第7話 NIN
翌朝、いつものように1番に目が覚めた在琉は冷蔵庫を漁った。卵とハムを取り出し、買い置いてある食パンを一枚取り出す。
早々にフライパンを温めそれらを熱し、ハムエッグを作ってパンに乗せる。そしてその場で齧り付いた。人前ではしないが、自分1人ならば取り繕う必要もない。攪真はどうせ登校しないし、織理はそろそろ起こさないと降りてこない。
食べ終えて手を洗い、2階にいる織理へ呼びかけた。
「織さ~ん、朝ー」
別に起こす必要もないけど、と思いながらも彼は意外と真面目に織理を遅刻させまいとする。暫くすると扉の閉まる音と共に足音が近づいてきた。
「おはよう……在琉」
ねむ、とソファに座りうとうとしている織理に在琉はやや呆れた目を向けた。
「間抜け面。朝ご飯は食べるれるの?」
在琉の言葉に織理は時計を見た。朝ご飯を食べるには少し余裕が足りない。否、足りるけどその時間をもう少しだけ眠りに使いたい。軽く首を振って意思表示を行った。
なら放置して行くか、と在琉は一足早く家を出ようとした。玄関で靴を履き、いざ出るかと言う時に昨日の流れを思い出した。――1人で行動するなって言われたんだった。面倒なことだが万が一に備えることを無駄とは思わない。
玄関先からまだリビングにいるであろう織理に声を投げる。
「織さん~早く行こう。準備して」
「在琉がもっとゆっくりしてよ……」
織理の返事は相変わらずだった。仕方ない、少し待つか。在琉は玄関の段差に腰を下ろした。
不意に外でカラン、と何が転がったような音がした。在琉は立ち上がり、チェーンをかけて扉を開けた。隙間から見える部分には人の姿はない。視線を落とすと扉の近くにボルトが落ちていた。在琉の眉が僅かに動いた。
「……ボルトか」
彼は見慣れたそれを拾わず、扉を閉めた。
「織さん、ターゲット多分オレみたい。弦さんの読み通り」
その声を聞いて織理が小走りで在琉の元に駆けつける。どう言うこと、と目が語る。在琉は顎で外を指した。
織理はチェーンを外し扉を開ける。そして玄関先に落ちていたそれの側を拾い上げた。
何の変哲もなさそうなネジ。尖っているわけでもない、受け入れ側に穴が空いていなければ使えなさそうな物。玄関先に落ちているにしては不自然な物体に首を傾げた。
「これって……燃えないゴミ?」
「まぁそうだけど。織さんそこじゃなくない? こんな不自然なものが家の前に置かれてることを怖がる気持ちないの? 意外と心臓に毛が生えてるね」
斜め上どころか下を行く感想に、さしもの在琉の目が座る。
「……確かに? 昨日の話の人なのかな……弦さんに一応報告してくる」
正直なぜボルト、とアピールだとしたらよくわからないパフォーマンスに傾げる首が戻らない。織理はボルトを持ったまま、2階に上がろうと踵を返す。それを在琉が止めた。
「それ家に持ち込むなよ。何があるかわからない」
在琉の言葉にハッとして織理は一度元の場所に置いた。警戒しすぎな気もしたが、その妙に神経を尖らせている在琉を見るとそれが正しいように見える。仮に相手が能力者だとした時に、何を条件に発動させるかは分からない。
「……何でこれで在琉が標的ってわかるの? 穴開けるから?」
「何言ってんの織さん」
もちろん半分は冗談だが、織理の中で彼の印象は初期のピアス強要仕草が少し強い。別にそれが嫌なわけではないが、事実として。ただこの軽口が叩ける程度には、仲が良くなっているだけの話。
勿論、そんな理由で在琉は判断したわけではない。しかし伝える気もないようだった。答えが望めないのであれば取る行動は少ない。
「……まぁいいか、攪真に家の前に物落ちてたって伝えくる」
このままここにいても遅刻するだけだ。織理は二階へと上がっていく。
弦の部屋の前には丁度攪真がいた。
「攪真、外にボルトが落ちてた。在琉がなんか……よく分からないけど自分がターゲットだって」
若干的を射ない報告に攪真は鈍い反応を返す。
「ボルト? 何でまたそんな……」
明らかに織理も意味がわかっていなそうだと察した彼は深くは追及しなかった。
しかしボルト、確かに不気味だが先日のカッターほどの脅威感はない。とは言え自分の工具箱にもボルトは入れていない、意図的に置かなければ飛んでも来ないだろう。やはり昨日の手紙の主なのだろうか。
伝えるだけ伝えた織理は学校へ向かうと伝えて、また玄関に向かった。一緒に階段を降りてその姿を攪真は見送る。
そして攪真も玄関を出た。未だ変わらずそこに在るボルトを摘み上げ、マジマジと見る。――別に普通のボルトだ。普通の六角形のヘッド。全ネジ式。ソケットレンチかスパナが必要なタイプのネジだ。別段オシャレでもなく、しかし規格は書かれていない。
攪真は靴箱の上に置いてあった自身のバイク用工具箱からソケットを取り出す。
嵌めてみれば12インチよりは小さく、8インチよりは大きい。その間のソケットが無い為詳しくは分からなかった。分かったところであてはない
「家ん中持ち込むのはちょっと怖いか……てか弦さんに見せたところで……」
ふと視線を感じて、言葉を切った。塀の向こうに顔を向ける。誰もいない。だが、そこには手紙が落ちていた。昨日と同じ少し可愛い便箋のそれ。
攪真は唾を飲んだ。手元の工具を握ってゆっくりそちらに近づく。
だが塀の影にも誰もいなかった。辺りを見ても人影はない。――逃げたにしては早すぎる、自分以外の足音もなかったはずなのに。警戒しつつ手紙を拾い上げ、雑に封を切った。そして中の紙を取り出した。
「ひっ……!」
今度の手紙は折られてなかった。代わりにわかりやすいくらいの赤文字で、『なんで応えてくれないの? また顔見せて。さもないと、あの少年から』。文字の最後にインクが滲んでいる。分かりやすいくらいの恐怖演出だ。
――あの少年、それが在琉だとしてこのアピールは何だ。攪真は捨てたい気持ちを抑えつつ手紙をよく見てみる。日にすかした所で何も出てこない、本当に書きなぐられただけの手紙だった。封筒を逆さにしても今回は何も出てこない。
――弦に見せるか、見せないか。こんな気味の悪い手紙を? 正直この場で捨てたかったが、そのまま攪真は家に持ち込んだ。




