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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第二章 妹だったら
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妹だったら 12

感想、誤字脱字の指摘等お願いします。

 学校から帰宅するため靴を足で引っ掛けてロッカーを後にしたあたしは、外の風の冷たさに身震いしてから靴をコンコン、と鳴らしてしっかりと履く。

 昨日、よくわからないけど。お姉ちゃんの恋人の人――本人は違うみたいなことを行っていたけど――に半ば勢い任せであたしがどんな悩みを抱えているかを吐露した。散々泣いて、困惑して、逃げ出して。敵意むき出しできつい言葉をぶつけたのに、あの人はあたしのことを心配してるなんて言ってくれた。

 あの言葉は素直に嬉しかったけど、どうしてそんな風に言ってくれたのかわからなかった。あたしのわがままを聞いて寝てる間ずっとそばにいてくれた理由も。

 お姉ちゃんにそう頼まれたとか、お姉ちゃんが関わる理由だってことはあたしだってわかってる。けど、それでもあの言葉は嬉しくて、どうしても朝のように聞き返すしかなかった。

 あたしは灰色の雲で青空を隠している天を見上げて思う。あたしみたいだな、と。

 あたしみたいに、よくわからない白とも黒とも取れない、確信の持てない言葉で自分の本当の心の中――空の色を隠している。

 今の時間は四時を少し過ぎたくらいだろうか。本来ならば日が傾き始め、それが黄金に染まり始めるであろう時間帯だ。その変化すらも隠してしまう雲を忌々しく思う。

 あたしは制服のスカートとニーソックスで隠しきれていない素肌が露出してしまっている太もものあたりに風の冷たさをより一層感じながら歩き始める。

あの人は、本当にわからない人だ。変なことばっかり喋って、肝心なことを聞いているのに話をそらそうとして、けどお姉ちゃんと一緒でうまく隠せてない。ちょっと不器用な人なんだ。不器用で、分からなくて、けどきっと優しい人。

 昨日あたしにかけてくれた言葉はあたしからしたら優しいなんて思えなかったけど、あたしのことを必死に追いかけて、話を聞いてくれて、泣き止むまで手を握ってくれた人。

そう、昨日口走ってしまったかのように、お兄ちゃんがいたのならあんな人だったのではないかと思えるような不思議なオーラを持っている人だ。

 …………って、あたしは何を考えているのよ! あの人は確かにあたしの毛嫌うあのストーカーの男とは違うかもしれないけど、少なからずあの人は変態だといえる。なのにこんな高評価をして、まるであたしが……その……。あの人に、き気があるみたい、じゃない……。た、ただ一度優しくしてもらったからって、恋愛小説みたいにロマンチックな恋の仕方なんてするはずないじゃないッ。…………それに、あの人はあたしのものにはならない。あの人は彼女であるお姉ちゃんのものだから。

 そんな切ない恋物語のサブヒロインのような気持ちになりながら必死に言い訳する。

 あの人はあくまで優しくしてくれただけの人! あたしのそれまでの状況が特別だったからあの人だけが特別優しく見えるだけで、本当はあういう人はいっぱいいるッ、そういう人にも同じように感じるだけ。だからこれは、その……れ、恋愛感情とかじゃ、な、ないもんッ!

 あたしは心の中でそう言いながら家に帰る道を少し遠回りをしていた。

 クラスの友達が休んだからあたしはその子に大事な手紙を届けなくてはいけないのだ。

 緊急のものでなければ翌日渡せばいいだけの話なのだけれど、そうもういかないらしくてあたしが届けることになった。別に学級委員とかをやっているわけではないけど、そのことはそこそこ仲が良いし、部活も今日はお休みだからということであたしが買って出たのだ。

 …………き、昨日のことがあったから。機嫌が良かったとかそういうことじゃないもん!

 ほのかに朱に染まろうとする頬を冷たい風が冷ましてくれる。

 なんでこんなに意識しているんだ。別にあの人を完全に信頼したわけでも、す、好きになったわけでもないのに、妙に気にしてしまう。……甘えてるのかな。昨日優しくしてもらえたからもう大丈夫かもって思って、自分を甘やかしてしまっている。

あたしは最寄の駅の方に向かって歩いていく。友達の家は駅の近くにあるんだ。

だんだんと人が増えていく。そんな駅の前を通って友達の家に手紙をおいてくる。

そしてあたしはもう一度駅の前を通る。駅というのは、思い出したくもない出来事のあった場所。初めて男の人に触られそうになった――実際軽く触られた現場が電車だったのだから。

痴漢されたあの時、あたしはそれだけなら堂々として叫んでいただろう。けど、そんなことができなくなってしまったのには理由がある。なんとか急いで電車から降りて逃げ出したが、電車で触られた時、耳元で囁かれたのだ。

その言葉はとても恐ろしくて、それでようやくその人がストーカーだということに気づいたんだ。それから、男の人はこんな卑怯なことをするのかと思うようになって、飛躍しすぎたあたしの思考はたったそれだけのことで、男の人全員を敵視してしまった。

人ごみが駅から流れ出てくる。仕事終わりの人は少ないだろうが、近場の大学生高校生は部活をやっていなければこれくらいの時間帯に帰宅する。人ごみの中にもまばらに制服と思しき服に身を包んだ人たちが見て取れる。

あたしは視線を自分の進む道に戻して、歩き始めようとした。これ以上ここで立ち止まっていてももう意味はないと思ったから。だからあたしは歩き始めようとした。

 あの恐怖の言葉が耳元で囁かれなければ

「……ずっと見てるから、逃げられないからね」




午後六時頃、俺は曇天の空を夏希の部屋の天窓から見上げていた。

 雨が降りそうとまではいかないが灰色に染まっている空が月と星の光を遮り外を吹き荒ぶ風をより一層不気味にしていた。

 俺は開けていた窓を閉めて暇だなー、と思いながら部屋の中を見る。

 シンプルだが俺の部屋とはちがって部屋全体に使われている色が明るい。女の子の部屋としてはあまり雰囲気がない気もするが、机の可愛らしいペン立てやベットの白いクッション等を見るとここの部屋の主が女の子であるということを意識させられる。

 今七海と夏希は晩御飯を食べている。七海はしっかり食べてるかな。昨日あんなことが起きたんだ、朝は特に動揺してたりパニックになっていた感じはなかった。だから多分大丈夫だとは思うけど、そう楽観的に考えちゃいけない。あれはただの空元気だったという可能性だって十分ある。

 俺は今日朝以来七海にあっていない。というかついさっきまで昨日寝ていなかった分寝ていた。もちろん夏希のベットで寝たわけではなく床に毛布を敷いて寝た。安眠ができるような寝方ではなかったが、七海の件が安定したので今までで一番よく寝れたといっても過言ではなかった。

 ちなみに母さんは俺がここにいるのを知っている。しかしなぜか黙認してくれていてこっちは助かっているわけだが、夏希の方はどうなのだろう。というか第一、娘が男と一緒の部屋で寝るっていうのを許すって、どういう神経してるんだと思わなくもない。

 と、俺がそんなことを思っていると何かの振動音が聞こえる。控えめに、ただ規則的、機械的に一定のペースで聞こえてきたそれはおそらくケータイのバイブだろう。でも、もちろん俺はこの世界に持ってきているのはこの制服一式しかないわけだ。つまるところ、これは俺のケータイじゃない、恐らく夏希のだ。

 俺はケータイを探すでもなくそのバイブレーションが止むまでまた空を見上げていた。

 あくびを噛み殺して階段を上ってくる小さな足音を聞く。そしてその足音が部屋の前まで来たところでドアが開く。もちろん入ってきたのは夏希だ。

 パジャマという服装と濡れた髪というのを見るとどうやら風呂上りなのだろう。いや、なぜに風呂上りで髪の毛も乾かさずに部屋に戻ってくるんだ?

「晩飯はもう食べたか? というか髪の毛乾かさなくていいのか?」

 正直俺は髪の毛を乾かすということはあまりしない。なんぜ男だし、タオルで拭いてしばらくすれば自然に乾くからだ。ただ、女の子の場合はそうもいかないだろう。髪の毛は女の命だとか言うし。髪の毛が生乾きのままほおっておくと髪が痛むというし。

「これを渡しに来たの。すぐに髪の毛乾かしに行くよ」

 そういった夏希が手に下げているのはコンビニのレジ袋だった。俺が学校に行く途中によく寄るところの。

 夏希はそのレジ袋を俺に向けて差し出してくる。

「こういうので申し訳ないんだけど……。ごめんね……」

 そう言って俺が受け取ったレジ袋の中身はコンビニで買ったサンドウィッチとペットボトルの紅茶。それとクリームパンが入っていた。

 これは夏希が買ってくれた俺の晩飯なのだろう。俺はそれを見て夏希にありがとうと言うとすぐさまサンドウィッチを取り出す。

「じゃあ、あたしは髪の毛乾かしてくるね…………」

 そう言って部屋を出ていこうとする夏希、だが一旦足を止めて俺の振り返る。

「また明日から、元の世界に帰る方法考えるんだよね……?」

 俺は右手にハムとレタスのサンドウィッチ持ちながら「ああ」と答える。

「そう……。じゃあ、また風美呼ばなきゃね」

 笑顔でそう言った夏季はすぐに部屋から出ていった。

 そういえば風美、すっかり忘れていた。また夏希に頼んで風美を呼んでもらわなきゃいけないのか。せめて俺がケータイくらい持ってればよかったのに。まぁ、この世界で俺のケータイが使えるかどうかわからなかったが。

 また明日からは始まるんだよな、自分自身の問題が。

 この時はそう楽観的に考えていた、未解決の問題をほったらかしにして。昼間の七海のことを何も知らなかった俺と夏希の二人は。


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