妹だったら 9
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「……おかえり、七海」
俺がそう言った現在時刻はおおよそ午後六時半。今の時期はもう夕日が沈んであたりが暗くなる時間帯、七海が部活を終わらせて帰ってくる時間帯だ。
そして七海が返ってくる時間、清水家の前で待ち伏せしていた俺が制服姿の七海に声をかける。
「…………ッ!!」
俺の目の前まで歩いてくると、俺の眼を真っ直ぐに見つめ殺意と憎悪だけが含まれた刃物のような視線を真っ直ぐに俺に向けてくる。
結局、これしか方法が思いつかなかった。
俺が直接七海に話しかけて、それで何とか七海の心を開く。七海が男性に対して憎悪を向けているのだとしたら、夏希ではなく男である俺がまず、話し合うべきだと思った。男の俺の言葉じゃなければ、いけないと思った。
七海は俺を睨むと俺のわきを無言で通り過ぎようとする。
そこまで、口を開けるのを拒むのかよ。いったいお前の何がそうさせてるんだよ。
だがある程度子の予想はついていた。夏希が俺といるというのを絶対に許さなかった七海のことだ、清水家の前でこうして待ち伏せしていたら、それこそストーカーや変質者、犯罪者だと言われても仕方ないことになってしまう。そんな相手とは話もしたくないだろうし、存在すら認めたくないだろ。
いまだに俺がなんのトリガーを引いたのかはわからないことに変わりはない。だが、七海はそれだけでも俺と顔尾合わせることを拒むと思った。いや、睨むこともせずにその場にいないかのように扱われるという可能性も否定しなかった。だから、まだこの展開はまだマシなシナリオだろう。
そして、俺の存在を認めているなら、確実に七海の反応する言葉を言えばいい。
名前を呼んでも反応しないのならば、もっとほかの名前を使えばいい。
「……夏希をほっといてもいいのか?」
「ッ!!?」
案の定、七海は驚きの表情ではじかれたように俺の方を向く。そしてその表情をものすごい剣幕の怒りの表情へと変化させていく。
「あんたッ! 一体お姉ちゃんに何したのッ!!」
そう怒鳴られるが、実際は何もしていない。今夏希は自分の部屋で電気を消しておとなしくこちらの様子をうかがっているところだろう。
このセリフは、一応二人で考えたものだ。ただ、夏希はいい気はしなかっただろう。自分の名前が使われるという点に対しては快く了承をしてくれたが、今の七海に自分の名前を使ってこんな言葉を発すればどんなことになるか容易に予想できたからだ。だから、これはあくまで無視された時の一度きり。次からは決して夏希の名前を使って七海を挑発するようなことは言わないという約束になっていた。
まぁ、一度ここで使えば、ほかで使う必要もなくなるだろう。
「あんた……お姉ちゃんの友達だか何だか知らないけどッ! あんまり不謹慎なことやってると本当に殺すッ!!!」
「……何が気に食わないんだよ。男の何が嫌いなんだ?」
「そんなこと今関係ない!! あんたが言えばいいのはお姉ちゃんをどうしたか、どこにいるかっていうことだけ!! それ以外は必要ないッ!!」
本当に理解できない。多少きつい部分があったけど、それはそれで面白い奴だった。こんな理由もなく殺すだの一方的な台詞を吐く奴だとは思わなかった。いや、思えなかった。ただの女子中学生だと思っていたから。こんな風になるなんて言う予想はつけられなかった。
「……別にお前が心配するようなことはしてない。だからひとまず話を聞け。そうしたらお前の要求にもこたえる」
「ふざけないでッ!! そんな言葉信じられると思うの!?」
そうの叫び声は隣近所に響き渡るほど大きく、これ以上うるさくしたら人が出てきてしまいそうだ。
「なぁ、とりあえず聞いてくれよ。話が進まない」
そう言って無理にでも話を聞かせようとするが、そんな言葉は逆効果。
「話なんてする必要ない!! さっさとお姉ちゃんの居場所を言えッ!!」
どんどん七海の怒りのボルテージが上がっていく。とうとう俺のことを鞄で殴ろうとしてくる。俺はそれを躱して立場を入れ替える。俺の後ろには清水家の入り口。
「このストーカー!! いったいお姉ちゃんが何をしたっていうの!!!」
もう一度、鞄を両手で振りかぶり俺にたたきつけてくる。俺はそれを後ろに下がってかわし、鞄を振った反動で前のめりになっている七海の手首をつかむ。
すると七海は目を見開き腕を振って俺の手を払い落とそうとする。俺もそれに負けないようにつかみ続ける。
「七海落ち着けッ! 話を聞いてくれッ」
「離せッ! 離せぇえぇぇ!!」
そう言ってより一層力を入れて反抗する七海。だが俺も離さない。
だが、七海もそんな生ぬるい反抗では終わらなかった。ただ反発するだけでは無理だと理解した七海は俺の横っ腹に蹴りを入れてきた。
さすがに予想していなかった攻撃に驚いた俺は七海を掴んでいた手を離してしまう。
離して支えるものを失った七海は転びそうになる。だが、敵の前では倒れまいとする武士のように踏ん張って転倒を防ぐ。
「七海なんでそうやって一方的なんだよッ。俺は話をしたいだけなんだ!」
「こっちに来るな!!」
そんな静止はお構いなしに俺はまた一歩七海に近づく。
すると、七海は弓にはじかれた矢のように俺の方とは逆に走り出した。
「なっ!? なんだよいきなり!」
俺は慌てて後を追う。
暗くなった道路を走る俺たち。まだ部活帰りの学生など人も多いであろうに、俺は七海を追って街を走り抜けなければならない。さすがに人の目がつくようになるとこうして一人の少女を追い回すということは避けたい事態となる。たとえ今が緊急事態だとしてもだ。
だが、七海は大通りには出ずに角を利用して俺を振り切ろうとしているみたいだった。
俺からしてしまえばそっちの方が好都合だ。俺と七海では男女差と言う不本意な格差によって俺の方が足が速い。そう簡単には振り切れない。いや、もう既に俺を振り切るのは難しいことになり始めているであろう。自画自賛のような感じもするが、俺はあとほんの十メートルそこらで七海に追いつける。
「七海ッ、止まれッ。一回落ち着けッ」
だが、七海を呼ぶ声を止めはしない。
あくまで話し合いなんだ。捕まえたところで力ずくになってしまっては意味がない。だから七海の名前を呼ぶ。
七海は俺のほうを向こうともしない。ただ全力で逃げ続ける。
また角を曲がる。いい加減じれったくなってくるほど必死で逃げている。だが、俺はそこでようやく気付く。こうやって角を曲がりながら走っているのだ、ただ逃げるのではなく自分の家に向かえばいいのだと。俺は七海の後を追っているわけだから、そのまま家の周りを一周して家に飛び込んでしまえばよかったのだ。
なのに七海はそんなことはしようとせずにただ走って逃げている。逃げ込む場所すら定めずにひたすら走っている。
いや、考えててみれば何であいつは今逃げてるんだ? あいつは俺から夏希の居場所を聞き出すとか言ってたじゃないか。なのになんであいつは逃げるなんて言うことをしてるんだ? 逃げ出したりしたら、夏希の居場所を聞き出せなくなる。そこまで考えが回らないほどあいつは頭に血が上ってしまっているのだろうか。
街灯の下を駆け抜ける瞬間七海が地面を力いっぱい蹴る。さらに加速して俺から逃げきろうとしてきたのだ。
だが、そんな風にただ力任せにすればいいというわけではない。ものには程度と言うのがある。焦って無駄な力を入れてしまえば逆効果だ。それに、七海は俺を振り切るためにけっこう無理やりな方向転換をしていたので体力的にもきつくなっていたのだろう。
一歩目に飛び込んだ瞬間は加速したように見えたが、すぐに元のスピードに落ち、少しずつスピードが落ち始める。
俺は今いったい何をやっているのだろうと思ってくる。こんな風に七海のことを追いまわして、まるでいじめてるみたいな感じじゃないか。
七海のあらい息遣いが聞こえてくる。だんだんと走るフォームもふらふらして安定しなくなってきた。何だよこれ、本当に何やってるんだ俺は。
俺はどんどん七海に近づいている。でも、こんな風にしていいのかよ。
七海のはぁはぁという辛そうな息が聞こえてくる。ただ疲れているという感じなんかではない。絶体絶命の死地から命からがら逃げてきたかのような足取りで、恐怖から逃げるように必死で足を前に出し続けている。
だんだんと周りに家屋が少なくなり始めてきていた。
何とも言えない罪悪感が心のうちからこみ上げてきて俺を責める。
俺は歯を食いしばる。耐えるように、今しなきゃいけないことを見失わないように。
――けど、これは七海を追いつめるだけなんじゃないのか?
疑心暗鬼になったら駄目だ。そうなったら何もできなくなる。今だけでいいから感情に流されずにしなきゃいけないことをやる。それだけだ。
――それで七海が崩壊してもかまわないなんて思ってるわけじゃない。
あくまでこれは七海のためにやってるんじゃないか。ためらうな。躊躇ったら一生届かない。言葉も交わすことができなくなるかもしれない。だから足を止めるな。
――……これは、七海のためなのか? ただの自己満足なんじゃないのか?
前に出す足が重くなる。そうなんだ、わかってる。自分は感情で動いてるにすぎない。
七海と同じくらいのスピードまで落ちてしまう。距離を詰めることができなくなる。もう距離は五メートルもないというのに。そこまでが異常に長い。
しかし、その瞬間七海のスピードが急激に落ちた。疲れたとか、そんな感じのスピードの枯渇の仕方じゃなかった。まるで、あきらめたかのような急激な減速。そしてすぐに足を止めてしまい、そのまま膝の力が抜けたように地面にへたり込む。
俺もも少しスピードを落とし七海の隣に止まる。
「七海……? どうした……」
俺がそう声をかけ、七海に手を差し伸べようと手を伸ばす。だが、俺の手が七海の前に差し出された瞬間七海が顔を上げる。
「な!?」
俺は、驚くしかなかった。七海の顔は想像もできない物で濡れていた。
俺のやったことはそこまでやばかったのだろうか。いや、そんな疑問を持ってしまったらそれこそ最低だ。七海のことを追いまわして追いつめていた人間が、そんな疑問を抱いてしまってはいけない。倫理的にとかそんな難しい言葉じゃなく、人間としてだ。
瞳からこぼれた大粒の大量の涙が七海の頬を伝って地面へと零れ落ちていた。
その表情がとても苦しそうで、何かに――俺におびえているようで、そのまま硬直してしまったんだ。差し伸べた手もそのままに。
七海は俺の差し伸べた手を見ようともせずに涙で歪んだ顔で、はぁはぁと息を切らしながら大声で、しかし弱弱しい涙声で俺を怒鳴る。
「なんでいつもあたしのことを追いまわすのよ!!」