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もう一度君に会いたくて  作者: 澄葉 照安登
第二章 妹だったら
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妹だったら 3

 一駅超えただけにもかかわらず、やっぱりそこは俺のいた世界と変わらないらしく俺の最寄駅とは違いいかにも『街』という感じだった。

 俺は周囲を見渡しながらとんでもない既視感を感じていた。既視感を感じる、それも当たり前だ。前にここに来たとき――俺のいた世界で風美とアニメショップに行くためにここを通ったのだ。確かアニメショップはここから少し行ったところにあったはずだ。

 そんな風に俺はやっぱり自分のいたとことそっくりな異世界のことばっかり考えていた。

 隣を歩く夏希は正面を向いたまま無言で歩いている。心なしか頬がほんのりと赤く染まっているのは寒いからだろうか。

 俺は今現在この世界に所持品がないため手ぶらだが、夏希はしっかりと持ち物を持っている。さすがに俺と同じ考えでスクールバックをもってる、なんて言うことはなく、ちゃんと女の子らしい肩に横掛けする小さなバックだ。服装もさっき言った通り私服だが、やっぱり女の子っていうのはおしゃれに気を使うものなのだろうか、俺の乏しい知識では今の夏希の服装をしっかりと説明できる気がしない。わかるのは上は薄いTシャツだか何だかの上に種類はわからない白っぽい明るい色の上着を二枚重ねてきている、下はミニスカート、というには少し長い膝上くらいまでの丈があるこちらは上に比べると少し暗めの灰色のスカートだ。まぁ、全くどんな服装なのかは具体的に表現できないわけだが……。ただ一つ言えることは、夏希の感じによく似合っているということだ。

 と、俺はいつの間にか夏希のことを凝視してしまっていたらしい。その視線に気づいた夏希が不思議そうな顔をして首をかしげる。いつだか俺の妹――七海がやってるのを見たなぁ、と思いながらかすかに微笑む。

「? ねぇ……何か、おかしい?」

 夏希は自分の服装を見回して心配そうに言う。

 俺はそんな夏希に別に、とほころんだ笑顔のまま言った。だんだん、こんなことは俺らしく無いなんて言ってるのがくだらなく思えてきた。結局は自分らしく無くても今やってることなんだから、自分らしくないからって不思議に思っても仕方がない。

 俺は視線を正面に移し、その状態で尋ねる。

「で、どこに行こうとしてるんだ? この辺よくわかないんだけど……」

「えーと、この先の、ほらあそこ。洋服屋さんがあるからまずはそこに行こうかと思って……その格好じゃ寒いでしょ?」

 言われて自分の姿を見る。学ラン姿の俺がそこにいる。

 別になんら変わったところはない、冬場はいつもこの服装だ。まぁ、ここでこの格好が他人から見てフツーだとは、百パーセント肯定できるかと言われると、そうではない。

 かといって、

「いや、大丈夫だから心配するな」

 素直にそんな風に甘えようとは思えなかった。……何を意地を張っているんだろうか。心の中では迷惑をかけないようにしたいと思っている――思い込んでいるけど、たぶん俺は男によくある無意味なプライドのようなもののせいで意地を張って、素直に夏希の善意にこたえようとしないのだろう。そんな風に自分のことを見れてしまう。自分で自分を見れている。自分という、人間のことを。

「気を使わないでいいんだよ、って悠喜も同じようなこと言ってたよね?」

 そう、確かに俺は同じようなことを言ったかもしれない、素直になれと。無駄なことは考えずにやりたいことだけを考えてみろと。

 でも、そう考えると、俺は今夏希の好意に甘えたくないという本心でこんな言動を取っているんだ。ただ、同時に今の俺の言動のせいで夏希が気を使っているのが文字通り、目に見えて分かる。無駄な気を遣わせてしまっている。

 そう思うと、俺はここでどんな受け答えをすればよかったのだろう。それは、過ぎてしまった場合はわからない。でも俺は、意地を張っていた。

「いいよ、夏希の言ってた通り、初めに言ってた通りに遊ぼう。今日は、それが目的だろ?」

 本来は違ったかもしれない。もともと俺のことを気にかけてくれた夏希が俺のために日用品を買うというのがそもそもの話の発端だった気がする。けど、その最中夏希がふと口にした「ついでに遊ぶ」という言葉。俺からすると、今日この日はその言葉のためだけに用意された一日なのだ。だから俺は、

「いいの? そのままじゃ寒いでしょ? それに、あたしのわがままを優先しちゃったら……」

こんな気を使った言葉ではなく、

「……そうか、じゃあ俺のわがままなら夏希は聞くのか? もしそうだったら、早く遊ばないと日が暮れちゃうかもしれないだろ?」

「? どういう、こと?」

 理解出来ないのも、無理はない。だって文章的におかしいではないか、夏希からしたら自分のわがままを優先したら悪いと思ているのに、それを無視して俺が遊ぼうと無理やり言っているのだから、会話が成り立っているのかどうかすら危うい気がする。

 だから俺は、説明するのを省略する意味も込めて、一つ言葉を発した。

「俺は今日は遊びたい気分なんだ」

 それでも、言葉の意味だけとらえてしまっては回答にはなっていない。その内側に込められている俺の気持ちもわからないとこの言葉の意味は分からない。だから、俺は付け足すように続けた。

「俺は今日俺のためにお前が気を使う一日じゃなくて、二人で楽しめる一日がいい。だからお前の言った通り、お前のわがままじゃなくて、俺のわがままを優先してくれるんだろ?

だから俺のわがままを言ったんだ」

 ここで終わらせてしまっては明確な答えにはならない。すでに夏希はここまでの発言でなんとなく感づき始めているようだったが、俺はもう一言、無駄な過程を話し終えた後の、結果の部分を伝える。

「夏希と遊びたいっていうのが、俺のわがままってことだよ」

 キザっぽいセリフだと自覚しているので自分でもわかるくらい赤面しているのだが、こうでも言わないと夏希は気を使ってしまうだろう。だから恥ずかしいセリフくらい言ってやらないと夏希が疲れてしまう。

 でも、夏希がこの言葉でも簡単には折れないということくらいはわかった。

「……そんなにあたしに気を使ってくれなくても――」

 だからそれが予想できた俺は、もう一つ、俺のこれ以上似つかわしくないような言葉を用意していた。本当ならここでは言いたくはない、いやここでなくても絶対に言いたくないような言葉だった。けど夏希は見事に俺の予想通り折れてくれなかった。だから俺はこの用意していた言葉を言うしかないのだ。俺には全然似合わないバカみたいなセリフ。

夏希の思考を停止させるような卑怯な言葉。俺の頭も真っ白になるようなくさいセリフ。俺は、それを口にした。

「二人で出かけるって、デート、みたいなものだよな……」

 …………正直、死にたくなる。似合わない、こんなきれいな言葉。俺みたいな人のことを見ようとしなかった俺には似合わない。心の中の俺だって反吐が出ると言っている。向こうの世界の、昔の俺は、拒絶した言葉。今の俺は口にすることができた言葉。それだけで、とてつもない差があるように感じる。どっちがいい人間なのかはわからない。こんな言葉を軽々と言う今の俺は他人から見ればうざいだけの人間かもしれない。でも、今はそんな他人の評価も受け入れて、なおかつ俺はそれでいいと思った。

「だから、二人の行きたいところに行こう。したいことをすればいいんだよ」

 二人の、したいことを、すればいい。

 赤面癖のある夏希はこの言葉を聞いただけで赤面してしまった。いや、夏希じゃなくても、どんな人だって赤面したのかもしれない。だって、俺だってこんなに赤面してるんだ。自覚でいるほどに。今夏希と俺の顔を比べたら大差ないどころか、もしかしたら俺の方が勝ってしまうかもしれない。

 だから俺は、ごまかすように顔を逸らし、話を逸らす。

「夏希は、その、どこに行きたい?」

 まるで本当のデートで使うような定番のセリフ。でも、なんとなくこの言葉が定番になる理由がわかる気もする。照れくささを紛らわす、相手に悟られないためにこうやって話題を逸らすという簡単な方法のためによく使われるのだろう。

「あ、えっ、あのっ…………やっぱり、悠喜の……」

 また、気を使った答えを口にしようとしたようだが、七海はそこで言葉を止める。多分夏希のことだ、俺のせっかくの気持ちを無駄にしちゃいけないとか思っているんだろう。まったく、気を付かわなくていいって言ってるのに。

「……えーと、悠喜はお腹、空いてる……? もしよかったら、クレープ食べない? ここのクレープ、前に来た時に食べて、おいしかったから……」

 小さい声で小呟くように言った言葉を聞き逃さずに俺は話を進める。

「じゃあそうするか。案内は夏希に頼むしかないんだけどな……」

「う、うん、こっち」

 夏希は俺と顔を合わせようとせずに、早足に歩き出してしまう。

 俺もその歩調に合わせるように早足に後をついていく。本当は俺自身も心なしか歩調が早まっていたのだろう。いつも通り歩いているつもりだったのに、その早い歩調についていけたのは。

 そういえば、ついさっきまで七海がついてくると駄々をこねていたのだが、そんなことはもうすっかり頭から離れてしまっていて、頭の中は真っ白な状態だった。ふと、初めてのデートって、こういうものなのかなと思った。

 すぐ目の前の長い髪に隠れた小さい背中、頼りないそんな華奢な少女のに俺は頼っている。潰れてしまうから。そんな折れてしまいそうな少女の体に、魂にすがって――。

 俺はそこまで考えたところで思考を追い払おうと頭を左右に振った。

 俺はまたなんでこんなことを考えてるんだ。無駄なことは考えずに今日は二人で遊んでいい思い出を作って楽しむんだろ。さっきいろいろ言い合ったじゃないか。俺が無駄なことは考えるなとか言っておいて、自分の方こそ無駄なことを考えるんじゃねぇよ。

 俺は自分の矛盾した思考と思いを取り払って前を向く。

「っ…………」

 …………前を向いた瞬間、夏希と目があったのだが一瞬で逸らされてしまった。顔を逸らすのと同時に長い髪がふわっと弧を描く。それを見た瞬間、こっちも同じ反応をしてしまいそうになって驚く。

 こういう空気は、俺以外の人はどう感じるのだろう。やっぱり、気まずいと思うものなのだろうか。だとしたらやはり、俺は変わっているのだろう。俺は今のこの状況を、この場の空気を気まずいなどとは思わず、むしろ楽しいと思っている。二人の間には何の会話もなく、ただ沈黙だけが支配しているというのに。

 複数人とすれ違う。俺たちと同じくらいの高校生が何人かのグループになって楽しそうに笑いながら歩いている。向かい側の歩道では男女のカップルが微笑みあいながら寒い中、わざわざ手袋をはずして指をからめ合わせている。そんな光景も、楽しいのだろうとは思う。けど、そういう楽しいではないのだ、俺の感情は。

 矛盾して理解できない。明確な言葉にできない。

 それなのに、楽しいという感情に非常に酷似しているのだとわかる。なぜなら、風美と一緒に居たときのあの気持ちに似ているから。だから、これは楽しいっていうことなんだ。

 俺はすこし、さらに歩調を速め夏希の隣に並ぶ。そんな俺をちらりと見て下を向いてしまった夏希に対し、俺は苦笑を浮かべながら頬の染まりを隠す。

「夏希」

 俺がささやくような小さな声で呼ぶと、夏希はビクッ、と反応してから歩みを止める。

 俺はその様子にクエスチョンマークを浮かべる。夏希はそれほどまでに緊張していたのだろうか。たかが名前を呼ばれたくらいで…………。

 と、そこで俺は思った。苗字ではなく、名前で呼ばれるのは、女の子からしたら感じるものが違うのではないかと。男の俺なんかは名前だろうが苗字だろうが気にも留めない、ただ自分が呼ばれたということが分かればそれ以外は気にしない。

 だが、女の子からしたらどうだろう。下の名前で呼ぶというのは親しい友達や恋人だからするものではないのだろうか。俺のような異世界から来たなどと主張する、いわば危険人物なんかをそのような対象として見れるのだろうか。いや、仮にそこに問題がなかったとしてもだ、今まで苗字で呼ばれていたのについさっきから呼び方が変わったら、どう思うか。やはり違和感を感じるだろう。

「……清水、どうかしたか……?」

 俺は呼び方を前の状態に戻して理由を尋ねる。

「あ、そこがクレープ屋なんだけど……」

 清水の言葉通り、すぐ目の前にクレープの文字が入った看板を見つけた、クレープ屋なのでもちろん店内で座って食べるようなものではなく買い食いタイプだ。そろそろ昼時なので客層はそっちに流れて行ってしまっているのか並んでいる人は数人しかいない。

 俺が視線を清水に向けるがいまだに俺の方に視線を向けずに答える清水、そして続けてもう一言。

「あと……夏希で、いいよ……」

 そう言われるが、いいのかどうかわからなかった。実際、清水は俺に下の名前で呼ばれて戸惑っているみたいだし、また気を使っているのかとも思われた。さっきの清水からお願いしてきたときは本心だったとしても、いざ呼ばれると違和感があってどうにも緊張してしまうなどということもありうるだろう。だとしたら、素直に呼び方を戻してくれと言ってくれれば俺はそれに従うのに。と、俺は嘆息気味に口を開く。

「別に、いいんだぞ、気を遣わなくても。嫌なら嫌って言ってくれればいいからさ」

 俺がそういうと、清水は顔を上げて赤面が収まり始め、頬の赤らみだけになっていた顔に焦りを表現しながら早口で言った。

「悠喜こそ、気を遣わなくてもいいんだよ。それに、あたしが頼んだって言ったんだから、あんまり変な風に考えなくていいから」

 俺はまたも同じようなことを言われてまた考える。

 もしかして、俺も木を使っているからいけないのではないか? 俺が気を使っているようなそぶりを見せているのが影響しているのかもしれない。清水は言っていた、俺は優しいと。でもそれは、俺の全く意識していないことだった。ならこれも同様に、意識せずに俺は清水に気を使っているそぶりを見せていたんじゃないだろうか。もしそうなら、少しくらい俺が図々しい態度を取った方がバランスが取れるのではないか。気を使って、その隊を鵜にさらに気を使われると二人にとってめんどくさいことになる。それこそその場の空気が重く、悪くなってしまう。

「……夏希、クレープ買うんだろ? 並ばなくていいのか?」

「う、うん……」

 そう言って夏希は短い列に並ぶ。だがそこで何かを思い出したように小走りで俺の元に戻ってくる。どうしたんだろうと思うと、

「悠喜は何にする?」

 そんなことを訊いてきてくれた。俺は今回は遠慮でもなんでもなく、いらないと答える。そして続けざまにもう一言。

「おいしそうなら、清水が少し分けてくれればいいよ」

「えぇっ……!?」

 と、戸惑いながら赤面する清水。俺はまたもクエスチョンマークを浮かべながら首をかしげる。そんな俺を無視してあわてて喋る清水。

「……じゃ、じゃああの、悠喜も食べられそうなの買ってくるねっ」

 そう言ってもう一度列と呼べるかわからない列の最後尾に着く。

 俺はそれを見ながらも、やはり今の赤面の理由を理解できないでいた。


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