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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第二章 妹だったら
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妹だったら 4

感想等是非お願いいたします。

 俺は夏希が買ってきたスライスされたイチゴとクリームが入ったシンプルなクレープを夏希が三口ほど食べたところで赤面しながら――なぜ?――勧められ、一口ぱくついた。

 俺はイチゴが嫌いでも、生クリームが嫌いでもないので躊躇なく食べた。感想から言えば、夏希が気に入っている店だけあっておいしかった。なんといっても生地がおいしかったんだ。厚みは薄すぎないちょうどいい歯ごたえだったし、焼き方もうまかった。

 そんなことを考えながら俺は夏希のもつクレープを見ていたのだが、そこで俺はとんでもないことに気付いた。俺は驚愕して一瞬息をするのを忘れてしまう。

クレープの中に入っていたクリームをよく見ると色が二つあった。もちろん定番の生クリームは入っている、だがそこに薄く塗られている黄色っぽいクリームがあった。これはカスタードクリームだ。

 カスタードクリームと生クリームは合うだろう、だがイチゴとは合うのか? と一瞬思ったが、事実俺はこのクレープを食べておいしいと感じたのだ。つまりは合っているということだ。こういう小さい工夫がいい結果をもたらすんだよな、さすがだ。そして俺の胃袋が幸せになっている、恐るべし。

「ど、どう……おい、しいかな……?」

「うん、めちゃくちゃうまいっ」

 俺はクレープの自分が食べたところ――正確にはカスタードクリームの塗られている部分を指さしながら――行儀が悪いのはわかっているが仕方がない――夏希に言う。

「ここの部分、すごいよ! 夏希も食べただろ!」

「う、うん…………」

 夏希が赤面しながら唇に手を当ててうつむき気味になってしまう。うん、言葉も出なくなるくらいおいしいよな! 俺は実は甘いものが大好きだったりする。

「カスタードが薄く塗られてるんだな! 生地の色に隠れて分かりにくいけど、すごいうまいよ!」

「え、ああ……そっ、そうだねっ!」

 慌ててそう言った夏希に俺はうんうん、と頷きながら同意する。まぁ、慌てるのも無理ないかな、俺こんな風に熱く語るような一面見せたことないし、戸惑うのも無理はない。

 俺はそう思うと苦笑が浮かんできた。

「……でも……こんなにうまいって感じるのは、この状況っていうのもあるよな」

「っ~~~~!!」

 ひゅう、と冷たい風が通り過ぎる。

 夏希がうつむいたまま耳まで赤くしているが、寒いのだろう。耳あてでもあれば和らぐだろうに。夏希が腕を抱きながら寒さに耐え、聞き返してくる。

「……この状況って…………?」

「そんなの、そのままのことだよっ。こうやって今食べてるってことがってこと。今じゃなきゃいけないし、この状況じゃなきゃいけないんだよ!」

 俺は興奮しながら夏希に熱弁する。他人相手にこんなに勢いよく話しかけたことがあっただろうか? いや、これが初めてだ。それだけ夏希のことを信頼しているということか?

 とにかく、この空腹状態で、なおかつ今現在、つまり出来立ての状態を食べているからこそここまでおいしいと感じられるということだな、うん。

 夏希が顔を上げ、目を見開いて俺の方を見てくる。何か言おうとするが、その口から音は出ない。俺と目が合うとまたも俯いてしまう。そしてそのまま小さく何かつぶやいたようだが、俺が聞き取れたのは

「……と…………せつ……ス……。それ……に…………おい…………しい……」

 アニメか何かだとボンッ、という効果音がふさわしいくらいの大袈裟な急激な赤面。小説ならそのような描写以外に表現する方法はないだろう。

「えーと、なんて言ったんだ?」

「えっ、あのっ! そのぉっ!」

 俺の方を見ようと顔を上げようとしたらしいのだが、それが途中で止まり俯いてしまう。

 俺は頭上にクエスチョンマークを浮かべるしかない状況だ。さっぱりわからない。

「あたし……かん……キ…………。……なの………………い…………しい……。って……」

 またしてもまったくもってその言葉はわからなかった。いやはっきり聞こえてないから意味も何もないと思うんだけど。まぁ、俺はひとまずそのことは置いておいてひとまず、

「ありがとな」

 お礼を口にする。

「にゃぇ!?」

 なんか奇妙な、猫が尻尾を引っ張られたとき出すような声を発する夏希。…………さっきからどうしたんだ? なんかいつも以上に顔が赤いし、もじもじしてるし、いったい何があったんだ? いや、何言ってんだ俺、あったじゃんかついさっき。全く七海の奴なんで夏希をここまで同様させるようなことをあんな大声で言うかな。

 人のせいにするのはどうかとは思うが、実際七海のせいだろう。それ以外に思い当たる節がない。……え? 俺のせい?それはないだろ、俺は奢ってもらったことに対してお礼を言っただけなんだし、別におかしいことは言ってないだろ。

 俺は何度目かわからなくなり始めたが、再度クエスチョンマークを浮かべながら言う。

「……なんかさ、俺ってこうやって人と話すのって、今までやってこなかったからさ、慣れてなくて……。だから変なこと言ってたりもすると思うけど、もし気になったら指摘してくれればいいから。今更だけど」

「う、うんっ…………」

 夏希はぎこちなく、けどしっかりと頷いてくれた。

 そうだ、解決するのは簡単だった。変なことを言ったと気付いても自分ではどの部分が変だったのかは気づけない。だったらこうやって指摘してもらえるようにすればよかったんだ。夏希には迷惑かけるかもしれないけど、そうしていった方が人とコミュニケーションが取れるだろう。俺の対人スキルの無さを何とかしようともがく俺だった。

「あ、あの、じゃじゃあ言うんだけど……。その、……あたしの、食べ掛けだよ? それ食べちゃったけど……いいの…………?」

「ん? いいも何も………………あ、もしかして嫌だったか、そういうことなら――」

「そっ、そういうことじゃなくてっ。……あたしとか、間接キスしたんだ、よ…………?」

 ………………………………甘ぁぁあぁぁぁぁ!?

 そうか、そういうことか! 考えてみればそうじゃないかっ、なんで俺は平然と夏希の食べかけのクレープをもらって食ってるんだ!? あれか、俺はバカなのか!? なんでその程度ののことが分からなかったんだよ! 夏希の態度を見てればすぐ気づけただろ!

 俺があんまり無駄遣いをさせないようにと夏希のを少し分けてもらうみたいなことを言ったときの夏希の驚いた顔っ、俺がクレープを受け取った時の夏希の伏せられた目っ、俺がクレープの食べた部分――犯行現場を指さしながら興奮していたあの時の態度っ、極め付きは俺の余計な言葉だ!

 こんなにうまいって感じるのは、この状況っていうのもあるよな、だと!? まるで俺が間接キスを求めていたみたいじゃないか! ちょっと待てよ過去の俺っ、もうちょっと言葉には気を付けてくれ! そして他人の態度で簡単に気付いてくれ! そして夏希に全力で謝罪してくれ! …………いや、最後のは俺が今すればいいんだよなっ。

 俺は火照った顔を冷たい空気で冷やすべく大きく息を吸い込んだ。

「……えーと、その、配慮が足らなくてすみませんでした…………」

 冷まし切れなかった顔が再び温度を上げ始める。後ろめたさなのかはわからないが、どうしても声が小さくなってしまう。

「う、ううんっ、そうじゃなくて。あたしは別にいいんだけど悠喜は、ほら、風美のことが好きなわけだし、あたしなんかとこんなことして、嫌な気分になったり、しない……?」

「いやいや夏希、それよりお前は自分のことを考えろよ。好きでもない男と間接……っていうかデートみたいなことまでしてるんだぞっ」

 自分でもどっちの方が問題視されるべきことなのか優劣を定めることはできなかったが、フツーに考えれば両方とも問題視されるべきことなので指摘する。

 というか、自分で言っておいてなんだが、ストレートに言いすぎたのではないだろうか。こんな直球をぶつけてしまってはさすがに夏希の動揺――もとい赤面はさらに須佐マジいものになるのではないだろうか、と安易に予測できる。

「あのっ、あたしはその、い、い嫌じゃないし……。そのぉ…………ッ~~~~!」

 そう、この予測だけは外れることがない。清水のこう言う一面だけは何度も見たから予知できると言っていいほどになっている。

 そして俺の本日二度目のデート発言を聞いてさっきと同じように赤面を披露する夏希。

 なんだ、もうこんな言葉言いたくなかったのにっ、なんでこんな簡単に口にしてるんだよッ。この世界に来たので結構汚染されてるのかも知れない、この世界に来て確か今日で三日目だった気がする。三日でここまで汚染されたって、やばいだろ。一週間たったらどうなるんだ?

 などと若干恐怖にも似た感情に不安になっているが、それも現実逃避としか見えない。だからもうそんなことはやめて、今は、今は! 正面から猿芝居でもいいから真面目にしよう。

「お前、さっき気になる奴がいるって言ってただろ。だったら俺となんかよりもそいつとの方がいいだろ」

 俺はいつも通りの、内心を悟られないような冷静な声色でそう告げた。

「う、うん……そうだよ、ね……」

 夏希は胸の前で両手をきゅっ、っと握って、まるで心臓の動機を無理やりに抑え込むようにさらに強く握った。

「と、とりあえず、俺もなるべく配慮するから、夏希の方もなんか俺の行動がおかしいと思ったら素直に言ってくれ」

「…………」

 夏希は何も言わずに小さく頷いた。

 そして俺はこの目の前にある夏希の手に握られたクレープをどうすかと考える。

 買ったのは夏希だから夏希自身が食べるのがフツーだとは思うのだが、俺はそのクレープを一口食べてしまったわけだ。そのあとになった今夏希が食べるとなると、夏希まで間接キスの被害者になってしまいかねない。……はい、すみません俺は被害者ではなく加害者です。

 で、その解決方法はすぐに思いついた。

「夏希、ちょっと待ってくれ」

 俺はそう言って夏希が食べようとしていたクレープを少しちぎる。俺が口をつけてしまった部分を。

「これなら、問題ないだろ」

 罪滅ぼしでもなんでもないが、せめてこういう配慮くらいはしないといけない。さっきなるべく配慮するとか言ったばっかりなんだから。

「うん、あ、ありがとう……。はむ……」

 清水は小さな声でそう答えた。何かちょっとさみしそうな切なそうな顔をした気がするのは俺に気のせいだろう。

「ッ!? ッ~~~~~~~~!」

 なんかいきなり夏希が壊れたッ、頭横にぶんぶん振って自分に何かを言い聞かせるように「違う違うっ」って何回も呟いてるし、どうしたんだ!?

 でも、なぜかここで俺が声をかけたらいけない気がして、俺は何もできずにいたんだが、夏希はハッ、と俺の顔を見てうつむき黙ってしまう。……はい? 何が起きたのかさっぱりわからないですはい。

 でも、いい加減このわけのわからない状態が続くのはどうにも耐えられないし、このまま一日が終わってしまう気もするので現実に戻ってきてもらおう。

「夏希、落ち着いて、まずはクレープ食べてどこか移動しよう」

 俺たちは座りもせずにこんなやり取りをしていたので若干注目を集めたりしている。おもに「リア充死ね」的な視線が痛い。リア充じゃないんです、こっちは結構大変なんです。

「う、うん……それじゃ――」

「やっと見つけたッ!!」

 と、やっと話が進みそうになったところで鋭い声が飛ぶ。俺と夏希は反射的にその声がした方を向いた。まぁ、大体誰がいるのかなんて朝のやり取りを丸々忘れてしまった奴以外なら簡単に予想できたことだろう。俺にだって予想できた。

「あんたおねぇちゃんから離れなさいッ!」

 あんたというのはもちろん俺のこと、そしておねぇちゃんというのは夏希のこと。この世界での夏希の妹と言えば一人しかいない。性格がきつくなった元俺の妹、七海だ。

 もちろん若干びっくりした様子の方もおらっしゃるようですが、俺はさして驚きもしない、なんせ朝ストーキングをすると堂々と告白してきたからな。

 休日の駅というのはそれなりに込むものだ。平日朝の通勤ラッシュまでとはいかないが、それなりには、という感じで。そしてその視線が一気に一か所、俺たちのもとに怒りの足音を鳴らしながら歩いてくる女子中学生。

 七海はそんなことどこ吹く風でこっちに向かってくる。

 なぜこれだけの人数に注目されてもなお気にせずにいられるのだろうか。清水なんかはもう立ち上がって逃げる体制になりつつあるというのに。姉妹なのにここまで違いがあるものなのか? 俺の妹だった時の七海と性格変えてるんだから少しは夏希に近づけることもできただろうに。

「変態はそこ動かないでよッ!! おねぇちゃんは逃げて!」

 なんだろうこの感じ。夏希は何か親に叱られる子供みたいな感じだし、俺は教師に文句を言われたときにとる平然とした態度だし、違いがありすぎる。同じ場所にいるのに違う世界にいるみたいな感じだ。

 そう思っている間にも七海は近づいてくる。そして変態というワードのせいで七海の向かう先に自然と視線が集められる。ここで大きなアクションを取ってしまえば一目瞭然、俺がその変態さんだと自首するようなものだ。そして逃げなくてもいずれは七海がここにたどり着き、その変態さんに向かって説教やら文句やらを大声で吐露することだろう。

「夏希、どうする? なんかどう行動しようが無駄な気がするんだけど」

「え、えーとっ、と、とりあえず、謝ろうッ」

 なんで謝るという結論に達したのかは分からないが、いつだかテレビで日本人は恐怖やらなんやらに追い込まれるとなぜかごめんなさいやすみませんを連発するのだという。確かにそういうのは俺も実際に覚えがある、主に中学時代に。……っと、そんな話は今は関係ない。夏希がそう判断したのなら、俺はそれに従うまでだが、一言目は俺に言わせてもらおう。

 夏希に了承を得て、まずは俺が一言しゃべることになる。これでややこしいことは起きないようにすることができるはずだ。

 そしてとうとうラスボスのような威圧的なオーラをまとった七海が俺たちの目の前に現れる。

「この変た――」

「七海まずは場所を変えようッ、めちゃくちゃ注目されてるから」

 俺がそう言ってあたりに目くばせする。誰に対してではない、七海に対してこれだけ注目されてるぞというのを確認してもらいたかったからだ。

「…………」

 七海はちらりと横目で周りを確認し、それから夏希を見て「わかった」としぶしぶ頷いた。何とか公開処刑を免れた俺、ただこの後どんなことがあるかは分からないけど。

 さっきまでの何とも言えない空気はどこへやら、最終決戦を控えた勇者(七海)が魔王(俺)に殺意を向けて討伐意志を露わにしたなんとも日常とは程遠い空間になってしまった。


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