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第3話 愛の包囲網

 放課後の図書室、織理は1人膝を抱えていた。

 匠から聞かされた三人の「好き」の理由──そのどれもが、自分には似合わないほど過剰で、居心地が悪いくらいに真っすぐだった。

『守りたい』『可愛い』『手元に置きたい』


 自分のどこに、そんな価値があるのか。どこをどう見て、彼らはそんなことを言ったんだ。どれだけ歪んだフィルターをかければ、自分なんかをそう見れるのだろう。


「……やっぱり、受け入れられない」


 ――匠はああ言ったけど、記憶を消した方が良いのではないか。

 記憶の改竄、洗脳。織理の力を使えば、簡単に全部終わる。全部忘れさせて、誰も自分に関わらないようにすれば──


「やめときや。そないなことしても、俺ら忘れへんで?」


 不意に、声がした。振り返ると攪真がそこにいた。考え込みすぎて全く気が付かなかった。


「能力で何とかしようとすんの、織理の悪い癖や。ちゃんと、俺らと向き合ってくれへんか?」


 どこか諭すような、優しい声で攪真は織理の目を見つめる。


「……俺に、向き合う価値なんてない」

「ほんなら、俺が証明したる」


 ふわりと織理の頬に触れた手は優しかった。けれど──その目だけは、どこまでも暗く、深く、底がなかった。


「織理がどれだけ拒んでも、嫌やって言うても、俺の気持ちは止まらへん。好きや、織理。……ずっと、手元に置いておきたいぐらいに」


 あまりにも真剣な目に織理は逃げたくなった。その想いには返せない。

 だが織理が身体を引こうとした、その瞬間。背後から、ふわりと腕が回される。


「逃げないで、織理……一人で悩んでたら、余計に辛くなるでしょ?」


 耳元で囁かれたのは優しい弦の声。ぴたりと背中に体温が触れ、織理の肩がぴくりと震えた。


「困らせてごめんね……でも、織理が好きなんだ。だから俺に頼って、? 全部、受け入れるから」

「弦、先輩……」


 その声は、真っ直ぐで甘くて、あまりにも優しかった。優しいくせに逃げ道を塞いでくる。

 けれど、これ以上は耐えられない。こんなに優しい人たちの気持ちを受けるなんて強欲がすぎる、思い切って織理は弦に目を合わせた。能力の発動トリガーだ。


「ほんと、織さんって学習しないねぇ」


 しかしその目は後ろから塞がれる。


「能力、使う気だったでしょ。ほんっとう馬鹿の一つ覚え」

「在琉……、? 離して」

「やだ。織さんがちゃんと可愛く泣いて、玩具らしくしてくれるなら考えてもいいけど?」


 織理の心が震えた。理解不能な感情が、胸の奥からじわじわと湧き上がる。怖い、けど嫌じゃない、でも認めたくない──ぐちゃぐちゃになったまま、声にならない言葉が唇の端で凍る。


「やっぱ、今がチャンスだよな?」


 攪真が、織理の顔を両手で包み込む。頬を撫で、髪を指で梳き、ぴたりと額を寄せて──


「織理が好きや。誰にも譲りたない」


 唇を重ねた。静かで、熱くて、けれど容赦のないキス。

 織理がもがこうとしても、弦の腕が背後から抱きしめたまま、動きを封じていた。


「ん……っ、」

「だめ。俺も、欲しい。織理……俺のことも見て」


 どこか甘えるように言う弦は、しかし攪真を止めることはなかった。

 ようやく話された唇に、織理は息を吸う。少し頭がぼーっとした。


「……ずっとこうしたかった。織理、大好きなんや……」

「織理は可愛いねぇ。……ほら在琉も何かしたら?」

「別にお前らみたいに無様に縋りたくないんだけど。でもそうだなぁ……織さん。頭差し出して」


 在琉の手は織理の耳を軽く撫でた。そしてそこに金属が当てられる。


「……え?」


 戸惑う織理の声と同時に皮膚の裂ける音がした。耳元でガサゴソと鳴る音に身を縮こませたいのに、それをすることが余計に痛い思いをしそうだと本能的に察した。


「うわ、……在琉お前幾ら何でもそれはあかんやろ……」

「でも開けちゃった。お前らだって好きにしてんだから良いだろ。ね、織さんも嫌じゃないでしょ」


 在琉の言葉に小さく首を振る。ジンジンと痛む耳に涙が出てくる。


「ピアスはもっと清潔なとこで開けないと化膿するよ。織理、大丈夫? ちょっと見せて、消毒するから」


 弦はそう言って開けられた部分に消毒液をかける。染みる痛みに小さく声を漏らした織理に良くない感情が湧くのも分かる。


「……いいなぁ、織理に俺も何か刻みたかったな」

「弦先輩……?」


 戸惑う織理に笑い返し、その瞼にキスをする。


「あとで、俺にもさせてね。お揃いのピアス、つけさせて」


 まるでなし崩しのように織理は3人に囲われる。選ぶ選ばないの話でもなくなっていた。彼らはそもそも選ばれる気など無かったのだろう。別に1人が選ばれる必要はない、答えに迷って壊れる織理を見るくらいなら、押し付けるように愛を伝えた方が遥かにマシだと気がついてしまったから。


「ええんよ、織理はそのままで。俺らはお前のそばに居れたらそれで十分やって気がついたんや」

「いっぱい可愛がらせてね織理。住む家だって用意してるから、ただそばに居て」

「共有のペットってのは気に入らないけど、まぁオレがちゃんと飼ってやるから織さんは何も考えなくて良いよ。どうせ碌なことしないし」


 3人の笑みに返す言葉は全く見つからなかった。ただもう否定して良い段階に居ないことだけを理解して織理はただただ選択を放棄した。

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