第9話 おでかけ
約束の土曜日、彼らは街に繰り出していた。時刻は昼近く、朝に弱い織理と弦の関係で出るのは随分と悠長になってしまっていた。
「えらい混んでますね。休みやから人通りあるわ」
攪真の言う通り、アーケード街の人通りは多い。アクセサリーを買いに行く、となるとこの商店街か二駅先の大型ショッピングモールかのどちらが選択肢となる。とはいえ通りが多いのはここだけで、店に入ってしまえばそんなにはいないだろう。
「織さんと弦さんが寝坊するからだよね。昼近くなんて1番活発な時間だし」
「寝坊してない、着替えに迷ってただけ」
在琉の言葉に織理はムッとする。彼は一応9時前には起きていた。それが早いかと言われると微妙だが、普段の休みの日よりは早い。ただ着替えた時、なんとなくしっくりこなくて悩みに悩み時間を食ったのは事実だった。1人で出かける時ならばどんな服でもいいが、人と、となるとまた違う。自分でも引くほどに時間がかかってしまった。
「これくらいの時間のほうが暖かいから動きやすいけどね」
少し厚手のストールに手を掛けながら弦は笑った。織理は隣で頷く。寒さ云々というよりは時間帯の方への共感だった。朝は眠い。
「まだ秋やけど朝は寒くなってきましたもんね」
「織さんと弦さん、不健康そうだもんね」
その言葉に、攪真は在琉の方を見てしまった。正直この男も大して健康そうには見えていなかったが意外と寒さに強い様だ。
「俺はこれくらいの時期の方が好きやけどなぁ」
攪真はあまり寒さに弱くなかった。プロテクターやジャケットを羽織る関係上むしろ夏が嫌いだ。かと言って冬は凍結の可能性を考慮しなくてはならなくなる。1番良いのは春か秋、つまり今の時期。
「バイク乗りやすいもんね、よくわからないけど」
「……バイクって楽しいの?」
あまり乗り物に興味がない弦と、純粋に乗った事のない織理。車すら織理は殆ど乗った事がない。この都市は徒歩でどうにかなる程度に店が点在している。
「楽しいで、興味あるなら乗せたるよ」
「ありがとう」
そう言いつつもあの凶器にもなり得る乗り物を乗りこなす自信は織理になかった。だからと言って攪真の後ろに乗って……と言うのも想像すると怖い。しがみつく力が弱くて振り落とされてしまったら……とか不穏な考えが浮かんでくる。
そんな話をしていると、目的地に着いたらしい。弦がここだ、と立ち止まった。黒い枠に薄茶の壁面をはめたお店、価格帯が少し高そうな印象を受ける。
弦を先頭にそのまま店内に入る。
「ピアス先に見てもいい?」
織理は頷く。お揃いにする手前、1人で選んでくるわけにもいかない。
「なら先に俺は指輪みてくるわ」
「オレもその辺見てる」
攪真は中央のショーケースを顎で示し、在琉はそのままふらふらと離れていく。わざわざ2人のお揃い選び、と言う名のイチャイチャに巻き込まれるのも嫌だったので。
それを引き止めずに2人は壁際に設けられたピアスの展示に近寄る。
「綺麗……」
光を反射してキラキラと光る金属に織理は釘付けになる。前のお揃いは弦が選んでくれた物だった。今回は自分で選ぶ事ができる。
「みて、これ織理の眼みたい」
そう言って弦は織理に蜂蜜モチーフだろうか、ハニカム型のピアスを目の横に掲げる。一部のハニカム部分にシトリンのはめられた綺麗な物だった。自分の目ってあの色の印象なのか、と他人事の様に思う。綺麗だが、自分がつけるには可愛すぎる。
とはいえこれを弦が欲しがっている様子でもなかった。ただ色が似てるから見せてくれたのだろう。彼の目には自分の目がこう見えているのだと思うと擽ったくなる。
――弦さんの目は黒いから……宝石だと何があるんだろう。少し見た限りでは、黒い宝石のアクセサリーは売っていない様だった。
もし売っていればそれを選んでいたかも知れない。結局取っ掛かりがない、どれも素敵だがどれも自分に相応しくない。
「織理はどんなモチーフが好き?」
悩む織理に弦は投げかけた。
「モチーフ?」
「形とか、石の色とか。惹かれる物があれば教えてね」
色や形、これと言って拘った事がない。こんな所でも好みという物が分からなかった。ゆっくりと飾られた商品に目を向けて、眺める。
――強いていえば、濃い青に目が引かれるかも知れない。でも石がハマってるのは自分には華美すぎる、気がする。前のシルバーの十字架が馴染んでしまって、それ以外となると少し難しい。濃い青も、自分がつけているリボンの印象で馴染み深いから目が引かれているだけだ。
「迷う様なら、俺にどんなのを付けたいか……って考えてくれても良いからね」
言いながら少し恥ずかしそうにする弦に、織理も釣られて赤くなる。何を付けたいか、と言われると確かに考えやすい。と同時にこの人に自分の証を刻むのだ、と言う事実にどうしようもなく恥ずかしくなる。
でも、ならばこの人の耳に飾りたいのは先ほどの、自分の目の色と言ってもらった宝石。
「いいの? これで。俺が取り上げたからって合わせなくても……」
「あの、……無理してない。……自分の色をつけて欲しかっただけ、です」
言っていて恥ずかしくなってくる。結局自分が選んだのか、それとも釣られてしまったのかは分からない。けれど彼の耳に自分の目の色が輝くなら、彼にそう見えたらしい物をつけてもらえたなら嬉しいと思った。
「ふふ、少し俺には可愛すぎるかもね。でも……織理が選んでくれたから着けるよ」
優しく微笑む彼に、織理も笑みが溢れる。お揃いなのだから結局自分もこの可愛いピアスをつけることになることに関しては何も考えてない。
ただこの、蜜のかかった艶やかな色味に魅了されてしまったのだから仕方ない。
選んだ物を店員に取ってもらい、2人は在琉のある方へ向かう。彼が居るのはネックレスの並ぶエリアだった。彼は2人に気がつくとその場を離れて近寄ってくる。
「何かいいのはあった?」
「価格帯が高すぎてオレには手を出せない」
在琉はお手上げ、とばかりに首を振った。彼は織理と弦がピアスを見ている間、店内をふらついていた。腕輪を見たり、攪真の横で指輪を見たり。彼自身、金のアクセサリーを至る所につけてはいるのだが、早々買える値段でもない。
だからと言って弦に強請る気もない。そんなことでプレゼントした所で虚しいだけだ。
「攪真がずっと指輪みてますよ。織さん行ってきたら?」
「その間に4人で合わせられそうな物、探してみようか。在琉、いいよね?」
そう言って弦は在琉を連れて店内をまわりに行った。すでに商品を決めている手前、店員も彼に話しかけにきてくれる。
織理はそれを横目に見て、攪真の元へ向かった。彼は変わらずショーケースの前にいた。
「攪真、お待たせ」
「来てくれてありがとう、ええのは選べたん?」
「うん、ハチミツにしてきた」
「そらまた可愛い柄やなぁ」
ハチミツ? と少し疑問も湧くが色合い的には織理によく似合っていると攪真は思った。
しかし、嬉しそうな織理を見ていると攪真は本当にこれでいいのか悩ましくなってくる。彼はシンプルな螺旋模様のシルバーペアリングを選ぼうとしていた。普段使いしやすく、装飾がないことで何処かに引っ掛けてしまう心配もない。
だがシンプルすぎるだろうか、不安になりつつ攪真はその指輪を指し示した。
「どうやろ、織理こういうデザインは嫌いやない?」
――好きとか嫌いとかは分からない。織理の感想はそれだ。ただ、この指輪は攪真に似合うだろうなと思う。彼は宝石の様な華やかな輝きよりは、こう言ったシンプルなものの方が似合いそうだった。
「攪真に似合いそうなデザインだと思う。……攪真って黒い服着てるから……」
自分は正直指輪の良し悪しがわからない。ただ手は1番使う部位だ、変に出っ張りがあるよりはこう言ったデザインの方がいいのかもしれない。
だから織理は攪真に手を重ねた。
「俺もこれがいい……お揃いにしよ」
「織理……!」
織理が笑った。自分の選んだ物をこれがいいと言ってもらえた。その事実に攪真は喜びをあらわにした。
――いつか、もっとちゃんとした指輪渡せたらええなぁ。そんな気持ちになりながら攪真は店員を呼んだ。
その様子を見て弦と在琉も合流する。一応は2人きりの世界、邪魔しない様に待っていたのだ。
「選び終わったみたいだね」
「お待たせしました」
弦の言葉に攪真は頭を下げる。
「在琉はいいの? お揃い買わなくて」
「後で考える。それより、4人で合わせるやつの話」
「なんかええのありました?」
織理はその成り行きをそばで聞く。なんせ知識が無さすぎて挟む口がない。何より、選んでもらえるのならその方がありがたいし嬉しい。
「店員さんに聞いたら、統一モチーフのアクセサリーはどうかって」
織理と別れた後、弦は店員に4人でお揃いにするなら……と相談していた。4人で指輪をお揃い、はなんとなく重苦しく趣味も合わないかもしれない。かと言って基本的にはペアアクセサリーまでが多い為、4人でとなるとまた悩ましい。
そこで店員から「同じモチーフで、お好きなタイプのアクセサリーを揃えるのは?」と提案されたのだ。それには在琉も頷いた。彼は腕輪の方が有難いと思っていたし、弦は弦でつけるなら首元が丁度空いている。
どれがいいかは最終的にみんなで決めた方がいい、と思った弦は攪真と織理のやりとりが終わるのを待っていたのだ。
「どんなのがいい? 桜とか、蔦模様とか色々あるみたいだよ」
「オレは可愛くなければどれでもいい」
在琉は割とここに無頓着だった。無難なアクセサリーしか選べない彼は、みんなでという条件がついた時に何もわからなかった。ので織理に託す。
「俺も織理の好きなんでええよ。なんでも似合うからなぁ」
やや自惚れた発言だが攪真もこう言った場では拘りがない。形を選ぶならピアスにしようと思う程度だ。織理が悩みそうなら何か助言をする気はあるが、それまではおまかせで。
織理は悩む。何がいいかと言われればやっぱりわからないのだから。ただ、お揃いにした時にあまりにも派手で使いにくいものは避けたいと思った。
流し見ていると、ふと目に止まるものがあった。
「これ……」
織理が指差したのは星。五芒星ではなく四芒星のもの。紺色の宝石がはまっているために目に留まった。これならば派手過ぎなくていいのではないか? 織理は弦に顔を向ける。
「綺麗な宝石だよね、アイオライト……だね」
アイオライト、なんとなく聞いたことある様な無いような。色味が綺麗だということしかわからない。
「ほぉ、ええやん。織理って紺色好きやったんやな」
「これくらいのなら、オレは着けれるよ」
特に問題もない様だと判断した弦は店員を呼び、指輪、ピアス、ブレスレット、ネックレスの一式をお願いした。ショーケースから取り出されたそれらは店内の光を浴びて尚更輝いて見えた。
自分で選んだ、お揃いのもの。織理は運ばれるそれらを見ながら小さく笑った。




