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第12話 所詮は玩具

 がたん、と音がした。何かが崩れる様な音。先程まで隣にいたはずの気配が消えた。そのことに気がついて織理は振り向く。見れば在琉がその場に座り込んでいた。


「在琉……? どうしたの?」


 声をかけても返事がない。俯きながら地べたに座り込んだ様子は、項垂れている様な彼に似合わない座り方だった。

 少し嫌な予感がして在琉の肩に手を置く。感触がなんとなくおかしかった。――なんか、さらさらしてる。少し揺らすとガクン、と在琉の首が後ろに倒れる。


「え、……え? ざ、いる?」


 反応はない。目は閉じられたまま、喉仏を晒している。寝ているにしては収まりの悪い頭。怖くなった織理は在琉をゆっくりとゆすった。首がカクンと前に動く、頭が自重で動いている様に見えた。


 これは異常事態では、織理は手を止めた。そして心の中で謝りつつ、在琉の顔に触れる。そっと、頬の頂点に指を当てる。ほのかにあたたかいが、指が沈まない。そのまま手のひらを押し当てる様に頬を包む。滑らかで、さらさらとしていて、作り物の様に硬い。力を込めれば凹ませられそうな硬いのに柔らかい不思議な感触。人の肌じゃ、ない。


「なんで、」


 何が起きているのかわからない。ただ何かが始まっている。織理は携帯を取り出し弦に電話をかけた。


 3コール、5コール……いつまでも出ることのないそれを一度切る。そして今度は攪真にかけた。

 これはすぐに繋がった。思わずは、っと息を吐く。


「織理!? どないしたん?」


 どこか慌てた声、心配してくれているのだろう攪真の声に織理の涙腺が緩む。


「攪真、……どうしよう、在琉が……動かなくなっちゃった……!!」


 織理は涙ぐみながら叫ぶ様に伝えた。動かない、予兆もなく急に。そばに居たのに止められなかった。その事実が胸を抉る。


「え……」


 電話越しの攪真も反応が追いつかなかった。言葉を咀嚼することができない、そんな余裕が彼にはなかった。


「今何処にいるん? ……もど……」

「攪真?」


 言い終わらずに止まった言葉に織理の鼓動は早くなる。そして重々しく告げられたの言葉に織理は携帯を落としかけた。


「……ごめん、織理……弦先輩、連れ去られてもうた。俺今、家に居らん。弦先輩を取り返しに行くところで……」


 ――連れ去られた。弦さんが。在琉だけじゃなく、弦さんまで? 意味はわかるのに、意味が理解できない。ぐわんと頭が揺れる様だった。喉が張り付く、その喉をどうにか開いて何かを返さなくてはと焦る。


「なん、で……? 違う、待って……どうしたら、」


 絞り出せたのは意味のない言葉だった。だが、どうしたらいいのかと言う自分の1番の焦りを口にした事で考えが動き出す。

 ――在琉のことは放って置けない、けれど連れ去られた弦の方が危ない気もする。でも攪真まで何かあったらどうしたら、……そんな不安が一気に織理の頭に巡った。


「家に居たんや、けど、一瞬目を離した隙に姿が無くなって……頼む、お前は在琉を守っといてくれ。どっちにしろ距離がある。なんの免許も持っとらんお前じゃ辿り着けへんから」

「……わか、った……」


 攪真の言葉に頷く。本当は一緒に行きたい。在琉を、弦を、攪真を守りたい。

 ただ事実として織理はバイクの免許も何も取っていない。どこまで攪真が出ているのかはわからなかったが、今から追いつくのは物理的に難しいだろう。

 在琉を放っておくのも怖かった。だからと言ってこの動かなくなった在琉を運びながら、電車に乗るのもまた難しい。自分が運びきれないだろう。いろんなことを考えた結果、ただ攪真に任せるしかない自分に歯痒さを感じる。


 攪真との通話を終え、織理は在琉の腕を肩に回す。洗脳ができない以上、頑張って支えて帰るしかない。尤も元々在琉に洗脳は効かないが。


「在琉、少し苦しいかもだけど……許してね」


 返事はない。冷たい体に織理は涙ぐみながらも歩き出す。

 


 家にようやく辿り着いた織理は、靴を揃えるのもそこそこに在琉をソファに寝かせた。静かに横たわる在琉の顔は穏やかだ。まるで作り物の様に。


「在琉、……」


 返事はない。それどころかそもそも胸すら上下していないことに気がつく。一気に織理の血の気は引いた。帰ってくるまでは重すぎてそんなこと気にする余裕がなかった。

 よく考えたらあの質感な時点で生命活動がどうこう言える状態でもなかったが、そこまでは頭が回っていなかった。


 在琉の服を軽く緩める。フードを外し、首の金輪の留め具を外す。ふと、いつも晒されている肩に目がいく。うっすらと窪みができていることに織理は気がついた。まるで、外れそうなくらいにしっかりと。


 織理は知る由も無いが、弦が球体関節が目立たない構造をしていたのに対して、こちらはそれがそれが目立つ物だった。関節も自由に曲がらず、ゴムが緩い。


「……え、生きてる?」


 まさかこんなに人から変わっていたとは思っても見なかった織理は思わずそう口にしてしまった。勿論生きていて欲しい、けれど、脳が理解を拒んだ。――もう少し、確認しないと。どうなっているのか。


 申し訳ないと思いつつも在琉の服の下に手を差し入れた。脱がせるにはこの腕を弄らなくてはと思うと、怖くて出来なかった。どことなく可動域がおかしくて触りたくない。だから隙間から入れる。


 胸元は固く、やはり温度がない。肋骨の真ん中あたりで大きくパーツが分かれているのがわかった。体に区切りができている、指を少しだけ押し込むとそのまま入りそうだった。

 ――怖い、どうしよう。戻らなかったら。戻ったとしても後遺症でも残るんじゃないのか、動けなくて、酸素も吸えないんだから。嫌な考えばかりが頭をよぎる。


 やり場のない気持ちを収める様に、在琉の衣服を整えたり、意味もないのに腕を握ったりしながら時間を過ごす。指は関節がない様で曲がらず、ただ開かれたまま。握りしめることもできない。手首には球体のパーツが見える。


 ――こんなおもちゃみたいな姿になって、戻れるのかな。


 いっそ攪真の方に行けばよかったのだろうか、でもこの在琉を置いていくのは怖い。だが家にいても何もできない。織理は延々と悩みつづけていた。


 いや、どうせ待っているなら何か、そう帰ってきた時のための準備とかしよう。震える足を立たせようと、織理はソファに手をついた。

 だが不意に織理の指がふにゃりとまがった。目の錯覚か、と瞬きをする。感覚がなく、柔らかく。


「……俺も、? でも、この曲がり方……」


 恐ろしくなって腕の付け根をもう片方の手で握った。ゆっくりと握ると、くしゃり、と感覚もなく潰れて戻る。織理は理解した。


「ぬいぐるみ、の感触? もしかして」


 悲鳴は上がらなかった。体の末端から綿に変わっていく。恐怖を抱き何かを探そうとした頃には、織理の意識は無くなっていた。

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