妹だったら 11
誤字脱字、感想等ありましたらお願いします。アドバイスもお願いします。
あの夜、俺は七海に手を握られ、振りほどこうにも振りほどけずにそのまま清水家まで歩いて行った。その間も七海は何かに怯えるように小刻みに手を震わせていた。そんな少女を置いていくなんていうことを誰がするだろうか。いや、居ないだろう。もしも存在するのだとしたら、俺自身がそいつに殴りかかってやる。
家まで送ったところで俺は帰ろうとした、もちろん俺に帰る場所などないだけど林に戻るという選択肢をとることにした。そのために俺は玄関まで七海を連れて行き、そこで七海の手を優しく解こうとした、のだが――。
七海はそれを拒み、より一層俺に手を強く握ってきたのだ。駄々をこねる子供のように、寂しがり屋のうさぎのように、離れることを拒んだのだ。
七海は無言のまま、ただ俺の手を握り続けた。俺は仕方なく妥協し七海の部屋まで一緒に行くことにしようと決め、靴を脱いだ。
家には父さんはいないのか、事情を知っている二人は七海に何か声をかけることはしなかった。おそらく、母さんは気づいているだろうからな。あの人は変なところで鋭いんだ。本人が隠してるつもりでもそれを簡単に見つけるような厄介な、けど、大人独特の落ち着いた優しさを持っている人でもある。過大評価かもしれないが、そういう人だというのはあの人と一緒にいて、あの人独特の空気を感じることができるようになった人にしかわからない。そう、あの人は言葉で優しさを伝えるわけじゃないんだ。
夏希だって同じように、心配し続けていた。けど、七海に直接なにかを聞こうとしたりはしなかったのだろう。そのせいで夏希本人は自己嫌悪のようなものにとらわれてしまいそうになっているわけだが、やっぱり家族なんだ。母親も娘も同じように大切な人のことを思って、変に刺激しないようにと声をかけずに、ただ見守ることにしたのだろう。
俺も同じようにしたかったが、俺はそんなことができるようなきような人間じゃなかった。七海にただ優しい言葉をかけるだけじゃなく、現実を見て立ち向かって欲しいと思ってすこしキツイ言葉を言ったが、それは七海の怒りを買ってしまっただけだった。俺は素直に気持ちを伝える方が性に合っているということだろうか。
そんな風に思考を無駄に使いながら俺は七海の部屋まで行き、そこで立ち止まった。
ここから先はあまり男の人にはいられたくはないのではと思ったからだ。さっきあんな話を聞いておいて何を今更と思うかもしれないが、俺はダメなような気がしたのだ。
だが、俺の予想に反して七海は、俺の手を軽く引き一緒にいてと言ったのだ。
つまり夜が明けた今、俺がいるのは七海の部屋のベットのすぐそば。まるで看病でもしてるみたいに夜の間ずっと七海のそばにいてやった。
今七海は昨日のことなど覚えていないかのような安らいだ表情で眠っている。
今の時間を七海の枕元にある時計で確認してみると午前六時ジャストだった。
七海は今日も学校があるはずだ。そのため俺はいつまでも七海をこのまま寝かせておくわけにはいかない。朝に弱い子供を起こす親のような立場だ。
「……七海、朝だぞ……」
俺が小さくそういうと七海は寝返りをする。なんだろう、起きたくないっていうことか? そんなワガママを行ってる場合じゃないと思うが。
「七海、起きないと遅刻するぞ」
なんていう定番のセリフを言いながら俺は軽く七海の布団を揺する。
七海はまた寝返りをうって顔を俺の方に向ける。そして重たそうに瞼を開ける。
「……おはよう。ずいぶんよく寝てたな」
俺が朝の挨拶をすると七海は一瞬目を見開いた後小さな声で「おはよう……」と言ってきた。寝起きはこんな感じなのかな、こっちの七海は。と思っていると七海は先ほどと同じような寝ぼけとは明らかに違うぎこちなさの混じる声で俺に言った。
「あ、あの…………ありがとう…………」
そう言った七海の顔を見て、なんとなく自信のないような口調になっているのか理解できたような気がした。ようするに、夏希と同じだ。たぶん恥ずかしいとか、そういうことなんだろう。まぁ、夜の間ずっと俺がこうして七海のそばにいてやったんだ。七海だって――いや、七海だからこそ、男の前で無防備な姿を晒すようなことはしないだろう。けど、そういうことを七海は簡単にやってしまった、許してしまった。頼んでしまったのだから、恥ずかしいと思うのは当然のことだろう。
ベットに寝転がったまま出てこない七海に一応気を使って俺は部屋を出ることにした。
だってあれだろ、着替えたりするだろ? だったら俺はいない方がいいに決まってる。というかむしろいたら問題になる。
「学校、遅れるなよ」
俺は背中越しにそう言い、部屋から出てドアを閉める。
……なんだろ今の。なんかカッコつけてるような感じになっちまったじゃねぇか。失敗したな。もう少し俺らしい言葉にすればよかった。
なんて思いながら俺は階段の方に目を向ける。
「……おはよう」
俺は階段の下にいた夏希にそう声をかける。すると夏希は慌てたように振り返って不安そうな瞳で俺のことをまっすぐに見てくる。
「……七海は、多分大丈夫だよ。あいつがなんであんなことを言ってたのかもわかったし……。まぁ、俺はあんまり言葉とか使うのが得意じゃないから伝わったかどうかわかんないけど、、夏希も心配してるってことも伝えたから」
俺は階段を下りながら夏希に端的に説明する。
夏季の服装を見ると、なぜか昨日着ていた服と全く一緒だった。でも、ということはつまり、夏希は昨日風呂に入りもせず、寝ないでずっと待っていたということか。
なんだよ、すげぇいいやつじゃんかよ。俺なんかよりもよっぽど。全然優しくて、相手のことを思って、相手のためになる行動をしてる。俺なんかとは違って。
「よかった…………」
俺の言葉の足りない説明で安堵した表情を浮かべてくれる夏希。
ほんと、いい姉だよ。俺は自分の妹に優しくしてやれたことなんて一度たりともないからな。自分が情けなくなってくるよ。
なんとも形容しがたい胸の苦しみが俺を攻めるが、今は一旦それを無視しようと思う。
「夏希、ごめんな。お前寝てないんだろ? 少し休んで来いよ。着替えたり、風呂に入ったり。今日だって学校あるんだろ?」
疑問形で聞くがもちろん分かっていること。つい先日が休日だったのだ、もちろん今日は平日だろう。この季節は休日もあんまりないし。
「うん……。じゃあ、着替えてくるね」
夏希はそう言って俺の横を通って二階の自分の部屋に向かっていった。
無意識にはぁ、と息を吐いてしまう。俺もなんか緊張してたのか? 一人になった途端こんなふうにリラックスしてるって実感できるほどになるなんて。
「なんで階段で立ち止てるのよ」
と、いきなり後ろから声をかけられて反射的に振り向いてしまう。
もちろんそんな口調で俺に話しかけてくるのは七海くらいのものだろう。俺の予想は違わず俺の後ろにいたのはブレザーの制服姿になった七海だった。その右手には昨日俺に向かって振り回したスクールバックが握られている。多々までの髪の毛も昨日同様ヘアピンや髪留め等は使っておらず、しかし寝癖も一切付いていないきれいな髪の毛だ。…………って俺は七海でなんていうことを考えてるんだよ。
「……何? なんでそんなにジロジロ見てるのよ?」
「あ、いや…………」
俺は口ごもり俯こうとする。だが、その途中で――俺の顔が真正面をむいた瞬間に気付く。この角度って思いっきりあの中が見えるような感じなのでは、っと。
…………指摘はすべきなのか!? いやいつもどおりの俺なら遠慮も何もなく指摘するけどさ! つい昨日七海のあの話を聞いてもなおそんな軽い態度を取れるか!? 七海が本当にあれで心の整理が着くなりしたのなら大丈夫だろうが、俺のあんな言葉で簡単に克服できるか? いや、断言しよう、無理だ!
「……えーと、邪魔だったよな。今どくよ」
そう言って俺はさっきの夏希のように七海のすぐ横を通って階段を上がって行く。
「……ねぇ、今更なんだけどさ。なんであたしのこと、心配してるなんて言ったの?」
俺は呼ばれて振り返る。今度は俺が階段の上にいる。
本当に今さらの言葉だと思う。まあ確かに夏希がななみのことを心配してたっていうことをなんで俺を知ってるかなんて、当然疑問だよな。
「なんでって、夏希から聞いたんだよ。あいつが泣きそうに話してくれたんだよ」
「あたしが、こんなふうになちゃったって……?」
「? いや、そうじゃなくて、七海のことが心配だって……」
「え?」
ん? 気のせいかな? なんか若干会話が噛み合ってない気がする。なんでだ?
すると、七海が何かに気づいたように目を見開きすぐにうつむく。そして俺にもういっかい、重要な部分をプラスして聞いてくる。
「そうじゃなくて……。なんで、あんたはあたしのことを心配してくれたの?」
『あんた』という言葉で質問の意味がやっとわかる。つまるところ、なぜ自分となんの関わりも持っていないような俺がなんで七海のことを心配してるなんていうふうに行ったかということだ。
「…………もしかして、口から出まかせ、とか……?」
いや、正直それもあるけど違う。七海を安心させてやるためにもという気持ちは確かにあったと思う。けど、そうじゃなくてあれは本心からの言葉だ。
「そうじゃない。ただ本当に心配だったってこと」
「じゃあなんで心配してくれたの?」
まぁ、当然こうやって質問が帰ってくるのは当然のことだろう。だって俺は今の質問にしっかりと答えたわけじゃないんだから。
俺は少し考え込む。
なんで心配だったかなんて言われても、よくわからない。それが事実だった。
七海が壊れそうになってたから? そうじゃない。七海が不安定だったから? それも違う。七海が泣いてたから? ……それが一番近い気がする、けど少し違う。
泣いてたのなんて俺が逃げ出した七海に追いついてからのことだ。俺は七海を追いかけている時点で――いや、その前の日、七海が俺を本気で睨んできた時から心配していた。でも、それだからこそ理由はと訊かれても答えが見つからない。
七海と俺はあって間もない、いわば他人のような関係だったわけだ。それなのにいきなり心配? おかしいだろ。俺はそんな心優しい人じゃない。この世界に来て変わってきたとかいろいろ言ってるけど、根本的に俺は見知らぬ人に優しくできるような人間じゃないんだ。だからそれが理由ではないのは確かだ。俺の記憶の中に『七海』という妹の存在があったからか? だから最初から他人ではなく家族としてみていたのか? ……いや、この世界の七海は俺の妹とは全然違っていた。重ねることなんてできなかったんだ。
だったら、なぜ?
そう問われるのは当然のことだろう。でも、答えられない。自分でもわかっていないんだから。この世界と俺の元いた世界は違う。だから同じだと考えてはいないはずだ。そうなると、本当に見つからない。言葉を探すとか、気持ちを整理するとかじゃなく、もっと根源的な部分から分からない。
「…………」
「……まぁ、いいわよ。どうせお姉ちゃんが心配してたからとか。そういう理由なんでしょ?」
七海はそう言って階段を下りてリビングへと進んでいってしまった。
……分からない。けど、七海は落ち着いている。だから大丈夫だ。また俺が刺激したりしなければ、大丈夫だろう。
自分の気持ちから逃げるように俺はそう結論を出す。
俺はふぅ、と息を吐いて眠ってしまいそうなカラダに酸素を取り入れて目を覚まそうとする。そして階段を上りながら軽いストレッチをする。
これからはまた、俺は自分の問題を解決しなきゃいけないんだから。
俺はひとつ片付けた問題は頭の中から消去して、気持ちを入れ替えることにした。