第8話 お揃いの
翌る日、ほわほわとする頭をそのままに織理は身支度をしていた。
――在琉の体温、暖かかったな。
不慣れな彼に教えながら自分の欲しいままに彼を使った。思い出すと恥ずかしかなるほどに長々と、気を失うまで。気がついたら深夜になっており、もうご飯も何もあった物では無い。シャワーだけ浴びて二度寝して、今に至る。
制服を着終えた織理は一階へ。朝も変わらず攪真が準備してくれていた。
「おはようさん、昨晩の残りやけど肉じゃがとごはん、あとは味噌汁やな」
テーブルの上には湯気が立つほかほかの料理が並ぶ。昨晩の残り、せっかく準備してくれていたのに放置してしまったことに心が痛む。
「ごめん、昨日の夜……ご飯食べなくて」
「ええよ、結局朝飯にしとるしな。早よ食べ」
攪真の声は怒っていなそうだった。少しだけ安心してその肉じゃがに箸をつける。一晩置いたことで少し脆くなったジャガイモは、箸を刺した瞬間崩れていった。優しく摘んで口に運ぶ。
「美味しい……」
「そら良かったわ……。ほんまに」
攪真は黙々と食べる織理を眺める。
――在琉と何したん、って聞けたらいいのに。でも聞いたところでどう思ってるのか自分がわからない。
勝手に気まずくなって攪真は席を外す。それを織理はやっぱり見送った。攪真が何かに迷っているのは見て取れるが、それを言葉として表すまでは理解ができていない。
何か話題を見つけて話したい。前みたいに普通に過ごせる様になりたいと思うのに、その話題がない。
どうしたらいいのだろう。悩みつつもどうしたらいいのか、だけが繰り返される現状に織理は頭を振った。これではきりがない。
――とりあえず学校行ってこよう。迷ったところで何にもならないのだから。
――――
「ね、織理。今週の土曜日、時間ある?」
いつも通りの学校生活を終え、帰ってきた夕食前。不意に弦から声をかけられた。彼の言葉に織理は目をぱちくりさせた。そして頷く。時間はいくらでもある。
「前に……ピアスお揃いにしたでしょ?」
ピアス。それは同棲を始めた当初、弦から貰ったものだ。今も眼帯側に彼から貰った十字架のピアスを付けている。もう片方は在琉からつけられた物だ。
「あれ、ごめんね……俺壊しちゃったからまた選び直したくて」
弦は少し俯きながら、申し訳なさそうにそう言った。そう言えばいつからか彼の耳には着いていない。寝たきりだから外したのかと思っていた。
その壊した、と言う言葉に怒りなどは湧かない。物は壊れるものだ。申し訳なさそうにしている弦に手を伸ばす。
「壊しとらんやろ、壊されたんやろが」
横から攪真が口を挟んだ。何を誤解されそうな風に言ってるのか、と若干顔を顰めながら。そのピアスを拾い、弦を探し出した彼からすれば聞き捨てならない言葉だった。まるで自分で壊したかの様に言う弦を放って置けない。
「壊された……?」
「うん……壊されたというか、攫われた時に千切れちゃった」
そう言って空いた片耳に指をかける弦は目を伏せてどこか寂しそうに言う。あの誘拐の時に、となれば尚更怒る気にもならない。攪真の言う通り、これを自分のせいかの様に言われてしまうのは苦しい。
それに、一緒に買い物に行くのは嬉しいことだった。あの時は自分が選んでもらうだけだった、だから今度は自分の好みも少し出してみようかな、なんて考えるくらいには。
「一緒に行きます……! お揃い、嬉しかった、ので……」
織理は少し恥ずかしそうに答える。その顔に弦も微笑みを返した。
「嬉しいよ、織理……ありがとう」
「ええなーお揃い。なぁ織理、俺ともなんか買わん?」
弦の肩に手を回して、攪真も口を挟む。こうして複数人でいる時ならば彼は以前と変わらずに織理に話すことができた。
不思議なことに彼はいまだに、織理とお揃いで何かを買ったりはしていなかった。彼自身がそこまでアクセサリーに興味があるわけでもないのも要因の一つだ。そして何より見える位置の耳は両側埋まってしまっている。
肩に回された手をそっと外しながら、弦は攪真に目線を向けた。
「そういえば攪真は何もつけてなかったもんね」
「在琉がアホほどつけたから付けるところ無かったからなぁ」
はぁ、と嘆く様な嘘くさいため息を吐き、攪真は織理の耳たぶに触れる。つけようと思えば軟骨にも開けられるだろうが、それは少しかわいそうだ。在琉の様に痛みを与えてまで飾りたいとは思わなかった。
そうして横目で在琉を見た攪真と、在琉の視線がぶつかった。
「別に鎖骨あたりにでも勝手に開ければいいじゃん」
「え、……それはやだ……」
サラッと言ってのけた在琉の言葉に、織理は痛みを想像して顔を青ざめさせた。今でこそ慢性化しているとはいえ胸も舌も臍もとても痛かった。鎖骨なんて明らか骨に当たりそうなところ、怖い以外の何者でも無い。
小さく震えながら嫌がる織理に、まるで面白いものを見たとでも言うかの様に在琉は口の端を釣り上げる。
「織さん、オレも新しいの付けたい。どんなのがいい?」
「痛く無いやつ」
即答した。良いも悪いもない。
少しは優しくなった在琉だが、やっぱり天性の性分なのだろうか。こう言う場面では少し嗜虐的な面を見せる。
ただそのやり取りは気心が知れたもの同士の物で、見ていた攪真は口を尖らせた。あのやりとりが、今は出来ない。だからつい不貞腐れかけてしまう。
「なんやねんお前らばっかり。……せや、織理、指輪はどうや、ペアリング」
織理の指を親指と人差し指でつまむ。折れそうな綺麗な指。自分の少し無骨な手とは違う。
「うわ、攪真……それって正妻面するつもり?」
「なんで俺が妻なん、弦……」
揶揄う口調の弦に攪真が項垂れる、そんなやりとりに織理はつい笑ってしまった。――皆、仲がいいみたい。気のせいでなければ同棲を始めた時よりもずっと、ここの家に流れる空気は良くなっている。
「……みんなから、何かもらえて……ちょっと嬉しい。お揃いっていいね」
「可愛いわ、織理……ほらな、本人嫌がっとらんから」
微笑む織理に見惚れる様に攪真は目を奪われた。怯えでも人の顔色を窺うわけでもない、素直な感情。それを自分だけではないとはいえ、向けられたのだ。嬉しいに決まっている。
「いいの? 織理……指輪はちょっと、重くない?」
「織さんもしかしてその文化を知らない? 結婚する時だよ、指輪交換するの」
弦の心配と在琉の嘲り。言われている織理は若干自覚がなかった。勿論その文化を知らないわけではない、ただ他に穴を開けられるよりは指の方がいいだけの話だ。
「頭硬いわアンタら。今時はオシャレで着けますー」
「で、どの指にはめるつもりだったの?」
「そら薬指やろ……」
弦の問いに普通に攪真は答えた。そして弦と在琉は引いた。
「ほら、何がオシャレだよ……織理、薬指以外につけてね」
庇う様に織理に腕を回して攪真から離す。弱々しい腕の力だが、その仕草に織理は彼の回復を実感した。
攪真が喚いて、在琉と弦が窘める。そうしてガヤガヤと賑やかにやりとりする様子は、実態は知らないが家族の様に見えた。
「ふふ、なんか、面白い……指輪、薬指には付けないけど……お揃いにする」
「弦先輩が余計なことを言うから……」
「攪真お前キモいよ」
在琉の辛辣な言葉が攪真を襲う。そんな傍で織理はふと思いついたことがあった。
「いっそ、4人でお揃いってのはダメ?」
小首を傾げながらの提案。冗談ではなさそうなその提案に固まったのは攪真と在琉だった。弦はただ少し困った様に笑う。
「……ふふ、いいよ織理。みんなでお揃いにしようか」
何勝手に、と騒ぎかけた攪真と在琉の口を弦は手で塞ぐ。織理がせっかくしたいと言ったのだ、余計な野次を入れさせるわけにはいかない。
織理は明らかに喜びを顔に出した。――何がいいのかな、いっそみんなで指輪にしちゃおうかな。知識のない彼は選択する幅もなかったが、考えるだけでワクワクしてくる。
かくして、4人でお揃いのアクセサリーを買うことに決まったのだった。




