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第15話 ひとまずの終わりとポリス

 カチ、と関節のはまる音が室内に響いた。梨沙は震えながら、自身が弦から取り外した足をはめ直した。椅子の形に流れていた裾が押し上げられる。

 攪真の能力に従い動く彼女は余計なことも言えなかった。ただこの苦しみから逃れるため、そして弦の命令が体を動かしていた。自分が何をしたかったのか、何を言いたいのか、その全てがわからなくなっていた。


 両足がはまり、彼女は能力を解除する。数刻ぶりに戻った肩から下の感覚に弦は顔を歪めた。


 梨沙は震える手を伸ばす。


「ゆづる、くん……わたし……わたしは……」


 ただ頭に浮かぶ言葉、それすら吐き切らないままに梨沙は倒れた。弦はそれを受け止めなかった。


 ゴン、と鈍い音を立てて頭が床にぶつかる。それをただ見送る。もう動けなかった、体の末端に力が入らない。押しつぶされるような胸の痛み、全身に走る殴打のような鈍痛。戻ったのに動くのが億劫になるほどの倦怠感。生身に戻ったことでそれらが全て戻ってきた。この混沌とした場に渦巻く攪真の能力が、皮肉にも意識を保たせてくれる。そうでなければ失血と疲労で倒れていたことだろう。無理矢理に脳が覚醒させられている、弦は深く呼吸をしながらそう判断した。


「攪真……もう、大丈夫。だから落ち着いて」


 弦はどうにか横にいた攪真の腕を掴む。だが袖を滑って結局落ちた。

 それに気がついて攪真は終わったことを認識した。部屋を埋め尽くすほどの能力は、自分をも飲み込みかけていた。だから彼からすると気がついたら終わっていたのだ。

 声によって引き戻された意識と共に落ち着きを取り戻し、景色は元に戻る。


「弦……お前、その血は……」


 改めて惨状を確認する。顔から流れる血はあのうざったらしい程に整った顔を染めていた。

 その問いに彼は力なく微笑んで返す。


「俺の能力を無理矢理に使った代償……生きてるだけよかった、かな……」


 弦はごほ、と口から血を吐く。床に広がった血に攪真は引き攣った声を上げた。考える前に椅子の横にしゃがみ、弦の体を受け止める。服が血に濡れるなどどうでもよかった。 


「……ふふ、でも俺、出来るんだね……頑張れば」

「……2度目はさせへんけどな」


 この時だけは攪真の察しも良かった。弦の言葉が能力を指しているのは明確で、こうして言葉に人を従わせた事を言っているのだと。命を削って掴んだ効果を、まるで成長かのように言うのだから笑えない。一眼見ただけでもその代償の大きさはわかる、目と口から血が出ているのだ。内臓に傷を負っているとしか思えない。


 そのまま弦の体は重力に従う。


「かくま……ごめん、運んで……? 俺、今は動けない……」


 僅かに持ち上がった顔色は悪く、痛みを堪えているようだった。


「んな、こと当然やろ! ちょっと持ち上げるけど耐えてな……」


 どうに持ち上げるのか、悩んだ末に弦を横抱きにする。これが1番負担がないと考えて。流石に俵にしては腹部を圧迫してしまうし、背負うにも腕が動かない。支える腕がない以上、この格好がましだろう。


 そうして持ち上げてみると、メイド服の裾が腕を擽る。――この格好で外出てええんかな、と似つかわしくない疑問が湧いた。ただ着替えを探すよりも早く帰ったほうがいい、抱き上げた体にそんなに熱がないことに攪真は焦りを感じていた。


「……あは、力持ちだね。っこほ、は、は……早く帰らないと、起きてられないかも」


 口の端からまた血が垂れるのを攪真は胸を押し付けて拭わせる。


「寝ててください……、あ」


 あ、と思い出した。自分のやらかしを。自分がどうやってここに来たのかを。


「悪い、バイクで来てしもうてて……腕の間には乗せますけど、起きれるなら起きといてください」


 急ぎすぎて何も考えず、サイドカーも何も付けてこなかった。寝たまま乗せることができない。詰めが甘い自分を殴りたい、最悪だ。

 焦る攪真を弦は小さく笑った。


「落ちないように……しがみつくね……」


 胸元を掴んだ手はなんとも頼りなかった。

 


 ――本当は休んでから出発出来れば良いのだが、織理達が不安で仕方ない。攪真は入ってきた時とは逆の方向、玄関の方から外に出る。


 外はまだ少し明るかった。部屋の中が暗すぎて夜の様な気持ちになっていたがまだ夕刻。その空気だけで一段落ついた気持ちになる。


 黄昏るのも程々に、弦を一度バイクに座らせた。自分の無骨なバイクにメイド姿の人が乗っている光景は今後見ることがないだろう。そのアンマッチさに少し心が疼く。


 着ていたジャケットを脱ぎ、それを弦にかける。帰り道はこのジャケットを咬ませて牽引ロープで縛るのが見栄えは悪くとも安牌だろう。


「……ほんまなんで単車で来てしもうたんやろ……」


 いや、あの状況でサイドカーを付ける余裕は無かった。頭になかった。


 そうして考えていると何かバイクが近づいてくる音が聞こえ始めた。遠目に白いバイクが見えた。

 ――通報もしてないのに? いや、もしかして空き巣扱いで俺が通報されたんか? 梨沙の方であって欲しいが、人の家の窓を割った手前捕まってもおかしくはない。


 そんな嫌な考えを抱きながら白バイが到着するのを待った。女性だ、攪真はバイクの人物に注視する。ヘルメットを取り、降り立った人物に目を見開く。


「A組の……」

「カトルくんより事件の知らせを受けて駆けつけましたぁ!」


 攪真が良い当てる前に名乗りをあげた。

 A組の三馬鹿の一人、【ポリス】の警響 時花(けいきょう しか)だ。確か、自警団を作って警察ごっこをしている人物。警察が動かなくともこいつは動く。警察と連携をとる彼女ら自警団は、法に則りながらも少数精鋭ゆえにフットワークが軽い。


 攪真はカトルの機転に感謝した。この人物に頼ろうなどと全く頭になかった。なんなら警察を呼ぶ頭も無かった、なんせ能力者同士の諍いに公僕は何も出来ないからだ。


「事後処理はこちらにお任せください! このポリス、今日は真面目にやります」


 ビシッと敬礼を決めた彼女の言葉に引っかかる。

 ――あぁ、そういえばこいつ普段はパチンコに入り浸ってるんだっけ。先ほどのまでの緊張感が一気に抜けた。


 そんな攪真の横で弦は僅かに震えながら、警響に声をかける。


「警響さん……ごめん、仕事増やしても良い……?」

「何でしょ、ポリスの責務勤めますでありますよ!」


 この場に似つかわしくないほどこの女は明るかった。


「もしかしたら、……売られた人いるかも、知れなくて……。ごめん、なさい……俺が……」


 梨沙が言っていた言葉が弦の中では繋がっていた。それはおそらく自分の様に人形にされて、売り払われた者が居るのだと。出なければわざわざ自分を見て金額の話をしなかっただろうし、すでに借金も返したと言う言葉もそれを邪推させた。


 弦は耐えきれなくなり涙を流す。そんな彼の肩を攪真が抱いた。ただ胸元に頭を押し付けるようにして。


「弦のせいやないやろ……てかあの女そんなことまでしとったんか……」


 つくづく碌でもない女だ、と攪真は舌打ちする。買う奴も買う奴だ、全てしょっぴいてほしい。


「情報感謝するであります! ご安心を! 我々の仲間には記憶を読み取るメンバーもおりますので。しっかり保護させていただきますであります」


 彼女はあくまで仕事をする。寄り添う行為は攪真がやっているのだ、警響はそれ以上の宥めを必要ないと判断した。

 敬礼し、彼女は意気込んで家の中に入って行く。それ見送りつつ、攪真は携帯を取り出す。安心したら頭が回り始めた、まずは彼らの安全を確認したい。


 2コールもしないうちに電話は繋がった。


「織理、聞こえるか」


 繋がったことに安堵し、そして帰ってきた声が変わらないことにさらに安心した。


「うん、こっちは無事。在琉も怪我ないよ」


 織理も本当はもっと伝えたいことはいろいろあった。だが状況を読んでいた。どう楽観視しても、攫われた人間が全くの無傷というのは無理がある。今は帰宅に専念してもらわなくてはいけない。なにより語るのは会ってからでいい。そう考えて織理は必要なことだけを答えた。


「こっちも、弦、無事やから今から帰る。少し寄り道するかもしれんけど……」


 弦の様子を見ながら攪真は煮え切らない報告をする。3時間、攪真は耐えられても弦の体力が持つのかが不安だった。ただそれを詳細に伝える必要はない。余計に不安にさせてしまうだけだ、だから寄り道とだけ伝えた。

 織理は察したのか察していないのかはわからないがただ


「気をつけてね」


 そう優しい声で言って電話を切った。


 これでひとまずの心配は陽れる。だからここからは最後の仕事だ。


「さて、帰ろうか。ちょっと縛りますけど、辛かったら言ってくださいね」

「……うん、早く織理達に会いたいね」


 バイクのエンジンをかけ、彼らは帰路につく。

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