第7話 一番悪いのは誰だ
「最新の投稿は、あの日の前日のセックスの様子ってことだな」
「ッ……ッ、うう……はいっ」
どうやら数日の間に向こうからいくつかのメールが来ているようだった。
「これは……脅迫文とも取れるな。これは保存してあるか?」
「はい。全部保存してあります」
野郎は連絡の取れなくなった希美に「動画をばら撒くぞ」と脅しをかけてきている。
これは警察に提出すれば証拠になるかもしれない。
「分かった。改めて動画を確認する」
俺は希美のスマホを片手に持ちながら、受け取ったSDカードをパソコンに繋いでデータを再生する。
映像の中の希美は、快楽に溺れ、完全にメスの顔を晒していた。
相手の男に対して逆らうこと無く従順に従っており、一見すると普通のカップルのハメ撮りにすら見えてしまう。
獣のような嬌声をあげる女が本当に希美なのか分からないほどだった。
「こんな表情、俺には見せてくれたこと、一度も無かったよな……俺は、そんなに下手くそだったのかよ」
「そんなことは……」
最新の動画になると、希美はすっかり快楽に溺れているようだった。
相手の言葉を疑うことなく鵜呑みにし、従順に従って居る。
やはりどれだけ記憶を辿っても、俺は一度として希美のこんな表情を引き出せた経験はなく、敗北感が募った。
文章と動画をざっくりと確認し、始めと終わりで希美の態度は、少なくとも表面上は懐柔されてカップルのようになってしまっている。
だが動画内の希美を見る限り、一つだけ気になることがある。
「言いたい事はよく分かった。つまり、脅されて、尊厳を踏みにじられて、俺を失いたくない気持ちと、最悪の人物に惹かれてしまう自己矛盾の板挟みになって、どっちにも動けなかった。思考を放棄して流されるままに浮気を繰り返していった、と」
「……ッ……」
「俺じゃあ与えられなかった快楽に溺れて……、すっかり嵌まっちまったわけか……相談もしてくれないんじゃ、俺はどうすれば良かったんだッ……」
バツの悪そうに俯き、希美は再び土下座をした。
酷いな……本当に酷すぎる。なんだよそれは……。
他に好きな人ができましたって言われた方が、なんぼかマシだった。
正直、声を荒げて希美をもっと徹底的に罵倒したい気分だった。
気付かなかった俺が悪いのか?
いや、どう考えても非は向こうにある。
どう考えたっておかしいじゃないか。まともな神経をした人間のすることとは思えない。
レイプした奴も許せないが、それを助けを求めるでもなく、流されて流されて流されて……結局こんな事態になるまで隠し通した希美も、同じくらい憎らしかった。
だが、しかし、それでも……、俺は思ってしまったのだ。
『ああ、希美らしいな』と。
だからここで彼女をもう一度罵倒して追い出したら、思い詰めた彼女は何をし出すか分からない。
だが一つだけ……、先ほど言った気になる点。
言葉の上では快楽に耽ってこの男に従順になっているものの、動画の中の目つきが……、昔から知っている希美が怯えている目であることだということ。
たぶん、長年付き合ってきた俺にしか分からないだろうが、彼女が持っている微妙な空気感というか、心のどこかで助けを求めている時の彼女の顔が、俺の網膜に焼き付けられる。
思い出されるのは中学生の時、クラスの男子からからかわれ、女子からはイジメを受けていた彼女を、俺が救い出した時のことだ。
その時の彼女が、こんな目をしていた。
助けてほしいのに、誰にも相談できない苦痛を飲み込んでいた彼女を、俺が助け出したことで、俺達は付き合うきっかけを得る事になる。
そう、あの頃から変わっていない。希美の顔は、俺が何度も目にして、何度も彼女との絆を深めた時の目。
「助けを求めてる……」
「え?」
その答えはただ一つ。俺が見いだした一つの希望だった。
あるいは、そう思いたい。自分の都合の良い解釈で事実から目を逸らしたいのかもしれない。
「動画の中の希美……。昔から知ってる目だ。俺がよく知ってる、俺がずっと見てきた、絶対に気が付かなきゃいけなかった、怯えてる時の目をしてる」
「……」
「ずっと、救いを求めてたんだな……助けて欲しかったんだな……でも、失う事が怖くて必死に隠してきたんだな」
「……はい……アッ君……分かって、くれるんだ……ううっ……! うわぁああんっ、ぁ、あぁああっ、分かってくれたっ! アッ君、分かってくれた……」
それは希美が『助けを求めてる時の顔』だったからだ。
快楽に溺れながらも、この状況から脱したいと思っているように見える。
『助けて欲しい』
『でも怖い』
『失いたくない』
『でも動けない』
『暴力が怖くて逆らえない』
『軽蔑されるのが怖い』
『快楽に嵌まっていく自分が怖い』
『それを止められない意志の弱い自分が憎い』
『愛する人にも嫌われたくない』
『でも逆らえない』
『自己矛盾』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
『怖い』
『助けて』
そんな叫びを何度も繰り返していたに違いない。
希美は弱い。心が弱くて、人見知りで、自分の意見を言えない、弱い女の子だって、知っていたはずなんだ。
大人になって成長していない訳じゃない。だけど、それだけ凶悪な男に脅迫されたら、希美みたいな気弱な女性では対応しきれないのも無理はない。
「分かってくれた……アッ君……分かってくれるんだ……。こんなことなら、初めから相談すれば良かった……本当に、馬鹿だった」
俺は、家での彼女がその信号を出していることに気がつく事ができなかったということか。
動画の中で、快楽に溺れながら喘ぎ声を上げる希美を客観的に見ていると、いつもなら絶対に分かる筈のSOS信号を出している時の顔だ。
こうして動画の中でマジマジと顔を見れば、すぐにでも分かってしまうほど、希美は怯えて居る。
なんという大馬鹿野郎だ……。こんな顔をしていることに気が付かなかったなんて。
希美の事を責める資格なんかあるのかと思ってしまうが、今はまだ結論を出すのは早い。




