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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第二章 妹だったら
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妹だったら 6

 七海が夏希の手を引いて逃げるように立ち去った後、俺もカラオケ店から出た。

 金は先に七海が払ったのか、俺は食い逃げ――歌い逃げの容疑をかけられずに済んだ。

 …………でも、この何とも言えない気持ちは、どうにもならない。もう、さっきの言葉と、最後のあの視線。あれを見てしまったら、もうあれは、違和感などという言葉で片付くものではなかった。ぜんぜん、別人のようだった。勢いで勘違いして、姉のことばっかり考えて、ちょっと少女趣味なところを垣間見たところで、崩れてしまった。

 なんなんだよ、あれ。何が違ったんだ、元の世界と。

 あれは単なる性格の問題じゃない。この世界で起こったことが原因だ。単なる男性恐怖症なら、あんな現実では、日常ではありえないほどの純粋な殺意を見ることはなかっただろう。完ぺきな、憎悪の視線。

 絶対に何かが違うんだ、この世界は。俺がいないっていうだけじゃない。周りの人の性格の問題でもない。俺がいないこの世界で流れてきた時間が、すでに俺のいた世界とは違う、何が起こっていたのかなんてわからない。

 帰ろう、と七海は言った。それが目的で俺たちを追いかけてきたんだろうから別に変じゃない。でも、その次の言葉は全然違った。

――こんな人の近くにいたらダメだよ。こんな犯罪者とッ。

 何があったんだよ。なんでそんな、真剣な、冗談が通じない視線でそんなこと言ったんだよ。スルーできないじゃんかよ、あれじゃあ。

俺は歩いて一駅分を超えた先ほどの姉妹たちが暮らす町に戻ってきた。

もうあたりは夕焼け色に染まり始めている。

そして俺は迷うことなく、清水家を訪ねた。だが、インターホンを押す直前、

「悠喜……?」

 俺の名前が、頭上から聞こえた。俺は上を向いてその声の主を探す。真上ではない、少し斜め、ちょうど目の前の家の二階のあたり。

「…………夏希……」

 俺は七海の姉である夏希の姿をその目にとらえた。

 夏希は俺にそこで待つようジェスチャーで指示し、カーテンを閉めて部屋の中へと消える。そして、三十秒後に夏希が玄関のドアを開ける。

「…………ごめんな」

 まず一言目は謝罪だった。何を謝っていいのかは分からないけど、俺が何かをしたことは確かだった。

 夏希は靴を引っ掛けてしっかり履かないまま、後ろ手にドアを閉める。

「…………悠喜が謝ることじゃないよ……」

 そう、家の塀にもたれ掛って苦笑交じりに言う夏希。でもその下の顔では、不安そうな色があふれそうになっていた。

「…………どういうことなんだ……七海のアレ…………」

 俺も家の塀にもたれ掛って、顔を上げずに夏希に問う。

「…………分からない……。あんなの、初めてだから……」

「……………………そうか…………」

 気まずい沈黙、でも、逃げるように話題を変えるわけにもいかない。

 俺はもう一度、同じような質問をする。

「……何か、心当たりみたいなのあるか、七海がああなった、俺の変だった行動でもいい」

 俺がそう聞くが、夏希は首を振るだけ。さっきと同じようにそうかとだけ答える。

「…………今日は、ごめんね。……あたしの我が儘だったのに、変なことになって……」

「……夏希のせいじゃない。むしろ原因は、たぶん…………」

 そう、俺だ。俺が何かをして、七海の触れてはいけない部分に触れてしまったのだ。

「……七海、昔彼氏とかいたのか……?」

「ううん、よくは知らないけど、そういうの話はなかった…………」

 じゃあ、なんなんだ? 男なんて最低、犯罪者だの言ってたから、てっきり昔彼氏かだれかに騙されたような、苦い経験でもあるのではと踏んでいたんだが、違ったのか?

「じゃあ、なんなんだ。あの言葉は…………」

「分からない、それに、最近ずっとおかしかったし……」

「ずっと…………?」

「うん、特にあたしが悠喜と一緒に居る時は特に変だった」

 一体何が変だったんだ? 俺はこの世界の七海はあういう勢い任せなところしか知らない。あれがすでに変だったのか?

「……前は、あたしが彼氏つくるのを急かすくらいだったのに、一ヶ月くらい前から、そういう話しなくなって、昨日悠喜と一緒に居るとこ見て、必死にあたしに一緒に居ちゃダメとか言ってきたし…………。前の七海と全然違った」

 夏希の声は、小さく震えていた。弱弱しく、喘ぐような呼吸。

 今にも泣きだしてしまいうのではないか、そんな風にさえ思ってしまう。

「前は、ちょっと少女趣味かなって思うくらいのかわいい子だったのに、なんで、いきなりこんな、恋愛話だって大好きだったのに、あたしがそんな態度とるとからかうくらいだったのに、あんなに必死になって…………」

 ……同じだ、俺のいた世界の七海と。

 性格が違うんだと思ってた。けど、違ったのか? あれが偽物で、本物は俺のいた世界と同じだったのか。じゃあ、なんでこんなことに?

「それに、七海走るの得意じゃないし、嫌いだって言ってたのに、なんでいきなりあんな嘘吐いたの……?」

 それは小さな呟き程度の声だった、けど、今の俺の耳にはしっかりととどいた。

 嘘を吐いた。走るのは嫌いじゃないと。なんでそんな風に言ったんだろうか?

「違うの……。七海が、七海じゃないみたいで、最近ずっと……しんぱ、いで……」

 もしかして、七海に何か言われてうつむいてたのは、単に恥ずかしかったとかの感情じゃなくて、戸惑ってたから? いつもと違う妹の態度に戸惑ってたから、あんなに目を合わせないようにするかのようにうつむいてた? 七海が追いかけてきたときも、あんなに怖そうにしてたのももしかして……? カラオケの個室の時、全然しゃべらなかったのも……。

 半泣き状態になってしまった夏希をなだめるために、俺はどうしたらいいのかわからなかった。どんな行動を取ればいいのか、わからなかった。

「……………………刺激しないほうが、いいのかもしれない…………」

 俺はそうつぶやいた。夏希に聞こえるようにちゃんと。

「俺と夏希が一緒に居るのが刺激になってるんだとしたら、なるべく俺たちが二人っきりでいるのは避けた方がいいかもしれない。……いや、しばらく、合わないほうがいいのかもしれない…………」

 夏希は、俺の方を涙がたまった瞳で見て、言った。

「一緒に居よう。……七海、もしかしたら明日には落ち着くかもしれないし、それに、そんなことするより、解決方法を見つけた方が、いいと思う」

「でも、あんまり七海に刺激を与えると、本当にあいつが…………ッ」

 夏希は、ふるふると首を横に振ると俺の方を向かず、俯いたまま言った。

「……七海のことを思うなら、そうするのが一番だって思うの。……一時的になんて、そんなことやってたら、七海が敏感になっていくだけだと思うの……」

「…………じゃあ、どうするんだよ。こうやって二人で話してるところを見られただけでも、もしかしたら七海は過剰反応して……」

「七海のこと、全然知らないから、こんなことになっちゃったの。だから、あたしがここでそうやって逃げてちゃ、七海のこと、もっとわからなくなっちゃうから…………」

 筋が通っているのかいないのか、理解できなかった。けど、確かに言えることは、俺だってそんな行動をとったら、ただ逃げてるだけなんじゃないかということだ。

「……分かった。いつも通りにしてよう。それで、夏希がいいなら……」

「うん、ありがとう…………」

 夏希は、力ない笑みでそう言った。

 夕日がどんどん沈み、空が紫色になる。

「…………じゃあ、俺はそろそろ行くよ。さすがに、一緒に暮らすっていう話は、な……」

「…………うん。ぬか喜びさせてごめんね…………」

 俺は塀から背中をはがし、夏希を振り返り「じゃあ」と言って背中を向けて歩き始めた。

 後ろでドアにカチャンとカギがかかる音がかすかに聞こえた。

 俺はいつも通りの寝床、近所の林へと向かう。

 このわけのわからない騒動のせいで、俺は自分の世界に帰るための行動がしばらくできなくなるのだろう。だが、今はそれでいい。今は、何としても七海のあの意味不明な状態を何とかして、安定させなきゃいけない。

 七海の心配をする自分を少し不思議に思いながら、俺は林に帰って行った。


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