友達から他人、友達へ、そして…… ⑧
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「ここがあたしの部屋ね。あんまり可愛くないけどね……」
苦笑しながら案内されたのは二階のベランダ沿いにある風美自身の部屋だった。
白を基調とした落ち着いた部屋だが、所々水色やピンクのライン等が混ざっていて見慣れた男子の部屋とは違った可愛らしい印象を抱く。
「そんなことないだろ。整理もされてるし」
そう言って俺は風美の部屋に足を踏み入れる。
机の上など所々にゲームやらなにやらというものが置かれているのでそこだけピックアップすれば男子の部屋に見えなくないが、色の使い方や雰囲気は完全の女子部屋だ。
男子部屋はチャライかシンプルイズザベストのどちらかだと思う。そのどちらにも当てはまらず、可愛いという言葉があるこの部屋はやはり誰がどうみても女子部屋だ。
俺がそう言うと風美は「ありがとう」と言って俺の横を通ってベットへと腰をかける。
「どこかテキトーに座ってくれる? 椅子でもベットでもいいよ。ソファなんかはないけどね」
そう言って何度目かの苦笑混じりの言葉を口にする風美。
……もしかしたら、風美は戸惑っているのかもしれない。今のこの状況を。どうやって言葉を返せばいいのかわからないのかもしれない。俺は今日の朝、告白してあとは答えを待つだけだけど風美は今度は自分から言わなくてはいけないのだ。自分自身が口にして想いを伝えなくてはいけない。しかも自分からならまだいい、けど風美が今することは俺の告白への返事だ。段取りが違う。
告白されての返事という段取りは合ってる。けど、時間が空いてしまったんだ。だから段取りが正しくてもわけのわからないことになってしまってる。
……いや、これは俺の考えすぎなのかもしれない。
もしかしたら、男子と二人っきりでひとつの部屋にいるということ自体に戸惑っているのかもしれない。
今日はこの家には風美以外両親も誰もいないと言っていた。部屋どころかこの家には今俺と風美の二人っきりだ。しかも、一緒にいる男子は自分に告白してきた相手だ。そんな状態。いくら明るい風美でも戸惑わずにはいられないはずだ。
「ああ。……じゃあ……」
俺はそう言ってそのまま風美の目の前まで進んで、その場で腰を下ろす。
その場でということは当然ベットの上ではない。そして椅子をここまで持ってきたわけではないので、以上のことから俺の座った場所はカーペットの敷かれた床だということになる。
俺のその行動に、風美は俺から見てもわかるくらいに驚いていた。
「べ、別にそんなところじゃなくても…………」
そう言って自分の制服のスカートを膝に向かって伸ばすようにしてモジモジする。
風美はこんなふうに焦ったりするような奴じゃないと思っていたけど、やっぱり女子っていうのはわからない。こうやってちょっと違った環境で見るだけでこんなにも変わる。
そういえば、向こうの世界の風美も同じようにもじもじする時があったな。
そう思うと、やっぱり風美は風美で、俺の知っている人なんだなと思う。
「いや、ここでいいよ。勝手に椅子使うのも悪いしさ」
「勝手じゃなくて、あたしがいいって言ってるんだけど…………」
「それでも風美がベットに座ってるのに俺だけ椅子っていうのは、なんか変だろ?」
自分で言っててとてつもない違和感がある。いつだか俺は誰かと片方はベットに座り、片方は椅子に座った状態で会話をしたことだってあったはずなのだ。だから別に何も変なことはない。むしろフツーのことだといってもいいだろう。
けど、そういうことじゃない。
何かが違う気がしたんだ。俺と風美の間での何かが。対等じゃなくなる気がしたんだ。だから俺は自分を低くした。今の自分の立場を視覚的に表すために。
「だったら、ベットに座ればいいのに」
「それだって悪いだろ。別に……付き合ってもない男が勝手にベットなんかに触れたら」
「あ、いや〜。そういうことじゃなくて…………」
風美が口ごもってしまう。
こんなこともこの世界で見た普段の風美からは全然想像できなくて、俺は少し心配になって風美の名を呼んだ。すると……。
「あの、そこからだとその…………見えちゃうじゃん?」
そう言って苦笑――で隠した照れ顔を俺からそらしてさらに隠そうとする。
一体何が、という感じの俺はいまいちどういうことかわかっていないので首をひねるしかない。
「……もしかして……見たい?」
風美は俺に視線を向けながら言う。
そこで風美の視線が一瞬自分の手元に行ったので俺はその方向を見つめる。すると風美の手はスカートを押さえつけて何かを守ろうと――。
というところでようやく風美の言わんとしていることがわかった。要するに、あれだ。俺の座った位置は風美の真正面。そして視線を風美の顔ではなくまん前に向ければそこには風美の膝があって、その奥にあるのは…………ということなのだ。
俺は慌てて立ち上がって風美から目をそらす。
「ご、ごめんッ。ちょっと考えが回らなかったッ」
苦しい言い訳だが、風美は「あ、そんなに気にしないで」といつものように、本当に気にしていないかのように言ってくれる。
だが、なるべく風美から距離を取りたくなかったので、そこから離れるわけにはいかず、風美の言葉に甘えてベットの風美のすぐ隣に腰掛けることにする。
ギシッ、と。シングルベットが軋む音が部屋に響く。
そんなに大きい音でもないのに妙に拡大され、クリアに聞こえた。
妙な緊張感を持った静寂が部屋を支配する。
外の線路も電車が通っていないのかと思うほどの静けさの中、風美は静寂を破った。
「えっと…………見たかった……?」
さっきと同じ質問がもう一度投げかけられる。
あの静寂を破ってまで聴くほどのことでもないだろうと思いながら、俺はいつもとは違う環境の静か、どうしても冷静を取り繕えなくて、焦りが表面に出てしまうのだ。
「そ、そんなこと、どうでもいいだろ?」
「よ、よくないよ!」
と、風美も慌てて声を大きくするので反射的に風美の方をむいてしまう。
俺と目を合わせないためかうつむいたまま風美はちょっと強い口調で言う。
「だって、見たくないって言われたら、それなりに傷つくし……」
風美の言葉に、胸がどくんと大きく脈を打つ。
その言葉は、どう言う意味だ? どう言う意味でそんなことを言うんだ?
俺の中で、望まない何かが大きくなっていく感じがする。
俺が風美にそこまで許されているのではないかという大きすぎる期待? その期待は、自分でもどう言葉にしたらいいのかわからなくて。これは期待しているんだと思うことしかできないくらい大きすぎる気持ちで、特別な繋がりがある気がして……。
そう、思わなくちゃ、俺が変なことをしでかしてしまいそうで……。
「でも……そういう風に言ってくれるってことは、そいうことだよね……?」
その言葉はもう俺に好きだって言っているように聞こえてきて、どうしたって冷静な状態じゃいられないんだ。
だから俺は曖昧な返事をするしかできなかった。
「……そういうこと、じゃないか?」
俺のそんな優柔不断にも見える遠まわしな言い方に風美は軽く笑う。
「悠喜くん、本当はそんな人だったんだね。いつも冷静だったから全然気付かなかったけど、悠喜くんは、夏希みたいなんだね」
だが、夏希という言葉のせいで俺の気持ちが少し陰る。なんでここで夏希の名前を出すんだと、関係ない女の名前を出すんだと。まるで嫉妬のようなイライラを感じる。
違うんだあいつは俺なんかとは、全然ッ。あいつは俺よりも――!
俺らしくもない感情的で感覚的な、あの感覚。七海が追い詰められていた時の抑えられなかったどうしよもない怒りとは少し違うが、全てをさらけ出して、自分勝手になってもいいから相手の言葉が、風美自身の言葉で答えが聞きたい。そう思ってしまう。
そんなわがままになっちゃいけないってことくらいわかってる。急かしちゃいけないってことくらいわかってる。けど、そんな理屈じゃない。聞きたい。風美の答えが。
「そんなことない。似てなんかない」
自分の声が苛立っているのをそのまま表してしまう。ぶっきらぼうで、自分勝手な言葉が自然と口から出てしまう。
仕方がないじゃないか。だって夏希は、俺なんかとは違って……。俺なんかよりもずっと人として綺麗で。それを俺と似てるなんて――。
我が儘とか、弱虫とか、自分勝手とか。そんな言葉じゃなくて俺は今ものすごく嫌な男になっている。ねちねちした奴になってしまっている。これが、本当の俺なのか? こんな醜いケダモノが俺なのか? 勝手に何かを求めて一人で満足するようなやつなのか?
声に出してはいけない。そう思うのに言葉になる。心の中がそのまま現実に干渉してくる。人の感覚で理解できる、音というもので。
でも、それじゃダメなんだ。風美に対する言葉じゃないのに、風美に不快な思いをさせてしまう。風美に向かってイライラをぶつけたいわけじゃないのに……ッ。
俺は、相手に不快な思いをさせて自分の鬱憤を晴らそうとしているのか?
そう、それこそ、あのストーカー男みたいに…………。
「違う、そんなの絶対にッ」
だめだ、あの時みたいに簡単に言葉になる。感情的になりすぎてる。自分の中でいろいろ考えただけなのに、それだけで我慢できなく――。
「違うッ」
まるで風美に言っているかのような、風美に苛立っているかのような態度をとってしまう。風美も戸惑っているのか言葉を出せないでいる。
「……ごめん……。気にしないでくれ…………」
そう言って俺は深呼吸をする。
そうだ落ち着け。ここで感情的になってたらそれこそあいつと同じになる。頭で考えろ。自分の気持ちの整理くらいしなくちゃいけない。
俺は深呼吸を終えると、まっすぐに風美を見つめる。その視線で、風美には俺の求めているものが伝わる。
「……うん、そうだよね。答えるのが、先、だよね…………」
風美は、またもや語尾を濁らせる。
けれど風美は俺の方をむこうと頑張っている。けど、つらそうには見えない。ただ俺の目に見えているのは、真剣な風美の表情。たったそれだけだ。
「……悠喜くん……。本当に、あたしのこと、好き?」
「ああ」
俺はもちろん即答する。風美も不安なのだろうか。こうやって確認したがる。だからその不安を膨張させてはいけないと思い俺は迷わずに答える。
「…………あたしは――」
風美はもう何かを決意したかのような強い瞳で俺を見据えて、言葉を紡ぐ。自分の気持ちを伝えるだけの、単純でとても難しい言葉を。
「悠喜くんが好きだよ」
風美の甘い声に、俺のいろいろな意識が持っていかれそうになる。
声を上げて喜んでしまいそうになる。自分が認められたというその事実に、風美の中に、俺という存在が確かにあったというその現実が、たまらなく嬉しい。
「……でも……やっぱり、信じられないんだ…………だから、悠喜くん――」
風美は、俺の手に自分の手を重ねる。その温かみを増した自分の手に気を取られていると、風美の顔がさっきよりも近くにあるのに気付く。
そして風美は、なおも真剣な表情で言う。
「――いきなりで、変だと思われるかもしれないけど…………お願い……」
そう言った風美の吐息が俺の鼻先に掛かる。それでもなお、風美の顔は俺に近づいてくる。
それは、今まで数えきれないほどミスってきた俺でもわかるくらい簡単なことだった。
俺は自分からも風美に近づいていく。
確かに風美の言っていた通りいきなりかもしれない。けど、いきなりだって別に構わない。俺は、触れていたいんだ。
別に構わないだろう。だって俺は、好きなんだろ? 風美のことが。
なら、別にためらう必要なんてないはずだ。いや、そもそもこれは俺の望んでいた形なんだ。失ってしまいかけた大切な人と、触れ合うことのできる瞬間なのだから。
二度と会えなくなってしまうんじゃないかと不安になったあの瞬間から、二度と一緒に居られないんじゃないかと思ったあの時から。自分の近くから消えてしまいそうだった風美に、俺は触れていたいんだ。
そしてそのまま、俺たちはたった二人の空間で触れ合う――。