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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第四章 二人の世界は
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二人の世界は Ⅰ

「そう、それでいいんだよ」

 風美は俺のことを笑顔で見つめていた。

 やっと、自分が願っていたことが叶ったかのような、とても幸せそうな笑顔だ。

 あんな調子のいいことを言ったのに、風美はそれを責めずに、むしろそれを望んでいた。俺が風美に告白したということを撤回することを望んでいた。

「…………」

 違和感を覚えるくらいの満面の笑み。どこかで何かを隠していると思えて仕方がない。それをどうしても外には出せない、何かが……。

 俺の間違えを、風美は正してくれた。

 そこにはもしかしたら、風美自身が犠牲にしてしまった何かが――。

「……悠喜くん、変なことは考えないでよね。あたしはただ変なこと言ってきた悠喜くんが嫌だっただけ、ただそれだけだから、変な誤解はしないでね」

「…………」

 風美が、そういうのならば、そうなのだろう。だから、俺の言う言葉は、押し付けがましい礼や謝罪なんかではなく、

「……行ってくるよ」

 今からする事を、口にすることだ。

「うん、行ってきな。迷ってなんかいられないからね」

 風美の言葉に頷いて扉を見つめる。俺の進むべき道を、見据える。

 今すぐに飛び出さなきゃいけない。ここで立ち止まってる理由も何もない。だから俺は、今この瞬間から――。

 俺は風美から離れ、俺の進むべき道の前まで、新しいスタート地点まで歩を進め、そこで一度だけ立ち止まる。そして俺は、俺は最後に風美の瞳をしっかりと見つめながら、この気持ちを言葉にする。

「ありがとう、お前は――」

 間違っていた自分の、その仮面を剥ぎ取ってくれたこと。

 いつでも相手のことをしっかりと見ていたからこそできたことだと思う。風美自身が言っていた通り、俺とここにいる風美の関係はただの顔見知り程度なのかもしれない。友達とも、胸を張って言える仲じゃないかもしれない。

 じゃあ、それでいいじゃないか。

 友達が、家族が、恋人が。

 それが絆じゃないんだ。……親友? そんなのは風美に失礼だ。俺なんかの親友と呼ぶには風美の存在はあまりに大きすぎる。それは、俺自身が怖がっているのかもしれない。釣り合わない相手で自分がかき消されてしまうかもしれないと、そう思っているのかもしれない。否定は、しないさ。

 けど、一番は違うんだ。風美は、俺の独り善がりの言葉で汚してしまってはいけない存在だ。少なくとも、今の俺にとっては。

 だから風美は――ここにいる風美は俺にとって……。

「大切な、恩人だよ」

 そう言うと同時、ドアノブに手をかけ、スタート地点から飛び出す。

 行儀悪く音を立てて早足に玄関まで行き靴を引っ掛けてフラフラと歩きながら靴を履く。

 玄関の戸を開け、外に飛び出す。

 風美の家の敷地から飛び出して俺は……どっちが帰り道だかわからなくなる。

 こんな時になんという誤算! と言いたくなるが、そんなの壁じゃない。

「――悠喜くん!」

 俺の頭上のベランダから鋭い声が飛んでくる。

俺が見上げると風美は俺か見て右側を指差しながら「あっちだよ!」と言う。

心の中で礼を言って俺はまっすぐに走り出す。

「まっすぐ行けば大通りのとこに出るから! ……あっ、悠喜くんッ」

 俺は風美の方を向かずに走りながら聞く。

 風美、もしかしたらって思ったけど、やっぱりそうなんだよな。お前は友達思いだから、自分よりも夏希を優先するんだよな。それが正しいことだってわかってるから。

 じゃあさ、それで少しの気持ちの変化もなかったことになるのか? そうは思わないよな。そんな変化だって、正しいことだろ? だから、言ってもいいんだよな。

「あたしあの時――」

 どんな気持ちだって、罪じゃない。相手を傷付けるかもしれない。けどそれが、恋なんだ。だからいいじゃないか。

 これは、俺たちのちょっとした思い出になるんだ。

「ポッキーゲームの時、すごいドキドキしたよ!」

 風美が大声で俺に向かって叫ぶその言葉に、俺は頬を緩ませる。

 これは、ひとつの思い出だ。俺が前の進むことができたきっかけとなる、大切な出来事なんだ。その時の気持ちが、もしかしたらいけないものでも、大切なものになるんだ。

 俺の中の凍っていたものが、溶かされた今日。それは、かけがえのない一日だ。

 俺は冷たい風が肌を叩くなか、風美の方も見ずにただ走りながら、心の中で伝えた。

 ――ああ、俺もだよ。




 俺は、学校に向かって全力で走り続けていた。

 下校中の生徒たちとすれ違う中、俺の求める人は見つからない。

俺は先ほど清水家へ飛び込み夏希の部屋のドアを乱暴に開けた。だがそこには夏希の姿はなく、学校から帰ってきている様子は無かった。

 俺は通学路に沿って学校まで向かっている俺は、内心焦っていた。

 違和感がある。

 夏希は風美と同じクラスのはずだ。二人とも部活動には所属していない。帰宅時間にそれほど大きな差はないはずだ。それなのに夏希がいない? どういうことだ。

――本当に取り返しのつかないことが起きるかもしれないんだよ。

 風美に言われた言葉が脳裏を過ぎる。何が起きる。取り返しのつかないことって、一体何が起きるんだ……。

 いや、わかってる。わかってるけど分かりたくないんだ。本当にそれは、起きてしまえば次のチャンスなんていうものもすべて失われてしまうようなことだから。

 だから俺は夏希を探し続ける。夏希を、見つけなきゃいけない。

 見つけられなきゃ、あいつと一緒にいた意味が何もなくなちまう。

 高校の昇降口まで夏希を探したが、ここまでの道のりで夏希を見つけることは出来なかった。そして自身の家にも帰宅していない。

 なら、まだ校内に残っているのだろうか。委員会や教師からの頼まれごとなんかのせいで帰るのが遅くなっているのだろうか。それとも…………。

 俺は口内に飛び込む。そして、もともとは向こうの世界で俺が使っていた下駄箱へと向かう。建物内に飛び込み、周りの生徒など気にせず俺は自身の――夏希の下駄箱を開ける。

 金属でできた小さなロッカーの下駄箱の中には綺麗に揃えられた白を中心として学年カラーの青がつま先の部分だけにオロづいている上履きが一組、置かれていた。かかとの部分には『清水』とマジックで記入されえいる。

 間違いない、ここは清水の下駄箱で合ってる。

 俺は確信するが同時に不安も感じる。

 ここは夏希の下駄箱のはずなのに、夏希の靴は無い。上履きだけが綺麗に揃えられているだけだ。つまりそれは、夏希はもう外ばきに履き替え帰宅したということだ。

 だが、もしそうならば家にいるはず。道中は夏希を探すことに全神経を費やしていたので行き違いになったとは考えにくい。ほかの道で帰ったということも否定できないが、それ以上に可能性として高いのは……。

 俺に合わないために、どこかへ逃げたということだった。

 俺は夏希がどこへ行ったのか見当もつかなかったが、突っ立っているだけなのは嫌で走り出す。

 ……夏希は多分、知っていたんだ。風美の口ぶりからしても、いやむしろ風美が言ったのかもしれない。俺が風美に告白したことを。だから、自分はもう用無しだと、邪魔になるだけだと思って、姿を消したんだ。

 俺がこうやって夏希のところに戻ってくる可能性を考えたというわけではないだろうが、少しでも、俺と遭遇する確率を低くしようとしたのではないだろうか。

 そうやって、また人のことを気遣って、自分のことはほったらかしなんだ。

 ……自分勝手だ、あいつは。

 俺がそんなこと言えるような立場にあるわけじゃないけれど、そう思ってしまった。いつも誰かの心配して、気遣って、自分のことは後回しみたいな感じで、遠慮して、謙遜して、、自分が潰れそうな時だってまずは他人を心配をするんだ。

 優しい。とんでもなく優しい奴だ。けど同時に……。

 優しすぎて、自分勝手だ。

 俺はいつだか夏希に言った。ワガママを言ってもいいんだと。あの時の言葉の意味は、夏希には伝わんなかったのだろうか。

 もしそうなのだとしたら、言ってやらなきゃいけない。

 もう一度、あいつに。今度はもっと直球で考えさせずに感じさせて、それで分からせてやらなきゃいけない。あいつが何をしているのか、何をしていたのかッ。

 来た道をそのまま帰るだけじゃ夏希にはたどり着けないと思った俺は、今まで俺の言ったことのある施設に通ずる道をすべてしらみ潰しに探していこうと、来た道とは逆の――夏希の家とは逆の方向に向かって走り始める。

 あいつは、あの時だってそうだ。ポッキーゲームの時、あいつは俺と風美を見て、あんな悲しそうな表情をした。けど夏希はあの時、何も言わなかったんだ。

 それは、夏希が俺の間違った気持ちを知っていたから、だから夏希は自分なんかそっちのけであの光景をただ見ていたんだ。たとえ自分が、どれだけ嫌な思いをしようとも。

 わかりにくいんだよあいつ! なんだよ、なんで自分のしたいことを素直に口にしないんだよ! もっと正直に、わがままになったっていいんだよ!

 そう思うが、過去の俺はどうだっただろうか。

 人と会話をするのが苦手で、自分から意欲的に動くことが苦手で、自分の気持ちを表現するのが恥ずかしくて、冷静装って、いつしか自分の我が儘な心にすら気付けなくなった。

 そんな、どうしよもない奴だったじゃないか。周りから見たらそれは、めんどくさい人間で、どうしても世界を共有できそうになくて、話し掛けずに知らんぷりでほかの仲間たちと過ごしていきたいと思うだろう。

 そうだ。これは今、俺が夏希に対して思っている激情。

 こっちからしたら、もっと我が儘言ってくれて構わない、それを叶えてあげたいって思うのに、相手はそれを言葉にして伝えてくれなくてモヤモヤして。

表情を偽ってる気でいるくせに実はそんなに隠せてなくて、内心動揺してるのが丸分かりで。最初あったときは気が強くてきつい性格なんだろうって印象抱かせるくせに実はそんなこと全然なくて、恋に奥手で赤面癖が目立つ控えめな子だたり、かと思ったら心の中ではいつでも他人のことばかり考えてて、自分なんか後回しで他人のために心配して、気遣って、そんなことするくせに自分が傷付いて、でもそれを隠すのが苦手ですぐ表情に出て、周りから見れば丸分かりなのに、大丈夫なんて言葉発してッ。

 本当に、一体なんで俺はそんな夏希のことが……。

こんなに好きなんだろう。

 赤面癖ひどくて見てるこっちが気を遣って、一緒にいるだけで疲れるのに。

 今回みたいに、相手を気遣ってやってるつもりの行動で相手に迷惑かけて。

 自分自身が弱くてすぐ潰れるように華奢なのに、人のこと気遣って。

 なんであいつはそんなにいい子なんだよ!

 俺が何かをミスったってわかってるけど、そんな時に見せる真っ赤な顔とか、

 なんであんなに可愛いんだよ!!

 走りながら、俺は奥歯を噛み締める。

 なんであんな面倒くさいって思うのに、可愛いって思って、いい子だって感じて、一緒に居ないと違和感満載で! どうして俺をこんなに狂わしてくるんだよ!

 俺が言えたことじゃなとわかっているけど、思ってしまった。だから、止まらない。

 俺がこんなに好きだって思ってるのに、変な勘違いしたままで、自己完結しようとして、それでまた自分のことをほったらかしにして……この――。

「――鈍感野郎!」

 当然といえば当然だよ。俺があいつに前から言ってたんだ、風美が好きだって。だから俺があいつのことを責めるのは間違ってるさ。わかってるさ。

 けど、それでも、自分自身の本当の気持ちにまで鈍感でどうすんだよ!

 夏希は俺とは違う。俺なんかよりずっと人間として成長出来てて、優しくていい女の子なんだ。だから、だからこそッ。

 俺と同じような間違いしちゃいけないだろ!!

 あんな悲しそうな表情をするんだ、あんなに嬉しそうな表情だって出来るんだ。照れ屋で、献身的で、奥手で、感情の起伏激しくてッ、それをすぐに顔に出して!

 それだけ俺なんかよりずっと人間らしいんだ! だから間違えちゃいけない! 自分の気持ちを何かで隠そうとしちゃいけない。ましてや……。

 消してしまおうなんて考えちゃいけない!

 まるで俺のこの感じだと、夏希が俺のことを好いてくれているっていうのが前提になっているけど、別に構わないだろ? 夏希は、そうなんだろ?

 だからポッキーゲームの時、悲しそうに顔を俯けたんだろ?

 だから買い物と口実をつけて遊びに行った時、嬉しそうに笑ったんだろ?

 自意識過剰に思えるこんな理由付けも、俺は今確信を持ってできる。

――なあ夏希、俺がお前に気持ちを伝えたら、お前はどういうんだろうな。また風美がどうのとか、気を遣って、俺のことを困らせてくるんだろうか。

 俺はコンビニ、公園、中学校と、今まで自分が行ったことのある場所をしらみつぶしに探していく。だが、そのどこにも夏希の姿はない。

 もう家に帰ったのだろうか。もしそうなのだとしたらそれでいいのだが、俺にはそうは思えなかった。だから、まだ走る。

 だんだんと重くなり始めた足が俺の意思に反発し始める。だが、そんなのお構いなしで俺は走り続ける。まだ行っていない場所、思い当たる場所は、あとひとつしかない。

 俺は緑が集まるあの場所、俺がこの世界に来てからの寝床へと向かう。

 夏希があそこにいるとは考えにくい。あそこは俺から逃げるにはあまりに不適切な場所だ。あそこは結局俺が帰ってくる場所なんだから。逆に俺と遭遇する確率が高まってしまうだろう。

 だが、もう俺には心当たりがなくなってしまった。だからそこにも居なかったら、夏希の家に戻って確かめよう。そう決めて俺は加速する。

 疲れたと訴えてくる足に鞭打って走り続ける。林までの道のりは、こんなにも長かっただろうか。ほんの十メートル先がとんでもなく長く感じる。

 それでも、進んでる。ほんの少しづつ進んでる。

 だから足は止めない。一心不乱に足を動かし続ける。いや、足を動かし続けるというより、自分の気持ちを跳ね上げる。

 体を動かすという意識よりも、気持ちを抑えられないという感情の方が勝っている。だから、体が勝手に動く、夏希に俺の声が伝わるくらい近くまで。

 ようやく林が目の前に現れる。緑色の葉がまだある常緑樹の中へ飛び込みひたすら探す。

 あたりを必死に見回し俺以外に誰かいないかと探す。

どこだ、どこにいるッ、いるなら――。

「居るなら返事をしてくれ……夏希!」

 息を切らしながら叫ぶ俺をあざ笑うかのように足元の茶色い落ち葉が音を立てる。

 それをイライラしながら歯を食いしばろうとした瞬間、明らかに誰かのいる気配を感じる。落ち葉が人の足で踏みしめられたとき特有の音がした。いる、絶対に。

 俺はあたりをしきりに見回す。そしてずっと先、何かが揺らめくが見えた。

 見つけた! 俺はそう思った瞬間に走り出しそうになる。だが、自らがそれをやめさせる。俺はゆっくりと歩いて向かっていく。

 揺らめいた何かは木の後ろに隠れてしまったのかもう見えないが、場所はわかっている。

 俺は野生動物に警戒心を与えないようにするようにゆっくりと向かっていく。

 そして、目的の樹木のところまで行くと、その裏に隠れている奥手な女の子に、言う。

「……やっと、見つけた」

 そう言って俺は夏希の体を両腕で包み込み、捕まえた。


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