妹だったら 2
俺たちはしばらく走ったあと、清水にどこに行く予定だったのか確認を取って、一つ先の駅を降りたところにあるショッピングモールとかいうところに向かい始めた。
ただ、俺たちは走っているときに駅を通り越してしまっていたので、ショッピングモールまでは歩きで行くことになった。まぁ、俺は金がないから電車にも乗れないのでどっちにしろこの状況になっていたと思うが。
七海は後をつけてきている様子はないのでどうやら成功したらしい。
俺たちは今二人で並んで、線路沿いに歩いている。会話は、なくはないが、少ない。
ただ、気まずいというわけでは無かった。
あの後俺は必死に清水に向かって気を使わなくていいとか、楽しめとか、いろいろ言ったおかげかどうかは知らないが、清水は今隠しきれない笑顔で歩いている。
無邪気な子供にしか見えない。俺と同年代というより、俺の少しし年下の後輩のような感じすらする。ようは幼く見えるということだ。
「なぁ、清水は好きな奴とかいないのか?」
「ふぁぅ!?」
何とも言葉にしにくい言葉を口にしたものだ。まぁ、俺もそうなんだがな。
俺が、こんな恋バナみたいなことを口走ることはまずないはずなのだ。何せまったく関心が無いから。人と付き合うのすら苦手な俺がもっと親密な関係として付き合うなど、想像もしたことがなかったのだ。
でも、今は気になる。なぜかなんてフツーの人に聞いたら恥ずかしくて答えないだろう。まぁそれはこの俺にしても同じだ。変わった人間の俺も。
俺がこんなことを口にしたのはこいつの友人関係を、他人に対する認識を確かめるためだ。簡単に言えば俺との共通点を探すため。
高校生の現状では、俺も清水も友達と呼べる人間は一人しかいない。二人とも風美だけ。なら、中学時代は? それに、今の状態での他人に対する関心は?
俺は高校に入学した後、近くにいる人間に話しかけようとはしなかった。。それでいいと思ったし、関心が無かったからだ。だから最初は風美のことも無視した。
それに対して清水はどうだったのか。風美に話しかけられて友達となったのか、清水が風美に話しかけて友達になったのか。清水は友達を作ろうと行動したのか、しなかったのか。俺とどこまで同じで、どこから違うのか。
こんな時でも、俺は元の世界に帰ることを考えている。
「そ、それって……どういう意味……?」
清水が赤面しながら訊いてくる。どういう意味と言われても……
「そのままの言葉の意味だ。好きな人はいないのか? 恋愛的な意味で」
「……好きな人は…………い、いないけど……」
清水は口ごもり、俺の方をちらっと見て、目をそらしながら言った。
「気になる人なら…………」
やっぱりこいつは俺とは違うんだろう。気になる人、意識が行く人がいるんだ。俺のはそんな人全くいなかった。風美だけなんだ。
「清水は、すごいな」
自然とそんな言葉が出た。俺から見たらすごいことだが他人から見れば当たり前のことかもしれない。けど、俺は思ったことを素直に口に出した。
「そ、それがどうかしたのっ?」
清水があわてたように訊いてくる。なんでだ? 俺の質問が直球すぎたからか?
と、自分のことを冷静に分析できるようになってきた。ちゃんと結論まで出せるようになった、成長したな俺!
などと勝手に自分を過大評価しているとおずおずと清水が憶測を口にし始める。
「も、もしかして、それも……その……。元の世界に帰るために必要なこと?」
その通りだった。いや、正確には必要かもしれないことだ。俺は、この世界と向こうの世界――夏希の現実と俺の現実がどう繋がったのか、どうしてつながったのか、そんなことは何一つ知らないのだ。だから、俺たちは必然的に明確な模範解答など知らないまま自分たちの憶測で可能性を根拠に行動しなくてはならない。
テストで明確な回答のない問題は、個人の意見そのものが正答だったりする。だが、そんなものは紙に書く回答のみに適応されることだ。この現実という自分の人生を決める正しい回答、答えなどは未来になってみなくてはわからない。まぁ、俺の世界はここじゃないんだから人生も何もここでは無意味なことなんだけどな。
俺がそんな遠回りした思考を経て最終的にたどり着いた結論を何とも言えない気持ちで肯定していると、清水が答えを待つように見つめているのに気付いた。ああ、そういえば俺は質問されてたんだな、とようやく思い出し口を開く。
「まぁ、そんな感じのことだ。悪いなこういう時にも元の世界に帰ることばっかり考えてて……」
俺は申し訳ない気持ちになりながら苦笑を浮かべて清水を見る。
「ううん、別に謝らなくてもいいの。ただ、いきなり悠喜が自分からは言わないようなこと言うから……ちょっと驚いて……」
やっぱりそうだよな。俺はこいつに初めて元の世界に帰るための相談をしているときに恋愛ごとは興味がないみたいなことを言っていたからな。いや、でもそのあと俺が風美のことを好きだってことはこいつも知られたはずだし……。どうい言うことだろう。
「まぁ、俺らしくない質問だっていうのは自覚してる。でも、俺とおまえの共通点を見つけるっていう意味で知りたかったんだ」
本当はわかってる。元の世界に帰りたいのはあの風美に会いたいからなのだと。
恋愛事に興味がないなんて言うのも嘘。現に俺は風美のことを好いている。女の子として見ている。
清水は俺の眼を真っ直ぐに見て言った。
「……どうしてそう思ったのかは聞かないけど、やっぱり帰りたいって思ってるってことだよね。自分の本当の居場所に」
そうだ。俺の本当の居場所はここじゃない。
誰だって、自分がいるべきではない場所に居続けたいなんて思わないだろう。そんなことを思うのは、その場所に自分の知らない何かがある時、自分の求めるものがある時だけだ。でも、この世界にはそれがない。だから俺の世界じゃない。
「ああ、帰りたいって思ってる。それは多分変わらない」
こんな二人っきりでショッピングをするという目的のために歩いているのに重い空気になってしまった。全く、こういうのを対人スキルが低いっていうのか? 人との接し方が分からないから変な空気になっちまう。
俺はこの空気を取り払うべく少し声のトーンを上げて清水に微笑みかけながら言った。
「まぁ、俺から言い出しといてなんだけど、この辺で終わりにしよう。今日はもう堅苦しい帰るための方法とか、この世界のこととか、そういうことは考えない。それでいいか?」
「……本当にいいの? 早く帰りたいならあたしのこんなわがままに付き合ってくれなくてもよかったのに……風美と……」
「それ、さっきも言ってたよな。だから俺もさっきと同じ言葉を返す」
俺はそこで一息間をおいてから歩を止め、電車が横を通り過ぎるのを待ってから言う。
「変なこと考えないでやりたいことだけ考えてみろ」
清水が俺につられて足を止める。振り返り前かがみになって清水と目線を合わせる。真顔になるのが精いっぱいで笑顔なんて作ってられない。清水も素の、いつもの赤面を露わにする。
俺はそのまま真顔を保ちながら清水に向かってもう一言だけ言う。
「明るくなれ、いつもみたいにさ」
俺は言ってて気づいた。清水がさっきまでの陰りを帯びた表情そしていたのは俺があんなことを言ったせいだ、と。一回目で気付かずに二回目になってからようやく気付けるなんて、まったく、バカな話だ。
俺は姿勢を元に戻して、清水の手を取る。
「え!?」
清水が驚いて声を出したが、それだけだ。それだけというのは語弊がある。っていうか語弊だらけだ。実際のところ清水は声を出した後に俺の顔と繋がれた自分の左手を交互に見つめながら耳まで赤く染め上げていた。
そんなことを気付かないようにしようとしていたが、一度気付いたら俺まで恥ずかしくなってきた。だって俺はこんなことぜったいにしないような人間なんだ。他人に興味なんか持たない無関心野郎なんだ。そんな俺が自分なりの善意で、清水のためにこんな行動をするなんて俺らしく無いにもほどがある。
いつもの俺ならこんな考えが出たとしてもバカバカしいと一瞬でそれを捨てる。それなのに俺はこんな行動を……。もしかして今までの気付いても行動しないということが、俺の無関心という部分をより成長させてしまったのではないだろうか。
だとしたら、こうやって行動に出せるようになったということは、俺の無関心な一面も多少は変化し、少しは人間らしく、まともになってきたということなのだろうか。
俺は清水が顔から耳までを赤く染め、俯いてしまったのを見ないように早足で歩き始める。そうしなきゃ俺まで何もできなくて気まずい雰囲気が流れてしまいそうだったから。
「あッ」
俺がいきなり歩き出したせいで清水がつんのめってしまう。今度は本当にいきなりのことだったのか、受け身を取るにも取れず、そのまま倒れそうになってしまう。
反射的に体が動き清水の手を握っていた手を離し、地面を軽く蹴って清水の方に軽く飛ぶ、そのまま清水を胸で抱き留めキャッチ。
「わ、悪い、いきなり歩き出して」
清水を抱き留めながらこれまた反射的に答えた俺は、清水を解放してそっぽをむこうとして、逃げ場がないことに気付く。ここには二人しかいないんだから。
「あ、あたしこそ、ボーッとしてて……」
清水も早口に言い、俺から離れるように数歩後退する。
…………しばし沈黙が続く。さっきとは逆方向に電車が通過する。
何とも言えないあの恋愛物語特有の気まずい沈黙だ。この空気は正直逃げ出したくなる。だがさっきも言った通り逃げ場なんかないので、この状況を打破するためにはしゃべるしかないわけだ。
「……じゃ、じゃあ行こうか。ずっとここで立ち止まってるのも時間の無駄だしさ」
俺はそう言って、目的の方向に向かって歩き出そうとする。
「ね、ねぇ…………」
と、俺が歩き出したにもかかわらず清水は立ち止まったまま絞り出すような小さな声で言ってくる。俺が振り向きながら清水の方を見ると清水はさっきと同じ真っ赤な顔を俯かせていた。
清水はそのままこれまた小さな声で言葉を紡ぐ。
「あ……あの……さ……。あたしのこと、清水じゃなくて、下の名前で…………」
清水はそこまで言ってまた言葉を切ってしまった。でも、何を言おうとしてるのかは一目瞭然だ。ちなみに今の言葉は間違っていない。言葉を聞いたからわかったのではなく、清水のその反応を見て理解したのだから『一目瞭然』で正解なのだ。
話が逸れそうになったが、俺はもう逃げない、逃げないぞ!
「……えーと、いいの、か? 確か清水が俺に下の名前はやめてくれって言ったんじゃ……」
「……お、思い出させないでよぉ……。今こうやってお願いしてるのが、なんか……恥ずかしくなってきちゃうから…………」
………………………なに? なんなのこれ!? なんかわかんないけどかわいいんだけど! いや恋愛とかの感情じゃなくてあの犬とかのペットに向けるような感情なんだよ。あのかわいいものをかわいいと思って何が悪いっていう感じの。……あれ、今の台詞ってなんか誤解を招くような言い方の気が…………まぁ、そういうことだ。
「……前に、あんなこと言っておきながら、名前で呼んでほしいなんて……わがままだし、それに何か……その、悠喜のこと、その…………好きに、なってるみたいに思われそうだったから…………」
ね? 恋愛対象っていうかさ、どっちかと言ったらかわいいって思うだけのものだろ? だからね、多少は動揺しても、風美に勝るかというとそうではないんだ。
「別にそんな風に勘違いなんかしないって。あの、あれだろ? 俺の口から言うのはおこがましいんだけど、要するに俺のことを少しは信用できるようになってきたっていうそういう意味で下の名前で呼んでも構わないってことだろ?」
「う、うん。そういうこと…………かもしれない……」
最後の方がうまく聞き取れなかったが、まぁ俺の推測は間違ってないってことだ。
「じゃ、じゃあ……。下の名前で、夏希で、その…………お願い……します……」
なぜか敬語で頼んでくる清水に疑問を抱きながらも俺は了解と言って、そのお願いに応じてやることににする。
「えーと…………な、夏希……?」
「う、うん」
…………うん、わかってるんだ、なんで俺がこんなに動揺してるのかっていう理由、もとい言い訳をぜひさせてほしいんだ。いつもの俺ならこんなことで動揺しないんだよ? だからこそ言い訳をさせてください。
なんかね、まずはこの何とも言えない雰囲気だよね。それのせいで変に緊張しちゃったんだよ。別にそれだけなんだよ? 最後が疑問符だったのも別に特別な意味はないんだからな? 変に緊張しただけなんだからな?
俺は必死に自分に向かって言い訳をする。
ちくしょう、なんか違う。いつもの俺らしく平然と言えばよかったんだよ。清水だってなんか俺が緊張してるせいで戸惑ってるじゃんか。よしっ。
俺は一息間をおいて清水に――夏希に向かっても一度言う。
「夏希」
二度目は平然と、当然のように言うことができた。相変わらず夏希は赤面していたが、俺たちは歩調を同じにして歩き出した。買い物っていう名目だけど、これはただ単純に、俺と夏希の信頼関係を深めてくれる、ちょっとした出来事なのかもしれないな。
更新遅れてすみません……。
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