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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第三章 友達から他人、友達へ、そして……
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友達から他人、友達へ、そして…… ⑦

感想、誤字脱字等の指摘等ありましたらお願いします。


 日が沈み始め一日が終わろうとし始めるころ、俺は清水家の前で思い人を待っていた。朝の俺の告白の返事を聞くために。

 風美は、返事を今日中にするといって時間をくれと言った。だから俺はその言葉に従って、その言葉を信じて待った。

 何も今日一日中ここにいたというわけではない。そんなことをしていたら俺は不審者やら何かの疑いで危ないことになていただろう。ついさっきまでは行くあてもなくひたすら歩いていた。足の疲れも感じないほどに無感情に。

 ……いや、無感情にというのは表面から見たらだ。心の中ではいろいろな考えが止まらなかった。

 風美は俺にどういう答えをくれるのだろう、どんな言葉で伝えてくれるのだろう。そしてその言葉を聞いた後、俺と風美はどう変わるのだろう。

 他人から始まった人の中で唯一の友と呼べる仲になった俺たち。でもそれはこの世界では通用しなくて、またただの他人に戻ってしまった。けど、フレンドリーで明るい風美はすぐに友達と呼べる中に戻ることができて……

 俺が告白したこの未来は、一体どういう風に進むんだろうか。

 そういえば、まだ夏希は帰ってきていないのか? 俺はついさっきここに来たが、もし夏希が既に帰宅しているのならば俺がここにいるのを見つければすぐに出てくるだろうに。

 俺は後ろにある清水家の二階を眺める。カーテンは占められたまま、どうやら明かりもついていないようだ。家の中からも人の気配はしない。

 もしかしたら何か用事があるのかもしれない。と、俺は深く考えないことにする。

 と、ようやく待ち侘びていた人が現れる。

「風美」

 俺は小さくその人の名を呼ぶ。囁くような、吐息で消えてしまいそうな声で。

 その声に反応して、今まで俯けていた顔をこちらに向けてくれる。その表情はいつもと変わらない、笑顔だ。

「ごめんね、悠喜くん。遅くなっちゃって」

 苦笑気味のはにかみでそう答える風美。

「いや、大丈夫だよ。………………」

「…………えーと…………」

 風美はさっきと同じ表情のまま、困ったような声を出す。

 まぁ、それもそうだろう。今風美が答えようとしているのはおそらく、いや、ほぼ100%俺への返事なのだから。

 でも、俺はここで助け舟を出してはいけない、出すわけにはいかない。

 ここは、どんなにわがままでも風美に言ってもらわなくてはいけないところだ。

 風美は俺としっかり目を合わせて、

「ごめん…………」

 そう一言言う。

 ごめんという言葉が何を意味するのかなんていうのはわかるだろう。

 だが、風美の言葉はそこで終わりではなかった。

「あたしの、家に来てくれないかな…………」

 風美はわりと真剣な表情でそう言ってきた。

 だが俺が答えないでいると不思議そうな顔をしたあと、慌てたように早口で言った。

「あっ、別に返事をしたくないとか、後回しにして逃げたとかじゃないのッ。……ただ……ちょっとここじゃ、何か嫌だったの……」

 そう言った風美の視線は清水家に向けられていた、ピンポイントでカーテンのしまっている夏希の部屋に。

「……ごめん、ワガママだよね。ちゃんと返事するって言ったのに……」

「いいよ。気にすることないって」

 むしろこれは俺からしたら風美に家に行くことのできるチャンスだ。風美のワガママなんかじゃない、俺からお願いしたいくらい、俺のワガママだ。

「……ありがとう……」

 風美はそう言うと「ついてきて」と言って歩き出す。

見慣れた街の風景がいつもと違って見える。そういえば恋は盲目とかいう言葉を聞いたことがあるな。意味としては好きな人の悪い部分は見えなくなるっていうことだから今のこれとはなんにも関係ないけど、なぜか不思議とそんな言葉が浮かんできた。

 不思議ないつもの風景が、少しづつ見慣れない景色に変わっていく。学校までのいつもの道のりとは少しずれた駅方面。風美同様学校の部活が終わって帰る人がまばらに見られる大通り。すぐ近くに線路があるが、駅本体からは少し離れていてビルなどの建物のないごくフツーの住宅街を歩く。

 七海をおぶって帰った線路沿いとは少し違う場所なので帰るときは少し迷いそうになってしまう気もするが、そんなことは俺の頭の中にずっと存在できるはずもなく一瞬で消える。

「この辺にあたしの家があるんだけどさ、電車の音がうるさいんだよね」

 すると唐突に風美が喋り始める。

「ねぇ、悠喜君の家はどういうところにあるの」

 風美が俺を振り返り明るい笑顔で訊いてくる。

 俺は一瞬どう答えようか迷う。

 正直に自分のことを話して受け入れてもらいたいという気持ちがあったからだ。それだけじゃない、全てを話して拒絶されたらどうしようとも思ったからだ。

 好きな相手には、自分のことをすべて知ってもらいたい。だからこうやって隠したままじゃいけないとおもうし、隠したいと思っているわけでもない。ただ、あんな現実離れの事実を話したところでどうなるというのだろうか。もしかしたら風美はその話も含めて告白も全部冗談だったと思ってしまうのではないだろうか。

 自分ではっきりと伝えた気持ちが、自分に起きた冗談のような事実で砕かれてしまうのではないか。そう思うと、そうしたらいいのか分からない。

「……俺の家は風美の家よりは小さいフツーの一軒家だよ」

 だから俺は具体的なことは全部避けて輪郭すらわからないような言葉を発した。

「家族の人は? 悠喜くんは兄弟とかいるの?」

 俺の少し前を歩いていた風美はスピードを落として俺のすぐ隣に来る。

 そして俺を見上げるような形で見つめながら聞いてくる。

「兄妹は妹が一人だけ。あとはフツーに両親がいてペットはいないって感じだよ」

 必要最低限のことだけ答えてこちらからは何一つ質問はしない。風美に一方的に話しているだけだ。

 けど、それで構わない。俺はこのあと、いやでも風美に喋らせることになるのだ。本人の気持ちを。それに比べたらこれくらいの会話はフツーの雑談と同じだ。

「やっぱり、悠喜くんって下に兄妹いたんだね」

 やっぱりという言葉を聞いて俺は少し疑問を持つ。

「兄っぽく見えるのか?」

「うん。それも高校生とかじゃなくてもっと年上の感じがするよ」

 そうなのだろうか。俺は自分のことは大人びているとかそういうふうに思ったことはない。俺は今まで自分のことを根暗で人間関係が下手で奥手な、自己中で少し子供っぽい人間だと思っていた。

「いつも落ち着いてる感じがするし、冷静って感じ。けど面倒見がよくて、ほら、七海ちゃんと話してる時、なんかお兄さんぽいなって思ったんだよね」

 そうなのだろうか。

 確かに俺はついこの間自身が叫んだ言葉を少なからず意識はしている。だから向こうの世界にいた時に比べて多少は人を見るようにはなったと思う。だが、表面上の雰囲気まで簡単に変わってしまうものなのだろうか。

「ねぇ、妹ってどんな子?」

「あ……。俺とは違って明るくて、恋愛ごとの話とか好きっぽかったな。俺が家に…………女子を連れて行くとからかってきたしな」

 俺は、風美という名前を伏せて説明する。

 今ここで『風美』と言ってもそれは話をややこしくするだけだし、無駄な俺だけの事実は伝えすぎないほうがいいはずだ。ここで風美といったら目の前の風美が混乱するだけだしな。

「その女の子と悠喜くんの二人っきりで?」

「ああ。でも別に付き合ってたりしたわけじゃないけどな」

「……女子と二人っきり、か。…………やっぱり、悠喜くんてモテたんだね」

「いや、別にそういうことじゃない。女子って言っても俺の家に来るような女子はたった一人しかいなかったしな」

「悠喜くんがそう思ってても、相手の女の子は違ったんじゃない」

「なんでそう思うんだ?」

 俺は別に他人に感心はなかったが、風美のことを見ていなかったわけではない。俺が見ていた風美は俺に恋している感じではなかった。フツーの、すこし自己解釈を入れるならば仲のいい友達という認識だったろだろう。実際俺だってそれくらいの認識だったんだ。

「悠喜くんって鈍感だよね。女の子が一人で男の子の家に遊びに行くって、普通に遊ぶのとはちょっと意味が違うんだよ。好きな相手でもなきゃ一人でなんて行かないよ」

 そういうものなのだろうか。他人の気持ちを理解することの出来ない俺は、もちろん女子の気持ちなんてわからない。

 ただ、風美本人がそういうのならそういうことなのだろう。風美の中では。

「……ねぇ、悠喜くんはここに住んでるわけじゃないんでしょ? だったらさ、メアドとか交換しない? ちゃんと連絡取れるようにさ」

 風美のその提案に、俺は少なからず戸惑う。

 俺はこっちの世界で使用できるような電話は持っていない。携帯電話も、家もないのだから固定電話すらない。

「……ごめん。俺、ケータイ持ってないんだ…………。ごめん」

 せっかくの風美の提案を無にしてしまった申し訳無さで胸が痛くなる。

「あ、そうなんだ。……そんな気にしないでよ、思いつきで言っただけなんだから」

 風美は明るく返してくれる。

 …………そうだ、こうやって暗くなってるからいけないんだ。風美が明るくしてくれてるのに俺がこんなマイナスになっててどうするんだよ。気まずい空間にならないようにしなくちゃいけないのに、俺は何やってるんだ。

 俺は自分のマイナスな気持ちを飛ばす。無駄な意識するような動作はいらない。心の中で、自分の暗くなってしまおうとする気持ちを完璧に飛ばす。

「ねぇ、悠喜くん。あたしの苗字、ちゃんと覚えてる?」

「覚えてるけど…………」

「じゃあ言ってみてよ」

「中川」

 俺が当然のように答えると風美は驚いたような顔をして正解と言ってくれる。

「なんで驚いてるんだ? 俺が苗字覚えてたことがそんなに意外か?」

「うん、ちょっとね。……あたしって名前の方が印象強いらしくて、あんまり苗字覚えてもらえてないんだよね。別にこだわりとかがあるわけじゃないんだけど……」

 確かに、中川というのは覚え易いとは思うが、記憶に残るかと言えばそうではないかもしれない。よくありそうな苗字だしな。

「あたしはさ、風美っていう名前気に入ってるんだ。ちゃんと意味を持って付けてもらった名前だからさ」

「そうなのか?」

 俺が聞き返すと風美は笑顔で頷きながら説明してくれる。

「言葉のままの意味。風は見えないもの、けどたしかにそこにあるもの。強かったり弱かったり、穏やかだったり荒々しかったり、冷たかったり暑かったり。いろいろな風があるのに全部が風。一つ一つ違うのにただの風。そんな風みたいに、自分の中にあるいろんな一面を見て、それが一つ一つ美しいものでありますように、っていう意味なんだよ」

 風美の名前にそんな意味が込められていたなんて、知らなかった。

「ねぇ、悠喜くんは? 自分の名前の由来とか、聞いたことない?」

「……あるにはあるよ。風美みたいに立派な意味じゃないけどな」

 俺がそう言うと「そんなのいいから」とさっさと俺に喋らせてしまう。

「……遥か長い時の喜び。遥っていう字を変えたんだってさ。俺が生まれたことをいつまでも、どんな時でも喜び続けるっていう意味らしい」

「へぇ〜。…………いい名前だね!」

 自分の名を褒められて、何かを思ったことはないが、風美に言われるとなぜか胸の内が暖かくなる。

「やっぱり、名前っていいよね。あたしは自分の生まれてきたことの意味が全部名前にあるって思うんだ。だからさ、話戻すけど、苗字を覚えられてなくても、なんかそれは普通のことなのかなって思っちゃうんだ」

 風美の言っていることがなんとなくわかる気がする。同姓同名の人間がいたとしても苗字は家族の統一の名前。けどアンダーネームは同じ名でも込められている意味が違う。そういうことなのではないだろうか。

 名前というものを深く考えることなんて今まで無かった。けど、考えてみると名前というのは大切なものに思えてきて、自分のいる意味を考えさせられたりもするんだ。

「それで、ここ。ここがあたしの家」

 会話をぶった切って足を止め、とある一軒家の前に仁王立ちする風美。

 住宅街の中の少し大きめの一軒家。そこの表札に中川と書かれているのを見つける。

 風美は門を開けて家の玄関へと続く石段を登っていく。

 黙って風美は行ってしまうので俺はどうすればいいのか分からず、おとなしく風美についていくことしかできない。

 そして石段を登って行ったところで風美は俺を待っていた。

 風美の手は玄関のドアノブを握っている。そして俺の方をむいていつもの笑顔で玄関を開けながらこう言った。

「じゃあ、どうぞ。ここがあたしの家だよ」


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