受けて、七海と一緒に頑張って、風美に間違いを指摘されて。

 他の人たちにどれだけ支えられていたのか分からない。

「夏希、ちゃんと答えてくれ。お前の素直な気持ちを」

 俺は夏希のことを正面から見つめる。

「…………なんで……」

 震える声のまま、夏希は搾り出す。

「悠喜は風美のことが好き。それならあたしに告白なんてしなくていいのに。そうやって、また変なこと言って、あたしを困らせて――」

 困らせるのは、お互い様だ。夏希だって俺のことを困らせて、俺もお前を困らせてる。

「もしかしたらって思って、けど悠喜はいつも風美のことばっかりで、時々だけどあたしを優先してくれる時だってあって――」

 そう、俺は気づいてなかったんだ。夏希が好きだって、行動には出ていたのかもしれないけれど、自覚が無かった。自分のくだらない理由で。

「そんなことされたら――」

 ごめんな。夏希は、戸惑ってたんだよな。

 自分の思っていたことと違うことが起きて、けど、それを信じられなくて。こんな風にお前は、無理しようとしてたんだよな。

 夏希はようやく俯けていた顔を上げて、俺と目を合わせてくれる。

「――意識しちゃうの、当然、なのに……ッ」

 押し込めていた何かが溢れ出すように、涙を流す。

 七海もいつだか、同じように大泣きしていた時があった。あの時の七海にとてもよく似ている。姉妹だから当然なのだけれど。

「素直にって、そんなの、いつだってそうなのに……。すぐに顔に出るって、自分でもわかってるから、悠喜の足でまといにならないように、隠れてようと思ったのに……。悠喜は、あたしのこと、見つけちゃうんだもん…………」

 俺に気を遣って、無理してたんだ。

 それを俺は無にしてしまった。夏希の意図を汲み取ってやれなかった。

「もう少しで、振り切れると思ったのに……みつけ、ちゃうんだもん……」

 瞳からこぼれ落ちる涙を了の手で必死に拭う。

 俺はそれを止めてやりたくて、瞬間的に夏希をもう一度抱きしめた。さっきと同じように、俺の気持ちを伝えるように。言葉にもして。

「見つけられて、よかった」

 手遅れになってしまう寸前だった。夏季が、自分の気持ちを無理やり消してしまう瞬間に俺は居合わせたのだ。そしてそれを阻止することができた。

 確証は、今腕の中にいる少女。

「…………あたし……かくれんぼ、ヘタだね……」

 俺の背中に腕を回して、夏希は俺の胸に顔を埋める。

 今の言葉は、どういうことなのだろうか。俺には、見つけてくれてありがとう、という意味が込められているような気もした。そしてそれだけではなく、ほかの意味も。

「どこに隠れても、見つけるからな」

「見つけて、どうするの?」

 夏希の問に俺は何の躊躇いもなく言う。

「こうするよ」

 俺は夏希をさらにきつく抱きしめる。夏希も苦しいだろうが、それならばそう言ってくれればいいし、そうでなくても表情でわかる。夏希は感情がすぐに顔に出るんだから。それがないということは、許される範囲内ということだろう。

「……俺、こういうの苦手だから、嫌がらせるかもしれないけど……。その時は、言ってくれればいいし、俺を跳ね飛ばしてくれていいからな。……だから、絶対に一人で抱え込むな。前も言ったけど、頼りないかもしれないけど頼ってくれ。俺は、これでもお前のことが好きで、大切に思ってるんだから」

 長ったらしい言葉だけど、一言では表すことができないから多少長い言葉も許して欲しい。単語では答えられないんだ。『好き』という単語ではなく、他にもいろいろな言葉が必要で、単純じゃないんだ。

「……違うよ。抱え込んでなんかない。ずっと悠喜に、頼ってた。あたしは悠喜がいなかったら、本当に全部自分一人で抱え込んでたんだよ? それくらい、悠喜はあたしに、とって、本当は……」

 どうしてもその続きを口にできないのか口篭り、声も小さくなっていってしまう。

 やはり、戸惑ってしまうのだろう。自分を優先するのではなく、他人を――風美を、七海を、そして俺を優先しようとするから、わがままになりきれないのだろう。

「……無理しなくてもいいから。何も言わなくてもいいから、もう一人で抱え込まないことだけ、約束してくれよ。俺は、もう迷ったりしないから」

 焦らなくてもいいと、伝えたい。

 素直にも、我が儘にも、無理に慣れようとしなくてもいい。他人の伝えられなくても、俺にはもう伝わってるから。いつも素直で、何かを隠すのが苦手で、誰かのわがままを聞くだけで、自分は一切我が儘を言ったりしない。そんな夏希だから、わかるんだ。

 いつだてお前は、自分の道を見続けている。

 自分だけじゃなく、みんなが幸せになるための道を。

 でも、俺はそれをめちゃくちゃにするんだ。このままみんなのために自分の道を曲げ続けたら、夏希自身が幸せになれなくなってしまうから。俺の我が儘で、夏希の道を、俺の方に向かせるんだ。

 俺が夏希のことを幸せにできるのかなんてわからないし、そんな大きすぎる約束はできないけど。俺は俺なりに、精一杯夏希を支えてやりたい。ただ、それだけなんだ。

「そんなこと言ったら……あたしだって、迷って、られないよ……。ねぇ……悠喜……あたし、見つけて欲しくて、ここに来たかもしれないよ? 悠喜は絶対にここに来るから、だからここで泣いてたのかもしれない……。あの涙だって、嘘かもしれない。それでも、あたしを、支えたいって思う?」

「もちろん」

 別に、そんなことは問題じゃない。というより、そのほうがいい。

 だってそれは――。

「夏希は、俺に来て欲しかったってことなんだろ。俺に、泣いてるところを見せて、心配して欲しかった。そういうことだろ? じゃあなんにも問題無い。それに、夏希。そんなこと言っても、お前は顔に出るから、嘘もすぐバレるんだぞ」

 夏希の目は、正直で。自分を悪く言って、それを認めてもらえるかを聞きたかっただけだと、すぐにわかる。

 俺は夏希を抱きしめ、捕縛していた腕を広げ夏希を解放する。

「心配しなくても、俺は夏希のことを嫌いになったりしない。……って言うとなんか俺が不安になってくるな……。なんかそんなだいそれた約束できない気がしてきた。……それでも、お前はいいか? 俺は、ずっと好きでいるなんて約束は、できないかもしれない。そんな男が、お前を支えてていいのか?」

 正面に対峙して、俺は聞く。

 二人とも、お互いの気持ちを言葉にしなくてもわかっているはずなのに、どちらも素直に好意を口にすることはない。

「……悠喜だって、自分を悪く言ってる。ずっと同じ気持ちのままなんてできないことくらい当然なのに。あたし、そんな無理なお願い、すると思われてるの?」

「じゃあ、しないのか?」

「…………する、かも」

 うつむきながら頬を染めていう。

 それを聞いて、俺の方は頬を緩める。

「やっと我が儘言ったな」

 小さいけれど、夏希の感情だけを優先した言葉。それを、ようやく聞けた。

 我が儘を言われて、こんな感情になるのは不自然なのだろうか。俺は今、とっても幸せだと感じている。夏希に我が儘を言われただけで、自分が夏希の深い部分にいるのではないかと思えるから。

「もっと、我が儘言ってもいいよ。無責任なことは言えないけど、今の俺にできることなら、最大限やるから」

俺はそう言って俺は夏希に向かって笑顔を向ける。

いつもの俺らしい苦笑にも似た曖昧な笑み。けれどそれは、俺が感情を表に出せているという証であって、今までの激情とは少し違う俺の新しい表現方法だ。

 こんな当然のことでも、俺は今まで出来ていなかった気がする。

 変に平静を装って、気持ちは口には出さず、感情は行動で示さない。旗から見れば無感情無気力な人間にも見えていたこの俺は、今この瞬間に、人間らしくなれた。

 恋愛なんていう不完全なものにとらわれて、どうしよもなく抑えられない心の揺れが、今の俺を作り出している。

俺の米粒程度にも満たない小さすぎる約束に対して夏希は小さく「じゃあ」と言う。

「……前に、悠喜がやってたゲーム、やりたい……」

「ゲーム?」

 夏希の前でゲームなんてしたことがあったかと思い疑問符付きの言葉を口にする。

「ほ、ほら、あの時……やってたのッ」

 頬を染めて焦ったように早口で言う夏希だが、俺は一体何のことを言っているのかわからない。

 俺がなおもハテナマークを浮かべているのを見て、夏希は付け足すように言う。

「か、風美とやってた、あれッ」

 あれ、と言われて今まであったことを思い返してみる。

 風美と俺がやっていたゲーム。向こうの世界ならば音ゲーをやった記憶があるが、こっちの世界になると夏希はおろか、風美とゲームをしたことはないはずだ。

 と俺の頭の中でケータイゲーム機やら、テレビゲーム機の方ばかり想像していたので気づかなかったが、つい最近この世界ですこし変わったゲームをやったのを思い出す。

 俺はようやく夏希が何を言っているのか分かり、、軽く微笑む。

「……夏季が、それでいいなら……」

 俺は少し口ごもりながら、さきほどした約束を守るために夏希の願いを聞き入れる。

「……じゃ、じゃあ帰ろうッ。その……あたしの家に……」

 俺は分かったと一言で答える。

 今言った言葉が恥ずかしかったのか、それともその前の自分の発言を恥ずかしいと思ったのか、それとも俺が了想したからなのかはわからないが、夏希はまたも赤面する。耳まで真っ赤で、いつだか二人で出かけた時のことを思い出す。

 俺はそんな夏希を見ながら、いつもと変わらない冷静を取り繕った表情で、自分の火照りそうになる頬を隠しながら俺は心の中で思う。

 ――コンビニにでも寄って、お菓子買わないとな。


感想、誤字脱字のしてき等よろしくお願いします。

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