プロローグ 参
そして、朝を迎えるわけだ。ちなみに今日の起床時間六時五十分。早起きだなー、我ながら感心する。朝飯は……昼飯と兼用。結構きつい。
とりあえず今日は風美が来るとか言ってたから、先にコンビニに行って昼飯を買っておこう。ついでに久々の朝飯もだ。
俺はまた着替えるのは面倒なので制服に着替えて、靴を履いて外に出た。朝は余計寒い。
夏の暑さを保存しておけるようなものはないのか、まったく。
と、そんなくだらないことを思いながら制服のズボンのポケットに手を入れて歩く。
朝は道路に誰一人いない……なんてことはない。結構犬の散歩だったり、ランニングだったり歩いてる人はいる。車だってそこそこ行きかっている。
ただコンビニはそこまで混んでない。この時間だからな。学生が登校する時間とかの方が繁盛するだろう。
俺はコンビニでサンドウィッチと朝飯の鮭おにぎりを二つ買ってレジ袋に入れてもらう。
エコバックとかいうものは持ってないので毎回コンビニで袋をもらっている。
今食おうかと思ったが、家に帰ってからでも十分時間があるので家に帰ってからにすることにした。そういえば風美の奴、家はどこなんだ? もしかしてわざわざ遠回りするような道のりになるんじゃないだろうな。もしそうなら来なくてもいいんだが。
俺はあくびをしながら家に着く。まだ七時になったばかりだ。それなのに……。
「風美? なんでお前こんな時間に?」
「あれ? 悠喜? なんで家の中からじゃなくて外から現れるの?」
二人とも質問しちゃダメだろ。まずはどっちかが質問に答えないと。
「俺は今コンビニに行ってきたんだ。で、もう一回訊くが、なんでこんな時間から俺の家の前にいるんだ?」
「昨日来るって言ったじゃん」
そうだな。確かに言った。けどな、風美、
「こんな時間じゃなくてもいいだろ。まだ一時間もあるぞ」
今は七時だ。俺がいつも家を出る時間は八時十分だ。つまりお前はフライングをしすぎなんだ。わかったか?
「早く来るぶんには問題ないでしょ?」
「こっちが気使うだろ、全く。とりあえず家は入れ。外よりは暖かいはずだ」
そう言って自分の家の玄関を開ける。
「え? でもこんな朝早くから――」
「お前は自分の行動を見てから発言しろ!」
朝早くに訪ねてくるのが悪いと思うなら訪ねてくるな! くそ、まだ眠い。
とりあえず風美は家に上がってもらって、俺の部屋に来てもらった。そして俺は眠いので寝よう、と思ったのだが、こんな時間に俺の家に来た風美もしっかり寝てないんじゃないだろうか? ということで風美を俺のベットで寝かす。
俺は床で毛布を使って寝た。制服のまま。
zzz……
そのあと、きっちり一時間後に俺は起きて、ぐっすりと眠ってらっしゃった風美さんを丁重に起こして、学校へ行く。
風美はよく寝れたようでしっかりと歩いていた。一方俺は若干ふらふらしていた。床で寝るとこうなるらしい。気を付けろよ。
横断歩道を渡っている途中、信号機が点滅し始めた。……いや、もしかして俺の視界の方がやばくなってる? なんてことはなく普通に信号が点滅していただけだ。
風美は俺よりも先にわたりきってしまっている。元気やわぁ。
でも、その元気なところがいいんだろう。いや、よかったんだろう。
そのおかげで、居眠り運転のトラックに体当たりされることはなかったんだから。
俺以外の人間は走って横断歩道を渡る。俺はその理由が分からなかった。そして風美が指さした方向を見て初めて理解した。トラックが突っ込んできた、と。
俺は吹っ飛ばされるだろう。居眠り運転の運転手。被害者出たぞ、どうすんだ。
なんて冷静に心の中で言ってみたものの、俺がはねられる事実は変わらない。
こういう時、奇跡的に無傷で助かったり、けがをしたとしても記憶喪失とか、そんな小説みたいなことが起きるだろう。なんて思えなかった。むしろそれを全部否定した。不死身の体だったら、リアルでバカなことは起きない。美少女が助けてくれる? 都合のいいことは簡単には起きない。
そうやって否定しているうちに、俺とトラックは触れる寸前のところまで来ていた。
あぁ、死ぬ前には走馬燈が見えるとか言ってたたな。だから見えるのか。こんなものが。
風美が半泣きで俺の名前を叫ぶなんて言う光景が。
あれ? 走馬灯って過去の記憶がフラッシュバックするってやつじゃなかったか? じゃあ、これはもしかして、現実なのか? だとしたら、少しうれしいかもな。風美は俺のことでこんな風に『涙を流す』なんて感情的なことをやってくれたんだから。
俺が体験する初めての死は、とても心に響くものだった。
俺のトラック側にある手――右手がトラックに触れた。
……という夢を見た。いや、そう簡単に事故になんて遭わないって。そうやって油断してると遭うんだろうけど。っていうか、何だあれは。俺はいったい何がしたかったんだ? なんで俺喜んでたんだよ。うれしがってったんだよ。……やっぱり人間は一人でいるより、信頼できる誰かといた方がいいとかいうやつか?
俺は起き上がる。ベットに座っている状態だ。シンプルな部屋。俺の部屋だ。
なぜか夢のせいで自分の今の状況を確認してしまう。結構リアルだったからな。
いろんなものが俺の部屋にもともとあるものだ。それは正しい。
それじゃあ……
同じベットで寝ているこの女の子は誰なんだ?
いや~、昨日はこんな女の子をお持ち帰りした記憶はないんだが……。俺がお持ち帰りしかけたのは確か風美だったはずだ。それとも、風美だと思っていたのが実はこの子で、昨日は俺の家に泊まったということか?
……ないな。この世界でそんなことが起きるはずがない。まず、こんな美少女が目の前にいたらたぶん忘れないだろう。希少種なんだから。
布団に隠れててわからないが、髪の毛は相当長いんだろう。たぶん腰くらいまである。あくまで予測だが。
顔は布団から出ているのでよく見えるが、そんなにまじまじと見なくてもいい。美少女。それだけで済む。けど外国人の血が流れてるっとことはなさそうだ。顔立ちからして日本人っぽいし。
まぁ、とりあえず、俺はこんな女の子は知らないわけだ。
となれば、考えられることは一つだけだ。
「不法侵入だ」
俺は枕元に置いてあるケータイを手に取るために布団から手を出す。枕元って言っても手を伸ばさなきゃとどかない。
と、俺がそんな風に手を伸ばしたのだが、そうしたら布団がずれ落ちた。……あれ? 違うな。なんかに引っ張られた。
俺は布団が回収された方向に目を向ける。そこには……。
驚きで目を見開いている女の子の姿。やっぱり純日本人だな。瞳の色も黒だ。
反射的に布団で自分の体を守ろうとしたのだろう。べつにそんなことしなくても、今すぐ警察署に連れて行ってやるのに。
俺は、どこかの煩悩主人公とは違って、美少女でも犯罪者なら警察に受け渡す。
さて、いつの間にか俺のケータイは黒から白に変色したようだが、気にせずに電話をかけようと二つ折りのケータイを開く。
「きゃ――っ!?」
待て待て待て待て! なんでお前が悲鳴なんて上げようとしてんだよ! これじゃあ俺が警察に疑われちまうよ! 近所のおばさんが警察に電話するよ!
俺はあわててその女の子を押し倒すようにして左手で口をふさぐ。おい、ちょ、暴れようとするな!
犯人を逮捕するかのように俺は相手を行動不能の状態にするべく、女の子の両手を頭の上でクロスさせ、右手で抑える。担任教師が言っていたが、俺は確かに変な意見を言わなければそこそこ成績がいい高校生だ。だから、体育の授業でやった柔道ならある程度使いこなせる。
よし、これで一安心…………じゃねえよ! 俺何やってんの!? これ本当に犯罪者になりかねない状況じゃん! あぁ! その表情止めろ!
俺に行動不能状態にされた女の子は――相手が女子なのであんまり柔道の本格的な技は使わなくていいと判断した――涙目で俺のことを見ている。まるで俺がお前に襲い掛かってるみたいじゃねぇか! ……いや、今の構図をはたから見たら何にも言い訳できないんだけど。
とりあえず、今の状況はまずい。いったん冷静に。
『ごめん謝るから。とりあえず悲鳴を上げるのはやめてくれ。そしていったん話し合おう』
俺は小声で彼女に言う。やましいことは何もないはずなのに小声になってしまうのが不思議で仕方ない。
女の子は二回うなずく。まずは彼女を解放してあげる。
『で、なんでお前は俺の部屋にいるんだ?』
と、俺は根本的なことを質問。ここで「お名前は何ですか?」なんてことは聞かない。
と、彼女は驚きの言葉を口にする。
『あ、あたしの部屋だからよ……! は、早く出てって! 痴漢! 犯罪者!』
布団で体全体を隠して泣き出す女の子。えーと、どうすればいいの? 出て行っても何もここは俺の家であることは間違いないんだし……。いや、今は俺が素直に出て行った方がいいのか?
あ~、布団に顔を押しつけてまで泣くのか。これは本格的に何かやばい気がする。俺は対人スキルはしょぼいが、ここでは四の五の言ってられないだろう。
「とりあえず、落ち着いて。なんだ? 記憶障害なのか?」
俺の部屋を自分の部屋だと言い張るということは、何かしらの勘違いをしているか、目覚めた場所が自分の居場所――つまり自分の部屋だと思っているかだ。こういうのはどうやって治療すればいいのですか?
女の子は顔を俺の方に向けて大声で怒鳴る。
「記憶障害はあんたでしょ! 他人の部屋に勝手に入って! 自分の部屋だとか言って!」
いやいや、それはあなたのことを言うのだと思います。っていうかまずは声の大きさを考えてください。近所迷惑だとか言わないから、せめて俺の人生が刑務所行き急行列車になってしまうのだけは勘弁してほしい。
俺は四つん這いになって一歩(?)彼女に近づく。
「とりあえず、冷静になってくれ、じゃないと――」
「きゃぁ――ッ!?」
だから悲鳴あげるのだけはやめてくれ! 急行から快速特急になっちまうから!
俺はもう一度彼女の口を左手でふさぐ。別に左利きなわけじゃないぞ。
今度は押し倒すのではなく壁に押し付ける感じになった。
「頼むから! 話し合いをしよう! な!?」
まず話し合いを求めるなら俺がこういう風に力で抑えつけているのもやめるべきだと思うのだが、いかんせんこの女の子はこうしないと俺を簡単に刑務所送りにしてくれそうだ。
「お前は清水悠喜なのか? っていうか俺なのか?」
俺は彼女の口をふさいだまま聞く。もうそれしかないだろ!?
彼女は首を振る。ノーってことだよな。じゃあ関係ないじゃん。不法侵入したのはお前だ。
でも、ここで出て行ってくれって言ってもまたさっきの繰り返しだろうしな。仕方ない、この子が正気に戻るまで学校で時間をつぶそう。幸い七時五十分を迎えているので学校が閉まっているということはない。
俺は彼女の口から手を離して一個だけ約束させる「なんにもしないから、叫ぶのはやめてくれ」と、いう約束を。はぁ、なんか疲れる。
俺はベットから降りて息を吐く。
と、窓の外をちらりと横目で見る。と、俺の家の前に俺のたった一人の友人と呼べる人物がいた。風美だ。
ちょうどいい。俺は今制服のままだし――なんでだ?――このまま風美と一緒に登校してしまおう。
俺は階段を下りて玄関のドアを開ける。
「風美、早いな。何時から待ってたんだ?」
と、ドアを開けるとともに風美に尋ねる。
「え、あ、十分くらい前から……」
そうか、まぁそうだろうな。俺の馬鹿な夢みたいに一時間も前から待てるなんてことはないよな。
「まぁいいや、風美学校いくぞ」
とにかく今はあの女のことは考えなくていい。むしろ考えたくない。あの記憶喪失野郎。
と、俺が玄関で靴に履き替えるために座り込む。でも、すでに靴を履いている俺。だからなんでだ?
「……おい、玄関で何をやっている」
と、俺の後ろから男の人の声。この声はわかる。
「何って、靴はいてるだけだよ」
俺は振り返って確かめる。やっぱり父さんだ。朝はたまに会うことがあるが、今日は朝早くなかったみたいだな。
「違う、お前はなぜ他人の家で堂々と靴を履いているんだ」
「……何言ってんだ、父さん?」
「……ふざけるのはよせ。俺はお前なんかしらん」
父さんははっきりと言い放った。
……は? 何言ってんだよ。父さんも冗談を言うようになったのか?
「うちは四人家族だろ。何言ってんだよ」
「君のうちは知らんが、確かに俺の家族は四人だ。お前など知らんがな」
何だよ、それ。どういうことだよ……! 何言ってんのかわけわかんねぇ!
「俺と七海と母さんと父さん! 四人だろ!」
「知らん。俺の家族は俺、母さん、七海、それと夏希だ」
夏希? 誰だよそれ。いったい何言ってんだよ!
「風美! もういい! 行くぞ!」
俺は風美の手を取って歩き出す。
――自分でもわかった、思考回路が正常に作動していない。
風美は俺に無理やり歩かされるが「あ、あの……!」と抵抗してくる。なんだよ、頼むから後でにしてくれ。
「あたし、人を待ってるんですけど……?」
知ってる、お前が昨日俺に言ったんだろ。待ってるって。
俺はその約束を覚えていた。だから、もう無理だった。
――そして、俺の思考回路が完璧に作動しなくなったのは、この言葉だった。
「えっと……あたしはあなたと初対面ですよね? 私、夏希を待ってるんですけど……」