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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第二章 妹だったら
22/55

妹だったら 8

 俺はしばらくリビングで待たせてもらって、夏希が帰ってくると夏希の部屋に向かった。

「……ねぇ、悠喜。七海のことなんだけど…………」

 おもむろにそう切り出した夏希はベットに座って俺をデスクとセットになったキャスターつきの椅子に座らせる。

 そうだ、七海のことだ。今は夏希の母さんに言われたことじゃなくて七海のあの不自然な状態をどうにかしなきゃいけなかったんだ。昨日のあの状態を。

「……七海、落ち着言ったのか? 少しは大丈夫になったのか?」

 俺は質問しかできない。あの後一度たりとも七海を見ていないから。

 七海がなんであんな状態になったのかも、今現在どんな状態なのかもさっぱりわからない。ただ、わからないことだらけだった。

 だから清水の口からきくことしかできない。

「うん……。昨日みたいにはなってなかった、けど……。家を出るときも周りを気にしてたから、多分悠喜とあたしが一緒に居るのを見られたら、また……」

 心配そうに目を伏せる夏希。そんな風に七海のことを心配している夏希の姿の方が、俺には心配でたまらなかったが、夏希はそんなことを望んでいるわけじゃない。七海の身を案じている夏希に失礼だ、そんな考えは。

 七海は、部活があるらしく清水よりもかえってくるのが少し遅い。

 現在時刻は十七時十二分だ。夕日が沈んで空が紫色、黒へと変化している時間帯。

「じゃあ、こうやって俺が夏希の部屋にいるのを見られたら、また……」

 そこから先は、あまり言葉にしたくなかった。心の中では不自然だの異常だの、いろいろな言葉が浮かんでくる。けど、口に出すのは嫌だった。七海のことを、変わった人間だと口に出すことは、絶対に。

 夏希は俺の次の言葉は容易に予想できたのだろう、首を縦に振る。

「じゃあ、時間がないな。七海が帰ってくる前に俺はまたどっかに行かなきゃいけないわけだし」

 と、俺が急かすように言うと夏希はなおもうつむき気味に――

「ううん、お母さんには七海に悠喜のことを言わないようにお願いしたから、この部屋でじっとしてれば大丈夫だとおもう……」

 ――そう言った。

これはつまり、俺はここの部屋から出て行かないほうが安全だという説明を受け、それを大きな心で受け止めますと公言されたに等しい。すなわちつまりどういうことかと言うと。

「……泊まって行ってもいいってこと、なのか?」

「うん……。その方がいろいろ、この後のこととかも相談できるし……」

 ……なんだよ、いつもみたいに赤面癖発動するんじゃないのかよ……。

 恥ずかしい。一人で変なことを想像してた自分がとてつもなく恥ずかしい。夏希は七海のことを考えての行動だったのに、俺はそっちの方に頭がいかなくて、変なライトノベルやら、恋愛ゲームやらで起きるようなことを考えてた。そんな自分が恥ずかしい。

 心配、と言う気持ち以外のすべての感情や思考が消えてしまっているかのように感じられた。だって、清水が赤面しないなんて、そう思うしかないだろ。

「……とりあえずお礼は言っておく、ありがとな。…………それで、解決方法なんだけど、本当に心当たりはないのか? 七海がああなった理由とか」

 今までのように、二人で話し合う前にお互いの知っていることをできる限り共有する。

 こんな風景は周りから見ればただ駄弁っているだけに見えるのか、それとも別れ話でもしているように見えるのかはわからないが、はた目には理解されないことをしようとしているのだはないだろうか。他人のことばかり気にする会話など。

「ううん、やっぱりわからない……。ごめんね……」

「いや、謝んなくていいよ。俺が原因作ったことなんだろうしさ」

 自分ではわからない、何かをミスったという感覚。元の世界でも風美に対して何度かこんな感覚を味わったことがある。けど、今回は規模のようなものが違う気がする。ほんの少しですんだことが、この世界ではそうじゃなくなってる。そんな感じがするんだ。

「……なぁ、やっぱり直接聞くしかないんじゃないか? ……俺が着いたところで逆効果かもしれないけど、俺たちだけじゃこうやって考えることしかできないだろ。だったら七海に、答えてくれるかは分からないけど訊いて。それでちゃんと話をした方がいいと思う」

「…………でも」

「反対するってことくらいわかってる。けどさ、このまま七海を見守るみたいなことやってても、意味がないんじゃないか?」

 俺は、自分の意見を貫き通そうとするように強引に夏希の言葉を遮る。

 俺はこんなことを言うような、ましてや実行するような――実行できるような性格ではない。何か焦っているかのように、口を吐いた言葉だった。

 七海が、妹があんな風になってるんだ。今は他人の関係でも、そんなことは関係ないんだ。思ったことをすぐ口にしてミスるのは俺の悪い癖。けど、今回の唐突な強引な提案は、自分で反復し考えても、ミスった言葉だとは思えなかった。

「…………やっぱり、止めた方がいいか? 夏希が反対するっていうなら――」

 俺がそこまで言うと、今度は夏希が俺の言葉を遮り、

「ううん。七海に刺激が強いかもしれないけど……それの方がいいかも……」

 俺の意見に乗ってくれた。そして続けて言う。

「七海と話をしないのも、逃げてるのと同じだよね。あたし逃げたくないって言ったのに……あたしが逃げちゃってる……」

 逃げてなんかない。そういうべきなのかもしれない。俺は向かい合う選択をしたわけじゃなく、七海のことを何も考えていない自分勝手な選択をしたんだ。確かに見方によれば向かい合っているように見えるかもしれない。けど、夏希は七海のことを第一に考えてる。俺と違う見方で目の前の問題をどうにかしようとしている。でも、今そんな風に言っても意味がないと思ったから、口には出さない。

「…………七海を、落ち着かせることだけ考えよう」

 自分に言い聞かせるように最低限の声量で言った言葉。けどそれはしっかりと夏希の耳にも届いてしまっていて、夏希はこくんと頷く。

 自分の言葉が、偽善だってことは誰から見ても明らか。だからこそ恥ずかしい。そう言い訳をして逃げてる自分が情けない。逃げてるのは夏希じゃなくて、俺なんだ。

 そんな陰鬱なことを考えていても仕方がない。今はそんな思考は必要ない。

「それで、賛成してくれるのはありがたいが……。具体的にはどうするかだ。いきなり俺が七海の前に現れるのはさすがにどうかと思うし……」

「うん……少なくとも、今日は無理だと思うし、七海の部屋に直接行くのも七海を混乱させるだけかもしれない……」

 そう言った夏希の瞳はまだ伏せられたままで、不安と言う色が固く集まっていた。

 俺はふと思った。一方的に話しかけて、情報を聞き出して、自分勝手な意見を通して、そんなことばっかりやって、夏希のことを考えてやれてるのか? なんで夏希が一人で抱え込もうとしてるんだよ。俺はこんなに気楽にいろんなことを言ってるのに、夏希は全部自信なさげな不安な声で小さくしゃべるだけ。なんだよこれ。俺、役に立ってなさすぎるだろッ。

 人と関わるのが苦手でいつも一人でいた俺だから、どういう風に相手を気遣えばいいのかわからない。そんなのいいわけだ。言い訳はしたくない。

 対人スキルが低いからとか。

 今まで人とあまりかかわらなかったからとか。

 そんな言い訳はもうしたくない。

「……夏希。一人で抱え込むな。自分一人で思いつめるな。頼りないけど俺だって力になろうとする。だから、そんな不安そうな顔するなよ……」

 早口にそう言った。ただ、最後のセリフはできる限り優しい声で。

 そうだ、こういう時に役に立つんだ。自分の思ったことを素直に口に出してしまうという俺の不謹慎な短所。でも、そのぶん自分の気持ちを伝えるのは簡単なんだ。だって、思ったことをそのまま口にしてるんだから。

「大丈夫だよ。一人で抱え込んだりしてないから」

「じゃあ、そんな不安そうな顔するなよ……。見てるこっちも――」

 七海のことだけ考えよう。そんな言葉を数秒前に自分の口から発したのに、自分に言い聞かせるようにはなった言葉なのに、全く意味がない。今俺は目の前の夏希のことだけを考えている。心配だ。夏希のことが。

「不安になってくるんだよ」

 俺がそう言うと夏希は小さく苦笑いをして「さっきは七海のことだけって言ってたのに」と自嘲気味につぶやいた。

「……ありがとう。そんなに心配してくれるんだね、悠喜は……。でも、大丈夫だよ。悠喜だって一緒なんだから、一人で抱え込んだりしない」

 そう言った夏希はぎこちなく微笑んでいて、そんなものはこちら側から見ていれば心配してくれと言っているようなものであって、俺の不安は一向に晴れない。

 けど、一人で抱え込んだりしないと言った。だから、もう無駄なことを言うのはやめよう。たとえれが取り繕った偽りの言葉だとしても。

「じゃあ、早速考えよう。どうやって七海と話をするのかを」

「うん、じゃあまずは――」

 と、ようやく本題に入ろうとしたところでコンコンと夏希の部屋のドアがノックされる。

「お姉ちゃん、晩御飯出来たって」

 そう言ってノックして返事も聞かずに声の主である夏希の妹がドアを開ける。バッカ野郎!!

「お姉ちゃん? どうかしたの?」

 そうやって無邪気な声が聞こえたが、俺に気付いた様子はない。

 え? 何かおかしくないかって? いやそりゃおかしいだろ。さっきの俺のいた場所はデスクの前のイスの上だ。それでなんで気づかれないのか。もちろんちょうどイスが死角にあるとかいうことじゃない。乗せる人を失ったイスは今現在デスクの前にぽつんと置かれている。

 以上のことから推察できるように、俺は速攻で逃げた。テレポーターもビックリの超高速移動だった。そして今は暗闇の中。

「い、今行くよ、先に行ってていいよッ」

 夏希さんや、せめて今だけでいいから平静を装ってくださいッ、さすがに今いきなりここでばれるのはいけないだろ!

「……分かった。早く来てね」

 だが俺の心配も杞憂だったらしくあっさりと七海は部屋のドアを閉める。

 あいつどうしたんだ? いつもなら簡単に気付くだろ、夏希のバレバレの嘘なんか。すぐに態度に出るのが夏希っていう生き物なんだから。

 俺がそんな風に警戒を解かずに息をひそめていると再びドアが開く音がする。やっぱり素直に立ち去らなかったか、と一瞬思ったが次の声を聞いて安心した。

「ご飯食べてくるから、ちょっと待っててね。後で何か持ってくるから」

 そんな言葉が終わると同時にガチャ、とドアが閉まる音がした。

 俺は相変わらず暗闇の中で、しかし外には出ようとせずにそこに伏せた状態のまま考えていた。前の時には気付かなかったこの何とも言えないいい匂いに。

 これは何だ? 洗剤の匂いか? いや、十分に考えられるが、これならお日様の匂いと言う可能性だって否定できないだろう。お日様の匂いってこんな感じなのか? いやいや、まだ結論に達するのは早い。もう一つあるじゃないか、可能性が。これはこの部屋の主――清水夏希と言う少女本人の匂いだという可能性が。

 なんて変な可能性を考えるような場所が一体どこかと言うとだ。あの一瞬で隠れられる場所はそう少なくない。クローゼットなんかは時間の猶予がなかったし、机の下なんて言うのはすぐに見つかるしで、とっさに飛び込んだのがここ、ベットの中と言うことだ。

 いや、布団のふくらみで一発でばれると俺も思った。けど、もう秋も過ぎた冬の初めのこの時期だ、もちろん毛布なんかじゃ足りない今は羽毛布団が使われている。それのおかげで多少ごまかせたのか、発見されずに済んだというわけだ。

 そしてこのベット、一か所だけ妙に暖かい場所がある。ベットの端の方、ちょうど先ほど夏希が腰を掛けていたあたりだ。つまりこれはどう考えても夏希の体温が……。

 という不謹慎なことを考えるのはやめるべく俺は布団をバサッ、とちゃぶ台返しの要領で持ち上る。そしてベットの端――と言っても先ほど夏希が腰かけていたところと真反対のところの壁に背中を預け、ベットに胡坐をかいて座ったまま窓の方を見る。

 ここから見た景色は変わらないんだよな。まぁ立地が変わったわけじゃないから当たり前だけど。

 今度は目線を室内に持ってくる。

こっちは俺の部屋とはだいぶ変わってしまっている。俺の部屋は黒を中心とした家具ばかりだったが、夏希の部屋は白を多く使っている。ただ、シンプルと言う点では俺の部屋となんら変わりはない。だから初めて来たとき自分の部屋だと思い込んだのか。

なんて、もう完璧にこの世界で間違っているのは自分だと認めてしまう。

まぁ、それでもいいじゃないか。元の世界に帰れば済む話だ。

 俺はまぶたを閉じて、向こうの世界でのことを思い出すことにした。

 夏希が戻ってくるころには、俺は眠ってしまっていたらしい。


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