この世界で 七
「じゃ、今日は楽しかったよ。また誘ってね夏希、悠喜くん」
「あぁ…………また」
「…………」
帰りのあいさつをする。とはいっても玄関まで行くわけにはいかないので部屋のところであいさつを終えた。
俺は元気のない返事で送りだし、清水は無言だった。なぜか、なんて聞かないでほしい。一言でいえば疲れたからだが、話すと長くなるので思い出したくもない。体はいたって健康、元気もある。問題があるのは精神の方だ。
風美はやっぱり明るかった。テンションが高かった。高すぎたんだ。それにいじられてたんだ。どうなるかわかるだろ。俺はテンションが高いのは得意じゃないんだ。
「……清水、俺もそろそろ行くよ」
俺はそう言って部屋を出て階段を下っていく。俺はこの家の人間じゃないんだ。だから友達として、帰らなきゃいけない。でも、どうせなら風美と一緒の方がよかったかな。確かに今日は疲れた。風美がいたおかげで。けど、あんな風に俺をからかうようにして話しかけてきたのは、昔の風美みたいだった。俺がさんざんふざけた対応をしても何度も話しかけてきた。それと、かぶる。
俺は階段を下りながら頭を振る。変にシリアスになったらだめだ、気が落ちていくだけになっちまうじゃんか。まだだれも帰ってきてないらしいから警戒することもない。清水の母さんは買い物に行ったらしい、今さっき。まるで俺たちを二人っきりにしたかったかのように。
「ぁ、あのさ……」
俺の背中から階段を下る音とともにそんな声が聞こえてきた。小さい声だったから聞き取りそこないそうになったが、『この』行動のおかげで大丈夫だった。
清水は俺の学ランの袖をつかんで俺を止めていた。
「…………? なんだ?」
続きをしゃべらないので俺から話しかける。
「あ、あのさ……。悠喜は、どこで寝たりしてるの……?」
「どこって言われてもな……」
「ホテル……とかに泊まってるの?」
「いや、それはないだろ。この辺にホテルなんかないんだし」
「じゃ、じゃあどうしてるの……!」
清水が驚いたように訊いてくる。あ、もしかして野宿してるのに気づいてそれはさすがに、みたいな感じか?
「もしかしてあたしにやったみたいに――」
「清水…………お前の頭はどうなってるのか不思議だよ」
俺はもっとまともな人だと思ってたんだ。それなのになんでそんな風になっちまったんだ? 俺はこれから誰を頼ればいいんだ?
「じょ、冗談だよっ」
ならなぜ焦る必要がある。と口に出したら会話が進まない気がしたのでスルー。
「それで……。どうしてるの?」
「野宿」
「……………………ウソだよね?」
「なんで嘘つく必要があるんだ?」
「だ、だって野宿って……! 寝れないよ!?」
「いや、寝れるって」
「寝れないよ!?」
「二回言っても俺の答えは一緒だからね。寝れるよ」
「それに汚れちゃうし!」
「木の上だからある程度は平気だ」
「汚れ――」
「強調しなくていいから。…………っていうか、いきなりなんでそんなこと聞いてくるんだよ」
俺は素直な疑問を口にした。だって清水には俺がどこで寝てるかなんて関係ないんだし、清水が関係あるのは俺の帰還方法であって、俺の今の暮らしじゃない。
「だって……なんか気になったから……」
あ~、そういえば清水はこういうやつだったな。なんかわかんないけど妙に相手を心配する奴だったんだ。忘れてた、さっきのやり取りのせいで。
「気になっても俺が向こうに帰るまで解決しないんじゃないか?」
「え、あ……そう……なんだけ、ど……」
なぜか語尾を曇らせる清水。いったいなんなんだ、これは。
「あの…………そうやって……困ってるなら…………」
なんだ? 何が言いたいんだ? ちょっと待ってろ自分で答え求めてみるから。なんて言っても時間は止まったりゆっくりになったりしない。
「一緒に…………暮らしても……いい…………かな、って」
何だこの展開は。お前は確か断ったはずだよな? 俺の記憶が正しいならそのはずだ。お前の方は記憶喪失にでもなったのか? それとも何か? さっきの風美の言葉で精神に異常が起きたのか? そうかそうか、だったら俺は帰らないとな、うん。
「また……野宿するの……?」
「…………」
それを言われると、きつかったりする。確かに寝れないことはないんだ。でも、疲れが取れるようにしっかりと寝れるかというと、そうでもない。朝起きると体が痛いことがある。
「…………」
だとしてもだ、さすがにこの申し出は断らなくてはいけないだろう、人として。清水のためにも、ばれたときのことを考えて決めなくては。
「遠慮し――」
「だったら、せめて服とかどうしてるのかとか聞かせて。悠喜、いつもその服だから……」
俺は自分の今着ている服を見る。
学ランに制服のズボン、Yシャツ。何とも模範的な学生スタイルだろうか。いや、スクールバックが足りないか。だが、そんなことはどうでもいい。確かに指摘を受けた通り俺はこっちの世界に来てからずっとこの服だ。清水と会う時だけじゃなくて、本当にこの服のままだ。今までの……二日だったっけな? ずっとだ。
理由は至極簡単、着替えがないのである。だったら買えばいいじゃないか、と言われてもだ、買った服をどこに置いておくかとか、そういうことじゃない。どうやって買うかだ。
ただ今俺の残金は十円にも届かない。その金額で買えるものと言ったら駄菓子屋で売っている某おいしい棒を買うことしかできない。あと五円玉を模したチョコレートも買えるか。どっちか一つだけど。
そして驚くことに、この二日間ずっと着替えていないということだ。着替えがないので当然着替えてないんだ。自分の匂いは自分では気付けないらしいから、たぶん俺はやばいのではないだろうか。夏場じゃないのだけが救いだった。夏場だったらもっと汗かいてるだろうから相当だっただろう。
「……あんまり気にしなくていいぞ。俺のことだしさ」
この言葉の意味は、気を使っているんだったら気にせずに言ってほしいという意味だ。さすがに清水も女だから匂いとか気になるだろうし。
「元の世界に戻りたいんでしょ? それは悠喜のことじゃないの?」
「…………」
それもそうなんだ。元の世界の戻る、っていうのは完全に俺の問題であって清水の問題じゃない。清水は別にかかわらなくても――俺に協力しなくてもいいのである。ただ、協力してくれないと俺が困ってしまうわけで……。
「ちゃんと困ってることは言ってほしいの。協力するのは悠喜が元の世界に帰れるまでだから、その間は隠し事はあんまりしないほうがいいと思うし……」
うーん、それもそうなのかな? なんか反撃できる気がするんだが……。これ以上何か言ったら最終的に協力しないとか言われそうだし……。
「……分かった。話せばいいんだろ」
俺は仕方なく、しぶしぶ今の状況を話した。
「――。以上だ」
「分かった。まずはお風呂に入った方がいいかもしれないから……入ってくる? シャワーだけになるけど……」
はい、やっぱりそうなりますよね。わかっておりました。ですがね清水さん。
「俺は今着替えを持っていないんだが……」
「とりあえずもう一回さっきの制服に着替えてもらう、そのあと買い物に行こうよ。そうすれば大丈夫だと思うから」
清水の頭の中で何が大丈夫になったのかわからなかった。が、しかし。清水が何をしようとしているのか大体はわかった。とりあえず俺を風呂に入れて、その後買い物をする。その買い物は多分……。
「……買い物って、何買うんだ?」
予想はついていたが、念のために確認。
「そ、その……悠喜の服を買いに……行くんだけど……。どうして?」
なぜか頬を赤く染める清水。こればっかりは俺じゃなくてもわからないっていてくれるだろう。な?
だから俺はストレートに聞く。
「なんでそんなに赤面してるんだ? 別に恥ずかしいことは何も――」
「だ、だってっ、あたしの服買うのに付き合ってもらうなんて……考え……たら……。下着とかも買うし…………」
「おっ、廃品回収車だ」
この世界でもフツーにあるんだよな。全部俺のいた世界と同じだ、うんうん。観察は大事だよな。
うん、逃げたんだよ。逃げるしかないんだよ。俺の対人スキルは低い、つまりだ、こういう会話が出てきたときにどうしたらいいのかが分からない。本心ではかわいくて抱きしめたいとか変態チックな男子的なことを考えていてもだ。それを行動にしたらダメなのはいい加減学習した。だから、逃げることしかできないんだ。
「つ、つまりねっ、着替えくらい何個かあった方がいいと思うし、だから買いに行こうってこと、なんだけど……」
清水の声がだんだん小さくなっていく。
「どうした?」
「その…………お節介、なのかな……やっぱり……」
そう言ってうつむいてしまう清水。なんでそんな悲しそうな顔すんだよ。俺は対人スキルが低いんだよ、こういう時どういう風にすればいいかとかわかんねぇから……。
「別に……いいと思うよ。俺を助けようとしてくれてんだし」
ラノベとかに出てくる主人公みたいな言葉しか浮かんでこねぇんだよ。
こういう優しそうな言葉が俺に似合うとは思わないけど、これ以外に浮かばなかったのだから仕方がない。自分の対人スキルの低さを恨みたい。なんかこう言うセリフが優しいセリフだとか、かっこいいセリフだとか理解してて言うのって、すごいナルシストみたいじゃん。すごく嫌だ。めっちゃ恥ずかしい。
「でもさ、俺は金持ってないんだけどさ……」
そこまで言って気付く、これを言ったら買ってあげるから大丈夫。って感じになるだろう。そこまでさせちゃうとさすがに……。ってか、こういうのは立場が逆だろ。フツーは男が女に何かを買ってやるもんだろ。
そんな風にどこかのラノベで使われてたな、と思うようなことを実際に思っていた。
「あたしがお金払うから大丈夫だよ」
やっぱりな。予想に反さずにしっかりと告げてくれた。
「でも、お前の金だろ? あんまり使っちゃ悪いだろ」
「あたし普段あんまりお金使わないから大丈夫。こういう買い物とか一回やってみたかったし」
「こういう……?」
誰かと一緒にってことか? そんなの清水なら俺と違って友達と……ッ! そういえば、清水も、俺と同じだった。風美だけだったんだ。本当に、風美だけが友達なんだ。
清水は笑顔でいる。楽しみにしているのだろう。俺なんかと買い物に行くのがか? 少し自分を過大評価しすぎな気がする。……ただ、もしも清水が本当に楽しみにしているとしたら、俺はただ代金を払わすだけのために清水と一緒に行くなんて、しちゃいけないと思う。これはラノベとかでも使われるような思考回路だろうけど、今はそんなんじゃなくて本心だ。自分と同じような立場だった清水に、同情してる。そんなこと主人公が言うもんじゃないけど確かに俺は同情してる。きっと。
「なぁ、清水。買い物終わったら、軽く遊ぶっていう風にしないか? そうすれば俺は喜んでお前の申し出を受ける」
俺がそう提案すると、清水はさらに笑顔になる。無邪気な、子供みたいな笑顔。
「うんっ、それでいいよっ」
声もさっきよりもさらに明るく、弾んでいる。尻尾はないけど、犬みたいに喜びを表現するのがうまいな、と思う。見方を変えれば、自分の感情を隠すのが苦手、という風にもとれるかな。前の赤面とかを見てるとそれがよくわかる。まぁ、原因は俺らしいんだけどな。素直に認められるのと認められないのがあるが。
「じゃあ、お風呂入ってきてっ。タオルとかは今準備するからっ」
すごく楽しそうに階段を下りていく清水。なんだか、すごく平和だな、と感じられる光景だ。さてと、俺も下に行くかな。そういえば家の人とか大丈夫か? って、さっき母さんが買い物に行って誰もいないって確認しじゃんか。バカだな俺は。
俺は学ランを脱ぎながら下に向かった。
なんで今まで学ラン着っぱなしだったんだ? 室内なのに。と思われるだろうが、結論はいたって簡単。置く場所がなかったんだ。あの部屋はあくまで清水の部屋だ。勝手においていいのかどうかわかんなかったんだ。
「お風呂場のところにタオルとか置いたから、使ってねっ」
と、下から声が。まだ俺階段下りてる途中なんだが……。行動が速いこった。
「ありがとう」
俺は一応小声でお礼を言ってから、風呂場に向かった。この家は俺の家とほぼ一緒なので風呂場の場所はわかる。便利だな~。と思いながら俺は風呂場に向かった。
ってか、清水どこ行ったんだ?