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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第二章 妹だったら
30/55

妹だったら 16

感想、誤字脱字の指摘等おねがいします。

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 路地裏から表通りに戻った七海は体の力が抜けたように背中から倒れてきた。俺は慌ててその小さな体を受け止める。俺は「大丈夫か?」と尋ねる。すると七海は苦笑しながら言った。

「なんか、安心したら力抜けちゃった……」

 そういった七海の体は本当に力が全く入っておらず、俺は路地裏での自分に言ってやりたくなる。七海は強いけど、それを支える誰かがいなくちゃダメだ、と。

 俺は七海の腕を掴んだままもう一度訪ねる。

「おんぶでもするか?」

「…………ううん、大丈夫。……けど、腕は使わせて」

 さっき七海はお願いといってきたのに、今の七海はそこまでの気遣いを断る。ただ支えがいると、けれど背負って歩いてもらうなんていうことは出来ないと、自分の足で歩くと。七海の強い意志が感じられた。

 七海は俺の腕に力強くしがみついて足を動かしている。全体重が俺の腕にかかっているのではないかと思うくらい俺の腕に強くしがみついている。足は動かしているがおそらくその足は地面を捉えることはできていない。足を骨折してしまっているかのようなぎこちない動きで歩いていく。

 そんな七海に追い討ちをかけるように空から冷たい玉が落下してくる。

 俺は無言で七海のしがみついている右手とは逆の左手に持っていた傘を広げて七海の上で固定する。七海が不思議そうに俺の方を見てくる。七海が立ち止まったので俺の足も強制的に止まらされてしまう。

「……甘えてもいいんだぞ」

「……じゃあ、……やっぱり、おんぶ…………して……」

 俺は無言で腰を落とし、七海にを向ける。傘が邪魔にならないように一旦高くあげようとする。すると七海が俺の手の上から傘を掴む。

「傘は、あたしが持つよ」

 俺は仕方がないと思い素直に傘を離す。

 背中に七海の重みがかかる。腕が俺の首に回されたのを見てから俺は両腕を後ろに回して七海の膝裏から通す。

「これで、二人とも濡れなくていいでしょ……。触らないでよね」

 どこを触るなと言っているのかわからなかったが、とりあえず俺は立ち上がって歩き出す。

 誰かをおぶるなんて、初めてした。七海とはそんなに歳が離れていなかったから俺が兄という自覚を持つ頃には七海も赤ちゃんではなかった。男子高校生が女子中学生をおぶっているのは珍しいことだと俺は思う。いや、フツーはしないだろう。これくらいの歳になるとそんなこと恥ずかしくてできないと思うはずだ。特にこんな街中では。

 人が多いわけではないがすれ違うたびにチラ見されるのがなんとも……。それでも七海は気にした様子もなく黙って俺の首に腕を回して俺の背中にくっついている。七海の息づかいが耳元で聞こえてくる。眠っているかのように穏やかだ。呼吸で肺が膨らむのも背中で感じられる。

 そんな心地良い雰囲気の中、無言ではダメだと思い、俺はシリアスにならないように自分でもデリカシーがないと思う言葉を口にする。

「……七海、胸当たってる。当ててるのか?」

 ……死にたい。真面目な方向で死にたい。なんだこの言葉は、イカれたセリフは。

 キザ男がもっと口調を変えて言うのならまだわからなくもない。けれど俺はキザとかちゃらいとかいう言葉からは無縁の人間だ、正直こんな言葉を言ったら真面目に取られてしまうだけで気まずくなるのは目に見えている。

 じゃあなぜ俺がこんなことを言ったのか。簡単だ、背中に柔らかい感触を…………まあそのへんのことは置いておこう。

 七海が身を乗り出すように俺の耳のすぐそば、唇が耳にふれそうな距離まで近づく。

「…………当ててるの……」

 七海のその言葉に胸が大きく鼓動する。

「…………なんて言うと思った? 変態。さっきまでかっこいいって思ってたのに、そういうこと言うじゃないわよ」

 吐息の温度が直接伝わる。優しい吐息が、安心という言葉を秘めているようで俺も安心する。軽い冗談を返してくれる程度の余裕はある、いやそれ以上に余裕すぎるくらいだ。

「でも、ちょっと自分勝手よ。助けに来るの遅いし、来たら来たで殴り合い始めちゃってあたしなんかほったらかしじゃない」

 ふてくされたように不満そうに文句を言う七海。それが俺には新鮮に感じられて顔が勝手に笑みを作ってしまう。本来なら苦笑い程度だろうが俺は明らかに笑っていた、言い方を変えればニヤけていた。こんな会話が、楽しいと感じたから。

「悪かったな。けど、結果的にはよかったじゃないか」

「なんにもよくないわよ、本当に怖かったんだから。最初から最後まで」

「でも、最後はちゃんと堂々と言えてただろ。大丈夫だったじゃんか」

「だって、一緒にいてくれたから……。だからちゃんと言えたの。けど、怖かった……」

「一回目は俺はいなかったけどな」

 七海自身の力だと強調する。あれを俺のお陰だとか言うことは出来ない。事実でもないしそんな自分を過大評価するのも気が引ける。それ以前に、あれはしっかり七海自身が自分で選んだ答えだったんだ。それをしっかり言えたんだから七海の力じゃないって言ったら、いったい誰の力だっていうのだろう。

「……けど、助けに来てくれた……。あたしが何も出来なかった時に」

「それまでずっと見てるだけだったっていうのは、怒らないのか?」

「もちろん怒ってるよ。……けど、どうやって言えばいいのかわかんないの。もっと早く来てって思った訳じゃないの。だって、ちゃんとあたしが自分一人で言えるまで待っててくれたんでしょ」

「過大評価だよ、俺は出ていく勇気が無かっただけだ」

「……嘘つき」

 俺たちはそんな会話をしながら歩いていく。雨粒が傘を叩いて奏でるリズムが今の俺たちを包み込むBGMにはちょうどいいテンポだ。

 雨は少しづつ強くなってきている。地面のアスファルトは雨に濡れてその色を刻している。まだ水たまりができるほど降ってはいないが、この後雨が強くなれば出来るだろう。

「あたし、本当に助けに来てくれた時、嬉しくて。そのあとあんたが何か言ってたのは聞いてたけど、なんにもわからなかった。助けに来てくれたことが嬉しすぎて、なんにも頭に入ってこなかったの」

「そう思ってくれたなら、少しは力になれたみたいだな」

 と、俺はここで自分を褒めてやる。この場所で何度自分のやったことを否定しようが肯定しようが、七海の他人から見た意見には勝てない。

 だが七海は首を振って言う。

「ううん、少しじゃない、本当にありがとう」

 七海のお礼の言葉に少し照れながら、それを隠すように言う。

「初めて会った時とは態度が大違いだな。あんなに変態変態って言ってたくせに、今は変態って言葉も全然迫力無いぞ」

「何よ、お礼言ってるのにそういうこと言うの? 馬鹿」

 キュッ、と腕に力が入り俺の体にさらに密着してくる。

「俺は、変わってるって、言われ続けてきたからな」

 俺はジャンプするようにして七海を背負いなおす。

「……変態。触らないでって言ったのに」

 七海がそんなことを言ってくるが俺はすっかりわからない。胸なんかは完璧に俺の背中に密着しきっているので俺にはどうしよもないのだが……。

 と、俺が考えていると七海が自分の体の一部を口にする。

「…………お尻……触らないでって言ったのに…………」

 俺はそこでようやく七海の言っていることを理解する。俺は今七海を背負い直した時に手の位置が少し変わってしまって七海のそこに触れてしまったのだ。

 俺は「ごめん」と謝ってからもう一度七海を背負い直して手の位置をずらして七海の尻に触れてしまわないようにする。

「……本当に変わってるわよ、あんたは。なによあの時言ってた言葉。シスコンとか、マザコンとか、そんなの変わってるって言われるに決まってるじゃない」

 俺はあの時自分が言った言葉を耳元で言われて死にたくなる。確かにあれはいくらなんでも言葉を選ばなすぎたかもしれない。シスコンとか公言するのは白い目で見られそうだ。

「でも、あんたが優しいって確信したのもその時。その前までは『多分優しい人』だって思ってたのよ。でも、家族を守ってやれる奴じゃないといけないんだって言うのを聞いたときにわかったの、あんたは『優しい人』だって」

「優しい人を演じてただけかもしれないぞ」

「それでもあたしが思ったからいいのよ。それに、優しくないならあたしのことを助けに来てくれなかったでしょ?」

「人として当然のことだ、っていう理由でどうだ」

「その当然のことが優しさって言うのよ。少なくともあたしはそう思ってる。あの男の人は当然のことを出来なかった、あたしの周りにいる男の人はその当然のことができなかったのよ。だから、あんたは優しいって思えるの」

 七海が自分自身の個人的な感情で俺のことを優しいと思っているのなら、俺が何を言ったところで無駄だ。個人の感情なんか俺には理解できないんだから。

「でも、あんたがあたしのことを妹だって言ったのは驚いたわよ」

「俺はお前の兄貴だって言っただけだけどな」

 俺がそう言い訳すると「どっちも同じでしょ」とまとめられる。

 だがあの時の言葉、全体的にどれも恥ずかしい言葉だったが、この兄貴発言は一番きつかったかもしれない。なんせ七海本人がすぐ隣にいるのに俺は七海の兄貴だといったのだ、この世界では嘘になる俺と七海の関係性を。

 線路沿いに歩いて帰っている俺たちは電車が通ったときの風にあおられながらも傘を飛ばされないように歩いていく。

「なんで、妹だって言ったのよ……。彼女だって言ってくれればもっとドキドキしたのに」

「変わってるんだよ、俺は」

 七海の乙女チックなセリフにこっちまでドキドキしつつも俺は平静を装って言った。

 あの時は正直、兄貴ではなく彼氏だと名乗ったほうが効果的なのではないかと思った。けれども、あの時にあんな頭に血が登った状態でそんな風に考えることは出来なかった。そんな余裕が無かった。だから変わっていると言われ続けてきた俺の本来の言葉をそのまま口にした。元の世界では妹だった、こっちの世界でもお兄ちゃんみたいだと言われた七海を俺がどう思っているか等、直感的に言ってしまえば妹以外のなにものでもない。

 そろそろ家まで残り七百メートルくらいのところだ。だんだんと見慣れた景色が広がってくる。清水家の暮らす一軒家まで十分もかからないだろう。

「……ねぇ、妹だって言ったのは、女の子として魅力がないから?」

 七海の不安そうな問に俺はすぐさま答える。

「別にそういうわけじゃない。七海は世間一般から見ても美少女って呼べるくらいのかわいさはあると思うよ、俺から見たって」

 俺がいい終わると七海が俺の背中から少し遠のく気配がする、そしてかすかに聞こえてきた七海のつぶやき。

「……お姉ちゃん、羨ましいな…………」

 そのつぶやきは、頭には残さずそのまま外へと流す。今の言葉は何一つ聞こえていない。

 少ししおらしくなったこの世界の七海はやっぱり向こうの世界の七海とはちがって甘えん坊みたいだけれど、俺はこういう妹が好きかな。さっきの俺の恥ずかしい発言じゃないけど、守ってやりたくなる。助けてやりたくなる。

 自己満足だと分かっているけれど、偽善だと分かっているけれど、家族を守ってやれない奴は、本当のクズだって今なら思える。関心が無いのはなおさら酷い。だから昔の俺は文字通り最低の人間だったんじゃないだろうか。

 また四百メートルほど歩いたところで沈黙が破られる。

 ねぇ、と俺に聞いてきた七海はまた俺の耳元まで顔を持って来る。七海の髪の毛が俺のうねじや耳をくすぐって来る。

「あんたシスコンなの?」

 答えにくい質問が来た。というか答えなんて俺にはわからない。七海の言うシスコンはシスターコンプレックスで間違いない。けれども俺がシスコンなのかどうかは自分でもわからない。元の世界では七海のことなどどうでもよかったし。この世界の七海は俺の妹ではない、あくまで俺がそう言っただけだ。

 …………あの時のセリフから、考えれば俺はシスコンで間違いない。いや、そうでなくても俺はシスコンなのだろう。こんなに七海に、妹を気にかけているんだから。

「多分な」

 俺は七海にそういう。七海はふふ、っと微笑む。なんとなく馬鹿にされたような、勝ち誇られたような気がして癪に障ったが、何も言い返せない。

「そうなの……じゃあ――」

 自分の変態、変人さを改めて突き付けられて、ようやく自覚を持って理解することができた俺も、七海と一緒で前に進むことができたのだろうか。それは今は誰にもわからない。近い未来、俺が元の世界に戻った時にわかるだろう。

 俺も軽く笑いながら、七海の次の言葉を聞く。だが、次の言葉は予想していたもの、そもそも予想なんて建てられるはずもなかった、いや待て、言葉自体は予想できなくもなかった、前置きがあったからだ。けれどこの行動はまるっきり予想外。俺の思考回路には存在しなかった事がおきた。驚きのあまり、表情が笑顔から驚きに変化するのがやけに鮮明に感じた。

「――ありがとう、お兄ちゃん」

 そう言って七海は俺の方に身を乗り出し、ほんのりと熱のある濡れた唇で、俺の頬に全世界で共通の最大限の愛情表現をしてきた。

 俺は珍しく、頬を夏希のような真っ赤に染めた。

 なぜかお兄ちゃんと呼ばれキスされただけなのに、それならば別にこんな感情は抱かないはずなのに、なぜだろう。俺はこの時初めて、七海を純粋に一人の女性として――恋愛対象として可愛いと思ってしまったんだ。



二章終了


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