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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第二章 妹だったら
29/55

妹だったら 15

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 俺は頭に血が登って今にも飛び出しそうだった。けど、たった一つ七海がずべきことをしっかりやり遂げたのを見届けなければ出ていくことは出来なかった。だから俺は七海が今にも壊れそうになっているというのに出て行かなかった。

 けれど、七海がその一言を言い終えたなら、我慢する必要なんか何も無かった。

「もう、ストーカーするのやめてぇ!」

 俺はその言葉が聞こえた瞬間走り出す、角から隠れてみていたから二十メートルほど距離があるが、そんなもの一瞬でゼロにする。

 七海に顔を近づけ、今にもキスしそうになっていたその男の方に手を置いて自分のものとは思えないほどのドスの効いた声で言っていた。

「おい、ふざけんじゃねぇよ」

 男の肩を掴んでいる手に思いっきり力を入れる。男の肩を握りつぶすほどに自分の指が悲鳴を上げるのも気にかけずに。そのまま男を俺の方に向かせるように肩を思いっきり引いてやる。そして反対の右手で拳を作る。

「七海は今、やめてくれて言っただろうが!!」

 力いっぱい奮った拳が男の頬にクリーンヒットする。男は俺に殴られた衝撃で七海から手を離してよろけながら下がっていく。

 今更だが、七海と男の顔との間には三センチも隙間はなかったのだ。なのに俺は構わず男を殴っていた。少し間違えば七海にまで被害が――最悪の場合本当に七海の唇と男の唇が触れ合ってしまう等という地獄にすら存在しないような最悪な結末を迎えていたかもしれない。

 俺は七海の方を見る。放心している様に見えるその瞳は俺と目が合うと感情を取り戻したように生気が戻り、涙が先ほどまでとは比べ物にならないほど流れ出てくる。

 七海は膝が崩れペタンと地面に座り込んでしまう。俺が追いかけた時のように両腕で自分を支えている感じだ。

 俺は弱りきってしまっている七海に、さっき男に対して放ったような荒々しい口調ではなく、これまた今までの俺の中で一番と呼べる俺らしくない優しい声で言った。

「よく言ったな。お前は頑張ったよ」

 何故か俺まで目頭が熱くなってくる。だが七海はもうすでに泣いているので今更泣くという表現はできない。だから、こう表現しよう。七海は多分、笑ったんだ。

「う、ん…………ぅッ……。がん……ばったよ……ね…………?」

 端から見ればどうみても泣いているとしか見えないであろう七海の表情。けれど俺はその七海の顔を笑っていると感じた。きっとこれは間違っていない。

 俺は七海の頭の上に手をおいて撫でてやる。俺は「ああ」と返事をしてから七海の背中に腕を回して抱きしめる。壊れる寸前の七海を壊さぬように優しく。

「お前は頑張ったよ。……怖かったよな……」

 七海はぎこちなく両腕を動かして俺の背中に手を回してくる。その手は俺の服をギュっと握り締め俺を引き寄せようとしているかのように思えた。これ以上近くに行くことなんてできないのに、まだ足りないというように。

 俺は七海の腕に触れ、そのまま七海の目を見て尋ねる。

「歩けそうに、ないよな。おんぶでもするか?」

「……うん…………お願い…………」

 本当におねだりするような可愛らしい声。断ること等できるものか。俺は七海の手を服からそっと外し背を向けるべく回れ右をする。

「……君ねぇ、殴っといてそのまま放置って、何様のつもりさ」

 男が耳障りな声で何かを言っている。

 頬を抑えながら男は俺の方を睨んでいるように見える。その汚れた目をこっちに向けるな。その吐き気をもようする声を発するな。七海に悪影響だ。

「一発じゃ足りないならもう一発やってやるよ。それとも通報して欲しいか犯罪者」

 七海の時とは正反対な鋭い声で貫く。いつだか七海が俺に向けて犯罪者と言ったときもこんな気持ちだったのだろうか。なら男の方も感じているだろう。抑えきれない憎悪と理性で自制できなくなりそうなほどの殺意を。

「……君、この子の彼氏か何か? ピンチになったから助けに来たの? 最初っから全部見てたくせに調子良いね」

 男も苛立ちを隠せていない。先ほどの七海に対する余裕のある口調ではない。

 まぁ、男の言葉自体は正しいんだが。こいつに七海との関係を答える気にはならない。

 調子良いとか言われるのは仕方ない。だが、ピンチになったから助けに来たとかどんな勘違いしてるんだこの愚人は。俺は七海がやるべきことをやったから迎えに来ただけだ。

 だが、罪悪感ははっきりと残っている。だから七海の方を向いて謝罪する。

「ごめん。待ってるとか言ったけど、全然待ってらんなかった。多分あそこにいたのは三十秒くらいだと思う。もうそのあとはすぐにお前見つけて、ずっとさっきまでのやりとり見てた。泣いてるとこだって見てた。けど助けにいかなかった。悪かった」

 俺は自分の行動を正直に言う。七海は無言だ。幻滅なんて少し図々しいのかもしれないが、俺の今やっていたことに幻滅してもおかしくない。

 俺の謝罪はまだ続く。

「実を言うと、お前が一緒にいて欲しかったって言ってたとこも聞こえてた。けど、いかなかった。本当にゴメンな。こんな自分勝手な男嫌いだよな。でもさ、もう少しだけ、我慢してくれよ。そうすれば家に帰れるからさ。それから――」

「無視されると悲しいんだけどなぁ」

「……………………はぁ……」

 俺は仕方なく立ち上がり、男の相手をしてやるべく目の前に行く。そして男を思いっきり睨むと同時に顎にアッパーを食らわす。

「相手して欲しいならさっさと言え。そんでもってもう二度とこんなことしないって誓ってからどっか行けよ」

「っぅ……野蛮だね君は。暴力でしか解決する方法を知らないのかい? 頭がわる――」

「あんまココにいると、俺が犯罪者になっちまうからよ。さっさと帰れよ……!」

 冷静という言葉を自分の辞書から完璧に削除してしまっている。理性、自制という言葉もだんだんと薄れ始めている。

 殺したい。今すぐこいつをこの場所で!

 俺は男を睨みつけ、威嚇する。だが、男よりも身長の低い俺では威圧感を与えることは難しい。けれどもそんなのお構いなし、威圧感じゃなく恐怖を与えてやる。

 俺は男の襟首を掴んで引き寄せる。額同士がぶつかりそうになりながら俺は大声で叫ぶ。

「どうすんだよ! おとなしく帰るのか? それともここで俺に殺されたいか!?」

 男は呆れたようにくだらないと書いてある顔に笑みを携えて俺に言う。

「できるならやってもらいたいね、少なくとも僕は今のところ帰る気はないよ」

「殺されたいなら今すぐ殺してやるよ!」

「素手でかい? 君は何か格闘技か暗殺術の達人なのかい? 出来もしないことを言っても何の意味もないよ。そもそも、君は僕を殺せはしないだろ。すぐ後ろに彼女がいるんだから。自分が犯罪者になる姿なんて見られたくないだろ?」

 男は俺とは違いとても落ち着いている。殺すなんていう言葉を使う俺何かが何をしても無駄なように思えてくる。

「犯罪者になろうが、七海が壊れなきゃそれでいいんだよ!」

 それでも言葉は止まらない。恥ずかしい言葉も、頼りない言葉も、見てくれだけの綺麗事でもなんでも構いはしない。

 ……けど落ち着け、このままじゃ相手に踊らされるだけだ。自分のペースを保て。

「浅はかだねぇ。人間っていうものを何もわかってない。感情的になってるだけじゃ人じゃない、動物以下、まさに馬鹿だよ?」

 そうだろうな。俺は人なんてわからないよ。人間が、他人がどんなことを思ってるかなんてわからないよ。確かにそれはいいことではない、迷惑をかけるし、嫌な思いもさせるかもしれない。けれども、逃げない。そんな失敗ばっかりな自分がいたから今の自分がいる。さんざん悩んで臆病になって無口になって、けれども今こうして七海の味方でいられる。それだけで十分じゃないか。

「黙ってろ。じゃねぇと舌噛んでほんとに死ぬぞ」

 俺はもう一度右フックを入れる。

暴力的な行動なんて今までしなかったよな、今までの俺なら。今までの俺ならここでも平静装ってたんだろ。今だけはそっちのほうがよかったかもしれないと思う。けど今更遅い。変わってしまったんだろうか。ならそれでもいい、いやむしろそれでいい。自分のことよりも誰かのことを考えられるようになれたのならそれで。

 俺の右フックは男の左手で止められる。

「それは困る。生きてないとあの子を見ていられないからね」

「お前、七海がどれだけ怖がってんのかわかってんのか!!」

「わかってるさ。だから怖がらなくてもいいと言ってあげたんだ。君だって見ていただろう? ずっと見ていただけなんだから」

「何が怖がらなくていいだ! そんな言葉だけで相手が自分の思い通りになるなんて思ってるんじゃねぇ!! 七海だって女の子なんだよ、強気なとこはあってもれっきとした女の子だ! お前だって七海が可愛いからストーカーなんてしたんだろ!! だったらその可愛い女の子が泣いてるとこを見て、笑わせてやりたいとか思わねぇのかよ!」

「だから怖がらなくていいって言ったんだ。自分の言いたいことを言っているだけの君とは違う」

 わかってない。何一つわかってない。ストーカーなんてしてたくせいに、相手を見ていられればどんの表情だっていいってのか? ふざけんなよ!

「お前、自分をアイドルの追っかけと一緒にするなとか言ってただろ! 高嶺の花を崇めるんじゃないって! それって本気で七海のことが好きだってことじゃないのかよ! だったらわかるはずだろ! 好きな人にはいつだって、笑ってて欲しいもんなんだよ!」

「僕はいろんな表情が見たい、恐怖でもなんでも構わない。君は笑顔だけでその子の全てを知ることができるのかい? 無理だよ、そんなこと。だから――」

「だから自分自身で恐怖を与えるのかよ! それが間違いだろ!! 歪んだ気持ちなんか別にどうこう言ってるんじゃねぇ! お前の行動は歪んでるんじゃない間違ってるんだ!」

「君はさっきから彼女を守ろうとしているのかい? だから僕のことを否定している。けどそれはあくまで君の考え、意見だよ。誰かと一緒じゃない」

「ああわかってるよ! さんざん変わってるって言われ続けてきたんだからな!! 一人一人が違うことくらいわかってるんだよ! けどお前のは誰が見ても間違ってんだよ! 犯罪だからどうこうってことじゃねぇ! 好きなら好きで伝え方はいろいろある! けどそれは相手を泣かすことじゃねぇだろ!!」

「彼女がそんなに好きなら同じ気持ちを持つ僕を否定しないでくれるかな?」

 いくら喋っても前に進まない。相手は絶対の折れない気だ。だったらそれでいいさ、こいつが勘違いしてるようなら言ってやるよ。

 ここで俺は七海の彼氏として堂々とこいつに何かを言うべきなんだろう、フツーは。けれども俺はフツーじゃない、変わってるんだ。そんな変わってる俺に同意なんか求めてくるんじゃねぇよ。しかもな、お前と俺じゃ七海に対する気持ちは違うんだよ、ベクトルから何まで。

 七海は俺になんて言った? 俺のことは信頼できるといった。ならその代名詞として何を使った? 七海は俺を誰みたいだと言った?

「……勘違いしてんじゃねぇよ、俺は七海の彼氏じゃねぇ……」

 ストーカーの被害に遭っていながら男の俺を危険じゃないと言ってくれた七海はあの時俺になんと言った。誰みたいだと言った?

「俺は七海の――」

 鮮明に覚えてるさ。七海は俺のことをこう言ってたんだ。

――お兄ちゃんみたい。

「――兄貴だ!!」

 俺は堂々と言い放つ。この世界では違うかもしれない。けれも向こうの世界では――なんて馬鹿な考えすらいらない。七海は言ったんだお兄ちゃんみたいだと。なら俺は七海のお兄ちゃんなんだ。この世界だろうがあの世界だろうが、七海がそう思ってくれたなら俺は七海の兄貴なんだ。

「兄貴がここまで妹のことを心配してたらダメなことがあるのか? ないはずだろ! いやむしろこうじゃなきゃいけないんだ! 家族を守ってやれるようなやつじゃないといけなかったんだ!」

 向こうの世界での自分の間違い。自分の失敗。

「シスコンだとか言いたいなら勝手に言ってろ! 妹を守ってシスコン呼ばわりされるならそれでいい! 俺は喜んでシスコンになってやる!!」

 自分でも恥ずかしいことを言っているのは分かっている。こんなシリアスな場面でなんで俺はシスコン宣言しているんだと自分で疑問に思う。雰囲気ぶち壊しじゃねぇか。けれどもやっぱり俺の叫びは止まらない。

「妹だったらどうとか、母親だったらどうとか。全部偏見でしかない!! 家族を守ってやれなくて何偉そうなことばっかり言ってやがる! シスコンだのマザコンだの言われても関係ねぇ! 全部受け入れてやる! 家族を思ってる奴を馬鹿にすんじゃねぇ!!」

 誰に対して言っているのか分からない。少なくとも目の前の男に言っているわけではないだろう。話がそれすぎだ。でもなんだろう、少し自信が持てた気がする。やっぱり自分は間違っていないと。

 でも結局言っていることは俺を馬鹿にするなということなのだが。

「…………面白いね、君は。分かったよ、もう彼女を追い回すのはやめにしよう。そんなことをしてもこんな重度のシスコンお兄ちゃんがいるなら、僕に勝機はなさそうだからね」

 笑っていた。ストーカー男は満面の笑みで俺を見ていた。

 男は俺の手を外し、襟元を直す。

「君は僕に似ているよ。多分同類だ。だからいつか同じ考えを持つようになる、楽しみだ」

「待てよ、逃げられると思ってんのかよ!」

「うん、悪いけど僕はこれでも合気道をやっていてね、君を今すぐ気絶させることだってできる」

 そんなことを言われても俺は力を抜かない。そんなハッタリがだどうだとか、そんなことの前に自分の言葉だ。俺はなんていった? 逃げられると思ってんのかよだって? さっき俺はこいつにここから消えろと言った。つまりはいなくなれと言ったのだ。それなのに俺は今何をしている、なんて言った? 逃げられると思ってんのかよと言ったじゃないか。逃がしはしないと言っているんじゃないか。まったく、なんで楽に物事を進められないんだ俺っていう人間は。

「だから何だってんだ、俺はまだお前を殴らなきゃ気がすまねぇんだよ」

 男に止められていた拳にベクトルを掛け俺の拳を防いだその手ごと相手の頬をぶん殴る。

 こんなことをしてもカッコいいわけじゃない。惨めでカッコ悪い。一方的に相手のことをただ殴り続ける。自分のためじゃなく誰かのためだから等と言い訳をしたところでそれも逃げてるだけ。実際殴っているのは俺だ。頼まれたわけじゃない、自分自身がそうしている。だから誰のせいにもできないんだ。

 男はまたよろけながら後退する。俺は依然固く拳を作っている右手を引きながら大きく一歩踏み出す。そしてそのまま全体重を載せる必殺の一撃を放つ。躱されたらなんていうことは考えない。こいつが合気道をやっていようがなんだろうが。だって。

「てかな、俺のパンチすら避けられねぇで合気道がどうのとか言ってんじゃねぇよ! 護身術習ってんだったら俺を返り討ちにしてみろよ!」

 俺の渾身の右ストレートは男の腹、正確には人間の急所の鳩尾に突き刺さる。

 手が感じた感触は、大ダメージ。相手はそんなに体を鍛えているわけではない。体を鍛えているなら俺が拳をつかまれたままその手ごと相手を殴るなんていうことは出来ずに俺は何も出来なくなっていたはずだからだ。

 俺だって喧嘩なんかやったとこはないし、格闘技も授業の柔道くらいしかやっていない。けれどそんな俺が圧倒的に優位な状況に立っている。それだけで簡単に自分の勝利を確信することができた。

 俺に殴られた男は俺の拳の勢いのままに灰色の壁にぶち当たる。そのままズルズルとしゃがみこむそいつを見てまだ足りないと思う。

 俺はこんな甘い刑罰で終わらせる気はない。七海が受けた苦しみの分だけ徹底的にバツを与える。俺が与えるのは間違っているとかそんなのどうだっていい。こいつはそれだけのことをしていたんだから。

 俺はそいつの襟元を掴む、そしてさっきと同じように額をくっつけるようにして叫ぶ。

「お前同類だとか言ってたよな! だったらなんだよ! 確かに俺はお前と同じなのかもしれねぇよ! けどな、全部同じ何かにはなんねぇ! 俺は自分の手で誰かを泣かしてその姿を見たいとか思うような人間には絶対になんねぇ!!」

 俺は体全体を後ろ引っ張ってもう一度拳を構える。

 だが直後、俺は思わぬ反撃を食らってしまった。俺の体が大きく横に傾きそのまま仰向けで倒れる。そして俺の覆いかぶさるように一人の女の子が馬乗りになる。

 俺は状況を理解できず絶句したまま硬直しそうになってしまう。だが、今俺は感情的になっている。わざわざ頭であれこれ考えなくてもいいんだ。

「七海、どうしたんだ……?」

 俺が馬乗りになってきた七海に向かって訪ねる。七海は「もういいよ」と言うと俺の学ランをつかみながら言った。

「こんなの、全然違う。あたしのして欲しかったことじゃない……! こんなの全然あんたらしくないよ……ッ!」

 七海は俺に向かって叫んだ。そしてそのまま言う。

「最後くらいは、自分でやらなきゃ意味がないの! わかってるでしょ、あんたが解決したってあたしの解決にはならないって! だからあたしを信じてよ!」

「信じろって、お前さっきまで泣いてたじゃんかよ! そんなんで――」

「じゃあ一緒にいてよ! それだけでいいの! 一緒にいてくれれば頑張れるの! 怖くなんてないから、だから全部自分で片付けようとしないで!!」

 七海は無理やりに俺を黙らせる。そして俺の上からどき、男の方へと体を向ける。

もう泣いてはいなかった。けれど強いとは到底言えない。腕が痙攣しているかのように小刻みに震えている。強くなろうとしてるんだ、七海は。ここで俺が邪魔しちゃダメだ、頭ではそう分かっている、けど何かをしてやりたい。俺のすべきことはなんだ?

七海が男の前に膝立ちになって男の目を睨む。男も俺に殴られて腫れた頬を抑えるでもなく、疲れきったというように顔だけを七海の方に向ける。

 七海は右手を振り上げる。そのまま、男の頬に向かって横薙ぎに振り下ろす。

 平手打ちが男の頬を叩き灰色の路地裏に甲高い音を響かせる。そして七海は叫ぶ。

「最低だよ! ストーカーするなんてッ。相手の気持ちくらい考えてよ!!」

 ……なんか俺、いらなかったよな。ちゃんと言えたじゃん。なんが七海がピンチだ。何が助けるだよ。別に俺がそんな出しゃばらなくても七海は一人で大丈夫だっただろ。だって自分でストーカー男と対面すると決めたんだぞ。そんな女の子がか弱いとか、俺は何考えてたんだよ。弱いのは本当に女の子らしい一部分だけ、本当は心が強い女の子なんじゃないか。

「もう二度と、こんなことしないで! あたしにだけじゃない、どんな子にだってしないで!」

 七海は力強くそう言い放つと体の向きを変え、俺の方に来る。

「……行こう。もうあたしは十分だから」

 一発のビンタ、その一撃に自分の気持ちの全てを込めた七海は、並の男ではとうてい及ばない男らしさがあったと思う。

 そんな七海が十分だといったんだ、ならもう十分なんだろう。俺が何かをしなくてもこれで良い。もし七海が同じような目にあったとしても大丈夫なんだろう。一度乗り越えたんだ、もう今度は俺の言葉すらいらない。たった一人で簡単に解決できる。

 傘を拾い、一日の間に急成長したように見える自分の妹のあとを追って歩き出す。俺も七海も男の方を振り返ろうとはしなかった。

 一度心の中でさっきと同じことを七海に言う。自分の妹を誇らしく思いながら。

――お前は頑張ったよ。


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