友達から他人、友達へ、そして…… ⑤
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「……あはは、は……。悠喜くんも、そういう冗談言うんだね……」
笑いながら、冗談だという風美。その笑顔は誰から見ても苦笑い。
俺の告白を聞いた風美は、俺の言葉を流すのではなくしっかりと受け止めてくれた。けれども、自分に言い聞かせるように冗談だと言った。俺に聞き返したのではなく、自分に言い聞かせるように言ったのだ。
戸惑っている。それが目の前の苦笑いから伝わってくる。それもそうだろう。俺のいきなりの告白。戸惑わないはずがない。
俺と風美はあって間もない二人の男女だ。二人に何か特別なことがあったわけでもない。それなのに俺は風美に告白した。
一目惚れ、というわけではないんだ。俺の方からしてみれば。
俺はこことは違うもうひとつの別世界で風美と出会って風美と一緒に過ごしてきた。俺はその時から風美のことが好きだった。自覚なんて全然なかったけど、一緒にいると楽しくて、ほかの人はいらないとさえ思える程に一緒にいたかったんだ。
だが、風美からしてしまえば一目惚れだと思い込んでしまってもしかたない。この世界の風美と俺は一緒に過ごしてまだそれほどの時間が経っているわけではない。お互いのことを――風美は俺のことを少ししか見ていない。
そんな相手からいきなり告白されたんだ。しかも友達と付き合っていると思い込んでいた男が、なんの脈絡もなくだ。戸惑って当然だ。
だからこれは俺の一方的な告白。いや、そもそも告白は一方的なものだ。個人が個人に気持ちを伝える。伝える側からしたら勇気をふりしぼって伝えようと動いただけ、伝えられた側からしても気持ちを伝えられあるいは喜び、あるいは戸惑うのだろう。
けど、客観的に見てしまえば気持ちを伝える側は自分の気持ちを伝えたくて告白するのだ。一方的に。
そう思ってしまう俺はもしかしたら歪んでいるのかもしれない。そうだ、あのストーカー男に言われたように、あいつと同じなのかもしれない。
だが、もしも、もしも相手も同じように思っていたら、それは一方的じゃなくなるんだ。二人はお互いに違う方向の一方的からひとつになれるんだ。
「もう一回言う…………」
もう、口ごもったりはしない。自分勝手な一方的な告白だと分かっていても、それだけが全てじゃない。いろいろな感情やいろんなものが混ざってもっと複雑で、今の人間の言葉じゃ、これからどんな言葉が生まれようとも恋愛、恋、愛といったものを説明できる言葉が生まれることがないと思える位に。理屈じゃない。
それが今分かる。そうだ七海のときと同じようにすればよかった。ただ感情を宛に向けるだけ。あの時のように怒りや憎悪ではなく、誠実な自分の気持ちを向ければよかった。頭で考えるのではなく、もっと感覚的に。
俺はそれに気づいたはずなのに、またこうやって今も頭で考えている。口ごもるとか、冷静すぎるとか。そういう考えも全部捨てて――
「俺は風美のことが好きだ」
感情をそのまま口に出せばいいんだ。
俺はこんなふうな人間じゃないと思ってきた。こんなふうに感情を表に出す人間じゃないと思ってきた。いや、実際今までそうだった。
けど、この世界に来てから、俺は変わったと思う以前に来た瞬間に感情を爆発させていたではないか。ここが現実だと信じられなくなるくらいに、叫んで、走って感情的になっていたじゃないか。
表に出してなかっただけだ。俺は今までもいろいろなことを考えて様々な事を思っていたんだ。ただそれを表に出さなかっただけ。奥手な俺はいつも冷静装って、それがフツーになってしまった俺は感情を表に出すということを忘れていただけなんだ。
変わっているのは確か。けど根っから変わっているのではなく表面上を変えてくれただけだ。俺は元は感情的な人間だった。確信して言えるわけじゃない。だが、臆病だったのは確かだ。
いつも表面上に自分を出さなかった、臆病者だったんだ。それをこの世界が気づかせてくれた。別にこの世界に感謝するわけではないが、この世界は俺を気づかせてくれたのだ。
「……は、悠喜、くん……。ちょっと、待って……」
風美はうつむき、何かを考えている。何かをなんていっているようなことじゃない。風美が今考えているのは俺の告白への返事だ。
沈黙がこの場を支配する。風が吹く小さな音がかすかに聞こえる。
そんな静寂にも近い沈黙は、はたしてどれくらいの時間続いたのだろう。俺の体感速度が狂ってしまっているのらしい。その時は一瞬だったのか、それ以上の時間だったのか判断できない。俺は何を考えていたのかもわからない。
そんな沈黙のなか、顔を上げた風美はまだためらいがちに、戸惑ったように迷ったように視線を泳がせていた。
「……なんで……あたしなの……?」
「好きなのが風美だから」
俺は即答する。
風美はマフラーに口元を埋めて躊躇いがちに言う。
「そうじゃなくて…………なんで? いつ、あたしのことを好きになったの?」
「分からない。気づいたのは少し前。けど、いつからなのかは分からない」
「あたしたちは、まだあって全然経ってないのに……?」
「俺はずっと前から風美のことを知ってた。だから、俺は風美を前から知ってるんだ」
俺は、何もためらわずに口に出していく。一つ一つすべてが即答。
俺が感情的になっている今の状況は、決して良いものではないのかもしれない。冷静な判断ができなくなっているのかもしれないし、それこそ後先何も考えていないのかもしれない。気持ちを伝えて付き合うことになっても俺はこの世界に存在しないのだから。
でも、別にいいのかもしれない。昔の俺ならこの気持ちを伝えることどころか、気づくことすらできなかったと思うから。だから俺は伝えただけでも満足してしまうのかもしれない。
いや、そう思っているのは。そう思おうとしているのはただの逃げだ。
怖いから告白しないっていうような奴と同じだ。臆病で意気地なしで優柔不断なウブな奴だ。だってそうだろ。俺は伝えて満足できるのか? それだけで満足できるのか?
もしできるなら、こんなところでじっとしてない。いますぐ「でも返事は要らない」だの、何かしらのことを言うだろう。けど俺は言わない。だって満足できないから。返事が欲しいから。
俺は今風美にいろいろ理由だのなんだのって聞かれてる。俺はそれに答えて、けど絶対に目的は間違わない。絶対に。
「なんか、よくわかんないや……」
風美のいうことはごもっともだ。俺からしたら風美を前から知ってるかもしれないけど、それを今の風美に言ったところで理解してもらうのは難しい。俺の本当の意味は絶対に理解できないだろうから、せいぜいただ見ていただけなのか、遠まわしに見ていただけのストーカーみたいな人なのかと思われる程度だろう。本当の意味は、この世界では妄想扱いだ。
「ねぇ…………もう一回、いい……?」
風美は俺に確認をとると俺の返事も待たずに続きを口にしてしまう。
「本当に、夏希じゃないの?」
「違う。夏希は友達ってだけだ」
夏希は彼女じゃないのという質問はもちろん即答できる。もう一度決めた。もうここで言ってしまうと。だから俺は言った。自分の気持ちを。それを今更確認されたくらいで動揺も何もない。
風美は今も戸惑っているのだろうか。おそらくそうなのだろう。だからこんな質問をしてきたのだ。苦し紛れに、このことを聞かなかったことにでもしてしまおうと。
俺がここで口ごもったりしていれば何らかの理由をつけて俺の告白をなかったことにしていただろう。けど俺は迷わない。止まらない。
「ご、ごめん……。いきなりすぎて、ちょっと時間が欲しい、かも……」
それだ、ここで答えを無理やり聞き出すなんてことをしてはいけない。返事を無理強いするなんてできない。告白なんかしたことない俺でもそれくらいのことはわかる。
そうだ、感情的になるのはいいかもしれない。自分を出せるから。けど、感情的になりすぎてもダメだ。冷静な判断ができなくなる。つい慌ててしまう。
「……そう、だよな…………」
俺は冷静になると同時に、胸が高鳴る。ここで、簡単に断られなかったということに。
もし何も思っていないのなら今すぐここで付き合えないといてくれればいいのだ。それなのに風美は時間が欲しいといった。なぜ?
迷っているから、戸惑っているから、動揺しているから、理由はいくらでも挙げられる。けどいずれにせよ、俺は風美の中にいるんだ。こうやって素直に告白をすればその答えについて悩んでもらえる程度には。
それに、断られなかったということは、なにかしら理由はあるが、付き合っても構わない、付き合ってもいいという気持ちがあるということだ。そう思うとどうにも、、嬉しいというには大きすぎる、安心というには柔らかすぎる今まで感じたこともないような不思議な気持ちになってくるのだ。
「ごめんね……。今日の夕方に、ちゃんと返事する。だからその間だけ、待っててもらってもいいかな……?」
そんなの別に構わない。けどそれなら、
「逃げたりは、しないから。ちゃんと返事はするから……。だから夕方、ここで待ってて」
風美は、複雑な面持ちでそう言った。迷っているような、どこか後ろめたそうなよくわからない表情で。
「……分かった……けど、今日中じゃなくてもいいんだぞ……」
俺がそう言うが、風美は首を横に振って言う。
「今日中にする。じゃないと多分あたし、逃げちゃうから……」
逃げちゃう? なんでそんな言葉が風美から出てくるんだ? いや、フツーの女子からは絶対に聞くことのない言葉だ。だってそんな言葉は、どうしよもなく追い詰められた人が使う言葉なんだ。それこそ、精神が崩壊してしまうほどに。
風美の性格からしてもこんな言葉を使うのは考えられなかった。俺の元いた世界の風美だの、この世界の風美だのじゃなく、風美という人からこんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「そう、か……。分かった、ここで待ってるよ」
だから俺は、こんなふうにそれらしく返すしかなかった。俺が戸惑ってしまった。戸惑って、それで、俺の方が臆病になってしまいそうだった。
太陽が顔を出して明るくなってきたころ、どちらともなく言葉を消した。
沈黙がもう一度この場を支配する。お互い、気まずいのかどうか俺自身にもわからなかったが、口を開く気にはなれなかった。
風美の顔を見ても、何を考えているのかなんてわからない。ただ風美はうつむいたまま目線をあげようとしないで、何かを考えているのかもしれないということは分かった。
俺はどうすればいい。このまま沈黙が続いても何もいいことはない。だからといってここで変なことを言ってしまってもダメだ。
何かを言いたいのに、言ってはいけない気がする複雑な気持ち。これがきまずいということなのだろうか。気持ちで深く考えたこと等なかったが、こういうことを気まずいと言うんじゃないだろうか。
「……悠喜くん。あたし、そろそろ帰んないと……」
風美は自分の足元でチョコチョコ歩き回っているミルクを見ながら、言った。
「あぁ、分かった。ごめん、長くなって……」
「ううん、大丈夫だよ。…………えーと、じゃあ……」
ぎこちなく口を動かして風美は俺と挨拶を交わす。
肌寒い空気の中、俺は好きな人の背中を見ていた。
今回は久々ですが、あんまり進みませんでした。