第14話 もう一度上書きしてやるっ
さあ、上書きの時間だ。震える身体を抱き締め、希美に力いっぱいキスをする。
涙を流しながら腕を首に回してしがみついてくる希美。
キスを受け入れ、涙の味が口の中に広がった。
だがその動きはどこかぎこちない。
いつもは啄むように唇を合わせてくるのに、今一歩先に進むのをためらっているように見える。
まあ、あんな話の後にすぐセックスなんて積極的になれるわけもない。
だがもしかしたら……
「希美、どんなキスをされた?」
「え?」
「いつもしてるみたいな、優しくされるんじゃ物足りないって顔してる……」
「ぁ……ぅ……それは……」
たった数回の逢瀬でここまで変えられてしまうものなのか。
希美のセックスに対する価値観は、すっかり変貌してしまっている。
いつもは雛鳥のように口を半開きにして舌を受け入れるのに、『物足りない』って顔になっているではないか。
どうやらまだ混乱して遠慮しているらしい。
ほんの僅かなキスだけでそれが如実に分かってしまうほど、彼女の反応の仕方は見たことがないものになっていた。
心底気に食わない。
俺しか知らなかった希美が、根底から変えられてしまっている。
やっぱり間男は社会的にブチ殺してやらんと気が済まない。
生まれてきた事を後悔させてやる。
暴力なんて生ぬるい方法で解決などしたりはせん。
法的手段で徹底的に追い詰めて、社会的にも精神的にも二度と表を歩けないようにしてやりたい。
これからの長い人生を、反省と後悔で塗り潰すくらい、徹底的に潰してやると決めた。
何度も言うようだが、俺は希美のやってきた事を受け入れてなどいない。
心底理解し難いとすら思う。
だけど許そうと思う。俺だって何も悪くないわけじゃない。
あれだけ一緒に居たのに、希美が苦しんでいる事に気が付いてあげられなかったという意味では、同罪だ。
「希美、俺はお互いに成長したいと思ってる。人生長いんだ。今日のことも、思い出になるかもしれない。いや、そうなるように、今日から一緒に成長しないといけない。俺も君も」
「うん……」
「だから、どうして欲しいか言って。どうしたら気持ちよくなれるのか」
少し逡巡した後、唇をキュッと結んで言いにくそうに告白する。
「私……本当はどうしようもない被虐性癖みたいで、乱暴に、無理やり奪われるみたいなキスで、もの凄く感じてしまう。ごめんなさい……あの人に変えられてしまった自分を見られるのが、怖かった」
目眩で倒れそうになった。
なるほど。これはキツい。
俺の知らなかった彼女を、見知らぬ男に開発されてしまったというのはこういう事なんだ。
今までの俺達は、良くも悪くもセックスはスタンダードが主体だった。
極端に攻めることもなければ、極端に攻められることもない。
回数もほぼ1回。多くても2回までだ。
今までの最高記録は4回。それもヘロヘロになりながらやっとの事でだ。
今は回数では敵わない。鍛えれば追いつけるかもしれないが、すぐには無理だ。
だったらその1回をできるだけ濃密にするしかない。
「そういうことか」
「あの人、全然容赦なくて……痛くてもやめてくれなかった。でも、それが回を重ねるごとに気持ち良くなってしまった」
「たぶん、その答えは単純だよ。単に刺激が強すぎたんだ。強すぎる刺激に感覚が麻痺して、身体が痛みから自分を守る為に快感に変わっていったんだと思う」
レイプをされると濡れる、という言説がある。生命を生み出す大事な器官である子宮を守る為に、防衛本能が働くためだ。
言い換えるのであれば、目に異物が入ると涙で眼球を保護するのと同じ現象である。
感情とは関係なく、女性器に異物が入ったら濡れる。
それだけの話なのだ。
「確かに……、正直最初は凄く痛かったことしか覚えてなくて、必死になって苦痛から逃げたかったからかもしれない」
「動画を見る限りでは、確かに女の扱いに相当慣れてる感じだった。きっとテクニックもかなりのものなんだろうな」
一つ分かったことがあるとすれば……やはり希美は快楽に溺れていた一方で、どうしようもないほど酷いトラウマを植え付けられている事だ。
【こわい、犯される】→【仕方がない、犯されるのなら、女性器を濡らしてダメージを抑えよう】
そのような防衛本能が働いたのだ。
それだけ怖い男にレイプされる状況では仕方が無い。
最初のきっかけがそれであり、希美にそれを快感によるものだと、『お前は犯されて濡れる変態なのだと』擦り込む。
恐らくそういうカラクリなのではなかろうか。
思い込まされることで、体が自動的に乱暴な行為に性的な興奮を覚えるようになってしまったと考えれば辻褄があう。
「もう優しいキスじゃ物足りないんだね」
バツの悪そうに頷く希美を見て、再び悔しさがこみ上げてくる。
「分かった、じゃあ強めに行くよ」
「あのね……」
「うん?」
「私に、罰を与えて欲しい。私がアッ君に与えてしまった怒りと苦しみを、ぶつけて欲しい。どんなに酷いことしても良いから……」
「分かった。それが贖罪になるなら、そうしよう……。許すとは言ったけど、正直、ギリギリなんだ。一瞬でも気を抜いたら、怒りで頭が沸騰しそうになる。奪い尽くされて変わってしまった希美を見せつけられて、胸が苦しい。俺よりもそいつを選びやがった希美を、憎んでしまいたくなる」
「うん……もっと怒って欲しい。なんの罰も与えられないのは、辛い……本当は、思い切り殴って欲しいくらい、私は自分が許せない……」
ある意味で、罰せられない事が一番の罰になっているとも言える。
だけど、思い詰めやすい彼女の性格を考えると、罰を与えてばかりでは成長を選び取る前に無意識の逃げを選択するかもしれない。
今という時においては、怒りがエッセンスになってくれる。
希美を取り返す為に必要な怒りだ。怒りをぶつけて罰を与えることが、希美にとって救いとなる。
「分かった。できるだけ乱暴に、できるだけ荒々しくしてみよう。正直手加減はできない。制御できなくなっても、いい?」
「うん、お願いします。どんなに乱暴でも良い。ひっぱたいても、首を絞めても良い。アッ君の気が収まるまで、私に罰を与えて……乱暴に犯して……憎しみをぶつけてくださいっ」
「分かった。それじゃあいくよ」
俺は意を決して希美を力任せにベッドに押し倒す。
普通ならここで気持ち悪くてやめるだろう。
だって俺の知らない、他の男に開発された、知らない女の顔なのだから。
だが俺の脳裏に浮かんできたのは、こういうことだ。
『だったらもう一度俺が上書きしてやるっ』
昔の希美を取り戻す……いや、そうじゃない。俺以外の感触を、俺が更に上書きしてやる。
新しい人を見つけて、ゼロからスタートした新しい未来を作り上げる選択肢もあるだろう。
99,9%の人はそっちを選ぶだろうし、他人ごとならそっちが正解だと俺も思う。
だけど、俺はそれを選ばない。
このまま希美を切り捨てて、モヤモヤとイライラを残したまま別れるなんて真っ平御免だ。
作り上げるんだ。もう一度、俺しか知らない希美を。
「俺がもう一度上書きしてやるっ。そんな糞野郎の快楽なんざ、完全にどうでも良くなるくらいになっ!」
「してぇっ! 忘れさせてっ!」
そうだ。相手の男が俺との蓄積を上書きしてしまったのなら、反対に今から俺が変われば更に上書きすることだってできる筈。
負けるもんか。絶対に負けるもんか。
人の尊厳を踏みにじる腰ふり猿野郎なんかに、俺と希美の領域を渡して堪るものかッ!
俺達の絆の蓄積を、たった2ヶ月の陵辱で上書きされるなんて我慢ならんのだ!




