友達から他人、友達へ、そして…… ③
誤字脱字の指摘、感想等よろしくお願いします。
「なんであんなこと言ったのよ!!」
晩御飯を美味しくいただいたあと風美が帰宅するというので俺が送っていこうとしたら断られ、俺も林に帰宅しようとしたら七海に呼び止められ、七海の部屋に引きずり込まれた俺は七海の第一声を聞いていた。ちなみに晩御飯は肉じゃがだった。うまかった。
「あんなことって、俺はあくまでお前を助けようと思って言ったんだぞ?」
「どこにそんな意思があったのよ!」
「お前が俺のことをお兄ちゃんって言ったことを言えば、俺が恋愛対象ではなく七海の信頼できる人程度だって分かってもらえるだろ」
「だからって、キ、キキスのことまで言わなくてもいいじゃない!!」
「いや、それはその通りだけど。あれは半ばお前が言わせたようなもんだぞ」
くだらない口喧嘩のようなものが始まっていた。
「別に言わなくてもよかったでしょ!! このバカ!」
「馬鹿とは何だ。てか俺が説明しようとしたらお前が俺に飛びかかってきたのだって原因の一つだぞ」
俺は最大の原因を…………最大の原因はあくまで俺の言葉なのでその次に大きな原因となった七海の行動を指摘する。
あの時俺が押し倒されていろいろあったからこそ風美が修羅場だの姉妹同士だのいろいろ言ってきたのだ。あそこで七海がもう少し行動を制限してくれていたらもう少しマシになっていたかもしれないのだ。まぁ、それを言ったら俺だって自分の言葉を制限できていればあんなややこしい事にならずに済んだのかもしれないが。
「お、思い出させるなぁ! もう…………あたしだって、あれは考えがなさすぎたと思ってるもん…………」
小さく言い返してくる七海。というかもう夜なんだから近所迷惑にならない程度の声量で頼むぞ。それこそ俺が追い掛け回した時のような大声は出さないでくれ。
「まぁ、そんな風に過ぎたことを言ってても意味ないよな。ってことで俺は帰るな」
俺は当然の流れであるかのように背を向けて帰ろうとする。
「……って、逃げようとしないでよ! 向かい合わなきゃダメなんでしょ!!」
だが、七海がそんなことでごまかされるはずもなく俺は七海に手をつかまれて引き止められる。というかなんでその言葉を使うんだ。今思うと結構恥ずかしい言葉なんだぞ。
俺はそんな内心を悟られないように冷静な口調で言う。
「逃げてないだろ。もう話は終わったんだから」
「なんにも終わってないわよ! どこがどう終わったのよ!」
「自分が考えなさすぎたって認めただろ、それでもういいだろ」
「だからって全部あたしが悪いわけじゃないでしょ! 前はもっと話聞いてくれたり優しくしてくれたりしたのになんで冷たくするのよ!」
「別にいいだろ、あんまり過去のことを言っても意味ないぞ、もう終わったんだから」
「そ、それはそうだけど! だからって冷たくしなくても……いいのに……」
なぜかシュンとうなだれてしまう七海。いや、わかってるよ。流石に俺だって冷静を装いすぎたというか、冷たかった自覚はある。けどむしろこれが本当の俺であって、あのワケのわかんない七海と一緒にいた俺はあくまであの時だけなんだ。だって俺が優しいなんて言われてたんだ、あれは俺じゃないと考えるしかない。
だが、そんな言い訳をしても七海のことを見てると、なぜか簡単にあしらってしまうのがためらわれる。だから別に優しいとかじゃなく、当然のこと。当然のことも出来ていなかった昔の俺からは理解できない当然のことをする。
「……わかったって。俺もちょっと冷たかった。だからそんな顔すんなよ」
俺は振り向きざまに七海の頭に軽く触れる。
直後「……そういうのが……ずるいのに…………」と七海が小さく何かをつぶやいたが、俺の耳にははっきりとは届かなかった。
なんで俺はこんな自意識過剰みたいな行動をしなくちゃいけないんだよ。なんだ、モテ男にでもなった気でいるのか俺は。もしそうなら是非一回死んでもらいたい。
俺は七海の横を通って部屋の中央まで歩をすすめる。そしてそこでもう一度七海の方を振り返って「それで」と促す。
「だ、だから要するに! あんたがあたしの事を言わなきゃよかったのよ! あたしが、その…………あんたのことを、お……お兄ちゃんて…………呼んだ、事を……」
だんだんと小さくなっていく声。
「おまえ、そんなに恥ずかしかったのか?」
「あ、当たり前じゃない!! あんなに必死だったの覚えてるでしょ!」
まぁ確かに、妙に必死だったな。涙目になるほどだったらしいし、よっぽどだったんだろうということは分かった。でも、そんなに恥ずかしいなら。
「だったら言わなきゃよかったんじゃないか、さっきじゃなくて昨日も」
「そ、それは! …………あ、甘えてもいいって言ったじゃない……。だ、だからあの時は仕方なかったのっ」
なにがどう仕方なかったのかは不明だが、七海的には仕方の無いことだったらしい。
全く、この世界の七海はどれだけ甘えん坊なんだ。
俺は少し嘆息しながら、けれどもなんとも心地のいい不思議な高揚感を感じていた。甘えられるっていうのは、なんか新鮮だったからな。今までそんな風にしてくる相手はいなかったわけだし、そう考えるとこの世界に来たのも無駄じゃないって思えるな。
「甘えてきたのはそっちだから、俺はよくわかんないけど。要するにあの時はよかったけどあとから思い出したら恥ずかしいみたいなもんか?」
七海が俺みたいに考えているのならばそういうことだろうが、確実にそうとは限らない。だから確認をとるという意味で俺は七海に聞いた。
「なんでそうストレートなのよ! このばかっ!」
もう何度目かわからないが再び怒鳴られる。だが刺々しいというわけではない気がする。何か少し意地を張っているだけにも思えてくる。まあおそらく俺の気のせいだが。
「まぁよくあることだから。というか、俺が言うのもなんだけどお兄ちゃんって言ったのをバラされるのがなんでそんなに嫌なんだ? 恥ずかしいだけか?」
バラそうとしたのは俺なのであまり強くは言えないが、一応確認する。
「恥ずかしいし、あたしが変な子だって思われるじゃない!」
十分変な子で間違ってはいないような気がしないでもないが、あえてそこはスルー。
まぁ確かに赤の他人である俺のことをお兄ちゃんとかいう妹の姿を見たら…………なんか泣けてくるな。これは見せたくない。
「あの時は変な子だっていう自覚はなかったのな」
俺がぼそっと言った独り言は二人しかいないこの部屋ではよく聞こえるらしく、すぐさま怒鳴られた。
「なに! 変な子だって言いたいの!!」
蛇睨みとしか形容できない鋭い視線を経験した。
いや、変な子だって言いたいもなにも、自分で今変な子だって言ったんだろ。そもそも変な子だと思われるとか言ってたのもお前なんだから、自覚はあったんだろ。
そう口に出そうとしてしまったが、七海が怒鳴ってくるのはわかりきっているので俺はなんとか自分の頭の中で静止を働かせる。
「でも、変な子だと思うんだろ」
無理に緊急停止した結果いろいろ省略した言葉になってしまった。
七海はまるで夏希のように顔をみるみる真っ赤に初めていく。そして避けようとした結果はもちろんお約束の如くついてきた。
「へ、変な子なんて言うなぁ!!」
七海が幼稚園生が自分の存在を主張するような言い方をしてきたので少し笑いそうになってしまう。やっぱり七海、あんなことがあったあとでなんか悪いけど、子供っぽいな。
しかし、表面上はあくまで冷静を保っている。だが、面白くなったので少し続ける。
「変な子じゃなかったら、恥ずかしい子か?」
「うぅ~~~~~~! 恥ずかしい子じゃないもん!」
妙に子供っぽい口調でそう反抗しようとしてくる七海。なんだろう、今まで俺の見てきた人間の中にはいないタイプの人だ。元の世界の七海とも全然違う、俺の知っている人間という範囲には存在しない。この世界に来て範囲が増えた俺が新しく見つけた人間の違い。それが七海を見ているとよくわかる。
この世界に来るまで他人には無関心だった俺が人間を語ることなんかできない、無論今の俺にだってそうだ。けど、こういう風には言える。今まで俺の触れ合って――いや、見てきた人とは何かが違う。性格という面だけじゃない。俺に対する接し方、七海の言葉からかすかに感じる気持ちのようなものが違う。
不思議と気分が良くなってきて、俺は七海をいじる。
「でも、俺のことをお兄ちゃんなんて呼ぶのは恥ずかしい子のすることだろ。俺が呼んでほしいって言ったなら俺が変態扱いされるだけだが、あれは明らかにお前が自主的に言ったんだぞ」
「ぅう、なんか今までと扱いが違う……。いじめられてる気がするぅ……」
なんか不満そうな声を上げる七海だが、俺は調子に乗っているだけであって、間違ったことは言っていないはずだ。だから俺は反撃を受けない。なんだこれ、楽しいんだけど。
七海はいじめられている気がするといったが、俺はそういうことをする人間だったということか。向こうの世界では他人とあまり関わらなかったからわからないが、よく考えてみればなんかそれらしい行動をした気もする。夏希と初めて遭遇した時とか……いや、あれは違うだろ。あれはもっとやばいことだったと記憶している。それこそ犯罪レベルの。
「それにキスだってしてきて、俺からしたら十分すぎるほど恥ずかしい子だぞ。いや、というかフツーに変な子でいいんじゃないか?」
「違うって言ってるのにぃ……! もう、ばか! いじわる!」
七海はわざわざ俺の目の前まで歩いてきて背伸びして俺に顔を近づけながら言ってきた。
いじわる、と言われているが、表面上の口調やらなんやらは全部今までどおり。特に変わったところ等ないのだが、七海は明らかに表面を見ても態度が変わっている。というか、なんで俺はこんなに楽しんでるんだ、修正修正。
「まぁ、冗談はこれくらいにして。つまり俺は昨日のことは話さなきゃいいわけか?」
「冗談て……。もういいッ。そういうこと! あんまり変なこと言わないでね!!」
俺はため息混じりの声で「わかったわかった」と言ってから帰っていいかと確認する。
七海の許可が取れたので俺は七海の部屋から出ようとドアノブに手をかける。
「…………なぁ、一個わかんないんだけど……」
俺はドアノブから手を離して七海の方を振り向きながら聞く。まぁ正直あの単語はあまり多用したくないのだが、まぁ別に表面上平静を装っているからそんなこと気にしても別に大した意味もないか。
と、俺は心の中で思考と呼べないような思考をしてから七海に聞く。
「お兄ちゃんていうのはシスコンっていう流れから来たのはわかるんだが…………。あのキスは一体どこから来たんだ?」
「え、あ……それ、は…………」
俺質問に七海はとてつもなく答えにくそうにしている。
「いや、答え難いならいいんだけど。正直あの行動は予想外すぎてな」
「え? ……予想外?」
七海はきょとんとした顔で聞き返してくる。いや、予想外だったよあれは。いきなり頬にキスされるなんて思いもよらなかったんだから。あの時あまりの驚きっていうか、不意打ちすぎて何か、柄にもなくトキメクっていうか、なんか心臓が変な感じに跳ねたんだよ。
俺はあの時のことを思い出して心臓の鼓動が動揺しているかのように早くなっていくのを感じて、大きくため息と同じようにして誤魔化しながら息を吸い込む。
「あんたも、予想外とか言うんだ……」
七海が心底意外そうな顔で見てくる。
「お前、なんでそんな意外そうなんだよ。俺だってそれくらいあるよ」
この世界に来て何回予想外の事態に遭遇したことか。色々ありすぎて思い出せないほどだ。特に例を挙げるのならここが異世界だと知らされた時。あの時は驚きというか、ショックのあまりあんな幼稚なことをしてしまったが。
俺が当然のことを言うとなぜか七海が赤くなりながらぎこちなくに微笑む。
「ね、ねぇ…………もう一回、キス…………されたい……?」
七海の口からそんな言葉が漏れた。さすがにこれには平静を装うのは無理だ。
「お、お前。なんてこと言ってんだっ」
「ねぇ……されたい……?」
なおも聞いてくる七海。その上目遣いがなぜか妙に可愛く見えて、動揺してしまう。
いきなり何を言い出すんだこいつは、こんな本当に女の子を意識させるようなセリフで、唐突すぎるぞ、一体なんなんだよ。
「そ、そういうのは、好きな人にやれよっ」
俺は目をそらしながら言う。本当にらしくないというか、どうしちまったんだ俺は。
待て、一回深呼吸だ。心の中だけで構わない。それでいつもどおりの俺を取り戻そう。いつもどおり平静を装ったいつもどおりの俺だ。
心の中で無駄な思考を吐き出して、それに必要な空き容量を手に入れる。
少しは頭が冷えた。これで少しは考えが回るはずだ。考えろ。
なんでいきなりこいつはこんなことを言い出した。確かにキスの話題を振ったのは俺だ。だがあくまで理由を訪ねただけで、してくれとは言っていないし。第一俺が頼んだからって軽々とそんなことをする奴ではないはずだ。まて、もう少し遡ってみよう。その前はどんな会話をしていた。
……確か俺が調子に乗っていたところだ。七海が嫌がるようなことを言って楽しんでいた。もしかしてそれが原因か? 俺が意地悪に思えるようなことをしたからその仕返しにということか? いやいくらなんでもこれは過剰だろう。せめて俺に体当たりをかましてくるとかその辺にするだろう。それなのに七海はキスしたいかと聞いてきた。原因はもっと前にあるのかもしれない、もう少し前、そうだ風美がいた時の会話を思い出せ。
そう、七海を無理やり引きずり込んだ風美は恋バナを始めようとした。そしてその単語に過剰反応した七海がターゲットとなった。そして俺が昨日の話を始めたという感じだった。……そういえば好きな人の話の時、俺の名前が挙がったな。その時も七海は確か過剰反応しようとして、俺がそこで昨日の話になったんだ。つまり……。
いろいろ考えてみたが、具体的なところはわからない。なんか最終的な結論はあらぬ方向に進んでしまいそうだったし。
つまりは、進みすぎたということか。ってことはこの言動の理由は。
「七海、いくら俺がいじめたからって、仕返しにしてはやりすぎだぞ」
いつも通りの冷静な口調でそう告げる。
そういう風にしか考えられない。まぁ、あっているとは限らないが静止させることくらいは可能かもしれないからな。
「…………なんでそんなに、平然としてるのよ…………。あたしだけ、バカみたいじゃない…………。……馬鹿!」
七海が何やらブツブツ言ったあと俺を罵倒してきた。
図星だったということだろうか。ならそれでいい。というかいい加減俺はそろそろ帰りたくなっているんだ。林に帰るんだけれど、うまくいけば夏希の部屋に止めてもらえるかもしれないからな。
俺は七海の罵倒を背に喰らいながら七海の部屋を出る。
そういうのは好きな人にやれよ、か。……俺は何偉そうに言ってんだ、自分だって正直に言えたこともないくせに。俺は何も言えなかったんじゃないか。
……いや、違う……。気づかなかったんだ。この世界に来るまで俺は気づかなかっただけなんだ。自分の気持ちに気づかなかった。失ってから気づくなんて愚か者のすることだ。その愚か者が俺なんだ。
でも、気づいた今はどうだ? 結局しっかり伝えてないじゃないか。
俺は七海の一件のおかげで一つ学んだじゃないか。頭で考えて臆病になってたらダメだってことを。自分自身の言葉で学んだじゃないか。それなのにそれをしないままなのか?
……しないままじゃないだろ。学んだことくらいできるだろ。変わってるって言われ続けてきた俺だって。それくらいの当然のことはできるはずだろ。だったら簡単だ。今からでも遅くはないんだ。向き合おう。自分の気持ちに。そして――。
伝えるんだ、風美に言えなかったことを。
そう決意するが、俺はひとまず夏希に泊めてもらえるか確認するために俺はすぐ近くの部屋のドアをノックした。
なおも七海の声が聞こえたが、俺はとりあえず夏季が部屋のドアを開けてくれたので一旦その中に避難することにした。