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第14話 脳を支配する

 その時だった。まるで突風に煽られたかの様に大きな音を立てて、部屋の窓ガラスが飛び散る。わずかな光に当たり反射する光景にその場の全ての人間が動きを止めた。


 バリバリと黒いカーテンを引き裂いて部屋に光が差し込む、それだけで空気が澄んでいく様だった。


「弦!!! 無事か!?」


 窓から乗り出し、ガラスを踏みながら彼は室内に踏み入った。薄暗い部屋に人影は二つ。近づくように足を進めるとコツンと何かが攪真の足元に当たった。視線を向けて気がつく、それは無造作に転がった人の足だった。


 は、と呼吸が浅くなる。そして人影の方へ目を向ければ、知らない女とよく知った同居人の姿。


「か、くま……」


 ――血だ、顔、目? から流れて……滴って、る。カッと血が頭に上る、弦の惨状を理解するとともに抑えきれない衝動に空間が歪み始めた。カタカタと割れていない窓が音を立て始め、足元が渦を巻いて見える。


「おまえ、……何をしたんや、なぁ!!」


 人を射殺さんとする目を梨沙に向け、攪真は怒声を上げる。梨沙の体が恐怖に慄いた。ガラス片をブーツで踏みつけながら攪真は梨沙に近づいていく。


 弦は頭がぼやける感覚を覚えていた。僅かに吐き気がする、攪真の混乱が自分にも作用し始めている。織理を騙ったあの夜とは違う、強く脳を揺さぶり髄液をかき混ぜる様な暴力的な感覚。先ほどの能力の反動と相まって視界が全く定まらない。だがそんな朧げな視界の中で、梨沙であるはずの人型も動かずにいた。


「なぁ、なんや答えてくれへんの? 黙っとったらわからんやろ」


 攪真はその動かない梨沙へと近寄り持っていたスパナを肩に当てる。びくりと漸く彼女は反応した。そしてバケモノを見るかの様に攪真に視線を向ける。


「……邪魔、しないでよ」

「邪魔、もんはお前や……!」


 ぐわん、より一層に空間が歪む。歪んだ様に彼女彼らには見えている。人である限り、脳を揺さぶられる感覚に耐え切れるものはいない。

 弦は今が好機だと判断した。吐き気も、痛む目も気にしていられなかった。もう一度先ほどの様に全てを乗せる。


「っ、『全部戻して、……俺たちを解放しろ』」


 それは自分の能力の限界を超えた使い方だと自覚はあった。本来なら意味のない言葉は、攪真の混乱に乗じて効果を増し梨沙を動かす。それはさながら、洗脳の様に。


 

 割れた画面の向こうで織理と在琉への能力が解除された。




――――




 織理はその瞬間何があったのかは理解できなかった。だが目の前に知らない女がいる。

 すぐに彼はこの女に目を合わせることもなく支配を試みる。


「動くな」


 女は口を開くこともなくその場に留まる。――支配は効いている。そして視線を合わせての支配に切り替える。こちらの方が代償が少ないからだ。こいつが誰なのか、例の誘拐犯の仲間ならこの場で代償を払ってでも記憶を消し去らなくてはいけない。

 睨まれた女は引き攣った笑みを浮かべながら口を開く。


「あぁ、殺さないでくれ。私は頼まれてやっただけだ」


 ――誰に? それはきっとあの放課後に会った不審な女。頼まれたことは興味がない。自身に害する物は自発的であろうと無かろうと敵だ。だが、元を断たなければ再発もあり得る。故に織理は女の言葉に耳を傾けた。


「今私は何もしてない。あの女が動きを止めたから私も止まってる。わかるだろ? もっと簡単にお前達を壊せるのにしなかったんだ」


 どこか上からに聞こえる言葉に織理は目を細めた。命令がなければ無害だと言いたいのか? だが確かに知らぬ間にいた割には外傷が無い。いや、ちょっと脇腹が鈍く痛む気がするし気にしだすと腕の付け根も痛い。壊せるのに壊さなかった、と言うのは本当なのだろう、未遂なだけだが。

 しかし、そんなことを言われても意識のなかった織理は知らない。ただ一応聞いておかなくてはいけない。


「……目的は?」

「お金だね。金」


 もういいか、終わらせて。織理はそう判断した。分かりやすいが理由として浅い。今後報復される事もないタイプの動機だ、記憶を消して仕舞えば終わる。

 だが、後ろから別の問いが投げられた。


「……お前らの後ろに誰か居たりは」


 静かだが何かを恐れているような声。在琉が無事であることに織理は少し安堵した。女の対処に気を取られて彼を確認できていなかった。

 答えようとしない女を、答えるように仕向ける。不快そうに顔を歪めて女は口を開いた。


「居ないよ。あのイカれ女以外には」


 その言葉に嘘などない。織理が操っている以上、それは保証できる答えだった。いっそ清々しいほどに裏がない、だが世の中の大半はそんなことだらけだと織理は思っている。自分を殴る人たちは別に誰に頼まれたわけでもなく、そうしたいからするのである。いちいち陰謀などと考えても意味がない、ここは現実なのだから。


 在琉は織理の袖を引いた。そして織理にだけ聞こえるように呟く。


「もう良い、ありがと」


 小さく、柔らかな声。――え、可愛い。そう言いかけた織理は黙って頷く。そして能力を込めた。


「帰って。全部忘れて、2度と俺たちに関わるな」


 その命令に女の目は虚になる。静かに頷き、そのまま家を出ていく。

 織理が少し安心して息を吐くと左目の奥が少し痛んだ。――やっぱり少しは代償が出るか。けれど幸いにも女との関わりは薄く、記憶の消去も量がない。痛みだけですみそうだった。

 漸く、彼は在琉へと視線を移した。声だけ聞こえていたがずっと不安だった。


「在琉!! 大丈夫?」


 思わず肩を掴む。少し骨ばった、硬い体。けれど熱がある、柔らかさもある。あの変な窪みもない。それだけで織理は泣きたくなった。


「……大丈夫。全部、見てたし……」


 在琉が悔しげに顔を顰める。

 ――人形でいる間、全て見えていた。正確には、見えていたものを在琉は"忘れなかった"。

 在琉は織理の腕に目を向ける。あの女から引っ張られていた腕、そこにそっと触れた。


「……織さんは、平気? オレ、本当に何も出来なくて……こんな、……」


 その声は震えていた。自分が何一つ出来なかったこと、目の前で織理が命の危険にあっていた恐怖。画面越しの弦の叫び声。それらが全て混ざって在琉の頭をかき乱した。


 蹴飛ばされた織理の体、あれを見た時どれほど叫びたかったか。弦の懇願を聞いて柄にもなく泣きたくなったほどだったのに、自分は何も出来なかった。ただそこに置かれるだけのお荷物だった。――弦を揺さぶる道具にすらならない、ただのガラクタ。織理の代わりにもならない置き物。

 織理は在琉を抱きしめた。落ち着かせるように、ぽんぽんと背中を叩きながら。


「いいから……在琉が生きててくれて、本当に嬉しい……よかった」


 そう告げると漸く在琉は涙を溢した。それはほんの一滴だったが彼の心情を表していた

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